兵藤家上階にあるオーフィスの自室、アジュカの元から戻ったメンバーにデュリオも加えてそこに集まっていた。彼らの視線の先にはベッドに横たわりアーシアから回復を受けているオーフィスの姿があった。かなりひどい傷を負っていたが、これでもかなりマシになった方であった。戻ってきた当初の彼女の姿は見るも無残な様子であった。四肢は砕かれ、顔面はつぶされたかのようになっており、全身は爪でつけられた鋭い傷におおわれていた。
(この傷…ドラゴンの類っぽいな。しかし反撃しなかったのか?)
大一の目を通して、ディオーグは冷静に傷の様子を確認する。因縁の相手への心配など露知らずな態度であったが、彼の言葉を無視することは出来なかった。サマエルによって有限となったオーフィスであったが、その実力はここにいるメンバーをしのぐものであった。それほどの彼女がこれほどやられて無抵抗でやられるのは腑に落ちなかった。
デュリオの報告では、オーフィスが発見されたのは駒王町の地下空間であった。つまり…
「オーフィスは…『虹龍』のたまごをかばう形で倒れていた」
大一は小さく頷く。敵の狙いがオーフィスであれば、彼女が大切にしていた龍の卵を狙うのは必然というもの。このやられようを見れば、彼女が無抵抗のままやられたのは想像に難くなかった。もっともそれだけで無抵抗だったとは思えず、まだ何かあるのではと思ったが…。
これについて一誠は激情を抱き、怒りに身を震わせていた。穏やかに暮らす彼女を脅かしたのが許せなかったのだ。
リアスとアーシアが彼を落ち着かせるために声をかける中、アザゼルの耳元に連絡用魔法陣が展開される。見る見るうちにその表情は不穏になり、かなり緊迫感のある視線が兵藤兄弟を捉えた。間もなく魔法陣を取り消すと、一拍おいて2人を見る。
「イッセー、大一、落ち着いて聞け。落ち着いて聞くんだぞ」
「どうしたんですか、先生。いったい何が」
「…お前らのご両親が、外出先でクリフォトに拉致された」
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一行はVIPルームへと場所を移し、地下空間に設置されたカメラによる記録映像を見ていた。映し出されていたのは、突如現れた一匹の邪龍とオーフィスが対峙して、彼女が暴虐の限り攻めたてられた映像であった。かなり凄惨な光景に、渋い表情や直視できなかったメンバーも珍しくない。
邪龍は黒い鱗と黄土色の腹が目を引く大蛇のような姿であった。四肢と4つの翼があり蛇とは違うことを印象づけ、醜悪さが感じられる表情の口から垂れる液体は不気味さを極めていた。
邪龍ニーズヘッグ…北欧に生息していた邪龍だ。何度も蘇った経歴があるため、その執念深さはラグナロクが起こっても生き残るのではと噂されていたほどであった。
そして映像の中で、オーフィスが無抵抗にその邪龍に暴虐の限りを尽くされた理由が、卵だけでなかったのが判明した。20メートルはあると思われるその巨体の左腕には、気絶した兵藤兄弟の両親が掴まれていたのだ。映像ではオーフィスとニーズヘッグが何かを話しており、邪龍が握っていた両親を見せつけると、彼女はそのまま叩きのめされていった。たまにわざとらしく卵を狙う素振りを見せては、守ろうとしたオーフィスはさらに傷を負う…何度も何度も同じことを繰り返す映像は凄惨そのものであった。
「しかし、どうやって入ってきたのでしょうか?」
「…リリス。オーフィスの分身体とオーフィスの繋がりのようなものを利用したのかもしれん。それか感知の難しい『異界の魔力』を持つメンバーを利用したのか…ったく、考案した俺が言うのもなんだが、こういうときに限って役にたたん結界だ…っ!」
グリゼルダの冷静な問いに、アザゼルは悔しそうに答える。不幸中の幸いというべきか、この邪龍が撤退したのはクロウ・クルワッハの気配を感じ取ったからであった。敵としてはクロウ・クルワッハが関わっていることは想定外であったようだ。
映像を見終えた彼らは兵藤兄弟がどうしても気になった。一誠はいまだに画面に目を向けており、その瞳は怒りを隠せないほど鋭く、体からは赤いオーラがにじみ出ていた。クリフォトが彼の踏み込んではならない領域を荒らしたのは明らかであった。
「…そうだよな、ヴァ―リ。ようやく、本当の意味でお前の心、想いが理解できたぜ」
ぼそりと呟く一誠の視線は部屋の壁に寄りかかるローブ姿のクロウ・クルワッハへと向けられる。
「…クロウ・クルワッハ、なぜもっと早く…」
「…俺はオーフィスを観察するためにあの場に行っていただけだ」
「お前…ッ!」
「やめろ、一誠」
クロウ・クルワッハへと向かおうとする一誠を阻むように大一が立つ。彼から発せられる声は驚くほど冷静な印象を周りに抱かせた。
「クロウ・クルワッハを責めても意味がない。まずは落ち着こう」
「これが落ち着いていられるかよ!兄貴だって、許せないだろッ!あいつらがやったことを!それとも父さんたちのことはどうでもいいって言うのかよ!」
「…俺だって相応の怒りは感じている。だからこそ、父さんと母さんを助けるために、何ができるのかを考えよう」
「わかっているよッ!わかっている…!でも…クッソ…!リゼヴィムの野郎…!」
兄のあまりにも落ち着いた態度とは対照的に、一誠は怒りで我を忘れているようであった。燃え上がるような激情が動きにも表れており、身体を震わせながら忙しなくうろついていた。
このまま熱い頭が彼を支配することを危惧した、祐斗は一誠の肩に手を置く。
「大一さんの言う通りだ。まずは冷静になろう」
「…これでも冷静になれっていうのか…?オーフィスぶん殴られた上に親まで拉致されたんだぞ…!?」
「だからこそさ。これは明らかに敵の罠だ。人質というだけでなく、心情を逆なでして冷静さを欠かせるためのね。このままでは相手の目論見通りになってしまう」
「あの野郎は、絶対に許せない」
「…僕はキミの代わりなんてしないからね。リアス・グレモリーの『兵士』はキミだけしかいない。僕は大切な友人に言われたからね。お前はリアス・グレモリーの『騎士』なのだ、と。だから『騎士』に準ずる」
祐斗にとってこの言葉は先日の教会のクーデターで冷静さを欠いていた時に、一誠から投げかけられた言葉であった。それに彼も気づき、一瞬ハッとした表情を見せると苦笑い気味に返す。
「…あのときのこと、まんまお返しってわけか」
「怒るなとは言わないよ。でも、平常を装うだけでもしなければならない。我を忘れれば、絶対にキミ本来の力を出せないだろう。キミの真価は、怒りを内に込めながらも、視野を狭めずに相手の隙をうかがえることさ。
それにご両親のことで悲しんでいるのはキミだけじゃない」
祐斗は見た方を、一誠も目で追った。そこには苦しそうにボロボロと涙をこぼすアーシアの姿があった。
「…私にとっても、ようやくできたお父さんとお母さんです。イッセーさん、私だって…」
彼女はそこまで言いかけたところで泣き崩れる。居場所を作り受け入れてくれた兵藤家の両親には、アーシアとしても肉親同然の感情を抱いていた。天涯孤独の身であったため、家族が出来たことはどれほど嬉しかったことか…。
いや彼女だけじゃない。兄である彼も話していた通り、相当な怒りや悲しみを感じているはずなのだ。そんなことは分かっていたはずなのに…。
一誠は大きく息を吐いて、両手で顔を覆う。ようやく彼の黒い熱が少しずつ引いてきたのだ。
「…そうだったな。ごめん、アーシア、兄貴。ごめん、皆…。───木場、お前がいてくれてよかったよ」
「大したことじゃないよ」
落ち着きを取り戻した親友に、祐斗は軽く肩をすくめる。何度も救われてきたと感じている彼としては、この程度のことは言葉通り大したことではなかった。
そんな中、部屋に黒歌とルフェイが入ってくる。少し前まで何かしらのやり取りがあったのかと察したのか、少々不思議そうな表情をしていた。
「あら、取り込み中かにゃ?」
「あ、こんにちは、皆さま」
「黒歌、ルフェイ、どこに行っていた?ヴァ―リと一緒だと聞いていたが…」
アザゼルの問いに黒歌は自信ありげにいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「まあね、さっきまで一緒だったわ。それより、有力な情報を掴んだから私たちだけ一時的に抜けてきたの。───アグレアス、奴らのアジトの場所をほぼ特定できたわ」
この報告に、部屋に居たメンバーは驚愕した。同時にそれぞれ確固たる思いが心の中で燃えていくのであった。
「グッドタイミングだ、黒歌。たまにはこっちからけしかけないと割に合わんからな」
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アグレアス攻略の作戦が話し合われている中、朱乃は大一の自室に向かっていた。作戦立案についてはアザゼル、ソーナを筆頭にリアスもグリゼルダもいるから問題はないだろう。むしろ今は彼の方が気がかりであった。
その想いを胸に抱えたまま彼女は静かに扉をノックする。
「…大一、入るわね」
返事がなく、彼女はそのまま扉を開けて大一の部屋に入っていく。いつも一緒に眠る時と同じで変わった様子は確認できず、椅子に座っていた彼も落ち着いた様子で持っている連絡用魔法陣の紙をしまっていた。
「ああ、朱乃か…」
「えっと…サーゼクス様に連絡していたのかしら?」
「いや、サーゼクス様への直通の魔法陣だと逆に目をつけられるかもしれない。いちおうルシファー眷属全員の兼用だし。だから炎駒さんの方を使った」
大一はいつも炎駒と連絡を取り合っているものを取り出す。彼が駒王町を離れる際に、プライベート用のものを大一に渡していた。ルシファー関連の要素はまるで無いため、上役の悪魔達に目をつけられる確率も低い。大一は知らなかったが生島が炎駒とやり取りするものと同類のものであったため、尚のこと目をつけられる確率は低かった。そこで彼は炎駒にアジュカから聞いた情報を先ほどメッセージとして送っていた。
「本当は直接話せればよかったんだけど、この感じだと作戦が整い次第、攻め入りそうだからな」
「…そうだと思うわ。だから少しでも休んでおくべきよ」
「助言ありがとう。でも大丈夫だよ」
淡々と答える大一に、朱乃は腑に落ちないように眉を八の字にひそめる。そして彼を諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ねえ、このまま作戦に出てもダメだわ。少しでも吐き出して」
「…隠していたつもりなんだけどな」
「ええ、完璧だったと思うわ。イッセーくんが怒っていた時、あなたは冷静で落ち着いていた。以前のあなたならともかく、ここまで完全に隠していたから逆に心配になったの」
「隠しすぎて逆に怪しかったわけだ。朱乃に隠しごとはもうできなさそうだな…」
自嘲気味に笑う大一には、ハッキリと暗い陰りが見えたような気がした。その黒い陽炎のような危うさに気づいた朱乃は思わず言うべきでない言葉をこぼしていた。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろう。正直、あの映像を見た時にはらわたが煮えくり返る思いだったよ。一誠みたいに文句を言えたら、どれだけ楽だっただろうか…」
身体をわなわなと震わせながら拳を強く握る。振り下ろす場所が見つからずに、その怒りが彼自身に内在化していたのは明瞭であった。悪魔になってから危惧していたことが最悪の形で起こってしまった。悪魔の世界での凶事に家族を巻き込んだこと、いざという時に無力であった自分…その負の感情はシャドウに憑りつかれた時にも匹敵するほど深いものであった。
「…それでもあいつと一緒に感情のままに怒っていたら、それこそ取り返しのつかないことになるかもしれない。父さんと母さんを何があっても助けなきゃいけないんだ。それに俺は…俺は兄だから…」
最後に絞り出すように大一は付け加える。その脳裏には先日の父との会話が想起されていた。父の信頼に直面したからこそ、その想いは黒い感情の中からも冷静さを引き出すことに成功していた。
そんな彼の様子を見て、朱乃は目を細める。このように背負い込むのは今に始まったことじゃない。どれだけ彼の苦しみ姿を見てきても、そんな彼を支えると決めたのだから…。
「だったら、尚のことだわ。弱みを出して、少しでも休んで。このままだとあなたが潰れてしまうし、ご両親を救えないわ」
「わかっているつもりなんだけどな…」
「ひとりだと難しいなら、私が一緒にいてあげる。あなたを支えるわ」
そう言って朱乃はゆっくりと抱きつく。こわばった彼の身体を少しでも温めるように、彼女はその柔らかな自慢の身体をすり寄せていく。
彼女の純粋な優しさに触れた大一は静かに、ただし暗さを隠すようなものでは無く、純粋な落ち着きのある声で呟く。
「…いつも朱乃には助けられてばかりだ」
「あらあら、惚れ直した?」
「そうだと思うよ。俺はあなたに何もしてあげられないのにな…」
「じゃあ、これからに期待させて。あなたなら信頼を裏切らないってわかっているから」
「…わかった」
静かに答える大一は彼女を抱きしめ返す。自分がどれだけ多くの人たちに愛されているのかを実感するほどに、心の中ではある決心が芽生えていた。しかしまずは両親を救うことに全力を出すことに集中するだけであった。
だからこそ感情を吐き出す相手は特別なのですが。