「祐斗のこと、心配だわ」
「しかしこればかりはどうこうできるものじゃありませんしねぇ…」
ため息をつくリアスに、同意するように大一も頭を掻く。日直の仕事を終えた2人は足早に部室へと向かうが、祐斗の話が持ち上がるとどうにも足取りが重くなる。
「大一は祐斗のこと知っているわよね」
「ざっくりですけど。しかしあそこまで聖剣への執着が強いとは思いませんでしたが」
祐斗は「聖剣計画」の被験者であった。その名前に違わず一部の教会が主導になって強力な聖剣を扱うために、子どもを育てていた。実際のところは非人道的な研究、実験の繰り返しであり、挙句の果てには成功しなかったほとんどの者が処分された。
彼はその生き残りであり、瀕死のところはリアスに転生悪魔として生かしてもらった。リアスとしてはその才能と彼自身の人生を有意義なものにして欲しかったようだが、現実はそうもいかない。
「あそこで聖剣を見るとは思わなかったわ。あんなふうになる前にどうにか出来たらよかったんだけど…」
「あいつの想いはあいつにしか分かりませんって。俺も炎駒さんに連絡して、沖田さんに会わせてもらえないか打診もしましたけど無理でしたし」
大一の言葉に、リアスは非難するように目を向ける。納得していないと目で訴えていた。
「また私に無断で連絡を取っていたの?」
「別にあなたに断りをいれる必要は無いでしょう。ここら辺は炎駒さんからの命令を遂行しているだけです」
「あなたのことは信頼しているから、変なことは言っていないと思うけど…納得したくないわ。私はあなたの主なのよ」
「そしてお目付けを任されている身でもあります。この際だから言わせてもらいますけどね、最近は節操無さすぎですよ」
リアスに返すように大一も非難の視線を向ける。球技大会の日の夜、あまりにもうるさかったため大一が一誠の部屋に出向くと、リアスとアーシアが半脱ぎで一誠に迫っていた。話を聞けば、どちらと一緒に寝るかということだったのだが、結局両方と寝ることで一誠は了解を得ていた。あまりにもくだらないことでの言い争いであったため、大一がこの3人に辟易したのは言うまでもない。
大一の言葉に、リアスはにべもない様子で答える。
「ただのスキンシップよ」
「全裸で男性と一緒に寝て、その気が無かったと言うのは無理があると思いますよ。だいたい一誠と一緒にいたいからって、ウチにまで押しかけてくるとは…」
「な、何を言っているのよ!?私は別に…」
「毎日、その様子を見せつけられて分からないと思っていたんですか。余裕な態度を見せるのいいですがね、いろいろ自覚を持ってくださいよ」
「…そんなに余裕は無いわよ。こんなにドキドキしたのは初めてだし、アーシアも可愛いから油断ならないわ」
気恥ずかしそうに頬を染めながら、リアスは顔を背ける。それくらいしおらしい態度を見せるくらいなら、その半分でも普段の生活でやって欲しいものであった。
当然、大一はとっくにリアスの一誠に対する恋心は気づいていた。それでも何かにつけて一誠へのアピールやアーシアとの取り合いが繰り広げられるのを目の当たりにすると、呆れてしまった。弟がそれに気づいていない様子や両親が嬉しそうに見守っていることもその感情に拍車をかけていた。
仲間の心配に相手への不満、恋バナと話が展開しているうちに、2人は旧校舎へと到着した。
「まあ、俺はどっちでもいいですけど…そういえば、今日は朱乃さんがあいつの龍の力を吸い取る日でしたか?」
「あれくらい、私が毎日やってあげるのに…」
「ダメですよ。龍の力は未知数。ひとりに負担をかけるわけにはいきませんから、出来たとしても俺が止めます」
「しょうがないわね。そういう意味ならあなたも出来た方が良かったかしら?」
「俺がやれたら、それこそ地獄絵図でしょうよ…」
お返しとばかりにいたずらっぽい表情で問うリアスに、大一は身震いする。ライザーを倒すために一誠は自分の左腕を犠牲にしたため、その腕はもはや人間のものとはまったくの別物となっていた。定期的にドラゴンの力を散らしてもらうことで腕を元のままにできるのだが、そのためにもっとも簡単な方法が直接指を舐めてもらうことであった。いや実際は本人から直接吸い取ってもらうだけでいいのだが、一番手っ取り早いのがこのやり方らしい。これができるのが身近ではリアスと朱乃だけであったが、その絵面はとても扇情的な印象を与えるものであった。
2階に上った大一はさっさと部室に入ろうとするが、リアスの動きが止まる。一誠のことが気になったのか、朱乃の部屋の扉の前に行って聞き耳を立てた。大一も呆れつつ、彼女より先に入るのは戸惑って、その後ろについた。すると部屋の中での声がわずかに聞こえる。
「浮気、私としてみる?」
「う、浮気!?」
このやり取りが耳に入った瞬間、廊下にはとてつもない殺気が満ち始める。リアスから放たれるそれは、大一がこれまで見てきた彼女の中でも5本指には入るほど強力に感じられた。
「リ、リアスさん…」
「ちょっと黙っていて」
「あっはい…」
主の声のトーンの下がり方から、大一はもはや説得を諦めた。願うのはこれ以上リアスをヒートアップさせるような言動を、部屋の中にいる2人にしないでもらうしかないが、その期待とは裏腹に中での会話…というよりも朱乃の発言が濃密になっていった。
「私も一度体験してみたいの。年下の男の子に肉欲のまま貪られるのって。意外とMの気もあるのよ、私。それにそろそろ一度くらい男性のを受け入れてみても良いと思いますし」
(これ以上、妙な誘惑はやめてくれ!)
すっかり疲れた様子で大一は額に手をやりながら、リアスに視線を向ける。もはや怒りで声が届くのかもわからなかった。
そして間もなく、限界が来た彼女は思いっきり扉を開ける。大一が後ろから部屋の様子を覗くと上半身裸の一誠と、水に体を濡らした白装束の朱乃がいた。弟はすっかりビビっており、一方で朱乃はまったく動じずにリアス相手に笑顔で振舞っていた。この気まずい状況から一誠は部屋を抜け出そうとするも、リアスに頬をつねられる。
「イッセー、ずいぶんお楽しみだったようね?憧れの朱乃お姉様とは仲を深め合ったのかしら?」
「ひょ、ひょんなぁ、お、俺は…」
「勝手になさい!」
そのままリアスは頬を膨らませながら、そのまま部屋を後にする。後ろ姿からもその怒りが手に取るように分かった。
「嫉妬だなんて、かわいいわ。うふふ、イッセーくん。関係は着実にステップアップしてますわね」
「いろいろ思うが、朱乃さんはまず服を着ろ」
面白そうに微笑む朱乃に、批判的な視線を向けつつ大一は自分の上着を投げ渡した。
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その日、部活動を終えた一誠はアーシアと共に帰路についていた。いつもはリアスも一緒なのだが、朱乃の一件で完全にへそを曲げて先に帰らせていた。
一方、大一はというと彼にしては珍しく寄り道で、喫茶店にいた。熱いコーヒーを飲みながら、頼んでいたホットケーキを待つ。それなりに洒落た造りの喫茶店だが値段がリーズナブルなためか、学生の姿もちらほら見えていた。
「…正直、先輩が付き合ってくれるとは思っていませんでした」
「俺も休みたい時はあるんだよ」
「…もちろん?」
「わかっているよ。このくらいは先輩としておごる」
対面に座ってパフェを頬張る小猫は、小さくガッツポーズをした。もともと一誠達とは時間をずらして帰宅する大一であったが、今日は小猫が相談があると言ってきたため付き合うことになった。
パフェを頬張りながら、小猫は周りを軽く見まわす。その後に大一へ向けた視線は少し意外そうなものであった。
「あまり遊びに行かない割には、お店知っていますよね」
「だいたい生島さんから聞いた情報だけどな。俺の契約相手はいつも気を使ってくれる。ありがたいものだ」
「私もここは行こうと思っていましたから良かったです」
「お前、人目なんて気にしない方だからひとりでも来れるだろ?」
「…私の見た目だと補導されそうになるんです」
「悪かった、今のは謝る」
目を細める小猫に、大一は苦笑い気味に答える。場所は変わっても、彼らにとってやり取りは大きく変わらなかった。
間もなく、大一にも頼んでいたホットケーキが届く。特別好きなわけでは無いが、先日アルバム写真を見ていたことで、甘いものを欲してしまったのは間違いなかった。
しばらく2人で店の甘味に舌鼓を打つ。小猫は追加でアイスまで頼んでいた。半分ほど食べ終えたところで、大一が本題を切り込む。
「それでおごってもらうだけで誘ったんじゃないだろ?」
「当然です。その…祐斗先輩のことで…」
「ああ…まあ、お前も悩むよな」
「…私は部長ほど詳しいことは知らないんです。それでも…それでも祐斗先輩がいないと寂しいです」
アイスへの手を止める彼女の瞳は悲し気なものであった。小猫にとって祐斗は一誠達が来るまで一番近い年の先輩であった。穏やかで優しく、それでいて強い…彼女にとって祐斗への信頼は、自分が想像する以上なのかもしれないと大一は思った。
「…私でも出来ることがあるといいんですけど、分からないんです。だから先輩なら…」
「それは俺も悩んでいた。実は俺も手詰まりなんだ」
「…そうですか」
大一も小猫も押し黙る。祐斗のために出来ることはしたいものの、お互いに自分自身の無力さを痛感する瞬間であった。彼らのことだから仲間のために動くことはできるだろう。しかしそれが思い通りにいかないむず痒いこの状況は、彼らに責任感をより重く感じさせた。
頭を掻きながら、大一は目の前の助けを求めに来た後輩に謝罪する。
「悪い、先輩として出来ること少なくて」
「…そういう言い方はしないで欲しいです。私は祐斗先輩と同じくらい頼りにしているのに」
「ありがとな。やっぱりお前は優しいよ」
ふっと自嘲的に笑う大一の表情を見た小猫は怪訝な様子で見つめる。基本的に無表情な彼女でも分かるような変化の表情に、大一もちょっと面喰ったようにその様子を問う。
「どうした?」
「…いえ、たまに先輩も不思議な表情をすると思って。休んでいると思えませんし」
「おいおい、一緒にここに来て何を言っているんだ」
「…でもそのどう言えば良いか分かりませんが…心から落ち着いていないというか…ごめんなさい、私の気のせいです」
「謝るなって。あれだ、お前がそう思ってくれるのは優しさからだ。うん、間違いない」
この微妙な空気の中で大一の携帯電話が鳴った。半ばありがたいと思いながら、大一はその電話を取る。
「ちょっと待ってくれ。…もしもし?」
『大一、今どこにいる?』
電話の相手はリアスであった。その声から切羽詰まった印象を受ける。付き合いの長さから彼女の言い方から事の深刻さが垣間見えた。
「ちょっと寄り道して喫茶店に小猫といますけど…何かありましたか?」
『教会の関係者がこの町に入り込んでいるみたいなの。用心してちょうだい』
それだけ言い残して電話は切れる。大一の険しくなった表情を見て、小猫も察したような表情になった。
「…何がありました?」
「教会の関係者が入り込んだらしい。食ったら送っていくよ。警戒は怠らない方がいいな」
「…了解です」
そのやり取りの後、2人は食べる手を早める。黙々と食べるその様子は、味わっているようには到底見えなかった。
書いていると、誰と誰のやり取りが書きやすいかとかが分かってくる気がします。