3学期が始まると、多くの変化が訪れていた。3年生は自由登校となり、後輩たちは次の年度の準備に奔走する。新たなスタートを切るオカルト研究部は、次年度の方針決めを中心に、アーシア部長を筆頭として準備を進めていく予定であった。部員についても、すでにルフェイやベンニーアが来年の1年生として入部予定のため、尚のこと必要なことであった。
またゼノヴィアとイリナは、生徒会長の選挙活動に力を注いでいた。去年の暮れに彼女の正体を知ったクラスメートの桐生の助けもあり、その本気度が窺える光景であった。
しかし学園生活を堪能するだけともいかないのが現実であった。この日、部室に元も含めたオカルト研究部と生徒会メンバーが集められると、アザゼルが渋い表情で話し始めた。
「新学期早々で悪いんだが、あまりよくないニュースだ。ま、最悪ってほどでもないんだが、お前らの耳には入れておいた方がいい。教会側の一部信者───主に所属していた戦士たちがクーデターを起こしたのは去年の暮にも話したな」
アザゼルの言葉にメンバーは頷く。悪魔や堕天使と敵対しないことを伝達されたことで、多くの教会の戦士たちが不満を抱えて生きていた。イリナのように割り切れる者もいたが、一方で悪魔や堕天使に並々ならぬ激情を抱いている者もいる。彼らの我慢が限界に達した結果、クーデターを発生することに繋がった。
「実は大半が収拾してきてな。大勢がすでに捕らえられている。だがクーデターの首謀者とされる大物3名は逃亡中だ。いまだ多くの戦士がそれに付き従っている。司教枢機卿であるテオドロ・レグレンツィ猊下、司祭枢機卿であるヴァスコ・ストラーダ猊下、そして助祭枢機卿であるエヴァルド・クリスタルディ猊下です」
「…名前を聞いたことのある者たちばかりね」
リアスが顎を撫でながら唸るのと同時に、大一の中では陽炎のように揺らめいた感覚が走る。3人ともトップである教皇に準ずるレベルの権力者であり、それ以上に武勲を上げたメンバーでもあった。
筆頭となるストラーダはデュランダルの前所有者であり、御年87にもなる高齢の身でありながら、生ける伝説と呼ばれるほどその実力は健在であった。実際、第二次世界大戦の際にはコカビエルとも戦い、彼ほどの堕天使を追い詰めた実績がある。
クリスタルディもエクスカリバーの前所有者で、現役時代には3本同時に扱っていた。理論上では6本すべて使うことが可能と思われており、その技術は研鑽を続けられている。
そして3人の中で地位がトップであるレグレンツィは最年少でありながら、司教枢機卿にまで上り詰めており、若いながらもずば抜けた才覚を誇っていた。
この3人と付き従う戦士たちが逃亡中であったが、捕らえた戦士から事情を聴いたところこの町を目的としていることが判明された。アザゼルとしては、3大同盟の核たる象徴である「D×D」への邂逅を望んでいることを想像していた。もちろん、このまま穏便に終わるなど誰も思っていなかったが。
「ま、そこまで気を張るな。今回は血なまぐさくはならないだろうよ。実際、ヴァチカンで起こったクーデターも怪我人は出たものの、死者までは出ていない。転生天使たちも躍起になって止めてくれたそうだからな。今回はあくまで存在意義に苦悩した戦士たちの不満が爆発した結果だ」
「…ですが、戦いになる場合も想定して当然でしょう。こちらも極力命の奪い合いをしないよう心がけますが、何が起こるかわからないのが現状です。…この状況下でテロリストの横やりもあるかもしれませんしね」
「用心にこしたことがないのはソーナの言う通りだ。噂じゃ、事の始まりはリゼヴィムの野郎が教会上層部を煽ったのが原因とも言われているからな。あの男は扇動の鬼才だ。加えて、敵の陣営には上位クラスの天使だっているんだ。尚のこと、やりやすかっただろうよ」
アザゼルは肩をすくめて答える。結局のところ、今回の一件もクリフォトが大きく関係していた。混乱をもたらすことに定評のある男に加え、先日の戦闘で判明したブルードことハニエルの存在が教会のクーデターを決定づけさせたのは想像に難くなかった。
とはいえ、アザゼルはこの一件すらもひとつの機会として捉えている節があった。
「ゼノヴィア、イリナ、木場、聖剣に関わる者としては先達を乗り越えてこそだ。もし、そうなったとき、お前らは全力で超えてみせろ。『D×D』に名を連ねる以上、それができてこそあくどい連中への切り札となる」
「…先達を超える、か」
アザゼルの言葉に、ゼノヴィアは思慮深く呟く。その言葉が彼女にとって、何を思わせたのか、その真実に気づく者は本人以外にいなかった。
「各自、教会クーデター組もそうだが、クリフォト相手にも警戒は怠るなよ」
この一言で緊急の報告会は終わりを告げた。聖剣に関わる者たちが強く想いを馳せる一方で、それに勝るとも劣らないほど大一は考えを巡らしていた。教会のメンバーを聞いたときに、シャドウによる黒い感覚が揺らいだことが彼の心に楔を打ち込んでいた。
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その日の深夜、兵藤家地下にある屋内プールにはオカルト研究部メンバー、デュリオ、グリゼルダ、ヴァ―リチーム、幾瀬鳶雄が集まっていた。なんでも一誠とリアスが新たな技を考案しており、それにあたりヴァ―リのサポートも入れながら完成へとこぎつけていた。
その力を見せ終えた後、鎧姿の一誠と全身にオーラを纏わせたリアスが立っていた。溢れ出る力の余波はプールに凄まじい水しぶきを上げさせており、彼らの合体技の力強さを物語っていた。
技の練習が終わると、そのまま一行はプールでブレイクタイムとなるが、大一は椅子に座って静かに目を閉じていた。傍から見れば、このまま眠り込んでしまうような姿であったが、実際のところは頭の中で2つの意識と話していた。
(なあ、シャドウ。今日の話で出ていた3人の教会の戦士について何か知っているのか?)
『別に…そんな特別なことではないよ』
(うざってえな。その名前を聞いたとき、お前の感情のブレを俺も小僧も感じ取ったぞ。それどころか、いつものお前ならさっきのエロ弟と赤髪女の合体技にも文句を言ってそうなところ、まるで眼中になく無反応だ。そこまで知られているのに、ごまかす必要はないだろうが)
ディオーグが苛立ちを隠さずに、体があろうものなら歯を鳴らしているような雰囲気で話す。
『…レグレンツィは知らないが、ストラーダとクリスタルディはちょっと面倒なんだよ。昔、戦ったことがあるからね』
(なんだ、その実力にビビっているということか?)
『まあ、それもあるな。あの2人は本当におかしい。人の身でありながら、その実力は人間離れしているよ』
(面白いじゃねえか。そういう奴ほど実力は肌で感じたいものだ)
獲物を狙う猛獣のような印象を受けるディオーグの声は驚いていた。戦いを渇望する彼はシャドウの不安とは真反対の方向へと突き進んでいる様子であった。
しかし大一はシャドウの不安がこれだけだとは思えず、さらに言及する。
(本当にそれだけか?俺はどうもそれ以外にもあるように思ったんだが)
『…あいつら自身と直接のかかわりはない。ただ昔に憑りついた奴が、彼らの部下だったんだ』
シャドウの言葉に、大一は合点がいく。ストラーダとクリスタルディの部下となれば、彼らが戦ったのはその無念を晴らす為だったかもしれない。もっと言えば、彼らに付き従っている戦士となれば、その憑りついた人間と知り合いがいてもおかしくないだろう。要するに、シャドウは彼らにとって恨みの対象であるということだ。
シャドウの言葉に、ディオーグは意外そうに言う。
(お前にも後悔なんてあるのか)
『後悔なんてしていない!僕を勝手に捨てた天界に仕える教会だ。恨みしかない!』
きっぱりと言い切るシャドウであったが、一拍置くと疲れたように話を続ける。
『ただ奴らの気持ちを…受け止められるかが不安なんだ』
シャドウとしてもどうしてこんな感情を抱くのか、わからなかった。復讐として多くの勢力で混乱を引き起こしてきた。自分の力を証明するために多くの生物に憑りついてきた。それに後悔を感じたことは無かった。
しかし今はどうしようもなく教会の戦士と邂逅することに、言葉に出来ない不安を感じていた。彼らが自分に抱く恨み、怒り、悲しみ…それらを受けられるかが不安であり、同時にモヤモヤとした黒い塊が己を蝕んでいくような気がした。頭の中に「罪悪感」という言葉が生まれたが、シャドウはそれをすぐに振り払おうとした。それでも雁字搦めのように全身にまとわりついているような気がした。
(ひねくれた性格の割には、真面目なことを考えやがって。面倒な野郎だ。過ぎ去ったことをうじうじと考えて、何の得もないだろうが)
『そ、そうかもしれないが…』
ディオーグの指摘に、シャドウは言いよどむ。いつもであれば、シャドウに対して支えのひとつでも出せる大一であったが、この時は異常なほど舌が重く感じ、背筋に悪寒が走るような気分であった。
(影野郎も小僧もちょっとは強くなったかと思えばこれだ。情けねえ)
(俺は何も…)
(他の奴らを騙せても、俺を騙せると思うなよ。ついこの前に、妖怪どもと会った時からお前の様子がおかしいのはわかる。特訓中の動きのずれが酷いんだよ)
ディオーグの言葉は正しかった。元日に京都から帰ってから、大一の動きは本人でも気づかないほど微細でありながら、確実にずれていた。本人が感じた不安が、間違いなく表に出ていたのであった。
大一が強い不安を抱いたのは、生島が落とした写真を見てからであった。それを見た時、彼は自分の身体と頭の中身が混沌に陥ったような錯覚を抱いた。今よりも若い姿の生島と共に映っていたひとりの少年…それは彼が忘れずに後悔の念を抱いていた友達の顔であったのだ。
(なぜ気づかなかったんだ…)
大一は苦々しく自答する。生島正、彼が悪魔になるきっかけの要因となった友人であった。自分よりも先にはぐれ悪魔に食われて、その翌日に彼の顔を持ったそのはぐれ悪魔の顔に錨を振り下ろした。
そしてリアスの眷属となった彼が契約した相手が、生島純であった。強烈なインパクトを与える彼であったが、思いやりと力強さに溢れている男で、自分には勿体ないほど素晴らしい契約相手であった。
2人とも同じ名字で、3年以上の付き合いがあるにもかかわらず、大一はその関係性に気づくことが出来なかった。純の方は息子の死に大一が関わっていることを知っているのだろうか。知っていようがいまいが、心から謝罪を彼に行うべきではないだろうか。「仕方ない」などという言葉で片付けるにはあまりにも重い現実に感じた。
「大一、大丈夫?」
声が聞こえた大一はゆっくりと目を開けると、声の主へと視線を向ける。布面積少なめの水着姿の朱乃がその過激かつ艶っぽい恰好とは対照的に、心配そうな表情で彼に目を向けていた。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れているな」
「でしたら、もう休む?あまり無理してはいけないわ」
「ありがたいが、朱乃はいいのか?」
大一の視線の先には、わかりやすいほど興奮している一誠にオイル塗りをしてもらっているリアスの姿があった。屋内であるためオイル塗りなど必要ないのだが、スキンシップを狙って彼女は恋人に頼んでいた。これについてイリナやレイヴェルも羨ましがり、一緒に参加しようとしていた。
そして朱乃の手には同様のものが握られており、何を期待しているかは明白であった。
「あなたの体調の方が大切よ」
「スタミナには自信がある。それよりも大切な人との時間だ。それに半年前のプール開きではなんだかんだで断ってしまったからな」
「らしくない台詞なんだから…でも嬉しいわ」
にっこりと微笑む朱乃は、大一の手を取ると握ると誘導するように優しく引く。そしてプールサイドに敷いてあるマットに横になると甘えるような声を出す。
「じゃあ…お願い」
「了解」
大一は小さく頷いて彼女の体にオイルを塗り始める。柔らかい肌は彼に一種の緊張をもたらしたが、それ以上に愛する人と触れ合っている事実が彼に幸せをもたらしていた。
同時にあまりにも幸せであると感じること自体に、罪悪感を抱いていた。友達が襲われたときに自分が助けられることができていれば、生島正は今も生きて彼以上の幸せを享受していた。生島純は息子を失った悲しみを味わわずに、家族との生活を満喫していた。
自分の無力さがあの親子の幸せを奪い、悪魔となってからも会い続けてその悲しみを引きずらせていたと思うと、大一は己の幸せを感じるほど心が締め付けられるような想いであった。
そんな想いをよそに、黒歌と小猫も彼の下にやって来る。
「お?いいことやっているにゃん♪次は私にもして欲しいな~」
「姉様、抜け駆けはダメです。先輩、次は私に泳ぎを教えてください。オ、オイル塗りも…!」
「我が妹はいつの間にかムッツリスケベになっているわね」
「まだ私が終わっていませんわ。ねえ、大一…」
「…ああ、わかっている」
大一の陰に満ちた感情は、理性によって丁寧に包まれていた。仲間達に相談せず、支えると約束してくれた彼女にも吐き出さず、己の問題として決着をつけようとしていた。自分なんかのために他人を巻き込むことを嫌い、いつもの自分を振る舞うように強く意識していた。もっともその感情は危うく、破滅的な方向へと向きかけていた。
(…俺なんかが幸せになっていいのかな)
彼の変化について察していたのは、中にいる龍と神器であった。しかし変化のきっかけに関わったロスヴァイセも疑いを持ち始め、心配そうに彼を見守っていた。
もうディオーグに頑張ってもらうしかないですかね…。