城下町から帰ってきた一誠達が客室に戻ると、2日ぶりに姿を見せたアザゼルがリアス達と話し込んでいた。他の吸血鬼たちがクーデターに気づいていない様子であることを報告すると、彼も特別に驚いた様子はなく、淡々と納得したように頷いていた。
しかしギャスパーからの喜びに満ち溢れた報告には、彼も怪訝そうな表情になった。
「アザゼル先生、聞いてください!マリウスさんが、ヴァレリーを解放してくれると約束してくれたんですよぉ!良かったですぅ。これでヴァレリーを日本に連れて行ってあげられます!」
さすがに彼のテンションの高さと発言の内容を怪訝に思ったアザゼルは一誠達へと促すように視線を向けた。
「…話せ、何があった?」
ヴァレリーとのお茶の場に居合わせたリアス、一誠、小猫の3人が説明をする。マリウスがヴァレリーに対して聖杯を使わなくていいこと、体裁を整えて政権が落ち着いたら彼女を解放することを約束したのだという。内容だけならその通りなのだが、ギャスパーを除いたメンバーはマリウスの性格を考えるとどのように考えてもこの提案を素直に受け取れなかった。
それはアザゼルも同じだったようで話を聞き終わった後に、リアス、一誠、朱乃を手招きして集めるとわざわざ部屋の隅へと行き小声で話し始めた。
彼らの姿を見て、大一の頭の中ではシャドウが苦々しく呟く。
『ああいうの、気分悪いと思わないか?』
(俺は気にしないが…まあ、話の内容は予想できるな。ヴァレリー様の件はおそらく神器を抜き取ることだろう)
(察しが良いな、小僧。あいつらそんな話しているぞ)
相変わらずの耳の良さを発揮するディオーグの言葉に、大一は納得するように静かに頷く。大方、希望を抱くギャスパーに加えて、かつて神器を抜き取られた経験のあるアーシアあたりに配慮したのだろう。
(ある意味、俺も似たようなものか?)
(影野郎の件はそういうことになるな)
『抜かれてませーん!僕はディオーグに驚いて出ただけだもの!アザゼルや赤龍帝が凄いんじゃなくて、ディオーグが凄いんだよー!』
(ほう、わかっているじゃねえか)
なんとも子どもっぽいやり取りが頭の中で展開される中、間もなく4人が皆のもとに戻ってくると、一誠が半ばわざとらしく話題の転換を行った。
「ところで先生はこの2日間、何をしていたんですか?」
「…ハーフヴァンパイアの者達が有する神器について調べていたんだ。どうにもな、昨今、神器を持って生まれてくるハーフが多いらしい。理由はわからんが」
ここ最近、アザゼルは吸血鬼の神器研究者相手に情報提供を行っていた。彼が会ってきた吸血鬼はクーデター以前から研究に没頭していた他種族の助けを拒む吸血鬼としては変わり者ばかりで、アザゼルの話を熱心に聞いていた。吸血鬼としても神器で危機的状況に陥ることは少なくなく、そもそも他の勢力と比べると遥かに神器への理解が遅れていることもあり、最低限の情報を提供していた。かつて曹操が率いていた英雄派が、禁手になる方法を各勢力に流布したため、仮に現状に不満を持った神器持ちが禁手へと至るのであれば…
「いびってきた相手から逃げ出すために禁手になるのはいい。復讐に使われるのもよくあることだ。問題は禁手の力に魅了されて、辺り構わず暴走することだ。現にその傾向が観測されそうだからな。緊急に禁手の対策を講じたいところもあるんだろう。だから、それに関しても教えたつもりだし、グリゴリからの派遣も約束したよ。悪魔と同じ問題を抱え込んでいるな、ここも」
アザゼルの判断は甘さもあったが、いまだに不明なことが多い神器の情報を収集するためにも接触は必要なことであった。しかし聖杯だけはアザゼルも見せてもらえず、マリウスが完全に独占していた。
区切りがついたところで、一誠が大一も気になっていたことをアザゼルに問う。
「冥界は…サーゼクス様のところは今回の件はどうなんですか?先生はすでに報告されたんですよね?」
「…いちおう、リゼヴィムの関与について報告をしたが、まだ悪魔上層部から返信はないな。ユーグリット・ルキフグスの生存で混乱状態であったところにリゼヴィムだ。あっちは大混乱確定だろうよ。サーゼクスは対応に追われて身動きひとつ取れないさ。大一、お前があいつらに連絡を取らなかったことは正解だよ。下手すれば、お前も拘束されることに繋がるからな」
ルシファー…悪魔としてこの名前は非常に大きく特別であった。悪魔の世界をまとめ上げて一大勢力として築き上げた実力者、それ故にルシファーの直系であるリゼヴィムの登場は現政府を大きく揺るがすものであった。前政府の支持者や旧魔王派のメンバーが動き出すことも危惧される。
この話には大一としても心がざわついた。悪魔としての学びを深めても、彼にとって魔王ルシファーとはサーゼクスであった。だからこそ信頼を持ってルシファー眷属に名を連ねることを受け入れたのだ。
しかし彼と同様、いやそれ以上の感情を旧魔王に抱く者は存在しているだろう。それを信じていたからこそ得てきた幸福もあれば、新魔王によって招いた悲しみもあるはずであった。それを理解するほどに、己の立場の難しさがより際立つ思いであった。
(…なんだ?)
堂々巡りの考えに陥りそうな大一の頭の中にディオーグの声が響く。ほぼ同時期に天井にシトリーの魔法陣が現れると、そこから逆さまにベンニーアが頭を出した。
《どうも。外をここを繋げるのに大分時間がかかりやしたが、なんとかなってよかったですぜ》
冷静に話す彼女の魔法陣から、他に2名の人物が降り立つ。ひとりはルガールで、ベンニーアと共に華麗に床へと着地した。もうひとりはなんとエルメンヒルデで、「きゃっ」と可愛らしい声と共に着地を失敗して、床に打ち付けた腰をさすっていた。すぐに一行の視線が集中しているのに気づいたエルメンヒルデは、すぐに立ち上がって咳をして改まった。
「ごきげんよう、皆さま。お元気そうで何よりですわ」
「エルメンヒルデ、この国に潜入していたのね」
リアスの言葉にエルメンヒルデはこくりと頷く。
「当然です。町での城へのルートを工作員と決めかねているときにそこのベンニーアさんと裏路地でお会いできたものですから。
それとお知らせすることがありますわ。間もなく、マリウス・ツェペシュ一派は聖杯を用いた一連の行動を最終段階に移行するという報告がありました」
「最終段階…まさか」
「ヴァレリー・ツェペシュから聖杯を抜き出して、この国を完全に制圧するようです。聖杯の力を高めて、この城下町の住民すべてを作り替える計画を発動させるそうですわ」
この発言に部屋にいたメンバーの空気がさらに重く、衝撃的なものになる。マリウス・ツェペシュの計画は吸血鬼の存在の根本を大きく変えるものであり、これに対して吸血鬼の埃を持つエルメンヒルデが嫌悪の表情で身震いする。
「おぞましい限りです。聖杯の力で吸血鬼の特性を持った他の生物に変える気なのですから。我々、町に侵入したカーミラの者はもうすぐツェペシュ派の政府側と共に反政府派の打倒を開始するつもりです」
今後について説明していくエルメンヒルデであったが、彼女の言葉はつい先ほどまで希望を抱いていたギャスパーを動揺させるのには十分な内容であった。彼の心情を示すかのように瞳孔が大きくなり、口から出てくる声は震えていた。
「…あの、聖杯を抜き出されたら、ヴァレリーは…」
彼の声に一瞬だけアザゼルは顔をしかめるが、意を決したようにハッキリと言葉を紡ぐ。
「───死ぬ。奴らは最初から聖杯の成長、研究が進めば、彼女から抜き出すつもりだったのだろう。所有者が死ねば、神滅具は次の宿主のもとへと行ってしまう。そうならないように神器を抜き出して手元に置けば損失の心配をせずに済むからな」
「…そ、そんな、マリウスさんは解放してくれるって…日本に行ってもいいって…。全部、嘘だったの…」
赤い瞳から涙をこぼしながらギャスパーは床に崩れ落ちた。大切な後輩である彼の涙は大一にとっても心をえぐり取られるような思いであったが、彼の同居人は同じような感情を抱いていなかった。
『なーに、希望を見出していたんだが。普通に考えて、聖杯なんてカードを簡単に手放すわけないだろうに。騙し騙されるなんておかしくもないんだから、いちいちショックを受けていたらキリが無いっての』
(シャドウ、それ以上は止めろ!)
『…僕は彼の見通しが甘いと思っただけさ』
はぐらかすシャドウに大一は苛立ちが高まる。自覚しているとはいえ、やはり生きてきた経験から価値観の違いはところどころで垣間見られる。特にシャドウの方は宿主である大一と比べると露悪的な面が目立つものがあった。シャドウは会話の相手をディオーグへと向け直す。
『そういえば、さっき死神たちが転移してきた時、珍しく直前だったね。感知遅れたの?』
(あ?そんなの最初から気づいていたわ。あのタイミングで下の方から妙な乱れを感じたんだよ。今も続いているが、何をやっているんだ?)
このやり取りを終えると同時に、窓からまばゆい光が室内にまで入り込んでいた。日の出の時間にはまだ早いため彼らは外の様子を確認した。そこには巨大な光の壁が城を覆うように発生していた。この光景にアザゼルが舌打ちする。
「…先手を取られたか!おそらくカーミラ側の動きが察知されているな。奴ら、この時点で聖杯を抜き出す儀式を展開する気だ!これは…かなりオリジナルの紋様が刻まれているが、神滅具を所有者から取り出す時に描く術式で間違いないッ!」
アザゼルの焦り様を見れば、事の重大性はすぐに理解した。おそらくディオーグが感知した時にはすでにマリウスは行動をしていたということだろう。
この状況にエルメンヒルデは、ベンニーアが展開した魔法陣に立つ。
「私は外から仲間と共に行動します。あなた方は早く脱出してください」
「この状況でも俺たちの介入を拒むつもりか?相手はテロリストも絡んでいる。間違いなく、邪龍どもも出てくるぞ」
「ええ、吸血鬼の問題は吸血鬼が…と言いたいところですが、我らが女王カーミラがあなた方の援助をお認めになられましたわ」
明らかに不服そうに漏らすエルメンヒルデであったが、彼女の発言にメンバーが内心ガッツポーズを取る想いであったのは間違いなかった。
彼女は値踏みするような視線でギャスパーを見る。
「ギャスパー・ヴラディ、聖杯を───ヴァレリー・ツェペシュを奪還したいと考えていらっしゃるのでしょうか?」
「もちろんです!」
「いいでしょう。ギャスパー・ヴラディがいくというのであれば、あなた方の同行を認めます。彼の補佐、護衛をお願いしますわ。手前どもは、もともとギャスパー・ヴラディを使ってヴァレリー・ツェペシュの行動を止めるのが目的でしたから」
この状況でも吸血鬼としての立場を守る彼女であり、一誠など一部は内心不服な想いを募らせていた。しかしそれを知った事じゃないというかのように、エルメンヒルデはベンニーアに声をかける。
「それではごきげんよう。お手数ですけれど、外と繋げてください」
「案外、あっさり任せるんだな?」
「あなた方の実力は買ってますので」
皮肉な笑みを浮かべるエルメンヒルデは魔法陣から落とし穴に落ちるかのように姿を消した。同時に悲鳴が聞こえており、ベンニーアの話ではまたもや天井に繋げたようであった。
ギャスパーは呼吸を整えると、部屋にいる仲間達に強い瞳で訴えた。
「───救います。僕、ヴァレリーを救いたい!皆さん!どうか!どうか、僕に力を貸してください!」
可愛らしい顔にも関わらず力強い男らしい雰囲気を纏っており、それを見た一誠を筆頭にまず2年生組が前に出る。
「当然だ。そのためにも来たってのもあるからな!救おうぜ、ヴァレリーを!」
「力を貸すぞ。お前は私の後輩だからな。パワー勝負ならいくらでも披露してやるぞ」
「じゃあ、僕はテクニック勝負かな。強化された吸血鬼を相手にどこまで試せるか、グレモリーのナイトとしてぜひ参戦したいね」
「そうそう、1年生を助けてこその2年生よね!天界代表として悪いヴァンパイアを断罪しちゃうわ!」
「はい!私も頑張ります!い、いざとなったら、パ、ファーブニルさんを呼びますし!」
今度は小猫がギャスパーの隣に立ち、その手を取って優しく微笑む。
「…友達の友達は私の友達でもある。ギャーくん、私も手伝うからね」
さらに今度は大一、朱乃、リアスの3年生組も頷く。
「ここで協力しない理由なんて無いと思うがな」
「うふふ、私もお手伝いしますわよ♪」
「いきましょう、ギャスパー。グレモリー眷属は、オカルト研究部は、困った部員をほっとけるはずがないのだから!」
「皆さん…はい!僕、頑張ります!」
ギャスパーの心に熱い感情が込み上げてきた。自身にとって苦い思いの多い吸血鬼の領土で唯一の光であったヴァレリーの存在を失う可能性には怯えたが、同時にそれを助けるためにかつてはほとんどいなかった味方が、今はこれほどたくさんの仲間達が協力してくれるのだ。溢れそうになる涙を我慢しながら彼は微笑んだ。
そんな彼に追い風のようにベンニーアやルガールも口を開く。
《あっしらも手伝いますぜ。ねえ、ルガールの兄ちゃん》
「…うむ。ソーナ殿の命令を果たしてこそ、シトリー眷属だろう」
彼らが息まく中、少し離れた場所でアザゼルとロスヴァイセが話す。
「いいねぇ、若いもんは。なあ、ロスヴァイセ先生」
「私も若いのですが。まあ、私も存分に魔法を震わせてもらいましょうか」
ヴァレリーを助ける、全員の意見が一致したところで一誠が皆を見渡して音頭を取った。
「んじゃ、オカルト研究部+生徒会の新人2名、本格的に出陣だ!見せてやろうぜ、火力バカと言われている俺たちの突破力をッ!」
『おおっ!』
後輩のために全力を尽くすことを決心する大一とは別に、彼の中では声も届かないほどに宿主ほどの熱意とはかけ離れた神器と龍が呟いていた。
『神滅具を助けるのはあまり…まあ、大一がやるならやるけどさ』
(しかし城内だけに気を配るのもどうかと思うがな。外にも何人かいるな、これは)
シャドウは嫌みが強めですね。