数日後の休日、アジュカ・ベルゼブブからライザー達の身柄を引き渡してもらう日であった。兵藤家の地下にある転移魔方陣のある部屋から、彼のいる場所へと向かう予定であった。
「オーフィスがそんなことをね…」
「とっても頑張っていましたよ」
嬉しそうに話すアーシアに、大一は感心したように息を吐く。全員集合するのを待つ間、彼はアーシアから「虹龍」の卵の件であったやり取りを聞いていた。タンニーンから預けられたその卵は、駒王町の地下にある巨大空間に置かれていた。厳重な結界が張られており、定期的に「D×D」のメンバーが見に行っている。
アーシアが一誠と一緒に行った際に、オーフィスが大きな卵にぴったりと身を寄せていた光景を目撃したのだという。
『傀儡とはいえ「禍の団」の元ボスが、無関係のドラゴンの卵のふ化を手伝うとか、見る人が見れば目玉飛び出るほど驚くんじゃないの?』
(その前に直接戦った奴がいるからな…)
グレートレッドにも並ぶ最強の龍、無限を司り幾度となく甦る圧倒的な存在が、親鳥が卵を温めるような穏やかな光景に繋がるとは、今のオーフィスを知らなければまるで想像もつかないだろう。
だが今の彼女を知っていても、かつて次元の狭間でぶつかり合ったディオーグからすれば、腑に落ちないものがあるのだろう。その証拠ともいうように、彼はアーシアの話を聞いても無言であった。
「それとクロウ・クルワッハさんにも会いました」
「あいつにか…正直、何を考えているのかわからないんだよな」
「でも穏やかに見えましたよ。私がバナナを渡したら、持って帰ってくれたみたいです」
オーフィスがおやつに持っており、ファーブニルやこちらに味方した邪龍にも、アーシアはバナナをたまに上げていた。そのため彼女の中ではドラゴンとバナナに関係性を見出していた。
(バナナは美味いが、それ以上に美味いものはいくらでもあるからな)
『発言するのそこで良いのかい…?』
無言を貫いていたと思われたディオーグの唐突な言葉に、シャドウは困惑気味に突っ込む。今に始まったことでは無いが、ディオーグの考えはまるで読めなかった。もっともこれから会いに行く相手も、勝るとも劣らないほどであったが。
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間もなく、兵藤家の地下に「D×D」のメンバーが集まる。元も併せたオカルト研究部の面々、シトリー眷属、アザゼル、グリゼルダとなかなかの大所帯であった。
アザゼルが説明をしようとする中、ふと怪訝な表情で一誠に声をかける。
「どうした、イッセー?」
「あ、すみません。ちょっと」
「ご両親と何かあったのでしょう?」
察しがついていたのかリアスはきっぱりと言い放ち、これに伴ってアザゼルも息を吐く。
「なんだ、ご両親と何があった?こういうときは変に心を囚われても困る。言ってみろ」
「大したことないんですけどね。釣りに行かないかって言われたんです。事が事なんで断りましたけど」
一誠の発言に、大一は眉を上げる。先日に父と風呂に入った際に話していたことをさっそく実践していたようだ。このタイミングの悪さに、なんとも居心地の悪さを感じられる。
その一方でアザゼルは顎に手を当てると、一誠に正面から言い放つ。
「なあ、イッセー。今日はダメでも、今度は一緒に釣りに行ってくるといい」
「え?ま、まあ、そのつもりですけど…。急になんですか、先生」
「親はな、いつまでもいるってもんじゃない。いずれ、必ずいなくなる存在なんだ。だからこそ、いるうちに子供がやれることってのがあるもんだぜ」
その発言に、大一は小さく頷く。仲間達と比べると家族として両親も兄弟もいる兵藤一家は恵まれていた。それゆえにアザゼルの指摘は、説得力のあるものになっていた。そういう意味では父と風呂に入ったことも一種の家族交流と言えるだろう。
「こういうことは、リアス達もよく覚えておけよ」
「十分にわかっているわ。けど、そろそろ時間ではなくて?」
「ったく、これだから若い連中は…ほら、構えておけよ」
嘆くように息を吐いたアザゼルが手元を光らせる。足元の巨大転移型魔法陣が輝きだし、その場にいたメンバーを目的地へと転移させるのであった。
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彼らが降り立った地は砂浜であった。眼前にはさざ波を立てる海が広がっており、上空には月と思われるものが2つ、夜空に浮かんでいた。
「ここは『異世界』とされる別次元の世界の一部を再現したフィールドだ」
ふいにかけられた声の方を向くと、アジュカ・ベルゼブブが砂浜の一角に置かれている椅子に座っていた。隣にはベッドも置かれており、なんとも奇天烈な雰囲気であった。彼は読んでいた本をパタンと閉じると、立ち上がって近づいてくる。
「久しぶりだ、グレモリー眷属の諸君。…いや、今は『D×D』だったな」
「冥界でちょっと会って以来か、アジュカ」
アジュカに対して、アザゼルが一歩前に出て握手を交わす。
「こうやって他のVIPを抜きにして会うのは初めてかもしれませんね、アザゼル元総督」
「っていうよりは、この対面は用意されたと思ったほうがいいんだろう?」
「我々の会合は各勢力でも危険視するでしょうからね。たとえ、間にチーム『D×D』が入ろうとも」
「アジュカ様、ライザーとレイヴェルは?」
トップクラスの2人の挨拶が済んだのを見計らって、リアスはアジュカに問う。彼はちらりとベッドへと視線を向けた。
「ライザー・フェニックスの方は一足先にフェニックス本家に運ばせた。お嬢さんはキミたちに直接預けた方がいいと思ってね。レイヴェル嬢はそちらに」
彼が見たベッドにはレイヴェルが横たわっていた。すぐに一誠と小猫が駆け寄って、眠りに落ちている彼女の名前を呼ぶと、うっすらと目を開けた。
「…んん…イッセー…様?…小猫さん?」
「うわあああああんっ!」
ようやく再会を果たした小猫はわんわんと泣きながら、レイヴェルに強く抱きつく。アザゼルの話では「刃狗」のチームがフェニックス家に向かってライザーの護衛にあたっており、ここ最近まで彼らを悩ませていたフェニックス兄妹の安否に決着がついた瞬間であった。
もっとも大一としてはそのまま安心だけで終わるわけにもいかない。アジュカ・ベルゼブブが、彼女たちを保護していたのであればなぜここまで遅くなったのか、以前ルシファー眷属同士で話し合ったことも踏まえて、警戒を解くことは出来なかった。
「さて、キミたちと元総督殿をここに招いたのはその少女の無事を伝えるだけではない」
声の調子は変わらなかったが、どこか雰囲気が張り詰めた印象を与えるアジュカは、懐から「悪魔の駒」を取り出した。しかしその形状はどの駒にも当てはまらず、見せられた一行は不思議な視線を送った。
そんな彼らの疑問に答えるかのように、アジュカは言葉を続ける。
「───これは『王』の駒だよ」
その言葉に、アザゼルを除く全員が度肝を抜かした。上級悪魔になると領地や魔王の城にある「石碑」に触れて、「王」であることを登録して眷属を有する権利と「悪魔の駒」が渡される。「王」はあくまで立場であり、駒としては存在しないというのが通例であった。
もっともアザゼルは噂を耳にしていたようであったが。
「『王』の駒は本来ありえない。そもそもシステム上、『王』とは登録制であった。…いや、登録制にあえてしたのだ。この『王』の駒を表に出さないために。それと眷属悪魔が昇格したとき、内にある駒と『王』の駒の重複及び融合は危険だと判断した面もある。
この駒の特性は───単純な強化だ。ただし、2倍や3倍というものじゃない。これによって、少なくとも10倍から100倍以上の強化が可能なのだよ。文字通り、力が跳ね上がる。そのため、『王』の駒は使用を禁止にした。力を得ることで政府に害意、邪な感情を抱く者が出てしまうことを恐れてね。絶大な力とは、それだけで目を曇らせる」
「王」の駒の特異性を説明したところで、アジュカは手元に小型魔法陣を展開させると操作して、この砂浜に数十人の人物データを提示した。レーティングゲームでよく見る顔ぶれであり、名の売れた悪魔ばかりであった。
わざわざ「王」の駒を説明したうえで、このデータを提示することを考えれば、それがどういう意味を持っているのかを察するのは難しいことではなかった。
「ここに映し出された者達は現レーティングゲームのトップランカーだ。共通点は元72柱…純血の上級悪魔の出身ということ。そして、彼らは『王』の駒を使用しているのだよ。冥界の上役たちの思惑によってな。結果、最上級悪魔クラス、または魔王級と言っても過言ではないレベルに達したプレイヤーが出たほどだ」
アジュカの告白に、一行はただ息をのむ。言葉が見つからない中、ソーナが震える声で言葉をなんとか紡ぎだした。
「…では、ここに映された現トップランカーの実力は…?」
「ああ、彼らは公表されていないルール外の力によって実力を向上させている」
アジュカの話では、これを含めてゲーム運営はかなり黒い噂や現実が絶えないものであった。「王」の駒による不正な実力向上、八百長試合の組み合わせ、商業的な試合による賄賂など数え上げればキリがなかった。
タンニーンやローゼンクロイツなど、実力でトップランカーを勝ち取った者もいるが、それもごく一部の者ばかり。
アジュカ自身はゲームの発案者で、システムの根幹にかかわる部分でしかレーティングゲームには関係していないため、厄介者扱いされていることも多かった。
要するに、実力さえあればレーティングゲームで大成できる可能性があるというのは嘘ではないが、言葉以上に黒い思惑が関わっているものであった。トップランカーのランキングの動きがほとんど無いのも、この画策によるものが大きい。まさに冥界の価値観を根底から揺るがすものであった。
この告白を受けたリアスは歯を食いしばり、ソーナはがくりとその場で膝をつく。レーティングゲームに各々の夢を抱く2人としては、この事実はあまりにも酷なものであった。
「…サーゼクスもさすがにこいつを動かすのは辛いってことか」
「いちおう、表向きはうまく回っているように見えますからね。下手に介入すれば、現冥界のバランス自体が崩れかねない。種の存在を大事にしなければならない状況で内部争いが加熱しては、元も子もない。相手には老獪な年長悪魔も多い。彼らは貴族社会と利権を得られるなら、なんでもしますよ。超越者と呼ばれる俺とサーゼクスも、政治面では一進一退を余儀なくされている」
アザゼルの問いに、アジュカは淡々と答える。それでも彼としても苦慮している様子がうかがえた。
眉間にしわをハッキリと寄せた険しい表情でリアスはアジュカに訊く。
「しかし、なぜその情報を私たちに?これは本来上役───魔王クラスでもないと知ることが許されない、極秘とされる情報ではないのでしょうか?」
「知ってはならない者、あえて知らされなかった者が、その真実を知ってしまった。皇帝ベリアル、ディハウザーのことだ。彼はこの事実を知ってしまった」
ディハウザー・ベリアルはずば抜けた才覚でトップへと上り詰めた悪魔であった。「王」の駒は使っておらず、純粋な実力のみで駆け上がったその男は、真実を知るためにクリフォトと手を組んだのだという。アグレアスを奪われたのも彼の手引きがあってこそであり、警戒対象であった相手の真実を知って、大一は眩暈すら感じる錯覚を抱いた。
アジュカの話では、ディハウザーは自身の能力である対象の能力を無効化する「無価値」をシステムに利用した。これによってレーティングゲームのリタイヤを無効化し、緊急時のプログラムが発動をさせ、その不正行為の真相を知るためにアジュカが転移して赴いた。
彼はそこでディハウザーから諸々の真実を聞いたらしい。
「だが、それだけではその場に残されたフェニックス兄妹の身に危険が及ぶ」
「どういうことですか?」
一誠の疑問に、アザゼルが代わりに答える。
「レーティングゲームにはな、観客用のカメラの他に監視用のカメラがある。それは場合によってはその上の者達も内容を視聴することになる。アジュカと王者の会話は、上役に見られただろう。同時にその場にいたフェニックス兄妹も関与が疑われる。『王』の駒から始まり極秘とされる事柄のオンパレードを話しただろうからな。下手すれば、処分されるだろう」
「処分ってそんな…っ!」
「体裁を保つためなら、それぐらいわけもなく平気で行う。過去に『王』の駒の真実にたどり着いた者を容赦なく始末したからな」
だからこそベリアルはそれを危惧して、アジュカ・ベルゼブブにフェニックス兄妹の身柄を預けた。魔王である彼であれば手は出せないだろうし、彼もそれを理解して用意周到に時間をおいていたそうだ。ある意味この不可解な失踪事件は、バハムートの思い付き通りすでに解決していたようなものであった。
「アジュカ様、それで姿を現さない王者がしたいこととは?」
「いまここで話したことを、冥界全土、各勢力に至るまで打ち明けることだろう」
アジュカの回答は、何度目になるかわからないほど一行に衝撃を与えた。この闇が明らかになれば、どれほどの混乱が各地を襲うかなど想像もできないのだから。
これについて大一は何とも言えない表情で額を掻いていた。皇帝ベリアルがどのような人柄かは知らない。しかしフェニックス兄妹のために行ったことを踏まえると、根っからの悪人というものではないだろう。それほどの人物がこの一件にどれだけの憤りを抱いているのか、クリフォトに手を貸すくらいなのだからそれは想像を遥かに超えるものだろう。いずれにせよ、このような事態となった以上、大一としてはサーゼクスや他のルシファー眷属たちと会うことの必要性を早急に感じられた。
「ま、レイヴェルとライザーのことは改めて礼を言うぞ、アジュカ」
「それくらいはしますよ。せっかく、有望な若手が出てきたのだから、死なせるわけにいかない。いまのレーティングゲームの状況は俺の見通しが甘すぎたがゆえの結果だ、可能であるなら少しでも環境をクリーンに出来る要素が欲しかったのです」
アザゼルに妖艶な笑みを向けたアジュカは言葉を切ると、今度はリアス達へと向き直った。
「ライザー・フェニックスも、キミたち若手悪魔も今後のレーティングゲームを変えられるかもしれない大事な逸材だからね」
現魔王からの大きな期待に肯定的な緊張が感じられる。そんな中で、一誠が一歩前に出ると頭を下げた。
「…難しい話はわからないし、政治に関してもアザゼル先生や魔王様方を信じてお任せするしかないと思ってます。でも、お礼だけは俺からも。レイヴェルとライザーさんを助けていただいてありがとうございました」
一誠の率直な思いを告げた礼に続くように、「D×D」のメンバーもアジュカへと頭を下げる。期待する若手たちの行動に、彼は落ち着いた微笑を浮かべた。
「こちらこそ、若手悪魔に多大な迷惑をかけるだろうが、どうか乗り切ってくれ。上のことは上で対処させてもらう。これから何が起ころうとも、キミたちは暴れるところで暴れ、守るべきところで守ってくれるだけでいい」
全員が強く頷くのを確認すると、アジュカは再びアザゼルに向き直り現状を説明する。回収できていない「王」の駒は5つ、これらは上役たちの手に渡っていると考えられている。アジュカとしてはどれだけ時間をかけても回収する覚悟はあるようだが、そもそもこの駒自体が強いものが持つとオーバーフローを起こす可能性もあるため、そのような危険性も危惧していた。
「それとこの情報をサーゼクス達にも伝えてほしいのだが…」
「だったら、俺よりも適任がいるけどな。頼めるか、大一?」
「もとよりそのつもりです」
「ユーグリット・ルキフグスのことも思えば、サーゼクスはいい眷属を得たな。ああ、それとアザゼル元総督殿。気をつけた方がいい。俺が敵であれば『D×D』打倒のために真っ先に狙うのはあなただ」
真面目なトーンで、アジュカは忠告する。彼としてはアザゼルのアドバイザー能力や知識など、あらゆる面を考慮して危惧しているようだ。アザゼル自身も理解はしているようで、対策を立てているそうだが…。
するといきなりアジュカの耳もとに小型魔法陣が展開される。そこから聞こえる連絡に彼は目を細めた。
「…ほう、その手は奇手か悪手か、あるいは…すぐに戻りたまえ」
「何があったのですか?」
「オーフィスが邪龍に襲われたそうだ」
アジュカもけっこう人間味がある印象です。