ゼノヴィアには悪いが、原作の演説はカットで…。
戦いが終わったバトルフィールド、すでに教会の戦士たちは首謀者であるテオドロ、ストラーダ、クリスタルディを筆頭に武器を手放して投降していた。ヴァルブルガ(直前のところで魔法陣を張っていたため、死には至らなかった)もフィールドに来たスタッフたちに連行されていった。同時に彼女の神滅具も回収し、今回の一件は終息へと向かっていた。
もっとも、この挑戦は計画されたものであった。後から合流したアザゼルがストラーダと話すには、リゼヴィムがこのクーデターを先導しているとなると内通者の存在が疑われた。そこで内通者を特定するために、徹底してフィールドを準備した上で、今回の挑戦を計画していたのだという。ロスヴァイセの結界や封印術のテストも出来たため、かなり有益であったと言えるだろう。
大一は疲れたように瓦礫に座り込みながら、少し離れたところでストラーダ達を見ていた。老戦士はアーシアにかつて彼女が治療した者達の手紙を渡したり、アザゼルに小瓶を渡していたりと、最初から打ち合わせをしていたかのように行動をとる。
それを見ながら、大一の肩から出てきたシャドウが呟く。
『あいつは本気で死ぬつもりは無かったってことかよ…』
「どうだろうな。テオドロ様の訴えは本気に見えたが…」
『あー、ムカつく!踊らされたような気分だ!』
甲高い声に本人の不快さを乗せながらシャドウは言う。たしかに彼の言う通り、ストラーダの様子から、今回の狙いは内通者のあぶり出しと同志の憎しみの浄化としか思えなかった。いやそれだけじゃない。ゼノヴィアに教示するような態度、アーシアに渡した手紙、さらに今は祐斗に対して、かつて彼が受けた非人道的な研究での生き残りと思われる少女を引き合わせている。ゼノヴィアは強い自信を確立し、アーシアは歓喜の涙に濡れ、祐斗はかつての同志との再会を涙と共に喜ぶ。まるで全てを見通していたかのような雰囲気に、シャドウの苛立ちはピークに達していた。
『僕が吹っ切ることも奴の計画自体だったのかよ…!』
苦々しい呟きを残して引っ込むシャドウに、大一はわからないといった様子で肩をすくめる。たしかにストラーダの様子はシャドウの件すらも計算づくのように感じるが…。
すると大一に近づいてきたアザゼルが話しかける。
「なあ、大一。やっぱり敵は逃げたのは間違いないか?」
「それですか。幾瀬さんにも言いましたけど、『異界の魔力』と思われる感覚が消えたんです。間違いありませんよ」
「つまりあいつらはヴァルブルガとは別に転移魔方陣を用意していたということか。おそらく内通者にも知らせないままに」
「その可能性が高いと思います。例の魔力と併せて偽装もしっかりしていたんでしょう。直前に目くらましをしたのも、その魔法陣の術式を見られるのを嫌ったからだと」
「今回の作戦で唯一の心残りだな。あいつらを捕らえるチャンスだったと思うんだが…」
アザゼルは悔しそうに頭を掻きながら言う。この言葉には大一も諸手を上げて賛成するほどの想いであった。クリフォトにいる独立チーム、彼らに関しては断片的な情報や判明したことはあるものの、未だに核心が見えないように感じた。
「お前の方も特に気づいたこととか他に無いか?」
「あるにはあるのですが…」
「なんでも良いから言ってくれ。お前くらいしか、あの妙なチームを感知できる奴はいないんだからよ」
「わかりました。敵にいた無角という鎧武者についてです。彼から『異界の魔力』を感知できなかったんです」
アザゼルの促しに、大一は気になったことを漏らす。クリフォト内の妙なチームの全様は把握しきれていないものの、これまでの戦いから正体の不透明さと「異界の魔力」の存在が共通点と考えられる。
バーナやモックとのやり取りから、無角もそのチームにいるのではと考えたが、奇妙であるのは彼からその魔力を感知することが出来なかったのだ。アウロスで離れていてもブルードを感知したディオーグにも聞いたが、彼ですら感知できないと話していたため、そもそも異界の魔力は無いのだろう。
「だとすれば、普通にクリフォトのメンバーと考えられるが…」
「俺もそれは考えました。ただそうなると引っかかることがあるんです。前にアウロスでアリッサが現れた際、彼女は無角の名前を口にしていました。だから関係があるのだと思って…」
「お前を助けた『異界の地』に住む妙な女か。たしかにきな臭い部分はあるな」
アザゼルが顎を掻きながら思案した表情を見せる。次にくる言葉がなんとなく予想できてしまうものであった。
「なあ、大一。その女と連絡を取ることは───」
「無理です。魔法陣の術式だってわかりませんでしたし、彼女が俺の縫合跡に仕掛けていた魔法陣も1回きりでした。そもそもあの件から、ディオーグが苛立って、わざわざ俺の身体全体を調べたくらいなんですから」
「やっぱりダメかぁ…。どうするかな…」
ぼやきながらアザゼルは幾瀬の下に向かっていくと、入れ替わるように今度はストラーダが大一に近づいていきた。
「キミは仲間達と一緒にいないのかね?」
「あなたたちが去ってから合流しますよ。俺の立場を踏まえれば、おかしくないでしょう」
ストラーダの問いに、大一は静かに肩をすくめながら答える。「D×D」相手にようやく和解の一歩を踏み出した教会の戦士たちもいる中に、神器の件で根深い因縁を持つ彼が行くのははばかられる想いであった。またシャドウ自身が感情の整理を始めたところであったのも理由だ。
「本当にあなたはすべてを用意してからこの戦いに挑んだのですね」
「…そのつもりだったよ。しかしひとつだけ忘れていたことがある。キミへの、いやキミらへの心の準備だ」
年齢とはかけ離れた強靭さと強さを見せたストラーダであったが、しわだらけの顔に見せた表情は年相応の陰りを感じさせた。
その様子に大一は意外そうに眉を上げる一方で、ストラーダは自嘲的に話し続ける。
「キミらに放った『聖拳』…あれはギリギリだった。殺すつもりは無かったが、その戦意は本物だったと自負している。一瞬…本当に一瞬であったが、我が弟子を狂わせた神器への怒りを見せてしまったのだよ。もっと冷静でいるはずだったんだがな…」
ストラーダは額に手を当てて目元を隠す。自分には人一倍の責務を抱く男は、その一瞬の感情のぶれをひどく後悔していた。
大一は腹部を左腕で撫でる。たしかに強い一撃であった。それは受けた彼自身がよく理解している。あの一瞬で拳を打ち込むまでに、大きく感情が揺れ動いたのだろう。しかし最終的には受けた一撃が、老戦士の怒りを断ち切ったものであると大一は感じていた。
「直前まで思い悩んだゆえの一撃だということは分かりました。しかし最終的にあなたは自分たちを殺さなかった。完全とまでいかなくても、あなたが本気でぶつかってくれたおかげで、俺もシャドウも向き合うことが出来たんです。恨まれても謝られる理由はありませんよ」
大一の言葉に、ストラーダは小さく笑って反応する。弟子や一誠達に見せなかった疲れた表情の陰りはそぎ落とされて、再び開いた口から発せられた声はゼノヴィアを相手にした時のような芯の強さを感じた。
「…強いな。憎まれることすら受け入れている」
「こうなったのも仲間がいてくれたからです。今回はこの挑戦の前に、俺を助けてくれた人もいるので」
大一の視線が自然とロスヴァイセへと向けられた。生島の件は、大一にとって悪魔になる発端であったためヘドロのように駐在して明かすことを躊躇われた闇であったが、彼女のおかげでそれを払拭するチャンスを得た。
この罪悪感を乗り越えた彼には、強い心の支えが出来たと言えるだろう。
「恋人かな?」
「ち、違いますよ!彼女はいますし、ただ恩人というだけです!」
「ハハ、悪魔だから咎めはしない。デュランダルが愛に寛容であるように、その神器もそうなる時が来るのかもな」
自分の放った言葉に少々驚きを抱くように、自嘲的な笑みを浮かべる。間もなくグッと姿勢を起こすと、80の老人とは思えない大きく力強い背中を見せる。
「私とテオドロ猊下の命を助けてくれたことを感謝する」
「そう言っていただけると、光栄です」
「だからこそ、期待しているよ。その神器と共に、何を成し遂げてくれるのかを。生きて、私たちの期待を裏切らないで欲しい」
「それは───」
大一が答えようとすると、シャドウが再び肩から飛び出てきて血走った眼でストラーダを睨みつける。
『当たり前だ!僕らの凄さ、今度こそお前らに証明してやるよ!』
「そうであってもらわないと困る。それでこそ、私や弟子たちも前を向けるのだからな」
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教会の戦士たちとの挑戦から数日後、駒王学園では生徒会選挙の肝である立候補者のスピーチが行われていた。来年の学校の方向性を左右するのだから、1、2年生にとって興奮ものであり、多くの生徒が体育館に集まっていた。
一方でリアス達3年生は、後輩たちが不在の機会にオカルト研究部へと赴き、私物を整理していた。
「ライザーは大丈夫かしらね」
「リアスさんにしては、珍しい心配していますね」
レーティングゲーム関連の本を段ボールにしまいながら呟くリアスに、大一は意外そうに声をかける。以前と比べると関係が修復されたとはいえ、彼女の方からライザーを心配するような発言が出るのは意外であった。
「言っておくけど、ライバルとしてよ?私にはイッセーがいるんだから」
「わかってますよ。しかしもっとこれくらいになれたら、あの人もチャンスがあったのかも…」
「絶対ないわね」
きっぱりと答えるリアスに、大一は苦笑いをする。ライザーはレーティングゲームの復帰が決まったのだが、その復帰戦が「皇帝」ベリアルの10番勝負のひとつであった。これに参加するにあたり、早朝にレイヴェルも兄の「僧侶」として冥界へと向かった。
レーティングゲームのトップを突っ走り、その存在は名実ともに冥界に轟くディハウザー・ベリアル…彼の特別企画が復帰戦とは、いささか重荷にも思える。
「まあ、大丈夫じゃないですかね。さすがに勝つのは難しいでしょうけど、あの人ならいい勝負が出来ると思いますよ」
大一が落ち着いた声で言う。正直なところ、復帰してからのライザーのメンタルの強さや実力を知るほど、心配という感情は湧いてこなかった。
「まったく、あなたの方こそいつの間にそんなに仲良くなったのだか…。ところで教会側とシャドウに因縁があったのをどうして言ってくれなかったのかしら?」
「ずいぶんと急に振りますね」
「さっきからその見た目で掃除していれば、いやでも気になるわよ」
リアスは嘆息しながら答える。彼女の視界には、背中からシャドウによる黒い腕を複数出しながら掃除と整理を同時並行で進めている大一の姿があった。あまりにも素早い動きで仕事を進めていくため、その見た目の異質さと相まって目につくのであった。もっとも彼としては、すっかり復帰したシャドウには安心感しか無かったのだが。
「えーと…ちょっと別件でいろいろありまして」
「むしろその件が疎かになるほどの別件が気になるわ」
「それもややこしいのですが…どっちにしても解決はしたので大丈夫ですよ」
大一の頭には生島への謝罪が想起される。思えば、あの一件があったからこそ、教会の憎しみを受けきり、生きる信念を持つことが出来た。それほど彼にとっては重要なことであったが、悪魔になるきっかけと関わっているからこそリアス達に明かすのはためらわれた。
その露骨にごまかすような態度に、リアスは額を指で軽くたたく。
「前だったら、主だからと主張できたものだけど、今は違うから難しいわね…朱乃は知っていたの?」
「いいえ、知りませんでしたわ。ロスヴァイセさんは知っているようですけど」
皮肉っぽく答える朱乃に、リアスは眉を上げて大一へとちらりと視線を向ける。彼女の言葉にうろたえているのは火を見るよりも明らかであった。
「いやそれは偶然で…」
「へえ…でもロスヴァイセさんと一緒にどこか行ってから、立ち直ったように見えるけど」
「それで問題が解決したところはあるからだよ。いや誤解を招く俺も悪いけど」
「あらあら、自覚はありますのね。でも許すにはまだまだですわ」
手玉に取るようにS的な笑顔を浮かべる朱乃に、うろたえながら謝る大一の姿を見てリアスは軽くため息をつく。朱乃が自分と一誠の関係を羨んでいることを耳にしたことはあるが、自分からすれば次の大学生活では彼女らの関係を毎日見せつけられるかもしれないのだと思うと、リアスの方が朱乃を羨むことになるのも遠くない気がしたのであった。
この部室の一幕から数時間後、ゼノヴィアが生徒会長に当選したことを3年生組も知ることになった。
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その日、ゼノヴィアの当選祝いのパーティをした後、一行はアザゼルに呼ばれて彼の研究ラボへと向かった。
幾重もの厳重なゲートを通って、彼らが案内された場所は集中治療室であった。ガラス越しに確認できるのはいくつもの機械に繋がれたヴァレリー・ツェペシュの姿が見えた。聖杯を抜き取られているため、目を開ける様子は見られなかった。
間もなく部屋にギャスパーとアザゼルが入ってくる。ギャスパーは2日に1回はここに来ており、ヴァレリーに日々のことを語りかけていた。
心が離れた切ない状況ではあったが、まさかそのことに終止符が打たれるとは思いもしなかった。
アザゼルはアタッシュケースからひとつのペンダントを取り出す。その中心につけられているのは、先日ストラーダから受け取った小瓶の中身…聖杯の欠片であった。彼がそのペンダントをヴァレリーの首にかけると…
『…うーん…ああ…あれ…?』
両目がゆっくりと開き、明かりに目をくらませながら、彼女の口から声が漏れる。愛する人の目覚めにギャスパーは涙で顔をくしゃくしゃにしていた。
『…ヴァレリー。わかる?僕だよ?』
『…あら、ギャスパーじゃない。おはよう』
『ヴァレリー…ヴァレリィィィィ…っ!』
思いをこらえきれず、ギャスパーは彼女の胸に飛び込んでボロボロと涙を流した。その念願の再会に彼はもちろんのこと、見守っていた眷属たちも涙を流していた。大一ですら安堵のため息で、気を抜いたら涙がこぼれ落ちそうになっていた。
『ったく、けっこう賭けだったんだがな。応急処置にしちゃ、うまくいったってことでいいのか?』
アザゼルは疲れたように息を吐きながら言う。もっとも完全な復活ではないようで、ペンダントをつけた状態で、彼がこの後に兵藤家とギャスパーの住むマンションに張る特殊な結界内でなければ意識は保てないようであった。それでもこの再会はギャスパーにも、ヴァレリーにも大きな一歩であった。
またこれでクリフォトが聖杯を盾にしてくるという万が一の可能性にも備えが出来ることとなった。ストラーダの狙いは、「D×D」に有益であることは間違いなかった。もっとも彼らは聖杯を取り戻す気は衰えなかったが。
そんな中、ガラス越しにアザゼルが祐斗に問う。
『そういえば、木場よ。再会したばかりの同志とはどうだ?』
「え、えーと…とりあえず、数年間に起きた出来事と駒王町のことを話して、皆を紹介しました。わからないことだらけだと思うので、僕と皆で彼女にいろいろ教えていきます」
祐斗はどこか気恥ずかしそうに答える。ストラーダのおかげで再会を果たした少女…トスカは強固な結界を生みだす神器の所有者であったようで、研究中に発動したためバルパー達も手が出せない状態であった。結界内では仮死状態で成長も止まっていたが生きており、グリゴリの研究により神器は解除、回復まで待って日本へと連れてきたという経緯であった。
現在は祐斗(当時はイザイヤと呼ばれていたらしい)と共に住み、定期的に兵藤家に共に足を運んで色々と学んでいた。
『グレモリー眷属は赤龍帝以外にも春が来たか。2人とも本当に憑き物が落ちたような表情だものな』
(小僧は俺や影野郎がいるから、憑き物が落ちることは無いがな!)
(誰が上手いことを言えと…)
『大丈夫だぜ、大一!あいつらなんか気にならないほど、幸せになってやろう!』
(俺はお前がそんなふうに言ってくれるようになったのが安心だよ)
頭の中でディオーグとシャドウが笑い、彼も思わず笑みがこぼれそうになる。少しずつだが、間違いなく前進している実感を抱いたのであった。
アザゼルも同じように思ったのか、らしくもない柔らかい声を漏らす。
『…ふーっ、なんだかんだで俺の心配事はひとつひとつ無くなっていくもんだな。あとはお前らがクリフォトをぶっ倒せるぐらいに成長するのを待つだけかね』
アザゼルの期待の言葉が投げかける中、朱乃が誰かからの連絡に気づいて施設の床に魔法陣を展開させた。そこに投影されたのはソーナであった。
『リアス、いま大丈夫かしら?』
「どうしたの、ソーナ?こんなに慌てて連絡を飛ばしてくるなんて…」
『ライザー・フェニックスの試合についてです…』
「そういえば、そろそろ結果が出てもおかしくないわね」
『ライザー・フェニックスとレイヴェルさんが───』
彼女の報告は順風満帆と思われた状況に、大きな黒雲を広げるのであった。
今回で19巻は終わりです。
次回からはいよいよ20巻です。