数分間、ブルードを相手に戦い続けている一誠の違和感は今もなお解消されなかった。放つ攻撃はことごとく避けられ、敵の攻撃は避けようにも追尾して向かってくる。先手を打たれ続けているこの状況は、彼の心身を疲弊させていた。
息を切らす一誠にブルードは余裕しゃくしゃくの態度でその様子を眺めていた。
「パワーは見事なものだ。しかしまだ若い、経験値の少なさがもろもろ出ているな」
「ちくしょうッ…!早くユーグリットの奴を追いかけないといけないのに…!」
この戦いにおいて、一誠は間違いなく焦っていた。ユーグリットにロスヴァイセを奪われて、彼女を救出しないといけないという想いが先走っており、この焦燥感が余計にもこの戦いにおいて集中力を欠くことになっていた。
そんな彼の横にリアスが立つ。表情は冷静で、恋人を落ち着いて諭す。
「落ち着いて、イッセー。焦ってもあの男には勝てないわ」
「でもリアス、ロスヴァイセさんが…」
「わかっている。だからこそ落ち着かなければならないの。彼女を助けるための最短ルートは、目の前の敵をなんとかすることだから」
一誠同様にリアスも先ほどまで不安が先行していたのは否定できなかった。しかしそれで敵を倒せなければ、仲間を救うことすらもできないのだ。厳しい決断ではあるが、まずはブルードをどうにかすることを優先させるという想いが彼女を冷静にさせた。またこの場にいない信頼できる仲間の存在を考えると、ユーグリットを止めるチャンスはまだ終わっていないと思えた。
冷静を取り戻したリアスは、少しだけ下がって一誠とブルードとの戦いを注意深く観察していた。そこでひとつ、ある違和感に気づいたのであった。
「イッセー、例の飛龍(ワイバーン)の反射を使える?」
「不意を突けますかね?」
「狙わなくていいわ。敵の周囲に攻撃を展開させるだけで」
リアスの指示に一誠は頷くと、小さな白い飛龍を複数呼び出す。吸血鬼の領地で身につけた新たな力、この飛龍によって白龍皇の力を発動することを可能とした。「力の半減」と「攻撃の反射」、この2つを使えるようになっていた。
一誠はドラゴンショットを数発撃ちだす。ブルードはそれを難なく避けるが、飛龍が周囲を飛び回り攻撃が敵の移動範囲を狭めることになった。
渋い表情をするブルードに対して、さらにリアスが強力な滅びの魔力を撃ち込む。「消滅の魔星」ほどではないが、その威力は防御魔法陣で防げるほど軟ではなかった。
ブルードはこの攻撃について身を翻すように避けるが、その瞬間に反射していた一誠の攻撃が背中に命中する。あまりダメージは負っていないように見えるが、その表情は忌々しそうにリアスへと向いた。
「イヤな予感はしたが…気づいたか?」
「ええ、あなたの能力についてね。どうもおかしいと思ったのよ。いくら格上の相手でも、あの程度の動きで私たちの攻撃を避けられるのかって。ようやくその理由がわかったわ。私たち自身があなたの避けやすい攻撃を無意識に放っていたのね。あなたの手によって」
リアスの指摘にブルードは自嘲気味に笑う。ブルードは相手の認識をずらす能力を持っていた。攻撃の狙いや自分の動きに考えていることとのズレを生じさせることで、常に有利に立ち回ることを可能にしていた。受けた相手は無意識である故に、訳も分からずに追い詰められる…それが彼の強みである。
今回の一誠の攻撃はあくまで行動範囲を狭めるためだけにでたらめに反射をしており、リアスの攻撃を避けさせることで結果的に命中することになった。
「やるな、現魔王の妹。しかしよく気づいたな」
「ちょっと冷静になって、あなたとイッセーの戦いを観察したのよ。私がいつも見ている彼にしては、どうも乱雑な動きに思えたのよね。初代孫悟空にも指南を受けているのを踏まえれば尚更のこと。それで催眠の類のように、無意識に私たちに影響を与えているんじゃないかと思ったのよ。おそらく最初に私たちに攻撃した時に仕掛けたのかしら」
「パワーだけのグレモリー眷属と聞いていたから、私の能力が上手くハマると思っていたんだが…難しいものだ」
「そのパワーも見せてやるッ!」
叫んだ一誠は大きく飛び上がると、周囲に複数の赤い飛龍を展開させる。吸血鬼の領地での戦いと比べて、この力が大きく変化したのは赤龍帝としての能力もこの飛龍で反映できることであった。歴代白龍皇の残留思念を説得したことで、彼の意識ひとつで赤と白を切り替えることが可能になっていた。
赤と白が混ざることを可能とした一誠の力は瞬く間に増大していく。赤い飛龍が力を倍加させていき、一気に鎧に張り付いて譲渡すると、彼の紅のオーラは極限まで高まっていく。同時に鎧の胸部と腹部が動いて、キャノン砲のようなものを形成すると、ドライグの声が響く。
『これが赤龍帝の籠手が持つ禁じられし奥の手。アルビオンと通じ合ったからこそ、実現できた夢幻の因子───ロンギヌス・スマッシャーだ!』
放たれた強力なオーラは大きく、些細なズレなど意味もなさないほどの規模でブルードを飲み込んでいった。かつてグレートレッドの力を借りて放った最強の一撃は凄まじい威力で空を切っていく。わざわざ空中で放ったのも、学園に被害を及ぼさないためであった。もっとも敵がわざわざ魔法陣を足場にしているあたり、空中で撃った方が避けられる可能性も少ないと踏んだのもあったが。
手ごたえを感じて小さくガッツポーズをする一誠であったが、煙が晴れて目にしたのは傷を負っているブルードの姿であった。いくらかダメージを負っているが、その様子は瀕死とは程遠かった。ロンギヌス・スマッシャーの一撃を耐えられたことへの驚きはもちろん、その姿が先ほどまでとは少々違うことにも驚いた。彼の背中には6枚の白く輝く翼が展開されていたのだ。同じようなものを彼はイリナの背中に確認したことがある。
一誠が驚くのをよそに、ブルードは口から血反吐を吐き捨てて話す。
「チッ…なんという威力だ。認識をずらしていなければ、もっと酷かった」
「あなた…天使なの!?」
一誠の隣につくリアスの問いに、ブルードは鼻を鳴らす。そしてわずかに後ろを見ると、さらに上空で戦うヴァルブルガへと呼びかける。
「撤退するぞ、ヴァルブルガ。あっちでも勝負がついたようだ。これ以上の長居は無用だ」
言葉と同時にブルードが形成した光の槍が匙へと向かっていく。彼はそれを避けるが、その隙にヴァルブルガもブルードの下へと後退した。
「もうちょっと勝ちたかったですわん」
「思うようにいかないのが現実だ。第一目的を果たせただけでも良しとしよう」
「仕方ないですわねん。それでは悪魔の皆さま、ごきげんよう♪」
ヴァルブルガの合図と共に、敵の軍勢の足元に魔法陣が展開される。邪龍やブルードが召喚した魔物の下にも展開されており、転移の光と共に彼らはその場から消え去ったのであった。
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学園にいたクリフォトが撤退するよりも前、ユーグリットは怒りに震える表情を鎧に隠しながら、自分を殴りつけた男を見る。全身に傷を負っているが、大一の眼は覚悟に満ちていた。それを確認するほどに、忌々しい相手が自分を殴りつけた事実を実感し、反吐が出るほどの屈辱と怒りを感じていた。震える声で彼は大一に問う。
「何をした…!」
『単純なことだ。ディオーグの力とシャドウの力、これを合わせた』
大一は黒く染まった右の拳を強く握る。鋭い爪に盤石な筋肉、その見た目は左腕と同様に龍と交わったような姿であった。両腕を取り戻した肉体は、かつての大一と同じような屈強さを見せていた。
ユーグリットはただの転生悪魔がいきなり腕を再生させたとは思えなかった。メンバーの報告から、大一は右腕を間違いなく失っており、他のクリフォト関係者の調べから彼は神器に魔力を通せないことも判明している。しかし理屈はあっても、それとは違う現実は彼の眼の前で体現されているのだ。これを思うと、目の前の男が一誠のように特別ということだろうか。まるで英雄のように…
「逆境で奇跡を起こしたというのか」
『奇跡とは違うな。強くなるためのきっかけに気づけただけだ。そしてお前がヒントをくれたんだ』
ユーグリットの言葉を、大一は否定する。実際、つい数分前まで彼は勝ち筋を見いだせていなかった。相手の実力は本物であり、その猛攻に押されていたのは事実だ。
しかしユーグリットが放った言葉が彼にひとつの引っ掛かりを生じさせた。ディオーグもシャドウもその特異な力はずば抜けており、大一はそれを制御しているとはお世辞にも言えなかった。彼の言う通りバラバラであった。
そこで思いついたのが、力を一点に集めることであった。あの霧の中で大一が行ったことはひとつ、大一とディオーグの「繋がり」である「金剛の魔生錨(アダマント・アンク)」をシャドウに取り込ませた。そしてシャドウと融合した錨は姿を変えて、大一の右腕になった。
肩からギョロついたシャドウの眼玉が現れて呟く。
『今更だけど、本当に奇妙な錨だ。他者からの影響を受け付けない絶対的な不変性がありながら、大一が意識すれば仲間の魔力に同調することもできる…この矛盾した2つの特性がこんなことを可能にしたのか?同調した僕が不思議な感覚だよ』
『だが悪くねえ。これならもっと多くのことが出来る』
大一の口から洩れ出るディオーグの低い声も感心したようにも呟く。3人ともこの新たな力で出来ることを理解しており、この戦いへの勝ち筋を見出していた。
『名前を「三位一体の魔生力(トリニティ・アンク)」。悪魔、龍、神器…それぞれの力を1点に集中し、融合させたのが今の状態だ』
「…なるほど、あの錨を媒介に貴様らの力を集中させたということか」
ユーグリットは油断なく魔力を溜めていく。先ほどの発言を踏まえれば、今の大一に出来ることを推測することは造作も無かった。要するにこれまで彼が行ってきた硬度や重さの調節をシャドウにも反映させられるようになっただけだろう。右腕も再生したわけではなく、硬く重くすることで疑似的に再現させたに過ぎない。
「だがネタが分かれば造作もない。今度こそ完全に倒すだけだ」
『Boost!!』
レプリカの神滅具が強化する音を鳴らすとともに、彼は一気に接近して拳打のラッシュを打ち込む。これについて大一も対応して両腕を硬くさせて攻撃を捌いていく。それでも手負いの彼にはあまりにも厳しい素早い拳の連続であった。
「それほどの手傷で私の攻撃を防ぎきれると思うな!」
『だったら、手数を増やすだけだ!』
答えた大一の腰からさらに2本の腕が形成されていく。計4本もある腕は雨のように連続で向かってくるユーグリットのパンチをことごとく防いでいき、その隙間を見計らって大一の痛烈な蹴りが敵の腹部に入り込んだ。
一瞬、よろめくユーグリットはすぐに後退するが、大一は接近して追撃する。腰から生やした影の腕を変化させて、いつもの錨を2本形成するとそれを両手に持って流れるように攻めたてていった。ユーグリットは姿勢を崩しながらも防いでいくが、その硬く重い錨の連撃は鎧を削っていった。
「調子に乗るな…!」
ユーグリットは両腕で錨をはじくとすぐさま強化した魔力の塊を放つ。これに対して大一は両腕から盾のようなものを形成し、さらに疑似的防御魔法陣を展開させて攻撃を防ぐ。黒影の硬度も上げられるようになり、幾重にも張られた守りは敵の強力な攻撃を防ぎ切った。
短いながらも激しい攻防が繰り広げられる。大一自身、これほど動けることに驚きを抱いていた。魔力を込められるようになりシャドウのコントロールもより上達していた。肉弾戦と搦め手、今まで方向性が違った2つの力は融合したことで実力の向上を実感させていた。
『いける…』
「手数に硬度と重さを加えられるようになったか…少々厄介だが、所詮はこの程度。神滅具には遠く及ばない!」
『まだわかっていないな。手数だけじゃない…シャドウの本質のひとつは柔軟性や弾力性もある。これにディオーグの硬度と重さが加われば、こんなこともできるんだ』
大一は右腕をバネのように縮めると、一気に腕を伸ばして相手の腹部を殴りつける。反動によって弾丸のように鋭い速度で撃ちだされたパンチは、ユーグリットをさらに後退させて鎧にひびを入れる。柔軟性に硬度と重さが加わったことで、以前とは違う格闘も可能にしていた。
『もう1発…!』
腕を戻した大一は再び伸ばして弾丸のようなパンチを撃ち出す。猛烈な速度で迫ってくる拳を、ユーグリットはそれを両腕で防ぐと影の腕を掴んで背負い投げの要領で地面へと豪快に叩きつけた。大一は受け身も取れずに頭から落ち、一瞬意識が飛びかけた。
しかし退けば敗北への道に拍車がかかる今、大一は再び立ち上がると錨を作り出すと、油断なくユーグリットを睨みつける。
『やはり強い…!』
「当然だ。未熟な兄である貴様ごときに負けるような私ではない。そんな化け物じみた能力を得ても、それほどの手傷を負ってまだ戦うか」
ユーグリットの指摘は確かに正しかった。全身は生々しい傷跡や焼け焦げた跡があり、鼻と口からは出血している。歯や角も一部折れており、満身創痍を表したような姿であった。
にもかかわらず、彼の眼の輝きは失われておらず、肩で呼吸をしながらもハッキリと言葉を紡ぐ。
『言ったはずだ。ロスヴァイセさんもお前も救うと』
「英雄でもない化け物の貴様にそんなことが出来るものか!」
『そんな俺だからこそだ。英雄は多くのものを守る。子ども達の未来、世界の期待、数えきれないほどにな。それを奪おうとする化け物を救うには、同じ化け物が適任だろうよ』
「屁理屈を…!」
『だがその言葉でお前が迷っているのは事実だろう。お前は俺と違って賢いし真面目だ。心が壊れても、自分が後戻りできないことを理解している。そんなお前を救うためには、倒すしかない』
「抜かせッ!」
激昂するユーグリットは両腕を合わせると魔力を溜めていく。赤龍帝特有の赤いオーラを可視化されるほどに纏い、次の一撃の規模の大きさを理解するのは十分であった。
『次で決めるぞ、ディオーグ!シャドウ!』
『ここが正念場だぞ、小僧!打ち破って強くなったと証明してみろ!』
『レプリカでも神滅具…僕は超えてやるぞ!』
ユーグリットが撃ち出した魔力のオーラを前に、大一は力を感知する。魔力の濃さ、規模共に自分が相対してきた中でもトップクラスの破壊力を感じられたが、同時に力に無駄がありまばらな印象を受けた。
大一は右腕の拳を錨の切っ先のように変化させると、同時に腕を絞るようにねじっていく。そして向かってくる魔力のオーラに対して、正面の弱いところを感知すると、その一点に向かって右腕で突いた。ドリルのように回転する右腕の突きは魔力を貫いていき、敵の渾身の一撃を砕いていく。
「私の力がッ!赤龍帝の力がッ!」
焦りと狼狽えが見られる声が絞り出される中、ついに大一の右腕は攻撃を打ち破り、ユーグリットの腹部に痛烈な一撃を入れこんだ。ひびの入っていた赤龍帝の鎧は完全に砕かれ、ユーグリットは呆然としたように呟く。
「姉上、私も『赤』になったんですよ…それなのに…どうしてこんな兄に…」
たった数秒のはずなのに、あまりにも長い時間が立ったように思えたユーグリットは大きくのけぞり、背中から地面に倒れて気を失った。
相手が倒れたことを確認した大一は龍人状態を維持できずに戻る。シャドウが代わりに形成していた右腕も消え去り、ボロボロの状態で前のめりに倒れかける。それをロスヴァイセが抱きしめるように支えた。
「大一くん、また無理しましたね…」
「これくらいなんてことありませんよ…それよりもごめんなさい。あなたを敵の手に渡さないと約束したのに…」
「気にしていません。あなたが私を助けてくれたんですから。本当に…ありがとう…!」
喜びと安堵の涙を目に溜めるロスヴァイセと満身創痍の大一の下に、間もなく仲間達が迎えに来る。先ほどとは打って変わって、あまりにも静かな時間が流れていた。
オリ主のタイマン勝利が久しぶりな気がします。
そろそろ17巻もクライマックスですかね。