D×D 悪魔の兄弟   作:水飴トンボ

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割と似てると思うんですよ、この2人。


第176話 謝罪

 闇と冷たい空気が満ちる中、大一はロスヴァイセと共に歩いていた。1月の夜はさすがに肌寒く、道中には雪もある。楽しい外出とはお世辞にも言えない。元より緊迫した彼女の様子から、深夜の外出に心躍らせるような感情は持ち合わせていなかったが。

 少し前を歩くロスヴァイセに、大一は不思議そうに問う。

 

「ロスヴァイセさん、どこに向かっているんです?」

「部室です。あそこから生島さんの店に転移します」

 

 その名前を聞いたとき、大一の眉が無意識にピクリと動く。心臓の鼓動が異常に速くなり、自然と体が強張る。前を歩くロスヴァイセは彼の微妙な変化は気づかなかったが、自分の行いに苦々しさと申し訳なさを抱くように話を続ける。

 

「まず謝らなければなりません。日中に生島さんと連絡を取って、正月の写真を拾ったのはあなたであることを説明しました。その後、大一くんと話す機会が欲しいとのことだったので、私がこの時間に連れ出すと約束したんです」

「…どうしてそんなことを」

 

 大一の声には非難こそ無かったが、その言葉は冷静を通り越していつもの彼にしては冷たさすら感じられるような声色であった。同時にわずかに震えており、動揺を隠しきれておらず、矛盾した要素が混在していた。

 これだけでも彼の問題の根深さは伝わってきたが、ロスヴァイセは意を決して答える。

 

「大一くんがお正月から、いや生島さんの写真を見ていた時から様子がおかしかったからです。二人の間にどんな事情があったかは知りません。でも大一くんも生島さんも大切な恩人だから、私はあなた達の力になりたいんです」

 

 真っすぐで力強い言葉は彼女らしさを前面に押し出していた。愚直な真面目さは美徳として存在しており、それが大一には非常に眩しく感じた。アウロス学園で教師として子どもたちに慕われていた時と同じく、自分とはまるで違う特別さが感じられた。

 それを目の当たりにするほど、今回の一件を彼女の前で明かすのは躊躇するのであった。

 

「…ロスヴァイセさん、あなたはいい人です。だからこそ巻き込みたくない。俺はこれからひとりで行きます。元々、俺が自分でケジメをつけるべきことだったんだ。このことに関わっちゃいけない…」

「私は最後まで見届けるつもりです。生島さんも同意の上ですよ」

「あの人はどういうつもりで…いや、つまり知っていたのか…だったら尚のこと…」

 

 雪による歩きにくさとは別に足取りが重い。着込んでいる服装の中で気持ちの悪い汗が流れる。頭の中で整理がつかなくなっていく大一は、進むべき道がわからなくなっていた。

 そんな彼の左手をロスヴァイセは握ると、引っ張っていく。

 

「行きましょう」

 

 一向に前を見ている彼女がどんな表情をしているのか、大一には分からなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十分後、全身が鉛のように重く感じる大一はロスヴァイセと共に転移する。そして何度も見てきた生島の店へとその姿を現した。

 

「いらっしゃい、二人とも」

 

 寝間着の上にガウンを羽織った生島は穏やかに出迎える。もっともその表情はいつもと比べると憂いに満ちていた。そんな契約相手の姿にロスヴァイセは緊張した面持ちでつばを飲み込む。

 一方で大一は生島の姿を確認すると、喉まで来ていた言葉を飲み込む。彼に対して、問いたいことはいくらでもあったが、それよりも優先するべきことがあるのだから。彼は静かに姿勢を低くすると、そのまま両手と額を床につけて土下座した。

 

「生島さん、申し訳ありませんでした…!自分のせいで…あなたの息子を死なせて…それどころか今までそれを知らずに…あなたの契約相手として会っていたこと…心からお詫びします…!」

 

 乾ききった口から地獄でも見てきたかのように絞り出された声は、決して大きくないのに部屋にいた者の耳に響き渡っていた。しかし開口一番に出てきた謝罪は、大一にとってあまりにも薄く感じた。謝罪の気持ちは確固たるものであった。その想いもすべて今の言葉に込められている。

 しかし言葉だけならいくらでも発せられる。目の前にいる男の方が自分以上に心を砕いていたはずなのだ。それを思えば、自分の謝罪など…。

 友達が先にはぐれ悪魔に襲われたこと、その顔を奪った相手に自分が手をかけたこと、その残酷な事実に関わりながらも彼の親と3年以上も顔を会わせてきたこと…まるで走馬灯のように一気に駆け巡り、彼の頭を頑なに上げさせなかった。

 そんな彼の姿に、生島は息を長く吐くと、動揺しているロスヴァイセに視線を向ける。

 

「…ごめんね、ロスヴァイセちゃん。無理言って、彼を連れてきてもらって」

「わ、私は…」

「おっと、言っておくけどあなたも悪くないんだから、責任を感じる必要は無いのよ。そう、誰も悪くないのよ…」

 

 寂しそうな様子で生島は、いまだに頭を下げている大一へと視線を移す。いつものエネルギッシュな要素は鳴りを潜めており、見た目に似合わない品の良い夫人のような雰囲気を纏っている。

 

「大一ちゃん、私はあなたを契約相手とした時から、そのことを知っていたわ。まさかこの3年以上、あなたを恨むために雇っていたとか思わないでしょうね」

「それでも俺の罪は変わりません…」

「そうね…あなたはそう言うわよね。あなたが私のことを理解しているように、私もあなたを理解しているつもりだわ。あなたの頑固さを、罪悪感も」

 

 大一の傷ついた姿は、生島にとって不本意であるが予想通りであった。自分の息子の死に関わっていることを知れば、彼の心はズタズタに引き裂かれ、苦しみに苛まれるだろう。悪魔として必死の姿を知っていれば尚更である。それゆえに、これ以上追い詰めないためにも生島は真実を明かそうとしなかった。

 これは生島自身のためでもあった。妻を失い、自分との関係性も微妙であった息子の死に心をつぶされた。そして息子の友が同じ苦しみと罪悪感に悶えるのを見るのは、勝るとも劣らない悲しみだった。

 

「どれだけ私が許すと言っても、世界が許しても、大一ちゃん自身が許せないんでしょうね」

「…ごめんなさい」

「いいのよ。だってそれがあなたでしょう」

 

 生島の表情が少しだけほころぶ。この日が来ないのに越したことはなかった。真実を知った男がわずかでも破滅への道を見出しかねないのだから。

 しかし同時にこの現実だからこそ、伝えられることがあるのも事実であった。生島は常々抱いてきた想いを、ストレートに切り出す。

 

「そういうあなただから生きて欲しいわ。そして幸せになって欲しい」

「俺にそんな権利はありません…」

「じゃあ、私の息子の代わりに幸せになりなさいよ。それがあなたの責任でもあると思わないの?」

「あいつがそれを…」

「望んでいるわ。あの子の親としてずっと見ていたからわかる。私の息子はあなたを恨んでいない」

 

 きっぱりと言い放つ生島の言葉に、ようやく大一は額を床から話す。その顔は何十年も悲惨に生きてきたかのように憔悴しきっているように見えた。

 そんな彼に対して、生島は言葉を続ける。

 

「それに私もあなたを恨んでいないし、生きて欲しい。あなたと一緒に生きた時間は絶望を感じていた私の救いでもあったのだから。

 ねえ、大一ちゃん。あなたには力があるでしょう。だったら生き抜いて、私や息子のような人を少しでも救って。そしてあなたを許す糧にしてちょうだい。息子の命と共に、その人生の使い方を考えて」

 

 生島の願いに、大一は大粒の涙を流す。黒影の事件の時ですら、仲間達に見せなかった熱いものを彼は公にしていた。彼のすすり泣く声が静かに店内に響いていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 生島の店で温かい飲み物を貰った後、大一とロスヴァイセは帰路についた。向かう道中では震えるような寒さも、涙で火照った顔には心地よく感じた。

 精神の疲れを表すかのような足取りで進みつつ、大一は横に並んで歩くロスヴァイセに話す。

 

「ロスヴァイセさん、ありがとうございます。踏み出すことのできなかった俺にここまでしてくれて…」

「むしろ私は申し訳ないです。生島さんの息子さんの死に大一くんが関わっていたなんて…」

「俺が…悪魔になったきっかけなんです。はぐれ悪魔に襲われた時に一緒にいたのが、生島さんの息子だったんです。俺にとっても友達で…それを知らなかったからあの時の写真を見て驚いたんですよ」

「…配慮が足りませんでした。もっと良い方法があったかもしれないのに」

 

 淡々と話す大一に、ロスヴァイセは申し訳なさそうに顔をしかめる。彼も生島も本当のことを話さないと確信のあった彼女の取った行動は、真実を伝えて2人を引き合わせることであった。その関係性は自分が突っ込むところではないが、いざという時はフォローも入れようと考えていた。

 しかし実際のところは口出しひとつできず、ただその真実と光景に呆然とするしかできなかった。大一がどれほど後悔と無力感に苛まれているか、生島への複雑な罪悪感を抱え込んでいるか、それを理解するのに時間はかからなかった。

 後悔を感じている彼女に対して、大一は否定するように首を振る。

 

「最善でしたよ。あなたのおかげで、また前に進める。やっぱりロスヴァイセさんは素敵な人ですよ。俺はいつも助けられてばかりだ」

「…私はそこまで大層な人間じゃありません。大一くんの方こそ、いつだって皆のために頑張っているじゃないですか」

「いや俺よりもロスヴァイセさんが…なんか前もこういったことありましたね」

「ええ、ありました。あの時はお互いに謝ってばかりでしたが」

 

 2人ともフッと笑みがこぼれて、安堵の感覚が醸造される。冷えた空気の中で緊張とは無縁のやり取りは心を温めた。

 やっと彼の心からの笑みを見たロスヴァイセは静かに問う。

 

「もう大丈夫ですか」

「完全とは言えませんよ。俺の中では、あいつのことはいつだって抱えますし、今はそこに生島さんも加わった。やっぱりこの問題とはずっと向き合っていくしかないんです。でも俺が生きていることで喜ぶ人がいた。だったら…やるしかないでしょう」

 

 大一の声はいつもと変わらない。しかしロスヴァイセにはユーグリットの件で不安を抱えていたあの夜と同じ強さを感じられた。

 ようやく彼が戻ってきたことを実感したロスヴァイセは穏やかに言葉を紡ぐ。

 

「…生島さんだけじゃないですよ。大一くんに生きて欲しいと思うのは」

「優しい言葉をかけられたら、また涙が出そうになりますよ。しかしよく俺と生島さんに何かあるのを気づきましたね」

「しゃ、写真を渡しましたし…」

 

 頬を指で掻きながらロスヴァイセは答える。その言葉は事実であったが、理由の一端でしかなかった。生真面目さ、仲間のために戦う責任、不安を抱え込む自己犠牲的な面…彼との共通点は覆い隠された動揺に気づかせた。大一の苦しみを知り、彼の力になれたのだ。

 それが心地よく、同時に不相応に感じた。自分ではこれが限界であった。彼の幸せの助けになることは出来ても、その幸せになることはできない。そうなることが自分のささやかな願いであったとしてもだ。彼の隣にいるのは、自分以上に相応しい相手がたくさんいるのだから、仲間としている方が互いのためだろう。

 緊張と気恥ずかしさ、ほんのわずかな哀愁を胸に秘めるロスヴァイセにわずかに視線を向けた大一は軽く頭を掻く。言葉にしていないのに、その空気はどこか既視感があった。

 ただそこに触れるのは彼も緊張し、それを振り払うかのように話題を変える。

 

「例の教会からの挑戦、気をつけましょう」

「は、はい!私もしっかり準備しますから!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一達が帰った後、生島はグラスに入った琥珀色の液体をちびちびと煽る。片手にグラス、片手にペンを持ちながら特殊な紙に文章を書きこんでいた。ルシファー眷属の炎駒に、今回の一件を全て報告するために、メッセージを残していたのだ。おそらく仕事ですぐに連絡は来ないだろうが、生島も吐き出さなければ気が済まなかった。

 全て書き終わった生島はライターで紙を燃やす。一瞬で消え去り、煙が不思議な紋様を描くのを確認すると、グラスに残った酒を煽った。

 

「ずるいことをしたわね、私も…」

 

 大一には力がある、それを知っているからこそ、自分の密かな願いを押し付けるような方法を取ってしまった。大一に生きて欲しいことと、自分のような悲しみをこれ以上増やさないで欲しいこと、この2つを彼の罪悪感を利用して背負わせてしまった。

 

「でもあの子ならやり遂げられるでしょう」

 

 生島は取り出した息子とのツーショット写真を憂いのこもった眼で見つめるのであった。




これでオリ主のメンタルは、根深さのある挑戦の準備ができたと言えるでしょう。
関係性は…はい。
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