禍の団と比べると層が厚い印象です。
グレモリー家の屋敷から戻ってきた大一は仲間たちと合流したが、なぜかその場所はプールであった。聞けば、魔法使いの書類選考と今後の打ち合わせを行っていたのだが、行き詰まりを感じて休憩も併せてプールサイドに移ったのだという。
そのためほとんどが水着姿であり、打ち合わせのために来ていたソーナまでもがワンピースタイプの水着を身にまとっていた。大一に気づいたソーナが眼鏡を少し上げながら話す。
「ああ、大一くん。お邪魔しています。その傷はどうしましたか?」
「えっと、セカンドさんに呼ばれて模擬戦でやりあったんですよ。それにしても、また珍しい状況ですね」
「息抜きがてらです」
「それで集中できるものかなぁ…」
「あらあら、私の方は問題ありませんわ」
大一の独り言にソーナの隣に座る朱乃が小さく笑う。彼女も肌の露出が多いビキニ姿であり、この場になじんでいない服装なのは、戻ってきたばかりの大一とジャージ姿のロスヴァイセ、ソーナについて来たベンニーアくらいであった。彼女の方は「おっぱいドラゴン」の家に行けるということで来たようで、今はプールサイドに置かれてあるテーブルの足元に隠れながら静かにお茶を啜っていた。
『…なんだこのカオスな状況』
大一の右肩からわずかに出てきたシャドウがポツリと呟く。彼の言葉はもっともであった。一誠はなぜか膝にゼノヴィアを乗せており(イリナとの対決に勝ったらしい)、ロスヴァイセが一誠、ゼノヴィア、イリナに向かってアンチマジックについての教鞭を取っていた。アーシアはオーフィス、使い魔のラッセー、そしてスク水姿の彼女にどっぷり入れ込んでいるファーブニルの相手をしており、それを朱乃やソーナは見ていた。さらにレイヴェルはルフェイと話し込んでおり、プールにしては様々な存在が入り混じった光景は、多くの世界を見てきたシャドウですら当惑の言葉が紡ぎだされるのであった。
一方で、大一はルフェイが視界に入ると真っ先にある人物の顔が思い浮かぶ。間もなくその人物…黒歌が近づいてきた。全裸に着物を羽織って大事な部分のみ隠すという煽情的な恰好であった。
「おっと大一も来たにゃ。おひさ~」
「ああ、やっぱりお前も来ていたのか」
「先輩、姉さまを捕まえておいてください!」
黒歌を追うように小猫とギャスパーが現れる。小猫の不満げな表情に気づいて、大一は眉を上げて黒歌に向き直る。
「また何かやったのか?」
「なーんにも。証拠もないのに疑うの早すぎない?」
「いきなり私の腕からすっぽ抜けて逃げたのは姉さまじゃないですか」
眉間にしわを寄せた険しい表情で小猫は文句を口にする。なんでも家にいるのが稀だから、彼女に仙術の修行をつけてもらうために彼女を連れて行こうとしたが、その途中でひらりと離脱して大一の元へと来たようだ。
「大丈夫よ。ちゃーんと特訓してあげるから。でもせっかく大一が来たのを感知したから、会っておこうと思ってね」
「なにか訊きたいことでもあったのか?」
「ちょっと私もいろいろあってね…この前なんてアジ・ダハーカと戦ったのよ。それでグレンデルやローブ姿の男まで現れて、どさくさに紛れて逃げた感じかな」
げんなりした雰囲気で黒歌は言葉を紡ぐ。視線も伏せがちで、体もひと泳ぎして濡れていたため、健気さと弱々しさ、そしていつもの開放的な彼女とは違った方向の色気が醸し出されていた。
数時間前にセカンドとの模擬戦をしていた大一には、彼女の戦いの疲労を感じて労わるように声をかける。
「それは…大変だったな」
「そうなのよ…だから癒して♪」
声の調子を変えた黒歌は大一の胸に飛び込み、そのまま腕を背中に回して抱きつく。咄嗟の変わりように大一は反応できず、彼女の体の柔らかさを感じた。同時に朱乃と小猫はあっ、と露骨に不満げな声を上げた。
「お前な、ふざけた嘘つきやがって…」
「嘘は言ってないにゃ。実際に疲れたし」
「姉さま、先輩から離れてください!」
羽織る着物ごと黒歌を掴むと、小猫は大一から引き剥がす。特に抵抗することなく離れた黒歌はやれやれといった表情で妹へと視線を向けていた。
「まったくさっきは捕まえて、今度は離れてって忙しい妹ね。白音もこれくらいしないと追いつけないわよ?」
「姉さまこそドラゴンの子どもが欲しいだけなら、別に先輩である必要はないでしょう!」
「えー、いいじゃない。私としては赤龍帝ちんと大一の逆ハーレムでも全然OKだし」
「私がよくありません!」
「ハイハイ。大一、私なら白音やおっぱい巫女ちゃんほどややこしないから、気が向いたらいつでも教えてね」
「…姉さま!」
声を荒げて小猫は険しい視線を姉へと向ける。対して、黒歌は突き刺してくるような妹の視線をまるで気にしておらず面白そうに口元に笑みを浮かべていた。なんとも温度差のある関係に、ギャスパーがおどおどする様子が余計に映えた。もっともこの姉妹の関係は夏休みの冥界時の光景と比べるとかなり温和になった印象を受けるが、当の本人たちの内心は未だに不明であった。
突然の黒歌の行動に感じた緊張を丁寧に包んで隠しながら、大一は自分を落ち着かせるように右手で胸をさすっていた。
「びっくりした…」
「そうですわね。小猫ちゃんの怒りももっともですわ」
ニコニコと笑顔を崩さずに朱乃は答える。声の調子も表情も学園でよく見せるものであったが、言葉に出来ない凄みが確立されていた。そんな彼女はいつの間にか大一の横についてしっかりとその左手を握っていた。そこから感じられる力強さに彼も戸惑いと申し訳なさを感じた。
「あのさ、朱乃。俺もアーシアの治療を…」
「何か問題でも?」
「…いやなんでもありません」
朱乃の覇気のある声に口をつぐんだ大一は彼女に引っ張られてそのままプールサイドの席に着く。彼の表情を見て、ソーナは呆れを隠さずに首を振った。
「ハッキリしない態度はあまり褒められたものではありませんね」
「自覚はあるつもりです…」
「生真面目な性格が完全に裏目に出てますね。別に悪魔なのだからハーレムを咎めるつもりはありませんが、それ相応の甲斐性は必要でしょう」
「肝に銘じます」
ソーナのきびきびした発言に、大一はバツの悪そうな声で答える。実際、彼女の言う通り元来の悩みすぎる性格が自身を追い詰めており、同時に傍目から見れば優柔不断な態度を取っている様にしか映らないのも事実であった。弟ほどハーレムに肯定的になれないのも、彼の自信の無さと割り切れない性質が起因している。もっともソーナは黒歌に対して信頼を置けないのも大きな理由ではあったのだが。
「本当に面倒な彼氏だと思いますわ」
「先輩の欠点のひとつだと思います」
朱乃と小猫は同時に手痛い評価を下す。2人とも想い人のそういった面で少なからず苦労を感じた経験もあったため、歯に衣を着せるつもりは無かった。もっともそれが彼を嫌う理由にもならないことは彼女たちが自覚することでもあり、その証明ともいうべく朱乃は手を握り続け、小猫はいつの間にか彼の膝に座り込んでいた。
一方で、大一はその言葉に対して静かに落ち込み、同時にライザーに連絡する際には全力で恋愛相談をすること決心していた。たったひとりではあるが、頼れる年上の友人ができたことは、彼にとって無意識に精神的な健康をもたらしていた。
ライザーを思いだしたことで、レイヴェルも気になった大一は彼女がルフェイと話し込む様子を見る。その表情がまさにネタを集める記者のごとき貪欲性を秘めたものであるのが不思議に思えた。
彼の視線に気づいた黒歌は笑みを絶やさずに説明する。
「私が赤龍帝ちんの魔法使いにルフェイを薦めたの。あの子と相性良いかなと思って」
「それでマネージャーの彼女が根掘り葉掘りの情報収集をしているわけか」
「おやおや、お兄ちゃんは私が赤龍帝ちんに干渉しても文句は言わなくなったのね」
「だからその呼び方やめろって。それに決めるのはあいつ自身だから、俺がとやかく言うことじゃないよ。むしろ俺より文句言いそうなのは…」
言いかけたところで大一は口をつぐむ。彼の肩から伸びた黒い影の先にある血走った眼玉が、彼の強さを増長させる悪感情を走らせてわざとらしい声を上げた。
『まーた赤龍帝ばかり優遇だもんなー!でも特別だからなー!』
「シャドウ…!」
『ハイハイ、引き下がればいいんだろ!』
軽く舌打ちするとシャドウは伸ばした身体を吸い込まれるように収納していく。彼の周囲にしか聞こえないような声であったため、ルフェイ達の耳には幸いなことに聞こえていないようであった。
シャドウが消えたことを確認した黒歌が少し目を見開いて問う。
「…なに今の?」
「あいつ、神滅具持ちに嫉妬しているんだよ。わりとしょっちゅう不平不満を頭の中で騒ぐんだ」
「それはご愁傷様ね~」
「あの神器が…ねえ、無理しちゃダメよ。眠れないなら私が膝枕でもしてあげるわ」
「先輩、あの神器なんて気にしちゃダメです。あとで仙術のマッサージをしましょう。ついでに甘い物も一緒に食べましょう」
(…リアスのバカップルぶりもあれですが、こっちも大概ですね)
先ほどまでの辛辣な評価の手のひらが反される様を目の当たりにしたソーナは再び呆れるものの、これ以上の面倒は避けたかったため心に留めて小さく嘆息するだけで終わらせた。
しかし間もなく、話し合いの前に再びちょっとした火種がくべられる。今後の話し合いが行われるということでグリゼルダが来訪するのだが、皆に穏やかなあいさつをした後に彼女が注目するのは妹分のゼノヴィアの様子であった。
「昼間から殿方の膝に乗っているなんて、ずいぶんと破廉恥な子になったようですね」
「ひゃ、ひゃい、ごめんらひゃい…」
頭の上がらない存在の登場にゼノヴィアは涙目で謝罪してすぐに立ち上がった。呆れと先ほどの態度を取り繕ったグリゼルダはソーナと朱乃に案内されてそのままテーブル席へと招かれる。
ただ大一達が気になったのは彼女と共に来た2人の男性であった。せいぜいほんの数個しか年齢が変わらない見た目で、片方は神父の服を着て金髪とグリーンの瞳をどことなく面倒そうな雰囲気に仕立て上げており、もう片方はシンプルな黒髪と同色の大型犬を連れているのが印象的であった。どちらもただならぬ存在であることはこの場にいる全員がすぐ察したが、思案する前に金髪の青年が口を開く。
「ども。初めまして、駒王学園の悪魔の方々。自分、デュリオ・ジェズアルドといいまっす。以後、お見知りおきを~」
その名前に全員が驚愕の表情を示す。天界の転生天使の中でも別格の実力を持ち、ジョーカーの称号を持つ男の来訪には空気を一変させるほどの衝撃があるが、当の本人はまるで歯牙にもかけず軽薄な様子で女性陣に目を向けていた。
「いやー、赤龍帝殿の美人の嫁さんをたくさん持ってるって聞いてたけど、マジだったんスね。羨ましい限りだ、うんうん」
「デュリオ?あなた、天界の切り札たるジョーカーなのですよ?失礼のない言い方をなさい」
「いてててて。…ったく、グリゼルダ姐さんには勝てないっスわ」
耳を引っ張られながら話す答えるデュリオであったが、その雰囲気はまるで変わらなかった。
おかげで対照的に冷静な雰囲気を見せる日本人男性が妙に強く印象を残した。そして彼の素性を知っていた黒歌が楽しげに話す。
「これは珍しいにゃん。うちのヴァ―リがいたら喜んだかもね」
「知ってんのか、黒歌?」
「刃狗(スラッシュ・ドッグ)よ。『黒刃の犬神(ケイニス・リュカオン)』の所有者。曹操以外でヴァ―リに覇龍を出させた『人間』にゃ」
「初めまして、幾瀬鳶雄といいます。今日は元総督アザゼルの代行でここへ訪れました。こっちは刃(ジン)。神滅具そのものだと思ってください。俺の神器は独立具現型だから、意志を持っているんだ。今度は裏方要因として、皆さんのサポートに入っていきます」
デュリオとは違い、幾瀬は丁寧に自己紹介を行う。アザゼルの秘蔵っ子でもあり、堕天使側が所有する神滅具持ちの実力者は犬も含めてただならぬ感覚を彼らに印象付けた。奇しくも3大勢力の各神滅具所有者が集った状況であった。同時に大一が腑に落ちたのは、彼らが現れてから頭の中でシャドウが苛立ちながら何度も舌打ちをしていることであった。
(うっせえぞ、影野郎!)
『ご、ごめん…!』
ついに我慢の限界が来たディオーグが声を荒げてシャドウを制するが、そのドスの利いた声がシャドウの舌打ち100回分よりもうるさく感じた。
なんでも彼らがここに来たのは、アザゼルやミカエルから練習相手として任されたからであった。これには彼らも願ったり叶ったりの話であり、一誠を筆頭にグレモリー眷属はやる気を見せ、ソーナも匙を禁手に至らせる思案から彼に連絡を取ることを提案した。
「テロリストの動きが以前にも増して不気味な以上、各勢力の若手を強化させねばなりません。…残念ながら各陣営の実力者の大半が上役であり、政治的な意味合いで動きにくい立場にあります。各勢力の神族、特に主神を失うわけにはいきません。ですから、あなた方のようにいつでもどこにでも派遣できるであろう強い若手が必要なのです。どうか3大勢力だけでなく、各神話体系のため、人間界のために力を貸してください。私達もサポートとして最大限尽力します」
「頭をあげてください、シスター。俺たちはやるときはやります。平和が1番ですけどね」
深く頭を下げるグリゼルダに、一誠が声をかける。彼としてもハーレム王を目指す身として、仲間の悲しみを見ないためにも全力で戦うことを決意していた。
「ま、各勢力の若手を1度会わせておこうって話し合いはされ始めていたところですからねぇ。イッセーどんやここの皆さんにばかり戦わせては心が痛むとミカエル様もおっしゃっていますしな。若手同士で交流を持つのは悪くないんじゃないスかね」
菓子を頬張りながら話すデュリオの言葉に、皆は気持ちを引き締める。各々の思いと決意を胸に、禍の団との戦いの準備をより強固にすることへと向かっていくのであった。
「よーし!皆でさっそく練習だ!」
『おーっ!』
「いえ、その前に今後についての話し合いです」
一誠の発言に同調が広がりかけるも、ソーナはきっぱりとやるべきことの釘を刺す。もっとも大一としては傷の手当の方を優先させたかったのだが。そして決意に満ち溢れる中、完全な同意を抱いていない存在が彼の中にいるのであった。
(平和か…)
『…どうだかな』
スラッシュドッグはかなり前に読みました。今は手元に無い…。
次回から16巻です。