光は悪魔にとって毒である、それは常識であるが、今の大一にとってはそれ以上に向かってくる憎しみの方が精神を蝕んでくるように感じた。相手と武器をぶつけ合うほど、向かってくる攻撃を防御するほど、彼らのシャドウへ恨みを肌で実感する。そして扱う大一自身に対しても…。
『大一、キミは…』
『大丈夫だ、シャドウ。俺がいる。なんとかなる。心配するな』
苛烈な攻撃を防ぎながら大一は答える。相棒である神器からも感情の揺れが伝わってくるが、扱うことに迷いは無かった。
しかし相手が増えるほど、被弾する可能性も高くなる。先ほど投げ飛ばした戦士が槍で突いてくるのを、身体を逸らして避ける。しかし相手は懐から聖水の入った小瓶を取り出してそれを足元に叩きつけた。小瓶が割れて、中身が大一の右脚へと命中する。皮膚が焼けるような音と共に、別の戦士たちも武器を携えて接近してくる。
「これで…!」
『甘い!』
いたる箇所から黒影の腕を放出すると、彼らの身体の一部を掴み、一気に投げ飛ばす。何人かはそのまま伸びてしまい、よろけながらも立ち上がる者もいた。しかしすぐに距離を詰めることはせず、ひとりが苛立ちの声を上げる。
「バカにしているのか!」
『ああ?なんだ、いきなり』
「仲間達からの援護を断り、殺せるチャンスにも見逃す!さっきからそんなことの連続だ!今のだって俺たちを殺せただろう!」
シャドウの変幻自在な力を活かせば、今のタイミングで黒影を刃物にするなりして自分たちの身体を斬り落とすなり、心臓を狙うなり、チャンスはあったはずだ。
しかし大一は腕へと変化させて投げ飛ばすことに留めていた。気を失っても死ぬまでに至ったメンバーはいない。それを思えば、戦士が舐められていると思うのは当然だろう。
『…お前らだってクーデターで殺しはしていないだろう。お互い様だ』
「だから自分も殺さないと?悪魔のくせに…だが俺らはその神器を扱う貴様に容赦はしない!その神器をこの世から消すためには、貴様を殺しだってする!」
『…』
「そんな神器を使いながら、今さら手を抜いて情けをかけるのか!そんな哀れみを抱くくらいなら、いっそのこと殺してみろ!または潔く俺らに討たれろ!殺す覚悟も無い腰抜けか!」
息も荒く戦士たちは、大一とその神器に苛烈な敵意を向ける。恨み骨髄の相手に、情けをかけられるのは屈辱的であった。命を懸ける覚悟が無い悪魔に、甘く見られるのはプライドが許せなかった。怒り、屈辱、恨みといった負の感情がぐつぐつと煮えたぎる。あの恐ろしい神器に狂わされた同志の顔がちらつく。その仇を扱う悪魔が自分たちとは対照的に、まるで舐めきった様子で挑んでいるのは…。
『俺は…死ぬつもりも殺すつもりも無い。だからこそ全力で戦っている』
大一の声は静かでありながら確固たる強さがあった。恨みを燃え上がらせる彼らでも、その様子には思わずたじろぎ警戒を強める。
「ふざけているのか?」
『本気だ。中途半端な戦い方で、あなた達に通用するものか。だから攻撃に全霊を込めている』
大一がシャドウを扱うにあたり、腕などの体の一部や錨といった馴染んだものの方が瞬時に形成し、魔力も通すことが出来た。そのため相手が指摘したように刃物を形成するのは実戦的ではない。
もっとも仮にシャドウの能力で完全に変化できたとしても、彼は今の戦闘スタイルを崩さなかっただろう。それは自惚れや油断ではなく、この戦いだからこそであった。
『あなた達がどれだけシャドウを恨んでいるか、今の戦いで充分に伝わってくる。それを思えば、俺らを殺したいと思うのは当然のことだ。しかしそれでもこの命を差し出すわけにいかない』
「結局は悪魔ということか…!利己的だな!」
『そう思ってくれてけっこう。こんな俺でも…生きて欲しいと願ってくれた人たちがいる。そして俺もシャドウやあなた達に同じくらい生きて欲しいんだ』
生島やロスヴァイセの想いは、たしかに大一に響いていた。どれだけ罪の意識に押しつぶされそうになっても、憎しみを受けても、自分の存在を望んでくれる人たちのために、以前のような死ぬための戦いを選ぶつもりはさらさら無かった。
それは自分の命だけではない。シャドウや戦士たちも生かすことが重要であった。彼らを生かす戦いは、己の魂を守ることに繋がる。
だからこそ、魔力を通すことに妥協はしなかったし、持てる能力を活用している。まさに生きるための戦いに全力で挑んでいるのであった。
「そんな…綺麗ごとを…!」
息を切らす戦士たちは武器を構えて、再び大一へと向かおうとするが、そこに突如として虹色のシャボン玉が出現した。それは校庭中に現れており、突如として戦士たちはボロボロと涙を流し始めた。よく見ると、仲間たちの中でも静かに涙をこぼす者もいる。
『なんだこれ…?』
口元の血を軽く拭いながら、大一は怪訝そうにつぶやく。あれほど敵意を向けていた相手が、いきなり戦意が削がれた様子にはさすがに面食らう。
「このシャボン玉は…こちらの陣営のものかしら?」
「ええ、そうです」
リアスが口にした疑問に応じたのは、祐斗であった。彼の傍らにはイリナもいて、クリスタルディとの勝負に決着がついたようであった。
「このシャボン玉はジョーカーが作り出したもので、相手の大切なものを思い返させて戦意を鈍らせるもののようです」
デュリオの創り出したシャボン玉は触れた物に大切な人とその思い出を想起させるものであった。トップクラスの神滅具を扱う彼が生み出したこの能力は、彼の願う世界の尊さと救いを体現したものであった。
『俺や一誠はなんともなさそうだが…』
『エロ弟の方は知らねえが、お前はそもそも意識が3つもあるような状況だから効果が薄いんじゃねえのか。それに俺が戦意を鈍らせたことは無い』
『嬉しくない説得力だな。もっともこれで済まない相手もいるようだが…』
大一の視線には、対峙している戦士たちに目を向ける。シャボン玉の効果で戦意を失った者もいるが、4人ほどふらつきながらも立ち上がって武器を強く握りしめ直していた。涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながらも、再び大一への敵意を甦らせていた。
「まだだ…!俺らは…あいつのために…!」
自身の精神に鞭を打つかのように、彼らは走り出す。シャボン玉が彼らに見せた思い出は、シャドウによって狂わされた同志との修行の日々であった。厳しくも満ち足りていた日々の思い出は戦いへの意欲を削いだが、それでもその日々を奪った元凶が目の前にいること思うと、彼らは心を無理やりにでも叩き起こして向かっていった。
これに対して、大一は黒影の腕を2本増やすと、相手の攻撃をそれぞれの腕に持った錨で全て受け止めた。
4人がかりでもまるで動かない重さに、嗚咽を漏らしながら呟く。
「殺せ…!お前にとっては取るに足らない相手だろう…!」
『さっきも言ったはずだ。俺は全力で戦っている』
「だったら、尚のこと殺せるはずだ…!お前が本気なら…!」
本望とは言えない。それでもここで殺されれば、この苦しさからも解放されると信じていた。同志を思うがゆえに、負の感情でしか生きられない日々から。
『本気だからこそ、俺は殺さない。あなた達とは分かり合えるはずだ』
「一生恨むぞ…!」
『それでもいいさ。しかし許されなくても、分かり合うことは出来ると信じたい』
「…偽善者が」
苦しそうに呼吸しながら、彼らは静かに倒れこむ。すっかり消耗して意識もおぼろげな様子で、戦いへの意志は感じられなかった。
大一が黒影の腕を引っ込めると、ディオーグの呆れた声が口から発せられる。
『ふん、つまらん。甘いんだよ、小僧』
『俺はそうは思わないよ。今後もこういった罪に向き合うことはあるはずだ。死んで全ての荷を下ろすことも出来るかもしれないが、そんな楽な道を選んではいけないんだ。それに討たれることで、相手に業も背負わせたくない』
『死なないための言い訳にも聞こえるがな』
『それもあるな。俺のことを大切に思ってくれる人たちがいるんだ。俺は相手も生かし、俺自身も生かすために命を使うよ』
大一とディオーグの会話に、シャドウは何も言えなかった。宿主の覚悟を目の当たりにしたものの、今もなおどうすることが正しいのかは決めかねていた。
たったひとつの体に三者三様の意識が渦巻く中、仲間達と合流する。このシャボン玉は発生したおかげで戦士たちとの戦闘は終息したかに見えた。実際、大一に向かっていった戦士たち以外は、ほとんどが戦意を削がれている。ただ一人を除いて…
「これはこれは…綺麗なシャボン玉ではないか」
ヴァスコ・ストラーダは年相応の笑みを浮かべながら、重い腰を上げる。手にはデュランダルのレプリカが握られており、いよいよ静観を終えるようであった。
祭服を脱ぎ捨て、露になった上半身はサイラオーグにも劣らないほどの筋骨隆々の肉体であった。握られているデュランダルのレプリカが小さく見えるほどガッシリしており、80歳相応の老人の顔とはあまりにも不釣り合いな姿であった。同時に与えてくるプレッシャーも人間とは思えず、邪龍にも匹敵するほどに感じられた。
「では、教義の時間といこうか。悪魔の子供らよ、学んでいきなさい」
先手を取ったのは、合流した祐斗とイリナであった。聖魔剣とオートクレール、鋭い太刀筋は名剣に相応しいものであった。
しかしストラーダは祐斗の聖魔剣を素手で掴んで、それを止めていた。
「いい剣筋だ。的確であり、なによりも相手が人間でも躊躇いがない。しかし素直すぎる。まだ鍛錬が足りない」
祐斗の聖魔剣を素手で割ると、そのまま裏拳で彼に対して打ち込む。剣で防ぐもその威力は彼を一気に吹き飛ばした。
続けてイリナの攻撃も、剣を2本の指で挟むとなんてことない様子で放り投げてしまう。
「ならば魔法です!」
後衛のロスヴァイセが大量の魔法陣を展開すると多種多様な属性魔法を撃ち込む。彼女お得意の戦法であったが、ストラーダは指一本で触れていくだけでことごとく魔法を霧散させた。
「術式自体を崩したというのですか!?」
「魔法とは、計算だ。方程式を崩す理をぶつければ相殺、あるいは壊すことが可能なのだよ。特に若い使い手は式が洗練されておらず、形だけの場合が多い。わずかなほころびを見つければ物の数ではないぞ」
大したことないように答えるストラーダであったが、ロスヴァイセの魔法の実力やセンスはずば抜けたものであることを仲間達は理解していた。それをあっという間に無効化する彼が異常なのだ。
ここでギャスパーが闇の獣を生みだして一気に襲わせる。あらゆる生物を飲み込む恐ろしい力に対して、ストラーダはやはり動じた様子は無かった。
ぐっと腕を引くと筋肉が肥大化する。そして打ち込まれた正拳突きによって風圧と衝撃が発生し、突き進んできた攻撃をギャスパーはギリギリのところで回避する。拳の衝撃は先にあった建物を砕き、道をえぐれさせていた。
この攻撃にゼノヴィアが注意を促す。
「猊下のパンチは『聖拳』と呼ばれているものだ。パンチにすら聖なる力が宿っている!気をつけてくれ、当たれば大ダメージだ!」
『ちょっとは面白いことが出来るな!影野郎、お前にしてはいい相手と因縁があるじゃねえか!』
『好きであんな化け物に関わったわけないだろう…』
ディオーグの昂る声と、シャドウの気落ちした声が発せられるが、大一としては後者の方の感情に近かった。多くの超常的な存在を目の当たりにしてきたが、その中でも群を抜いてこの老人は強かった。
その証明がまるで止まらない。現に今もギャスパーの闇の獣と匙の呪いの炎を相手に、レプリカのデュランダルで霧散させていた。あらゆる攻撃をパワーでねじ伏せる姿は、パワー自慢のグレモリー眷属も怯まざるを得ない。
「貴殿らはあまりに神より賜った力…神器に頼りすぎているのだ。私の力に理屈なんてものはない。愚直なまでの鍛錬と無数の戦闘経験が私の血となり肉となっただけだ。一心不乱なまでの神への信仰と己の肉体への敬愛を忘れなければ、パワーは魂にすら宿るのだ。貴殿らの魂にパワーが宿っているのか?」
『パワーに魂だ?面倒な御託はいらねえんだ…実力がすべてだろうよ!』
あらゆるものを押しつぶすようなディオーグの重い声を出しながら、大一は急接近して黒影の錨を振り下ろす。
このスピードにもストラーダはあっさりと対応し、彼の攻撃をデュランダルのレプリカで防ぐ。
「血の気が多いな。噂では無名の龍と融合しているようだが…」
『気に食わねえ評価だ。しかしでかい口を叩けるだけの実力はありそうだな。潰してやるよ!』
『落ち着け、ディオーグ。戦いを楽しみに来たわけじゃないんだ』
「噂の赤龍帝の兄か。そして私の弟子を狂わせた神器も持つ少年…」
体が無いはずなのに、頭の中でごくりと唾を飲み込むような音が響いた気がした。それだけでシャドウがこの男と相対するのを避けたかったことが伝わる。
かなり重さを上げていたにもかかわらず、ストラーダは太い腕で剣を一振りすると、大一を横っ飛びに退かした。追撃するように再び聖拳の衝撃波が迫るが、大一は身体をひねるようにして回避する。
それを狙ったかのように高速で接近してきたストラーダが剣で突きを入れこもうとするが、これを錨によって切っ先を逸らすことに成功した。
「動きはいいが、防戦一方か」
『だったら、これでどうだ!』
接近したのを機に、大一は大きく頭を振りかぶると硬度と重さを上げて、相手の額に頭突きを決めた。鈍い音が響き、その衝撃が互いに伝わる。魔力で強化したにもかかわらず、自分がふらつくほどの感覚を抱くのに、大一は驚きを禁じえなかった。
もっともストラーダ自身も、意外な攻撃方法にわずかに怯むが、再び向けた瞳には輝くような光が宿っていた。
「…なるほど、悪くない信念だ。しかしこれを防げるかな?」
ストラーダはしっかりと足を踏み込むと、大一の腹部に拳を鋭く入れこむ。すぐに後ろに飛んで衝撃を殺そうとするが、あまりの威力に身体はくの字に曲がり、想像以上に後退させられた。
「寸前で腹に黒影を幾重にも張って、攻撃を防いだか。よくやるものだ」
『死ぬつもりは無いので…もっともあなたも俺を殺すつもりは無いと思いますが?』
「…それでも弟子の無念は感じている。それにこの戦いでも、隠れてばかりの神器を認められないな」
『いつかは認めさせますよ…だが今はせいぜい時間稼ぎ…ここからは俺よりも強い奴が相手です』
口からの流血を拭うと同時に、真「女王」形態へと遂げた一誠がストラーダに向かっていくのであった。
シャドウが未だに何もしていませんね。
そしてストラーダの実力はやっぱりおかしいですわ…!