決闘まで3日しか無かったが、その数日もかなり中身の濃いものであった。大一にとっては生島への謝罪がピークだと思っていたが、それに勝るとも劣らない出来事が起こった。
翌々日、タンニーンが兵藤家を訪ねに来た。前にも見せたミニドラゴン姿で、到着早々に彼は口を開く。
「実は、頼みがあるんだ」
タンニーンの打診はあるドラゴンについてであった。彼の持つ領地は平穏を求めて人間界から流れてきた龍がほとんどであるが、そこにいる絶滅の危機にあるほどの希少種「虹の龍(スペクタードラゴン)」が卵を産んだというのだ。当然、この卵の孵化には期待がかかるのだが、この龍の孵化は非常に難しく、冥界の風は相性の良いものでは無い。
「リスクを出来る限り下げたいがために駒王町の地下にある空間を借りようと思ったのだ」
「いいの?ここ、クリフォトに狙われているんだけど?」
「うむ、他に人間界で妥当なところが見つからなかったのだ。ここ以外の場所では、そのクリフォトに卵が狙われないとも限らない。ならば、危険は承知で強固な結界が幾重にも張られたこの地の、さらに地下深くの空間で孵化するまでの間だけ置いてもらえばいい」
断る理由は無い上に、人間界の環境であれば孵化も早く期待できる。彼らは快くタンニーンの依頼を引き受けた。
ただ最大の問題はこの卵を運んできた人物であった。しばらく待っているとその人物が現れたのだが、その黒いコートを纏った見た目にはうろたえるだけの理由があったのだ。
「クロウ・クルワッハ!どうしてお前が!?」
一誠が指を突きつけて驚きの声を上げるが、彼と同じ気持ちにならなかったメンバーはこの場にいなかった。伝説の邪龍の登場に全員が構えるが、それをタンニーンが抑止する。
「待ってくれ。話すと長くなるのだが…いま、クロウ・クルワッハは俺の食客になっているのだ」
『ええええええええええええっ!?』
「…俺はタンニーンに衣食住を提供してもらっている。その礼を果たしているだけに過ぎない」
一誠達が驚きのあまり大声を上げるのとは対照的に、クロウ・クルワッハは落ち着いた声で淡々と答える。正直、その事実を目の当たりにしたとしても首を縦に振って納得できるようなことではないだろう。
「クロウ・クルワッハは邪龍だ。魔神バロールの元眷属でもある。だが、まあ生粋のドラゴンでもあるだろう。ドラゴンであるなら、通ずるものもあるだろうと思ってな」
『他の邪龍どもに比べれば幾分かマシだろうが、油断はしないことだな』
「うむ、肝に銘じておこう。だがな…」
一誠の体から発せられるドライグの声に、タンニーンは頷くが彼としても気苦労はたしかにあったようだ。その証拠に視線がクロウ・クルワッハに向いており、彼はオーフィスと対峙していた。
「オーフィスか。俺と勝負しろ」
「我、ケンカしないようにイッセーたちと約束してる。無理」
「…そうなのか?それはどういう手順を踏めば可能となる?」
「わからない」
「…そうか」
この短いやり取りを終えたクロウ・クルワッハは無言で卵を抱え、オーフィスはその卵をぺちぺちと叩く。最強の龍と高名な邪龍のあまりにも間の抜けた光景にタンニーン以外の者は茫然としていた。
タンニーンの見立てでは、クロウ・クルワッハは人間界を見続けたゆえの価値観の揺らぎを感じているようであった。時代の移り変わり、文化、善悪…長い年月をかけて激動そのものを目の当たりにしたのだから、彼ほどの実力者でも変化が訪れているのかもしれない。その話を聞いて、一誠はドラゴンの純粋性を実感した気がした。
「どちらにしても、クロウ・クルワッハは俺のもとでしばらくドラゴンのことを見て回るそうだ。ちょうど、俺の領民には多様なドラゴン種族がいるからな。悪いが、兵藤一誠、グレモリーの者達よ。このことはあまり公言しないでもらいたい。俺は、この者を少し見ていたいのだ」
こうしてグレモリー眷属は虹の龍に加えて、邪龍関連でも複雑な事情を引き受けるのであった。
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決戦前日、大一たちはグレモリー家の地下フィールドで特訓をしていた。自主登校である3年生組は、いつもならば学園で思い出を話しているが、教会の戦士たちとの決戦を前に各々仕上げていた。
リアスと朱乃が隣で膨大な魔力をぶつけ合う模擬戦を行う一方で、大一はシトリー眷属のルガールとの模擬戦を繰り広げていた。彼もすでに大学生であったため、時間に余裕を見つけてトレーニングに参加してくれていた。
背中から黒影で生成した4本の腕を伸ばして拳を叩きこもうとするが、獣人となったルガールはそれをことごとく回避する。
『速い…!「戦車」のスピードとは思えないな』
『それが狼人間の特性でもある。しかしスピードだけでもないんだ』
淡々と答えるルガールは両腕で向かってきた2本の黒影の腕をつかみ、さらに軽くジャンプするともう2本の腕を踏みつけた。さらに四肢に魔法陣が展開されると発火して、影の腕を燃やしていく。
すぐに背中から切り離した大一は口から魔力を吐き出すが、ルガールはそれを片腕ではらうと一気に距離を詰めて痛烈なフックを繰り出した。
『…そちらも「兵士」とは思えない硬さだ』
『それはどうも…!』
ルガールの一撃を、大一は硬度を上げた腕でしっかりと防いでいた。お互いに腕がわずかに痺れるような感覚を抱いたが、それに反応する間もなく互いに後退して距離を取る。大一は黒影の錨を生成し、ルガールは両腕を発火させると、2人とも再び距離を詰めて力強い白兵戦に移行する。
大一が鋭く錨を振れば、ルガールは華麗に身を翻し、ルガールが炎の拳を叩きこもうとすれば、姿勢を一気に下げて避ける。攻撃が入っても2人ともしっかりと防御するため、激しい格闘戦でありながらほとんど傷が見受けられなかった。互いに打開の一手を思案するが、そこでソーナのよく通る声が響く。
「1度、休憩にしましょう」
この言葉を合図に、模擬戦をしていた4人は一斉に動きを止める。それぞれ壁際の飲み物やタオルを取りに向かう中、龍人状態を解除した大一はルガールに話しかける。
「いい模擬戦でした。ありがとうございます」
「俺の方こそ礼を言う。うちは搦め手が多いから、こういった格闘戦は嬉しいものだ」
ルガールの言う通り、グレモリー眷属と比べるとシトリー眷属はたしかに変化球的な戦法が武器であった。実際、フィールド外でソーナと特訓していた椿姫の禁手も複数の異能の魔物を発生させるというものであった。「望郷の茶会(ノスタルジア・マッド・パーティ)」、かの有名な物語「不思議の国のアリス」から着想を得たであろうこの禁手は、明日の挑戦でも猛威を振ることが期待できる。
もちろん鎧型の禁手を発動させた匙も格闘は出来るし、仁村や由良、巡といった近接が得意なメンバーもいる。ただ純粋な肉体面では、ルガールがシトリー眷属内ではトップでありそれゆえの感想なのだろう。
「しかしそのバランスの良さはシトリー眷属の強みじゃないですか。こっちはパワー一辺倒で祐斗が嘆いていましたし」
「グレモリー眷属も特殊能力の方面で言えば充分だと思うがな。…そういえば、キミはどうなんだ?」
「なにがですか?」
「ドラゴンとなれば、炎でも吹くかと思った」
「あー…いやディオーグ関連の能力は硬度と重さの調節だけですね」
この指摘に、大一は思い出すような表情をして答える。ルガールも特に不思議と思わなかったようでそのまま頷いていた。
「さて、もう少し反省会をしたいところだが、俺も大学で予定がある。主にあいさつだけして、戻らせてもらおう。明日は共に頼むよ」
「こちらこそ。ありがとうございました」
ソーナと椿姫の元へと歩いていくルガールの後姿を見ながら、大一は頭の中でディオーグに問う。
(言われて気づいたけど、お前って炎とか出せないの?)
(俺の武器はこの肉体だ。エロ弟の赤い龍や能面の白い龍のような特殊能力のオンパレードじゃないんだよ。ああ、でも重力の球を撃ち出していた)
(さらっと、初耳のすごい能力話しているぞ!?)
ディオーグの新たな情報に、大一は内心飛び上がるような驚きを感じる。過去まで聞いているのに、ここにきて更なる発見を知って半ば困惑していた。
(そもそも俺の重さを上げる能力はそこから来ている。龍の体だからこそ出来るようなものだから、お前には無理だ)
きっぱりと言い放つディオーグに反論する材料を大一は持ち合わせていなかった。彼と融合して、力を引き出した龍人状態になってからも、その能力に気づかなかったのだ。一誠が新たな能力に目覚めた時にドライグなどが気づいたことを踏まえれば、ディオーグの言葉は事実なのだろう。
(むしろてめえこそ、魔法を覚えたのに防御にしか使わないじゃねえか)
(いや、出来るんだけど実戦的じゃないんだよ。術式を組むのが瞬時に出来ないから、隙が生まれるし、その割にはリターンも少ないから)
(チッ、つまらねえ。技のキレも戻ったんだから、そろそろ出来ることも増やしていかないと厳しいぞ。ようやくまたひとつ罪悪感を乗り越えたんだから、もっとやってみろ)
(助言、ありがとう)
ディオーグの口調は荒いわりに、期待も感じられるものであった。たった数か月間ではあったが、精神的な困難を乗り越えるたびに大一が強くなっていることは、融合している彼が一番理解していた。もっとも理解していたところで、彼自身がそれを期待や信頼のような形で認めるかと言えば、話は別であるが。
そして大一も、精神的な安定を取り戻していた。生島と本気で向き合ったことは、彼の心の闇を払っていた。それゆえに以前のような強い決心を抱くことを可能にしている。
(あとは…影野郎。てめえもいい加減、ウジウジしているんじゃねえ)
『うえっ!?ぼ、僕はいつも通りだよ!』
(どんなにつまらねえ話にも首を突っ込んでくるお前が、黙り込んでいる時点で普通じゃねえんだよ。いい加減に覚悟決めろ。そいつらと明日には戦うんだからよ)
『わ、わかっているよ…』
言葉とは裏腹にシャドウの自信の無さは全くと言っていいほど隠しきれていなかった。マイナス的な感情を食い物にしてきた彼であったが、それに向き合うことには踏ん切りがつかないようだ。
彼が動揺しているところで戦闘に支障は無いのだが、ディオーグとしては苛立ちが募っていた。
(そんなに恨み募らせている奴を相手にするのを怖がる理由がわからねえな)
(昨日、クロウ・クルワッハの価値観が揺れているみたいなことをタンニーンさんが話していたけど、お前は一向にぶれないよな)
(俺は強いからな)
(説得力あるな…。とにかくシャドウ、心配する気持ちもわかる。だから一緒に向き合おう。お前の責任は俺の責任でもあるんだ)
『す、すまない、大一…』
どこかでは正面から本気でぶつからないといけない筈であった。それが本当に後悔や罪悪感を乗り越えることに繋がるし、相手との和解の道も開けるはずだから。
明日の挑戦はそういう意味では非常に厳しいものとなることが予想される。価値観の違い、悲しみの連鎖、消化できない無念…それらと向き合わなければならないのだ。
彼は生身である左手を見る。先ほどまでの模擬戦に加え、訓練して擦り切れた皮膚や潰れた血豆が印象的であった。かつてこの手には無力さを感じたものだが、今の彼には自信をつけるものであった。
「…本気でやらなければ」
「でも力みすぎは禁物よ」
大一の決意について、リアスが朱乃と共に向かってくる。それぞれジャージ姿にもかかわらず、美しさが際立っているように見えるのはもはや才能の領域だろう。
「わかっています。でも俺らしいでしょう?」
「否定はしないけどね、それであなたが苦労しているのも何度も見ているのよ。朱乃もそう思うでしょう?」
「…えっ?そ、そうだと思いますわ」
リアスの言葉に、不意を突かれたように朱乃は答える。大一の様子が以前と同じように感じたことに安心しており、リアスの言葉を完全に聞き逃していた。
彼氏に見惚れていたのかと思ったのかリアスは目を細めるが、特に追及せずに2人に話す。
「イッセー達が戻ってきてからも、少しだけ仕上げておきましょう」
「新しい部活の体制に、ゼノヴィアは生徒会長の選挙活動…あいつらも忙しいな」
「あらあら、大丈夫よ。頼もしい後輩たちは乗り越えられますわ」
「そうね。アーシア達が私たちとは違った部活を作り上げ、さらに盛り上げてくれるのを期待しているわ」
「その通りです」
眼鏡を軽く上げながらソーナと椿姫も会話に加わる。眼鏡の奥の瞳には期待の光が宿っているような印象を受けた。
「私も桃には今回の選挙についてバックアップをしていません。彼女ならば、十分に学んできたと思うので」
「良い心がけだと思うわ。でも勝つのはゼノヴィアよ」
「言ってくれますね…桃を舐めないでもらいましょう」
互いに笑顔でありながら、あっという間にバチバチと火花が散りそうな雰囲気を作り上げられるのを見て、他の3人は思わず身を引く。
「お互いに自分の眷属を応援は当然なんですけど…」
「まあ、リアスさんもソーナさんも負けず嫌いだしな」
「自分の眷属か…そういえば大一くんは兵藤くんが独立したら、グレモリー眷属に戻る予定なの?」
椿姫の問いに、大一は小さく首をひねる。いつになるかわからないが、その可能性も十分にあり得る話であった。ただしサーゼクスからの期待も受けている以上、この場で結論を出せるものでは無いだろう。
「まだなんとも言えませんね」
「私としては戻って欲しいですわ。大一と一緒にいたいもの」
「うーん、私たちの方は中級すらもいない状態だから負けていられないわ」
リアス、ソーナが落ち着きを取り戻すまで、3人は眷属と今後について話を広げる。3年生とはいえ、彼女らの未来も動き始めているのであった。
たまにネタを思いつくのですが、私の中でまずは本編を進めろと声がささやきます。