『おいこら小僧!あの程度で負けたとか言うんじゃないだろうな!』
『あの程度って、もろに食らったら絶対に意識失っていたぞ!むしろ咄嗟に致命傷を避けたのを褒めて欲しいくらいだわ!』
『甘ったれるな!たかだが数十年の違いしかない男の攻撃を受けきれない弱さのくせによぉ!』
『ドラゴンの基準で言うんじゃねえ!』
一誠が真「女王」形態となってストラーダに向かっていく一方で、入れ替わるように大一は後退してアーシアからの回復を受けていた。しかし先ほどから同じ口から会話として繰り広げられる独り言は、傍から見ればあまりにも不気味であった。これに対して朱乃は呆れたように首を振る。
「さっきまであんなに覚悟を決めていた人と同一人物とは思えませんわ」
ストラーダの実力を目の当たりにすれば緊張感が途切れることは無いが、大一の様子はある意味で心にわずかな余裕を感じさせた。あれほど自分を犠牲にしようとする男が生きることへの決意を口にしてくれたことが、熱いものをこみ上げさせていた。
「お兄さんもディオーグさんも静かにしてください!回復が上手くいきません!」
『俺に指図するとは偉くなったな、ビビり女!』
『怖がらせるな!ごめん、アーシア』
「これくらい気にしません。それよりも…」
『無理はしない。そもそもあの人が期待しているのはおそらく…』
回復を受けている大一の視線の先では、真紅の鎧を身にまとった一誠の重い拳がストラーダの剣に防がれていた。右腕には「戦車」の力を集中させているため、その拳の破壊力は推して図るものであるが、それをデュランダルのレプリカで防ぎきっていた。鎧と剣のぶつかり合いの余波が広がり、攻撃を相殺しきった2人は飛びのいて距離を取った。
そのタイミングで再び祐斗とイリナが飛び出して、ストラーダへと剣を振る。合わせるように朱乃と小猫も参戦し、ひとりの老戦士を相手に総力を挙げて向かっていった。
この状況に大一も姿勢を起こすが、それをアーシアがたしなめる。
「お兄さんはまだですからね。思った以上に内部へのダメージが───」
『…わかっているよ』
大一は呼吸を整えながら答える。アーシアの言う通り、彼のダメージはたった一撃でありながら深刻であった。咄嗟に防御しながら衝撃を殺したものの、ストラーダの「聖拳」は悪魔の彼にとって手痛いものであった。
『まあ、間違いなく力の入れようが違ったからな』
「どういうことですか?」
『言葉通りの意味だ。さっきの一撃、あの人の言葉を借りるなら魂が宿っていた』
ストラーダの一撃を食らった瞬間、今もなお余裕の態度を崩さない老人とは思えないほどの悲しみや怒り、恨みが込められているのを間違いなく実感した。彼なりに弟子を狂わせたシャドウに対しての無念を抱いていることを、たしかに肌で感じた。
同時に殺すつもりで放った一撃ではないのも確信した。本気で殺すつもりであれば聖剣の方を使っただろうし、あのまま追撃を狙っただろう。そもそも一連のクーデターで彼らは死者を出していない。感情にかられて殺すようなタイプにも見えない。言わば先ほどの込められた一撃は、「許す」一撃であった。
『互いに自分の想いをぶつけ理解を求める。そのために全力を出す…受けた俺がそれを実感したんだ。俺にとって、あれが目指すところなんだろうな』
「だったら、尚のこと踏ん張る必要がありますよ」
隣に立つロスヴァイセが手早く防御魔法陣を張る。ちょうどストラーダが朱乃の雷光龍を四散させて、その波動がこちらに向かってくるところであった。
ロスヴァイセが幾重にも張った防御魔法に、大一も姿勢を起こすと両腕を伸ばして疑似防御魔法陣を複数作り出す。張り込んだ魔法陣でなんとかしのいだものの、守りに定評のある2人でもようやく防ぎ切るほどであった。
「まだだ!」
瞬時にゼノヴィアが突貫していく。エクス・デュランダルに速度と破壊力を上乗せして切りかかっていくのに対して、ストラーダは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
「いいぞ!そうだ!それでいい!何も考えてはいけない!いいか、戦士ゼノヴィアよッ!たとえ、エクスカリバーと同化しようとも、デュランダルの本質は───純粋なパワーだッ!だからこそ、貴殿は選ばれた!否定するなッ!力を否定してはいけないッ!」
ゼノヴィアの斬撃をいなしながら、まるで指南するかのようにストラーダは剣を振る。苦悶の様子の少女と喜々とした老人、本物と偽物の聖剣、まるで違う要素しかない2人がつばぜり合いになると、ストラーダは正面からハッキリと言い切る。
「だが、パワーの表現はひとつではない。この剣の姿、貴殿が本当に求めたものなのか?」
「───ッ!?」
その指摘になにか思うことがあったのか、ゼノヴィアは素早く後退する。視線は己の得物であるエクス・デュランダルに向けられており、
そこに今度はリアスが全身に滅びのオーラを纏いながら割り込む。手に込められている魔力から、彼女の必殺技である「消滅の魔星」を狙っているのは明らかであった。
「───なら、これならどう?避けないと死ぬわよ!」
撃ち出された滅びの魔力は速度こそ遅いものの、凝縮された力を保っていた。リアスの忠告は、絶対に避けることを前提としており、この技を使ったのは相手への畏敬の念の表れであった。
「これはこれは…老体にはちと厳しい代物だ。───しかし」
ストラーダは落ち着いてデュランダルのレプリカを天高く振り上げると、聖なるオーラを集中させる。そして周囲を巻き込んで滅ぼすほどの魔力の球体を…一刀両断した。
この結果にリアスは言葉を失う。防御を無視し、邪龍をも追い詰めたこの技を老人がレプリカの聖剣で無効化したのだから、当然の反応であった。もっともストラーダ自身もかなり消耗したようで、肩で息をしていた。
「いいかね?デュランダルは『すべて』を斬れるのだ。たとえ、それがバアルの滅びであろうとも」
息を整えるストラーダは、崩れることのない岩石のような強靭さを感じさせた。彼やクリスタルディの存在を踏まえると、かつての戦いで天界側を崩せなかったことにも納得の説得力があった。
するとここでもうひとりの剣士が前に出る。
「───さて、次は私の番ということでよろしいでしょうね?」
「ほう…まさか、この歳になって見ることが叶うとは…」
アーサー・ペンドラゴンの聖剣を見て、ストラーダが感嘆の息を漏らす。次の瞬間、ヴァ―リチームの若き天才と教会のベテランの戦士の姿がその場から消え去った。
2人は上空へ飛ぶと、素早い動きで刃を交え始めた。激しい金属音をまき散らし、高速で斬撃の応酬をぶつけ合っていく。上から振り下ろしたかと思えば、次の瞬間には真横から薙ぎ払うように斬る。一方でそれを防いだ瞬間、相手の腕を狙って剣が振り上げられる。この激しい剣の攻防を落下の最中に行っているのだから、2人の戦いに誰も介入できなかった。
素人目に見ても激しい戦いなのだから、祐斗、ゼノヴィア、イリナといった剣士組には特別なものだったのだろう。彼らは瞬きもせずに、その戦いの様子をじっと見ていた。
やがて2人は地に降り立つが、息をつく暇も無く走りだして聖剣を交錯する。お互いに致命傷こそ無いものの、体には複数の細かな切り傷が刻まれ始めていた。そしてそれ以上に目を引くのは、戦いの狂気に彩られたその顔であった。
「…まだアーサーは本気ではない。むろん、あちらのストラーダも…」
祐斗が悔しそうに唇を噛む。己の実力が目の前で繰り広げられている2人に及ばないことを察したのだろう。
祐斗ですら悔しさを覚えるこの実力者同士の戦いに、終わりが訪れたのは突然であった。互いに大振りの斬撃を打ち合った後、後方に引き下がるとアーサーの方から剣を下ろした。
「…素晴らしい。───が、止めましょう。これ以上は、私がショックで立ち直れなくなる」
「…すまないな、若い剣士よ」
「あと30年、いや20年早く出会えれば、最高の戦いができたでしょう。これ以上は…悲しくなるのでね」
どこか残念そうにため息をつくと、アーサーは去っていった。あまりにも唐突な終わり方に面食らうものの、それをいちいち気にしている暇も無かった。
ストラーダを倒すにあたり、本気の一撃を必要と感じた一誠はロンギヌス・スマッシャーの準備を始めていた。
しかしそれを遮るようにゼノヴィアがただひとり、ゆっくりと前に進んでストラーダと対峙した。そしてエクス・デュランダルを分離して、デュランダルとエクスカリバーを両手に携えた。この一連の好意に、相手は高揚したように身体を震わせる。
「そうだ。それでいいっ!元使い手の私からしてみれば、エクス・デュランダルは疑問の塊であった。どちらもそれで完成している。それなのに、なぜ組み合わせる必要がある?それは貴殿がデュランダルに翻弄されて、『補助』などという愚行をエクスカリバーに課したからに他ならない。貴殿は…一刀でも二刀でも戦える戦闘の申し子だ。否定するな。パワーを信じてこそ、力は本物になるッ!」
かつてのゼノヴィアは二刀流が基本的であった。エクス・デュランダルを手にしてからはその一本で戦っていたが、ここにきて本来の戦闘スタイルへと回帰した彼女であったが、それが間違いでないことはすぐに証明された。デュランダルもエクスカリバーも聖なるオーラがにじみ出て、瞬く間に莫大な力へと上がっていった。
「ようやく、再会できたな、デュランダルよ。そう、そのデュランダルこそ、本当の姿だ。さあ、戦士ゼノヴィアよ。何も考えず、ただ来るがいい。デュランダルの真実は破壊の中にしかないのだ」
「…はい!」
純粋なパワーを体現した2人は互いの聖剣をぶつけ合う。力の余波はこのバトルフィールドを揺らし、彼女たちの周囲が崩壊を始める。天井にひびが生じ、建物や道はどんどん破壊されていく。大一、朱乃、ロスヴァイセ、が前に出て防御魔法陣を出すほど、このパワーとパワーのぶつかり合いは影響を及ぼしていた。
この次元の違う戦いの中で2人の瞳には光が宿ったように輝いていた。この2人にしか理解できないような思いを込めた戦いが繰り広げられているのだ。
ゼノヴィアが2本の聖剣を交差させて振り下ろすのを、ストラーダがレプリカで防ぐ。苦悶の声を上げながら破壊の聖剣を押し返した彼の実力は、さすがの一言に尽きるだろう。
しかしその代償は大きかった。いよいよレプリカの方の刃にひびが入ったのだ。体力もかなり持っていかれたようで、息を切らしながらついにストラーダはゼノヴィアを前にして膝をついた。
いよいよ勝負が決すると思われた矢先、ひとりの少年…テオドロ・レグレンツィが彼女の前に立ちはだかった。
「…ストラーダ猊下を許してやってくれ。すべては私が悪いのだ」
「テオドロ猊下…お下がりください。この老骨がすべてを決めますゆえ」
「もういい!もう充分だ!ストラーダ猊下までいなくなってしまったら、私は…私はどうしたらいいというのだ!」
テオドロは涙を流しながら、自分の存在を証明するように天使の翼を展開する。同時にゼノヴィア達に向けられた視線は憎しみそのものであった。
「…私の…父と母は…悪魔に殺されたのだ。悪魔は許さない!悪魔を許すわけにはいかないのだっ!」
絶叫する少年に、誰も言葉を紡げなかった。そしてストラーダが彼を優しく抱きしめる。
「…同盟もいい。それもひとつの平和の形だ。しかしそれでは救われない者、憤りを感じる者もいるのだよ。テオドロ猊下も、今日立ち向かった戦士たちも生き方を魔となる存在に歪められて剣を取ったのだ」
「俺たちは───」
「僕たちはッ!」
一誠が想いを吐露しようとした瞬間、祐斗がそれを遮る。
「…僕たちは、ただ平穏に暮らしたいだけだ。あなたたちにはあなたたちの正義があり、価値観があるんだろう。けれど、この町に住む多くの仲間たちは修羅場をくぐり抜けてきた仲間だ」
「その通りだ。お互いに支え合ってきて命がけで戦い抜いてきた大切な仲間だ。たとえ、ストラーダ猊下とテオドロ猊下が、それをお認めにならなくても私たちが信じた者たちのためにこれからも戦う!」
「ストラーダ猊下、テオドロ猊下、私も───悪い悪魔はいると思います。けれどいい悪魔もいます。それは、人間も一緒で…他の神話体系では、善神も悪神もいます」
憑き物が落ちたような顔で強く言い放つ祐斗に、ゼノヴィアとイリナも続くように訴える。教会とも強くつながりを持つ3人の剣士の言葉に、ふっと悟ったように笑みをこぼす。同時に老体に鞭打つかの如く、再び聖剣を握りしめた。
「…そうだな、これが同盟の結果であり、新たな時代の幕開けを意味するのだろうか…。しかし、一度振り上げたものは落としどころも見つけなければならぬ。テオドロ猊下、お下がりくだされ。この老いぼれの最後のデュランダルをお見せしましょうぞ」
「もういい!ストラーダ猊下!私は…十分だ!あなたやクリスタルディ猊下、それに戦士たちが戦ってくれただけで…!だから、私が罰を受ける!この命を持って償おう!」
テオドロの決意は、まさに強者と呼ぶにふさわしいだろう。それほど確固たる信念が垣間見えているが、それをストラーダは良しとしなかった。優しく少年の頭を撫でながら、柔和な笑顔を浮かべる。
「子供が不平を訴えるのはいつの時代もあることです。あなたの訴えは尊く、純粋であった。だからこそ、再び剣を握り、戦士たちも付き従ったのですよ。そしてあなたや戦士たちの意志を払いのけてまで作り上げられた彼らを見て欲しかった。一切我らを排せず、受け入れ、意を汲んでくれた。彼らは…どうやって私たちを止めようか、想いを踏みにじらずに受け入れるかを考え抜いてくれたはずだ。その時点で、私たちは負けていたのですよ」
ストラーダの言葉に、テオドロは顔を伏せてしまう。その様子に、大一は小さく息を吐く。ストラーダが覚悟の上でいたことは、受けた一撃とわずかなやり取りで理解はしていた。その責任に対して真摯に向かう態度は尊敬に値する。
同時に不安にも感じた。彼が次に取るべき行動を察してしまったのだ。
「私とクリスタルディの首を以て、天に許しを請おう。テオドロ猊下も戦士たちもまだ若い。これは、私が蜂起させたものなのだから。この戦場で吐き出したものと、私の屍を乗り越えて、戦士たちは新たな生き方に転じることも出来るだろう」
嬉しくない予感ほど当たるもの、その現実を理解した大一は苦虫を嚙み潰したような表情になる。それを肯定できるような感情を彼は持ち合わせていなかった。あれほど強く、慕われている男が、責任を取るために死のうとすることを受け入れてはいけないのだ。自分が生島から許しを受けたように、彼にだって同じような道があるはずなのだ。
少なくとも教会の戦士たちは誰一人として、この老戦士の死を望んでいるとは思えなかった。
「猊下!そのようなことおっしゃらないでください!」
「我らの命であれば、喜んで差し出しましょうぞ!」
「煉獄に行く覚悟はできておりまする!」
次々に上がる教会の戦士たちの声に、大一の頭の中でシャドウの舌打ちが聞こえた。彼らに罪悪感を抱くその神器が何を思っているのか…。苛立ちもあるが、それはどこか腑に落ちない雰囲気も感じられた。
一行がどうしようか考えあぐねるこの状況に、突如第三者の声が響き渡る。
「私がころころしてあげるわよーん♪」
やっとクリフォトが出てきました。