朝食後、大一は歯磨きを終えてリビングに戻ろうとすると廊下で小猫と合流した。その表情はお世辞にも明るいとは言えず、陰りが見えた。そんな彼女に、大一は心配そうに声をかける。
「小猫、大丈夫か?なんか暗いが…」
「…いえ、大丈夫です。学校に行ってきますね」
「…あまり思いつめるなよ。レイヴェル様のことは大丈夫だよ」
大一は勇気づけるように小猫に言う。最初の頃こそ馬が合わなかったが、今は同じ1年生同士でしっかりと友情を育んでいた。いまだに煽るようなことはあるものの、親友としての信頼関係あってのものである。それほど仲良くなった相手の安否が不明となれば、彼女の心配が表に現れるのは自然なことだろう。
「…心配なんです。だって友達ですから」
「その気持ちはわかる。だからこそ今は時間のある俺らに任せて、自分のことに集中しな。大丈夫だよ」
「…お願いしますね、先輩」
わずかに目を潤ませた小猫は上目遣いで言う。その可憐さはずば抜けており、事情を知らなければ見惚れてもおかしくないだろう。
「当たり前だ。俺だってレイヴェルやライザーさんのことは心配だからな」
そんな彼女に対して、大一は安心させるように肩を軽くたたく。頼れる兄の安心する言葉と触れ合いは、沈みかけていた気持ちを少し引き上げた。そして同時に安心した。自分はまだまだ彼のことを好きでいられると確信したからだ。
見送りも併せて玄関に向かうと、ちょうど登校するために靴を履いていた一誠と黒歌の会話が聞こえてきた。
「小鳥ちゃんのこと、気になる?」
「…そりゃ、当然だろ。いますぐ探しに行きたいよ。でも…」
「元総督が、無事を信じろって言ったんでしょ?あの元総督が言うなら、信じてあげてもいいんじゃないの?」
落ち着き払った声で話す黒歌は小猫たちが来たのを確認すると、彼女にも同じような声で話しかける。
「白音も小鳥ちゃんのこと、心配だろうけど、たまには大人を信用してあげなきゃダメよ?」
「…姉さまのことはたまに信用できません」
「にゃはは、そう、『たまに』信用できないかもね」
妹の言葉に黒歌はニンマリと笑顔を見せる。いまだに複雑な姉妹関係であるが、黒歌としては大切な妹と同じ屋根の下で暮らし会話できることに喜びを感じていた。初めて見せた悪辣さは落ち着いており、柔らかな表情が見られる。
そこにルフェイが黒歌に報告をする。
「黒歌さん、準備できました」
「OK、わかった。私とルフェイは、こちらのやり方で小鳥ちゃんを探してきてあげるわ。ま、私も心配だからね。大一だって探すんでしょう?」
「当然だ。リアスさん達とゲームの記録を一気に洗っていく予定だ」
「ほーらね。だからまず、あんた達は心配せずに学生生活しておきなさい。きちんと進路相談しておかないと、小鳥ちゃんに怒られるわよ?」
黒歌の優しい言葉に、2人は顔を合わせる。意外に思ったのはもちろんだが、それ以上に彼女の気遣いが彼らの心に響いていた。
「…ああ、言われなくてもそのつもりだ。黒歌、ルフェイ、兄貴頼んだぜ」
「…よろしくお願いします」
一誠と小猫は不安を飲み込んで強く頷くと、扉を開けて学校へと向かっていった。弟たちを見送った大一はグッと体を伸ばして、横にいる黒歌に話しかける。
「優しいな」
「私らしくないと思っているんだけどね。でも妹のために姉としていろいろやってあげたいものじゃない?」
「まあ、いいんじゃないか。お前のそういうところ、小猫もわかってくれるだろうよ」
「にゃはは、そんなふうに言われたら嬉しくなっちゃうにゃ♪いい、ルフェイ?こういうところを見せるのも、惚れてもらうために必要よ」
「ベ、勉強になります!」
「そういうの無ければ、もっと素直に言えるんだけどな…」
大一は嘆息しながら、リビングへと戻っていくのであった。
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「ねえ、大一。皆、なにかあったのかしら?」
自由登校で時間に余裕もある大一は弟と後輩を見送った後に、皿洗いを手伝いながら(義手の調子もあるため拭くだけであったが)母の言葉にドキリと心臓が跳ね上がるような感覚を感じていた。
とにかく冷静を装いながら、大一は持っている皿を見ながら答える。
「なにかって?」
「ここ数日イッセーとか、小猫ちゃんとか思い悩んでいるように見えたのよ。他の子たちも落ち着きなさそうにしていたし」
確かに母親の指摘通り、全員がライザーとレイヴェルの安否に不安を感じているのは間違いなかった。特にレイヴェルについては、一誠と小猫が一層の心配をしていた。親交の深さと、ライザーと違って実力的な面を考えれば当然だろう。
それにしてもよく見ているものだと、大一は思った。事情を知らなくても、親というものはわずかな変化を気づけるのだろうか。家を改造した時や急な同居人が来た時もあっさり受け入れていたし、一誠とリアスの関係性が危うくなった際も父母共に感づいていた。今さらながら親という存在は驚かされることばかりだ。
とはいえ、真実を話すわけにもいかない。大一は何てことなさそうに肩をすくめた。
「進路の件で不安を感じているだけだと思うよ。いざという時は俺がどうにかするって」
「将来の件は、あんたがどうこうできることじゃないでしょうに。まず自分の心配しなさいよ。リアスさん達みたいに、大学の準備をしっかりやっておきなさい」
「大丈夫だよ」
母の注意に、大一は短く答える。大学生…この単語がいまいち実感が湧かなかった。高校からエスカレーター式に上がることだけでなく、悪魔としてすでに多くのことを仕事としてこなしている彼としては、もはや学生の枠組みが外れている部分は大きかった。おそらくそれを自覚してはいないだろうが。
「というかさ、母さん。なんでそれを俺に聞くのさ?」
「あんたは相変わらずに見えたからかな。昔から変わらないというか…」
そこまで言うと、母は言葉を切る。自分の発言を後悔しているような表情は、大一も初めて見たような気がして、不思議そうに眉を上げるのであった。
「母さん、どうかした?」
「…いや今の言い方はちょっとあれだったかなって。大一も成長しているんだものね」
「別に気にしないよ」
「あんたはそういうでしょうけど…ねえ、大一は目標とかあるの?」
話題が逸れたことでごまかす必要は無くなったが、なんとも答えの困る質問に大一は小さく息を吐く。
「ずいぶん急に振ってくるな…」
「だって2年生の頃の三者面談でそういう話をしなかったじゃないの。1年経って目指すものとか出来たかなって」
母の言葉に対して、大一の頭の中に真っ先に思いついた言葉がディオーグやシャドウが口にする「強くなる」「名を上げる」であった。もちろんそれは彼らの意志であり、大一のものでは無かったが。
すぐにそのぎらついた野心的目標を振り払うと、落ち着いて自分の考えを整理する。巻き込んでしまった友人と恩人、大切な人たちの涙、種族間の価値観の違い…それらの悲しみを減らすために、それゆえに悪魔として全力で戦うことを考えていた。それを思えば、ディオーグとシャドウの目標もまったく無関係ではないのだが。
とはいえ、それは悪魔であることを前提とした目標だ。親に悪魔の真実を隠していくのであれば、なにかしら違う答えは必要であった。
「まだなんとも…大学で見つけたいと思うよ」
「そっか…あなたのことだから大丈夫だと思うけど、困ったら相談しなさいよ」
「心に留めておく」
母はひとまず納得したというように頷くと、併せて思いついたかのように話を付け加える。
「だったら、これも心に留めておきなさい。朱乃さんを逃がしてはいけないわよ」
「結局はそういうことかい!」
「だって、イッセーだってリアスさんやアーシアちゃんがいるし、大一って不器用だから心配だもの。ちなみに私はあなたと朱乃さんの結婚には大賛成よ」
「それ前に父さんからも言われたな…いや本当に頼むから、他の人には言わないでくれよ」
すっかり緩んだ空気の下で、親子は淡々と皿洗いを進めていくのであった。
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日中、リアス、朱乃、大一の3年生組は冥界に赴き、ライザーとレイヴェルの所在を調査していた。しかし名の知れた大物ルーキーとはいえ、出来ることは限られている。せいぜい彼らの行きそうな場所を探したり、ゲームの映像を見返したり、独自に手に入れたゲームの資料を調べるしか方法は無かった。
冥界の町中を一通り回った彼女らは、グレモリー城の一室で独自に手に入れたディハウザーとライザーの試合の記録映像や資料に目を通していた。
「まるで手掛かりが無いわね…!」
リアスが渋い表情で机に叩きつけるように資料を置いた。かなり細かく見ても、特別気になるようなことは無く、それが彼女の苛立ちを加速させた。
ゲーム時の記録に目を通している朱乃や大一も困ったようにつぶやく。
「フェニックス家という繋がりで、『フェニックスの涙』関連…でもクリフォトの例の工場も破壊されましたしね」
「こういう時、悔しいですが限界を感じますよ…」
「そんなこと分かっているわよ。でも何かしていないと気持ちが晴れないんだもの!」
サーゼクスやアザゼルのように人を使った大規模な調査はできないし、ヴァ―リチームのように自由に動けるわけでもない、自分たちに出来ることなど、たかが知れている。それでも彼女たちの気性は仲間のために行動することを求めていた。
「大一は前に現場に行った時、本当に何も分からなかったの?ライザーにも連絡取れない?」
「それは報告した通りで、進展なしですよ。連絡もつきません」
「お兄様からも何も聞いていない?」
「聞いていません。そもそもルシファー眷属だからって、情報がいくらでも入ってくるわけじゃないですよ」
大一の回答に、リアスはゆっくりと息を吐きながら目を抑える。一向に状況が好転しない、朝に一誠に対して勇気づけるように言った矢先、少し先の未来すら煙で見通せないように感じて苛立ちを募らせていた。
そんな彼女に朱乃がいつの間にか紅茶を淹れており、琥珀色の液体をカップに入れてテーブルに置いた。
「リアス、気持ちはわかるけど落ち着きなさい。無理したところで状況が好転するわけじゃないんだから」
「はあ…ごめん。イッセーのああいう姿を見ちゃうとどうもね…」
「朝、黒歌のおかげで多少は立ち直っていましたし、進路のことを考えて忙しい状況であればなんとかなるでしょう」
「…兄のあなたからそれを聞けただけでも肩の荷が下りたわ」
「うふふ、じゃあ休憩にしましょうか」
すでに時計は14時を過ぎており、昼食も取らずにぶっ続けで調べていたことに気づく。3人は資料をあらかた整理するとそこでグレモリーの使用人が持ってきたサンドイッチで、遅めの昼食と休憩を取り始めた。
「明日は三者面談か…あまり思い出したくないわね」
「ジオティクス様が来ていましたものね。妙に校内が騒がしかったのを覚えています」
「まあ、いきなり紅髪の紳士が来れば、それなりに話題にはなりますわ」
「それ以上に、直前までお兄様とお母様も併せて、誰が行くかで揉めていたのよ。お義姉さまがまとめてくれたから良かったけれど」
リアスは去年の自分の三者面談は始まる前から終わるまで苦労の続きであった。授業参観の際も校内中が騒いでいたことを踏まえると、彼女の髪色や身内の異様な雰囲気は物珍しさがあるのだろう。
「私は今年にやっていたら父さまが来てくれたかも。それを考えると、少し残念な気もしますわ」
「俺はどちらかというと、リアスさんと同意見だな。去年はごまかすようなことしか言えなかったし」
「あら、そうなの?グレモリーの会社から話が来ていると言えばよかったのに」
グレモリーは人間界では各国で旅行代理店やホテル経営、さらにはリフォームも手掛けていることになっていた。両親もそれを信じているからこそ、夏休みの家のリフォームに納得している面もあった。また最近ではキャラクタービジネスにも力を入れていることになっていた。これについては、一誠の「おっぱいドラゴン」のことだろうが。
「でもその頃の俺って、そこまでリアスさん達の繋がりを家族に話していたわけじゃなかったので」
「同じ部活なんだからおかしくないでしょう?」
「家族には悪魔のことを隠したかったので、あまり言いたくなかったんですよ。俺も余裕なかったし」
大一の答えにリアスも朱乃もそれ以上の深掘りはしなかった。彼の言葉はそのままの意味であることはよく理解していたし、実際に目の当たりにして追い詰められた結果も知っていたからだ。
「人間界の方はともかく、こっちでも将来は重要よね。…レーティングゲームのトッププレイヤーになれば、こういう時にもっと出来ることが増えるのに。そういえば、あなた達はどうするの?」
「俺は…具体的ではないですが、冥界を変えたいですね。少しでも平和にしたいです」
「ふーん…じゃあそれこそサイラオーグみたいに魔王を目指すの?」
「必要があれば」
きっぱりと言い放つ大一の言葉に、リアスは感嘆する。あれほど悪魔として苦しんできた仲間が放った力強い言葉は安心を覚えた。
かつての眷属の言葉に満足しつつ、リアスは彼の隣に座る朱乃へと視線を向ける。
「朱乃は?」
「私は…今はあなたを支えることだわ。あなたの夢が達成するまで付いてくつもりよ。ただそれ以外に挙げるとしたら…」
朱乃は紅茶のカップを両手で持ちながら、大一へと視線を向ける。その眼は期待に満ちており、彼女が求めるものを同じ恋する女性としてリアスはすぐに察した。
そして大一もその視線が特別なものであることは気づいたが、恥ずかしそうに咳払いする。
「…頑張ります」
「期待していますわ」
ただオリ主はとっくの前から大人の立場で動いてる気もしますが。