『大一さ、よく自分の命を懸けられるなんて言えたもんだね』
風呂から上がった父に肩を貸しながら寝室へと連れて行った大一に、シャドウが呆れるように頭の中で呟く。それが何を意味しているのかは理解していたが、ごまかすかのように大一は答える。
(なんだよ、いきなり…)
『あんなふうに大切に思ってくれている両親とかいたのに、僕に取り込まれた時とかこの前の教会の戦士の時とか、よくもまあ自分を犠牲にする考えが出たものだなって。自分の死んだ後とかどうなるかを考えなかったの?』
ため息交じりのシャドウの問いに、大一は風呂上がりでわずかに湿った髪を掻く。当然、彼とてこの指摘をまったく考えなかったわけではない。自分が死んだ時に家族や仲間達がどう思うかなど、それを察せられないほどではなかった。
とはいえ、大一にはそのような方法しか取れなかった。自分の無力と余裕の無さ、責任感などもろもろの理由が彼を破滅的な方向性へと向かわせていた。傍から見れば、自分以外を優先する振る舞いであり、それは悪魔になる前の一誠の兄として培われたものであった。それゆえに両親も先ほどの告白のような想いが内在化していたのだが。
(…考えなかったわけじゃないよ。ただそれしか思いつかなかっただけだ)
『呆れたものだな~。キミだって誰かにとって大切な存在なのにさ。そもそも僕らはキミに死なれては困るんだし。なあ、ディオーグ?』
(俺はどっちでもいい。生きるも死ぬも小僧の考えしだいだろ。いちいち気にする理由がない)
興味の無さを前面に押し出すディオーグの態度に、シャドウはうろたえたように反論する。
『いやいや大一がいなければ、キミだって死ぬかもしれないし、僕だって扱える人物がいなくなるんだよッ!?』
(その時はその時だ。命をかけるかは、こいつが決めることだろうが)
『この前は僕らを心配してくれたじゃないか!』
(そりゃ、悩んで弱くなるなんてバカみたいだからな)
互いに温度差が感じられるやり取りだが、このまま頭の中で騒ぎになりかねないと察した大一は早々に介入する。
(なんにせよ、俺は自分の命を軽く扱うつもりはないよ。俺が大切にされているって改めて理解できたからな)
『まったく、この前のテオドロにも苛立ったが、戦乙女とオネエがいなければキミも大差なかったからな』
(否定できないな。だからこそ、俺が今度は大切に思ってくれる人たちにとって、安心できる存在になりたい。お前やディオーグに対してもな)
『…その言葉は悪い気はしないね』
(だったら、さっさとオーフィスやグレートレッドをねじ伏せられるくらい強くなれ)
(うーん、ハードルが高い…!)
決心はするものの、求められる要求の高さにさっそく困惑の色を見せる。戦いに飢えたドラゴンの価値観は慣れようにも慣れるものでは無かった。
大一はぐっと身体を伸ばす。まだ時間はあるものの、父との会話や同居人たちとの真面目な会話は精神的な疲労を促された。寝ることも考えたが、トレーニングしないことがわかるとディオーグの方が文句を発することが想像に難くなく、どうしようかと迷っていると…
「あっ、大一くん。もうお風呂あがったんですか?」
声をかけた相手はロスヴァイセであった。少々意外そうな表情をしているのに、大一は軽く首をひねる。
「そんなにおかしいですかね?」
「いや、大一くんって遅くまでトレーニングしていることも珍しくないから、こんなに早くお風呂に入ったのが意外だなと思って」
「言われてみれば確かに…まあ、父に付き合わされたものですが」
「かなり酔っていましたけど、大丈夫だったんですか!?」
「だから母さんに頼まれたんですよ。おかげでいろいろ話せましたけどね」
「親御さんとしっかり話すことは大切ですよ。自分どういう将来を決めるか、身内から理解を得ることは自分が困らないためにも必要です」
「そういうことは最低限しか…俺がまだ決められていないのもありますし。でも父さんは信じてくれていました」
肩をすくめて答える大一に、ロスヴァイセは小さく笑う。美人の笑顔はそれだけでも絵になるものであったが、大一にとっては自分の発言に彼女がどこか嬉しそうにしているように見えて、再び不思議そうに問いかける。
「な、なんかおかしなこと言いましたか?」
「いいえ。ただ安心したんです。大一くんが元気なようで」
ロスヴァイセは微笑を崩さずに答える。ユーグリットの件で自分を犠牲にしようとしたのと同様に、生島との問題や教会の戦士たちとの戦いで同じような道を大一が辿るのではないかと不安であった。だからこそ、乗り越えた彼の落ち着いた姿を見ると彼女としても安堵を感じていた。
彼女の笑顔に大一は気恥ずかしそうに頬を掻きながら答える。
「それについてはロスヴァイセさんのおかげですよ。俺ひとりではどうにもならなかったことに、解決するチャンスをくれたんですから」
「前にも言っていましたよ、その話」
「改めてお礼を言いたいんです。父と話して、自分が家族から大切にされているのを実感しました。あの一件が無ければそれも出来なかったと思うと、感謝してもしきれませんよ」
もし自分が死んでいれば、罪の意識で潰れていれば、父の言葉をすんなりと受け入れることは出来なかっただろう。かつて自分の黒い感情に籠った部屋の扉を開けてくれた朱乃とは別ベクトルで救われたのだ。
ハッキリと想いを伝える大一に、ロスヴァイセの心は大きく跳ね上がる。風呂に入る前なのに、身体は火照ったように熱く感じており、それを誤魔化すかのように彼女は話題を逸らそうとする。
「そ、そういえば大一くんはソーナさんの先生の話をどうするかを決めたんですか?」
「…まだなんとも。ただ俺には教師というのは責任が重すぎると思っています」
「そ、そうですか…。私は大一くんと一緒に働けるのも…ハッ!い、いや誤解しないでくださいね!仲間同士ということですよ!」
「何も言ってませんけど…」
半ば自爆のようになっているロスヴァイセの視界は、気持ちに応じるようにぐるぐると反転しているような錯覚を感じた。
そんな彼女に迷いながらも、大一は声をかける。
「えっと…あー…お礼として先生にというのは難しいですが、別の形でお礼はしますよ。よければ一緒に買い物とか…」
「か、買い物…デート…ご、ごめんなさい!わ、私、お風呂行ってきます!」
もはや恥ずかしさの限界が来たのか、ロスヴァイセは逃げるようにその場を去っていった。
残された大一は凝り固まった感情を吐き出すかのように、長めに息を吐きだしていく。奇妙なほどに身体は火照っており、喉が渇いていた。自分でもなぜここまで彼女相手に緊張しているのかはまるで理解できなかったが、それを見透かしたかのようにシャドウが言う。
『大概、大一も惚れっぽい性格だと思うんだよね。前にライザーに言われたことが全てだな』
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なんとも自分の感情に整理がつかないような気持ちになるような出来事が立て続けに起こった翌朝、大一はいつものごとく早朝に目を覚ます。隣では朱乃が小さな寝息を立てており、彼は起こさないようにベッドから出ようとするが…
「…なんだ?」
寝起きでハッキリしない頭の状態で呟く。どうも体に何かがへばりついているように感じ、ベッドから出ることを邪魔していたのだ。
その正体は大一の身体にがっしりと抱きついていた小猫であった。彼を抱き枕のようにして、すやすやと眠っている。
「…もしかして夜中に忍び込んだのか?ゼノヴィアたちがたまに一誠にやっているって聞いたが…いや、それはどうでもいい。おい、小猫。起きろ」
「ふにゅ…先輩…」
大一が彼女の額を軽く指で叩くと、小猫はうっすらと目を開ける。そして自分の置かれた状況に気がつくと、ハッとした表情ですぐに彼から離れた。同時に顔を赤らめていく。
「…寝てしまいました」
「その言い方だと、一緒に寝るつもりはなかったと」
「その…レイヴェルのことが不安だったから…ちょっとでも安心したくて…」
恥ずかしそうに視線を逸らしながら小猫は呟く。先日、大一や黒歌からまずは安心するように伝えられたが、それでも夜にひとりで眠るには心の隙間に心配が入り込んでくる。それを埋めるために取った行動が、惚れた相手と触れあうものであり、夜中にこっそりと忍び込んだ。ほんの少し触れあうだけのつもりだったが、布団の温かさと安心で気づけばすっかり眠ってしまったようだ。
「ご、ごめんなさい…私らしくありませんでした」
「謝ることじゃないだろう。それだけレイヴェルのことが心配ってことなんだろうし…そうだな…うん」
大一は少し思案すると、意を決したように小猫を優しく抱きしめる。義手は取り外していたため左腕だけであったが、その大きな腕は彼女の小柄な体を包むことに問題はなかった。
小猫は面食らったような顔とともに身体を緊張したようにびくりと跳ね上がらせるが、すぐに安心したように彼の胸に顔をうずめた。
「なかなか飲み込むのは難しいかもしれないが、大丈夫だよ。あの人たちは無事だ」
「先輩は…ライザーのこととか…」
「心配じゃないといえば嘘になる。それでもあの人たちの強さ、アザゼルが大丈夫だと言っていたこと…それらを踏まえて前を見ているだけだよ。まあ、俺は心配しすぎて疲れることが多いからというのもあるんだが」
「私は…なかなか割り切れません」
「それでもいいよ。だから心配したときはいつでも頼って欲しい」
相変わらずの兄的な言動に感じたものの、今の小猫にとってそれは心地よかった。
「…先輩、やっぱり私のことを受け止めてくれるんですね」
「その言葉をいまさら変えるつもりはないよ」
小猫への言動は我ながら恥ずかしさ極まるものだと感じていた。それでも自分の言動ひとつで、大切な仲間が心に安らぎを感じるのであれば自然とこのようなことができていた。もっとも相手が小猫という後輩であるのも、理由としては大きかったのだが。
小猫にとって安堵に満ちた空気が生まれる中、大一の身体が急にこわばるのを感じる。その理由はすぐに彼にかけられた声で察せられた。
「人が横で眠っている間に、そういうのは感心しませんわ」
「いつの間に起きていたの…?」
「むしろどうして目覚めないと思っていたのか、小一時間ほど訊きたいものですわ。私だって嫉妬するのよ」
「ご、ごめん…」
「謝ってばっかり…じゃあ、これでいかが?」
目を覚ました朱乃は後ろから大一に抱きつき、その大きな背中を堪能する。柔軟な筋肉がしっかりとついた身体に、自慢の女性らしい体を密着させていく。嫉妬と欲求、この2つに突き動かされた朱乃はわざとらしい甘えた声を出す。
「私と小猫ちゃんが満足するまで、しばらくこのままですわ」
「トレーニングあるんだけど…」
「あらあら、愛しい彼女と大切な後輩のささやかなお願いを聞いてくれないと?」
「…朱乃さんに同意します」
完全に2人の女性に手玉に取られた大一の頭の中では、ディオーグの苛立つ文句とシャドウの面白そうな笑い声が響いていた。
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ただ小猫の心配が払拭されることになるのは、早々に訪れた。この日の昼頃、「D×D」のメンバーはアザゼルに緊急でオカルト研究部の部室に召集された。緊急というだけあって事の重大さは察するに余りあり、集められたメンバーは彼の言葉を期待した。
「確認が取れたぞ」
「じゃ、じゃあ、先生!」
「ライザー・フェニックスとレイヴェルの無事が確認できた。命に別状はないそうだ」
アザゼルの発言に、部室内では安堵の息が広がっていく。特に心配の強かった一誠は目を潤ませており、小猫の方はギャスパーと一緒に泣きながら抱き合っていた。
「小猫ちゃん、レイヴェルさん無事だって!よかったよぉおおおっ!」
「うん!よかった!ギャーくん、やったね!───もう心配ばかりかけて、レイヴェルのバカ!バカ…っ!」
早朝の件もあったため、小猫の堰を切ったように感情を吐露する姿は、大一としても安心した。併せてライザーとレイヴェルの安否の情報は、表面上は冷静を装いながらも彼の心にあった怪しい暗雲を晴らすものであった。
だが同時に何人かの不信人物が脳裏に浮かぶ。その疑いは間もなく裏付けられた。
「彼らの身柄を確保したのは、魔王アジュカ・ベルゼブブだ」
アザゼルが付け足した言葉は、少し前の沖田総司達との会話が間違いでなかったと確信してしまったのであった。
オリ主は年上には緊張多いな…。