「っかぁぁぁっ!こんなにうまい酒は久しぶりだっ!」
三者面談を終えた夕食の席で、兵藤家の大黒柱が幸せそうに酒を煽る。三者面談で母から一誠の話を聞いてから、ご機嫌この上なく頬を緩ませている。かと思えば、今度はボロボロと涙を流し始めた。
「うううっ!あのイッセーが、性欲しか取り柄のないと思っていた息子が!まさか、そこまで将来のことを考えていたとは…っ!」
「まったくね。私も驚いたわ。グレモリーさんから、うちのイッセーを大学卒業後に関連企業の方で引き取りたいとおっしゃっていただいただけでも舞い上がったというのに、その先のことまで考えているなんて…母さんもあの場で泣きそうになったわ」
父の男泣きに、横で母も目元を拭っていた。三者面談の際に、一誠は将来的に自分の会社を持って独立したいという目標を掲げていた。真実を知る大一たちからすれば、それが自分の眷属を持ちレーティングゲームに参加することを意味するのを理解しているが、両親は息子の将来のビジョンに感銘を受けていた。併せて、一誠がアーシア達と仲が良く面倒見の良いことも言われて、息子の成長に喜んでいた。
「…大げさだよ。今時の高校生は、ちったぁ先のことまで考えるもんだぜ?」
恥ずかしげに答える一誠であったが、そんな息子の様子すらも両親は楽しんでいた。
「ええいっ!今日は祝い酒だっ!母さん!この間、サーゼクスさんから送っていただいた高いお酒、あれを持ってきておくれっ!」
「はいはい、わかりましたよ。まったく、年甲斐もなくはしゃいで」
母がキッチンに向かっていき、父は嬉しそうに酒を煽る。そんな両親を特に気にせずに大一は箸を進めていた。去年の三者面談でいまいちな空気を醸し出したため、この喜びに水を差すほど彼も無粋ではなかった。加えて、弟同様にグレモリーの企業から話が来ていることを、すでに両親には伝えていたため、これ以上の心配を与えることもないだろうと踏んでいた。
ロスヴァイセの話ではここにいるメンバーのほとんどが大学卒業後にグレモリー関連の企業に就職すると思われているため、「グレモリー内定枠」などという名称が出てくるほどであった。
「イッセーだけじゃなく、大一やアーシアちゃんもグレモリーさんのところの関連企業からお誘いがあるようだし、うちの子供たちは将来が安泰だ!本当にグレモリーさんには頭が下がる思いだよ!ありがとう、リアスさんっ!」
「いえ、うちとしましても、貴重な人材は早いうちに確保してこそだと思っておりますので」
「うぅ、なんてありがたい!心強い!」
「うちのイッセーがリアスさんに拾ってもらってからというもの、本当に我が家は安泰だわっ!」
リアスの言葉に、両親はただ感動の涙を流していた。一誠がこれからは定期的に両親に将来を話そうと固く心に誓う一方で、大一は淡々と食事を進めていた。
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一部のメンバーにとって恥ずかしさ満載の夕食後、片付けを終えた大一は大きく伸びをする。トレーニングか勉強か、はたまた別のことか、夜をどのように過ごそうかと考えていると、母から話しかけられる。
「大一、悪いんだけどお父さんと一緒にお風呂に入ってくれない?」
「はあっ?そんな年齢じゃないだろ。というか、あんなに飲んだのに風呂入るのマズいんじゃないか?」
「どうしても入るんだーって言って聞かないのよ。しかも大一と一緒にって」
母の言葉に、大一は呆れるように左手で額を叩く。大方、酔った勢いで感傷的な部分が浮き彫りになり、息子と語り合いたいとでも思ったのだろう。なんとも分かりやすい父親だと思った。
とはいえ、彼としてはかなり躊躇する打診であった。その原因となる右腕を無意識に撫でる。精巧とはいえ義手に違和感を抱かれたり、何かの拍子で外れたりと考えれば、どのように言い訳をすればよいのか分かったものではない。
「お願いね」
「…わ、わかったよ」
しかし断れる材料を持たない彼は、母の言葉に首を縦に振るしかなかった。
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「やっぱり大きさ的に無理あったかな~」
「当たり前だろ!」
すっかり酔っ払った父の言葉に大一は声を荒げる。ひとりであれば広々と使用できるこの浴室も、大の男が2人で入るにはあまりにも狭すぎた。どこか足取りが怪しい父に注意を払わなければならない状況は、すでにリラックスとはかけ離れた状況であった。
(シャドウ、頼んだぞ)
『わかっているって。中からしっかり支えるよ』
頭の中でシャドウが自信たっぷりに答える。結局、良い案を思いつかなかった大一が取った対策は、シャドウによって義手を内側から固定するものであった。不意の出来事で外れそうになっても固定してくれることが期待できる。
そんな苦労を知らない父は、大一を見ながら感慨深そうに言う。
「大一が特に身長伸びていくもんな。やっぱり2人で浴槽は無理かな」
「ったく、わかっていたなら、無理に今日入る必要もなかっただろうに」
「さっぱりしたかったんだよ。よーし、大一!親子で裸一貫の付き合いといえば、背中を洗うことだ!ということで頼む!」
「調子いいんだからよ…」
大一は嘆息すると、父の背中をボディスポンジで洗い始める。狭さのおかげで洗いにくいことこの上ないが、父は嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
それにしても父の背中が以前より小さく感じて、大一は少々面食らった。彼が大きく成長したのもあるが、それ以上に精神的なものもあったのだろう。
息子に背中を洗ってもらっているという事実に、気をよくした父は隠しきれない喜びが見える声で話す。
「いや~、イッセーがあんなふうに思っていたなんてな。学校でも面倒見がいいって評価されて、あいつも立派になったな」
「夕食の時に、皆の前で散々その話しただろ」
「いや、もっと話したい!お前もアーシアちゃんもグレモリーさんの企業から話来ているし、イッセーは立派な目標に綺麗な彼女まで見つけて…もう嬉しくて嬉しくて仕方ないんだよ!」
「はいはい…」
これは風呂にいる間はずっと父親はこの話をするだろうと思った大一は、半ば流すように答える。父から出てくる夕食時とほとんど同じような内容の話を、大一はあくびを噛み殺しながらボディスポンジを事務的に動かしていた。
そしていつの間にか話に一区切りがついたようで、思い出したかのように父は話す。
「そうそう、探していた釣り竿が見つかったんだ。やっぱり倉庫にあったよ」
「ああ、前に俺と探していたやつか」
「寒さも少しずつ落ち着いてきたし、そろそろ釣りに行きたいと思っているんだよな。それでイッセーを誘おうかなって」
父の趣味が釣りであることはよく知っていたが、その声はどこか決心めいたものを感じられた。そして言葉に含まれた意味を大一はすぐに察した。これが一種の相談であることを。
大一は本を読んでいる方が好きであったため断っていたが、一誠はよく一緒に行っていた。しかしいつだったか父が大切にしていた釣り竿を彼が誤って折ってしまい、それから行かなくなってしまった。父に謝ってからも涙をこぼしていた弟の背中を慰めるように擦っていたのを、大一は妙にハッキリと覚えていた。
おそらくその件を引きずっていた一誠は、気づけばそのまま足が遠のいてしまうことになったのは想像に難くない。それは父も理解しており、だからこそ機会を見つけて再び一緒に釣りをしたかった。要するに後押しが欲しいだけなのだ。
「釣りなぁ…あいつも忙しいと思うけど、誘ってみればいいんじゃないか」
「そう言ってくれると嬉しいよ。あいつも釣り竿の件を引きずらないで欲しいんだが…」
「それは仕方ないよ。どこかで腹割って話すしかないんじゃないか?」
「そうだな…あいつは名前通りに誠実に育ってくれているし、もう大丈夫だと信じよう」
「本当に誠実に育っているなら、少しでも学校で性欲を隠してほしいものだけどな」
「それは父さんも同意する」
大一の指摘に、父は苦笑い気味で答える。狭い空間であったが、風呂の蒸気と合わさってどこか和やかな雰囲気に包まれていった。
背中も充分洗っただろうと思った大一は手を止めるが、そのタイミングで父がこぼすように呟く。
「なあ、大一…ごめんな」
「なんだよ、藪から棒に?」
「父さんも母さんもお前にはあまり構ってやれなくてさ。愛情は注いできたつもりだが、イッセーの方ばかりだった…」
父の背中は先ほどよりも遥かに小さく見えた。ただそれは父自身の哀愁漂う雰囲気によって作り出されていた陽炎のようであり、大一の成長とは無関係であった。
「…言い訳にしか聞こえないがな、母さんは子どもができにくい体質だった。妊娠してもダメだったこともあって、何度も諦めそうになった。だからお前が生まれてきた時は心の底から喜んだものだ。しかしその1年後に生まれたイッセーは…お前と比べるとあまり元気に生まれてこなくてな。そこまで心配するほどでも無いと医者には言われたんだが、それでも子どもができないことで何度も悲しんだ俺たちにとっては心配だったんだ。お前がスクスクと育っていくから、どうしてもイッセーを気にかけた」
葛藤に満ちた声で語る父の言葉には、その内容以上の意味が込められているように思えた。後悔、悲しみ、罪悪感…ずるずると引きずっていくような虚しい感覚が父の全身を包んでいる。
父の脳裏には幼き息子たちの顔はまるで違っていた。はしゃいで嬉しそうな顔、遊びまわって疲れた顔、泣きながら謝る顔…表情豊かな一誠の一方で、大一はいつもしっかりしており、幼稚園辺りから泣いているのを見たことが無かった。両親と共に一誠の面倒を見ているようであった。
「イッセーがしっかり育ったのはわかっている。しかしお前には…いつもイッセーの面倒を見させたし、父さんたちも頼ってしまう『大人』でいさせてしまった。本当にごめんな」
父は背中を震わせながらボロボロと涙をこぼし始める。夕食時に見せた男泣きとは違い、純粋な悲しみと謝罪を兼ね備えていた。彼としては息子からの冷ややかな言葉や怒号のように激しい文句も覚悟していたが…。
「知ってたよ。母さんのことも一誠のことも」
「ッ!?ど、どうやって…」
「かなり昔に祖母ちゃんから聞いた」
父とは対照的に、大一は淡々と答える。父の明かした真実について、彼はそれ以上のことも知っていた。母の妊娠の失敗が1回でなかったこと、父がお百度参りなどしていたこと、一誠の生まれが忙しなかったこと…彼は幼き頃から両親の想像以上に家庭のことをよく知っていた。
それ故に、兄という立場を大一は全力で遂行しようとしていた。弟が寄りかかれる存在になれるように、両親が安心できるように強い存在になれるように…それに気づいたとき、大一は「子ども」であることを辞めて「兄」になっていた。だからこそ必死に考えて、必死に弱さや秘密を隠そうとしてきた。
その立場は確かに大一という人間の形成に関わっているだろう。父の言う通り、幼き頃から一誠の兄として「大人」として振舞っていたのかもしれない。しかし…
「なあ、父さん。俺は別に蔑ろにされているなんて思ったことないよ。この18年間、俺が家族から貰った思い出は本物だ。数えきれないし、なんだったら多すぎて忘れているものだってあるだろうよ。それくらい楽しいことも辛いこともたくさんあったんだ。だから…なんというか…謝らないでくれよ。この生き方は自分で決めたものだし、俺はこの家に生まれて幸せだよ。だから謝られるのは不本意だ」
大一の言葉に、父はただ嗚咽を漏らしながら涙を流し始める。一誠に感動した時の男泣きとも、先ほどの後悔にまみれた涙とも違う。目からこぼれ落ちる涙は熱く、心に打ち込まれていた黒い塊を溶かしていくようであった。その顔は背中にいた大一に見られることは無かった。
ようやく涙が落ち着くと、深く息を吐いて父は鼻がつまったような声で問う。
「…大一はイッセーのようにやりたいことは無いのか?」
「今はまだ…ごめんな。あいつみたいに期待に応えられなくて」
「お前こそ謝るなよ。今まで十分なほど、父さんたちの無理や期待に応えてくれただろう。そんなお前だから、イッセーにも負けないほどいい将来を目指せると信じているよ」
父の言葉に、大一は胸が熱くなり同時にチクリと鋭い針で突かれたような痛みが走った。これほど信頼してくれている両親に、自分は大きな隠し事をしている。その現実はやはり気持ちのいいものではない。
そんな大一の感情とは裏腹に、安心しきった声で父は言葉を続ける。
「お前がいて、イッセーがいて、アーシアちゃんがいて…息子や娘と一緒にいる家族の幸せを俺や母さんはもうしばらく見ていたいよ」
「…ありがとう」
両親であれば自分たちを受け入れてくれる…願望にも近い考え方であったが、大一はいつか必ずこの真実を打ち明けようと誓った。わずかな蒸気で身体がゆっくりと暖められる一方で、彼の心はこみ上げられている愛情に満たされる。彼が鼻を小さくすすった音は、父の耳には聞こえなかった。
ある意味、オリ主が「一誠」と呼び続けている理由です。