「最後の最後、美味しいところを横合いから取っちゃう♪うーん、燃え萌えだと思わなーい?」
「その概念はわからないが、漁夫の利という言葉があるくらいだ。戦術としては正しいだろう」
楽しそうにゴシック調の傘を回しながらヴァルブルガは、隣に立つ鎧武者の無角に話す。フィールドに侵入してきたクリフォトが合図をすると、周囲に魔法陣が展開されて100匹近い邪龍軍団が現れた。
「んじゃ、邪龍の皆に活躍してもらおうかなーん♪」
「そう来ると思ってました」
邪悪な笑みを浮かべて邪龍に指示を出そうとするヴァルブルガに対して、ロスヴァイセは狙い通りといったように口元に不敵な笑みを映す。彼女が指を鳴らすと、フィールド全体が銀色の光を発し、邪龍の群れが力を失ったように倒れ始めた。
「───ッ!これって…っ!どういうことなのん!?」
「あなたたちクリフォトがここに侵入することも、邪龍を召喚することも想定済みです。このフィールドは私が独自の結界術式を組んで構築されていまして、この場で邪龍を呼び寄せると機能を封じる作りになっています」
今回、ロスヴァイセは敵が横やりを入れてくるのを見越して、このような結界を考案していた。アウロス学園でファーブニルが行った謎のクッキング披露により、なぜかアーシアに懐いた量産型邪龍の研究の成果でもあった。
悔しそうに口元を歪ませるヴァルブルガは撤退を計ろうと、手早く転移魔方陣を展開させるが、それも輝くことなくすぐに消えてしまった。
「…発動しない?転移が封じられている?」
「いや、経路をすべて断っただけだ」
落ち着いた声の主は、黒い犬を従えた幾瀬であった。彼の姿を確認したヴァルブルガは驚愕する。
「───『刃狗』ッ!」
「やあ、久しぶりだ。紫炎の魔女。あんたに継承された聖十字架は、どんな塩梅かな?悪いが、あんたがフィールドの外に用意した脱出用転移魔法陣の術式はすべて斬らせてもらった」
疑似フィールドの天井には氷柱のように切っ先を向ける無数の刃が生えていた。禍々しさすら感じる刃が、彼の言うように魔法陣を断ち切ったようであった。
「じょ、冗談じゃないわ!術式は前もってランダムに数万単位で組んだのよ!?それを私が侵入してからのわずかな時間で全部───」
「ああ、すべて断った。裏方要員なんでね。仕事はするさ」
「あんた、本当に人間…っ!?」
絶句するヴァルブルガは、おぞましそうに幾瀬へと視線を向ける。もはや別の生き物を見るような目であった。
「さあ、決めるんだ、兵藤一誠くん。表舞台で輝いてこそ、伝説のドラゴンなのだから」
「は、はい!」
幾瀬の言葉に、一誠が強く頷く。全員の意識がヴァルブルガと無角へと集中された。うろたえるヴァルブルガの一方で、隣に立つ無角は仁王立ちをして鎧に顔を覆われているため、まったく感情が読めなかった。
「ユーグリットの作戦が失敗したことがここで効いてきたな。あの戦乙女を侮っていた。それに『刃狗』…噂に違わぬ実力者だ。我々は甘かったということだ」
「…ふふっ!あーはっはっはっは!だったら、ここで全員、燃やし尽くすまでですわん♪」
狂ったように高笑いをするヴァルブルガの背後から複数の紫色の炎が巻き起こり、十字架を形作る。
「じゃあ、見せてあげるわよんっ!私の禁手をねっ!」
彼女に呼応するように、紫炎は膨張していき巨大な十字架へと姿を変えていく。そこには八つの頭を持つ蛇のようなドラゴン…八岐大蛇が磔にされており、その大きさは高層ビルにも劣らないほどであった。
「これが私の亜種禁手『最終審判による覇焰の裁き(インシネレート・アンティフォナ・カルヴァリオ)』よん♪」
紫炎の八岐大蛇をバックに、ヴァルブルガは堂々と宣言する。これに対して、ストラーダが言う。
「聞いた話では、現聖十字架の使い手の能力は、磔にしたモデルによって、その姿と特性を変えるという。此度の磔のモデルは八つ首の邪龍、ということなのだろう」
「八重垣くんに持たされた剣には『八岐大蛇』の魂が半分だけ入っていたの。残りの半分は私が紫炎に取り込んだわ。この神滅具の真の姿は独立具現型なのよん♪」
彼女の自信を表すかの如く、肌を刺すような熱気が感じられる。聖遺物の炎だけあって、感じられるプレッシャーもすさまじいものであった。
しかしこの強敵相手に怯む「D×D」ではない。教会の戦士たちの戦い後にもかかわらず、一誠とゼノヴィアを先頭に気持ちを締め直して相手へと向き直った。
大一も気を抜かないのは同様であったが、それはヴァルブルガや無角だけではなかった。敵の狙いが双方の共倒れであるならば、ストラーダ達にも矛先が向かう可能性がある。ましてや、先ほどの実力を見せつけられては尚のことだ。
『…リアスさん、そっちは任せましたよ』
「大一、どういうこと?」
魔力を全身にまとわせた大一は、テオドロとストラーダの下に高速で接近していく。その腕には黒影で形成した錨が握られていた。いきなりの行動に仲間からは驚かれるが、その理由はすぐに明らかとなった。
『やっぱりそう来るよな…!』
「予想されてたか。上手くいかねえものだな」
ストラーダを背後から狙ったバーナのマグマの拳を、大一は錨で防ぐ。紫炎にも劣らない焼けるような感覚であったが、彼は硬度と重さを上げて踏ん張っていた。
「この爺さんをどさくさに紛れて焼き殺せば、教会もお前らも大混乱だと思ったんだがな」
『俺もそれを予想していた。「異界の魔力」の特性を踏まえれば、別に動いて不意打ちも難しくないだろうからな』
ヴァルブルガ達が現れた瞬間から、大一は感知を強めていた。これまでも「異界の魔力」の感知の難しさを踏まえて、敵は不意を突くような戦術を取っていた。それを踏まえれば、目の前に現れたヴァルブルガ達以外にも動いている敵がいることを考えていた。そしてストラーダの実力や人望を目の当たりにしたからこそ、一番狙われる可能性も高いことも。それゆえに同じ魔力を持っている大一は警戒を強めていた。
看破されていたことにバーナは目を細めて軽く舌打ちする。
「へえ、この魔力の特性まで気づいていたか。そういやウチのリーダーの本名まで知っていたようだし、思った以上にバレているのかね」
『お前らには誰も殺させない』
「そういう心意気はけっこう。あたしも楽しくなれるからな…でもまだ慣れていないようだ」
ニヤリと笑みを浮かべるバーナに、大一は悪寒を感じる。この一瞬の気の緩みは、すぐに己の未熟さを実感することに繋がった。
気づけばテオドロのすぐ近くに同じ魔力の存在を感じた。そこには彼女の弟であるモックが前腕から三角形の突起を出して、少年の首を狙うように腕を振りかぶっていた。
すぐに助けようにも、バーナの攻撃を防ぎながら出来るほどの余裕はない。おそらく1度感知して攻撃を防げば、他のメンバーも気づくだろうが今はそれも叶わない。つまりこのままではテオドロが殺されるのは明らかであった。その時が迫ろうとするが…
『ああ、イライラする!』
大一の背中から真っ黒な人間の上半身が飛び出ると、両手に持った錨でモックの攻撃を防いだ。顔には表情は無く、たったひとつの血走った眼が肉薄するモックを睨みつけていた。
「なるほど、この男の神器か。自立型だからこそ出来た芸当か」
『ナイスだ、シャドウ!』
『正直、かなりきついけどね!』
息も荒く、焦燥と緊張に溢れながらシャドウは答える。彼の咄嗟の行動で大一は安心するが、その一方でテオドロは間近で守ったこの神器の存在に驚いていた。
「…私を守ったのか?お前は世界を混乱させて、天界を憎んでいるのに…」
『ああ、そうだよ!今でも僕のことを捨てた天界は腹立たしいし、その復讐で騒ぎを起こしてきたのも後悔していない!』
「だったらどうして…?」
『イライラするんだよ!キミもストラーダも他にもたくさん、自分の命を軽く扱いやがって!僕と違って、失っても想ってくれる大切な人たちがいるのに!何が責任を取るだ!力があるんだったら、もっといくらでもやりようがあるだろッ!僕なんかよりもよっぽど…ッ!』
感情をせき止めていたダムが壊れたように、シャドウが心中を吐露していく。涙は出ないはずなのに、いつもの甲高い声は鼻がつまったように聞こえ、苦しみに悶えているような印象を抱かせた。それでも言葉を続けていく。
『言っておくが、僕は謝らない!僕は生きるために必死だったからな!だから、恨んでくれて構わない!消そうとするのも構わない!それでも恨みも失敗も全部ひっくるめて抱えながら、僕を必要としてくれる相棒のために生きるだけだ!それが僕の答えだ!』
シャドウの苦しみに苛まれた感情が、大一の中にも流れ込んでくる。彼なりに自分の正しさと相手への罪悪感にどのように折り合いをつけるかを悩んでいた。そして最後に決めたのは、必要とする大一やディオーグと共に罪を抱えながらも生きていく、というものであった。次元の狭間で再会した時に、大一が諭したことをシャドウは本当の意味で受け入れて前に進むことを決めたのだ。
「何が何だかわからないが…しかし神器ひとつで抑え切れるほど甘くはないよ」
『ぬ、ぬおおおおッ…!』
淡々と答えるモックの腕が少し肥大化する。それに伴ってシャドウも力負けしていき、打ち破られるのは時間の問題であった。
「時間稼ぎさえしてくれれば、問題なしにゃん!」
「援護します!」
妖術と仙術を合わせた塊がバーナを、複数の氷の槍がモックを襲った。目の前の相手に集中していた2人は攻撃をまともに食らうものの、すぐに攻撃が来た逆方向に後退する。そして入れ替わるように、大一の近くに黒歌とルフェイが降り立つ。
「大丈夫ですか、大一さん?」
『ああ、助かった…!正直、ギリギリだったよ』
「にゃはは、惚れ直してもいいのよ♪」
緊張した様子でルフェイは杖を構え、対照的に黒歌は大一に誘惑的に笑みを向ける。もっともその眼は油断なく敵へと向けられていた。
不意打ちを返されたバーナは苛立ち、モックは疲れたように言葉を紡ぐ。
「あー…この前、ギガン達とやりあったヴァ―リチームの奴らだな。仙術に魔法…あたし好みの戦いじゃねえな。モック、任せるぞ。あたしは龍交じりの悪魔の方をやるわ」
「姉さん、選り好みしている場合じゃないよ。僕ら、かなりピンチだ」
「お姉様って呼べ。いいじゃねえか、3人くらいあたしら姉弟なら…」
「4人ですよ」
その言葉と同時にアーサーがバーナへと斬りかかる。鋭い斬撃ではあったが、バーナはマグマを纏わせた自分の腕で聖剣を防いでいた。
「いいねえ…聖剣エクスカリバーか。これだけで使い手の凄さもわかるってものだ」
「悪魔じゃないからか、そこまで効いていないようですね。しかしそれが負ける理由にはならない」
「個人的にはもっと荒々しい方があたしの好みだが、その綺麗な顔に闘争心も感じる。楽しませてくれよ!」
喜々とした狂気の表情でバーナは、マグマの拳でアーサーにラッシュを打ち込む。素早い剣さばきで向かってくる拳を丁寧にいなしていくが、この熱気は彼も苦しいようで、その落ち着いた顔の額には汗がにじんでいた。
「おらおら!そんなものか、聖剣使い!」
「えらく荒々しいですね…それに視野が狭い」
『そういうことだ!』
アーサーが大きく姿勢を低くすると、その後ろから大一が弾丸のような速度で伸びていく腕で顔面を殴りつけた。顔に命中して思わず姿勢をよろけさせたバーナに、さらにアーサーの斬撃が連続で襲い掛かる。防御もできないまま斬りつけられ鮮血がまき散らしたところに、距離を詰めた大一の蹴りが腹部に入り込み一気に吹き飛ばした。
「即興のコンビネーションでも上手くいくものですね」
『さすがヴァ―リチームってところだな』
肩で息をしながらアーサーと大一は話す。バーナとの接近戦は熱で体力を消耗させられるため、この短時間でもかなりの疲労を感じた。大一については黒影で形成した腕はともかく、蹴り飛ばした足の方は火傷を負っている。それでもこの手負いに見合ったダメージは相手に与えられたと言えるだろう。
すぐ横では黒歌とルフェイがモックを相手に押し込んでいる。モックが放つ水の塊を凍らせたり、電撃で無効化するなどしながら徐々に追い詰めていった。
後方では一誠がヴァルブルガに「乳語翻訳」と「洋服破壊」を決めたことで完全にペースを握っており、紫炎で形成した八岐大蛇もリアス達がパワーでねじ伏せていた。
その近くでは幾瀬が大量の刃を出しながら、無角の扱う鞭のような大刀を捌いている。後方での戦いは「D×D」が優勢であった。
「ああ…痛えな。ちょっと油断していたわ、うん」
ぐっと体を起こしてバーナは呟く。短いながらも大一とアーサーの猛撃を食らいながらも普通に立ち上がる彼女のタフネスには驚きを感じなかった。
『あれだけ受けてあっさり立ち上がってこられるのはショックだな…』
「しかしダメージは入っているはずです。いずれにせよ、こちらが有利。一気に攻めたてましょう」
「調子に乗っているな、ガキども。今度はこっちが叩きのめして───」
バーナの言葉は、フィールドを揺らすほどの衝撃と突然の轟音にかき消された。ゼノヴィアの二振りの聖剣によってあれほど巨大な八岐大蛇を磔にしていた十字架は断ち斬られて、そこに一誠のロンギヌス・スマッシャーがヴァルブルガを敵の禁手ごと飲み込んでいた。大一たちの背後で繰り広げられた「D×D」と紫炎の魔女の対決が終幕を迎えたのだ。つまり…
「我々の敗北というわけだな」
上空から無角が巨大な刀を抱えながら、バーナの下に降り立つ。鎧に切り傷はあるものの手痛いダメージを受けた様子は見られず、まったく呼吸が荒れていないのも相まって、まだ余力を感じさせた。
彼を追うように幾瀬も大一たちの近くに降り立った。無傷ではあるが、呼吸が浅く消耗していることが窺えた。
「確かに強いな。あの人が手こずるわけだ」
「本気を出していない貴様に言われても、褒められている気がしない」
淡々と答える無角に対して、横からバーナが鼻血を拭いながら話しかける。
「なんだ、無角?魔女ひとり負けた程度で終わりか?あたしらがいれば、まだまだやれるだろ」
「そもそも今回はここまで消耗すること自体が計画外だったんだ。これ以上の損失は利が無い」
「仕方ねえ、撤退するか。モック!」
バーナに呼ばれたモックは水の盾で黒歌とルフェイの攻撃を防ぐと、素早い動きで後退して姉たちと合流した。
「なに、姉さん?」
「お姉様だって言ってんだろ!撤退するから、手を貸せ」
「無角がいて良かったと思うよ。姉さんだけなら絶対にそういう結論に達しないだろうから」
「術式は全て断っている。逃げられると思うな」
幾瀬とアーサーが斬撃を飛ばし、大一は硬度と重さを上げた黒影の腕を伸ばして敵を狙う。
向かってくる攻撃に対して、モックが前に出る。そして突如、着ていたパーカーが引き裂かれるほど体が肥大化していくと、口から吐き出した流水で盾を形成して幾瀬たちの攻撃を完全に防ぎ切った。
「…妖怪の類かにゃ?」
「な、なんですか、あれは!?」
合流した黒歌とルフェイはモックの姿に疑問を口にする。肥大化した身体は少年の姿とは程遠かった。腕や脚は筋肉に溢れ、バーナや無角よりも大きい。その腕には何度か出していた三角形の突起がある。だがもっとも驚くべきことは、まるで人の姿をしていないことであった。頭と体が繋がっていると思えるほど首は太く、それが伸びて尾まである。背中には腕よりも大きな三角形の突起が出ていた。口から覗かせる歯は鋭い上にのこぎりのようにギザギザとした凹凸が見られた。
『ドラゴン…じゃないな』
「サメですね」
アーサーの指摘がもっとも正しいだろう。モックの変化した姿は、陸上に上がったサメの化け物と形容できる見た目であった。
「姉さん、目くらましだ。無角、転移は頼んだよ」
「よっしゃ!やるぜ、モック!」
バーナの両腕から放たれたマグマとモックの口から吐き出された水流が合わさる。その瞬間、強烈な蒸気が一気に辺りを覆い、彼らの視界を覆った。蒸気もかなりの熱さであり、大一は幾瀬とヴァ―リチームを覆うように影を展開させて彼らを守ったが、目を開けることは叶わなかった。
『くっそ…!これじゃあ…』
「任せるにゃん。ルフェイ!」
「はいッ!」
黒歌とルフェイが魔法陣を展開すると旋風が巻き起こる。その凄まじい勢いは、あっという間に蒸気を吹き飛ばしていく。
しかし蒸気が晴れると、3人の敵の姿は消えていた。
そろそろ19巻も終わりが見えてきましたね。