冥界を揺るがす内容の演説が終えてから幾ばくかの時間が経過したころ、最上階の展望台では戦いが繰り広げられていた。ゼノヴィアとイリナの助力もあって最上階にたどり着いた一誠が「皇帝」ディハウザー・ベリアルと、介入したヴァ―リがリゼヴィムと対峙していた。この戦いをアーシアと、人質となって状況がまるで呑み込めない兵藤夫妻が見ていた。
とはいえ、この戦いは二天龍の方が追い詰められていた。鎧姿の一誠はいつものごとく「倍加」の力を乗せて戦おうとするも、ベリアル特有の「無価値」の能力で無力化されていった。それならばとばかりに、相手の能力をすり抜ける「透過」の力を乗せるものの、ディハウザーはそれをハッキリと見極めて攻撃をかわしていく。レーティングゲームのトップにして、魔王級と評価されるその実力を一誠は目の当たりにしていた。
「いい攻撃だ。真っすぐで迷いもない。ぜひともゲームで味わいたかった」
「いまなら遅くありませんよ!やりたいことはやったんでしょう!?その結果だって、冥界を駆け巡るはずだ!あんたの…王者の告白ってのはそれだけで重いはずだ!」
「ああ、わかっている。わかっているとも」
「わかってなんてないんじゃないですか!?…あんたの攻撃には、迷いがある!」
鎧の頭部を解除して訴える一誠の言葉通り、ディハウザーは「無価値」の特性のみで戦い、本気の直接的な攻撃を向けてこなかった。彼も自覚しているのか渋い表情で目を細めていた。
一方で、ヴァ―リは一誠よりも苦戦していた。「神器無効化」の能力はもちろんのこと、純粋な格闘戦でもリゼヴィムに軍配が上がった。ならばとばかりに、ロキ戦で覚えた魔法による攻撃を仕掛けるも、リゼヴィムの膨大な魔力を打ち崩すには力が足りなかった。
「ふふふ、どうした?ヴァ―リよ、こんなものでは祖父には届かぬぞ」
「…まったく、かんに障る口ぶりだ。ルシファーの息子として、リリンとして振る舞うことで、壮麗たる姿を見せているつもりだろうが…貴様の根底は、その体から隠そうとしても滲み出ている陰険で悪辣なオーラと同じもの。リゼヴィム、貴様は生まれもっての悪、悪意そのものだ」
ヴァ―リの言葉に一瞬面くらった表情を見せるも、リゼヴィムは間もなく口角を上げて醜悪な笑みを浮かべた。一誠が天界で見た時とは違う、初めて出会った時の元来の彼の雰囲気であった。
「だったら、どうすんだよ、クソ孫くん?よぼよぼお祖父ちゃんに一矢も報いることもできない雑魚ドラゴンの癖になぁ?」
リゼヴィムは素早く一誠へと目を走らせる。ヴァ―リ達の方に注意を向けていた彼はある意味で命取りになった。
「王者くん!あれだ!あれをなさい!」
リゼヴィムの指示にディハウザーは苦渋の表情を浮かべると、懐から赤い液体の入った小瓶を取り出す。そして素早い動きで一誠の顔を掴むと中身を強引に口へ流し込み、後退していく。
見た目と口の中に広がるドロリとした感触と生臭さで、一誠は飲まされたものが血であることを理解した。ほぼ同時に身体が熱くなり、肥大化していくのを感じた。やがて鎧を維持できないほど身体は大きくなり、皮膚は硬いうろこに覆われ、鋭利な牙を生やしている。彼が飲まされたものは龍の血であった。
「よーく見たまえ、兵藤夫妻。あれはお二人の息子の姿をした───化け物だ」
魔王の息子の悪意は、英雄と家族に対して残酷に向けられるのであった。
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一誠達が戦う庁舎のビルよりも少し離れた場所にあるビル街。そこにはいくつもの建物があったが、現在はほとんどがうねり別の建造物に突っ込んでいたり、いくつもの突起が飛び出ていたりと、お世辞にもビルの形をしていなかった。
右も左も上も下も複雑に絡み合ったあやとりのようになっているこの地形に、大一は油断なく警戒する。
何かに気づいた大一はいきなり走り出す。ほぼ同時に彼の立っていた場所から突起が現れていた。その後も彼を追うように突起は発生していき、容赦なく狙っていく。
『…そこか』
納得したように呟いた大一は、大きくジャンプすると、飛んだ先にある変形してねじれたビルの柱に作り出した黒い錨を振りつける。砕かれは柱の残骸は飛び散り、その様子に大一は舌打ちをする。
『クソッ!ギリギリで避けられた!』
『このフィールドにされてから捉えるのが難しくなっているね』
シャドウが大一の肩から出した目をギョロギョロと動かしながら話す。この数十分の戦いで何度かビルの上を移動しながら戦ってきたが、このビル街に来たところでギガンは戦法を変えてきた。周囲のビルと身体を同化させると、ことごとく建物の形を変化させたフィールドを作り上げた。
巨大なアスレチックのように複雑なこの場所は、かなり苦戦を強いられた。地面がギガンによって自在に動かされるため移動は制限されやすく、さらには気を張っていないといきなり攻撃を仕掛けられる。飛び上がっても、ビルの上に行くまでの間に攻撃が飛んでくるか、そのまま逃げられるかのどちらかであった。この複雑なステージのおかげで相手は潜みやすいのに、大一は敵地のど真ん中にいるような状態なのだ。
それでもギガンから目を離すわけにはいかなかった。彼ほどの実力者を逃せば、他の仲間達にも被害が出るのは明らかであり、下手に能力を使われれば両親の救出をさらに難しかるのは間違いない。
油断ならない状況であったが、少なくとも魔力の感覚で一誠とアーシアが屋上の展望台にたどり着いたこと、そこにヴァ―リも向かったことが分かっただけでも、数少ない安心できる要素はあったため、尚のこと大一はギガンを逃すわけにはいかなかった。
『まったく捉えられないわけじゃない。現に何度か見つけて攻撃を入れているからな』
『でもさ、相手の防御力だと倒すまでにはいけないよ』
『騒ぐな、影野郎。こんな奴も潰せねえのに名前なんか上げられるか』
「俺を本気で倒す気とは笑えない冗談だな」
ディオーグの言葉に、反応したのはギガンであった。ちょうど反対側のビルから、ギガンの上半身だけが現れ、眉間にしわを寄せた険しい目で睨みつけていた。
『お前こそ、俺たちとの正面の戦いを避けているじゃないか』
「前よりも硬度が上がったのは認めてやる。それで俺に手傷を負わせるくらいにまで成長したのもな。だがそれだけだ。お前ごときじゃ俺には勝てない」
『やってみなければわからないだろう』
大一はバネのように腕を縮めると、その反動で弾丸のような速度で伸びていく黒い拳でギガンを狙う。
しかしギガンはすぐに引っ込んだため彼の一撃はビルの外壁を空しく殴りつけるだけであった。同時に大一の両側から石壁が現れて挟み込んできた。腕を戻しながら、肩と背中からそれぞれ腕を作り出すと迫りくる石壁を抑えるが、想像以上の重さに足止めを余儀なくされる。
『これは…マズい…!』
「理解はしているようだな」
足場から出てきたギガンは、大一の背後へと現れて、岩石化させた両手の拳を合わせて丸太のように太い腕を振り下ろした。鈍い音ともに頭部に痛烈な一撃を受けた大一は、敵の一撃の余波で砕かれた足場と共に下へと落ちていく。
意識が飛びかけるものの、必死に目を見開きながら下の足場に受け身を取りながら着地する。頭から流れる血を抑えながら、すぐにギガンのいた方向へと目を向けるが、見えたのは岩石が複数個迫ってくる様子であった。すぐに黒い錨を2本作り出すと、硬度と体重を上げて岩石を打ち砕いていくが、攻撃を防いでいるうちに再びギガンの接近を許し、今度は正面から振るってくる拳をいなしていった。3メートルはある巨漢が放つ拳の連打は、ゴグマゴグに関連するのも納得のパワーを感じ、受け流すのもかなり必死であった。
「パワーにおいて正面から打ち合えば、俺の方が強い。併せて、俺の領域となったこのステージだ。動かすのも隠れるのも自在…つまりお前ごときに勝ち目はない」
『…そのパワーが強力なことも…この場所がお前にとって自由自在であることも…』
大一は拳をいなした一瞬の隙に飛び上がり胸部へと蹴りを入れる。岩石化したギガンには傷こそ与えられなかったが、その反動で後方へと下がり距離を獲れた。
『俺が負ける理由にはならねえ』
「よくもそれほど無意味な自信が湧いてくるものだ。絶望という言葉を知らないのか」
傍から見れば、ギガンが圧倒的であった。受けた傷が表面的なものがほとんどで、最初に流した流血もほとんど止まっていたギガンに対して、大一は息を切らし、大量の出血によって全身を熱くさせていた。
それでも彼の龍のような眼がぎらついて戦いの意志を見せている一点のみ、ギガンに対抗していた。その様子に対して、呆れるようにため息をつく。
「諦めないな」
『少なくとも父さん達を返してもらうまでは、諦めるつもりはねえよ』
「…だったら、それが原因で絶望を感じてみろ」
相手の言葉に、大一は首をかしげながら血を拭う。それと同時にディオーグの重い声が口から漏れ出る。
『なんだ?エロ弟の感覚が変わったな。まるで本物の龍だ』
『あいつ、いったい何をやっているんだ?』
「その真の姿を明かさせた。赤龍帝の体はオーフィスとグレートレッドの力によって生み出されたものなのだろう?だからリゼヴィムは奴に龍の血を飲ませて、龍へと変化させた。貴様らの両親の前でな」
最後の言葉に、大一は息をのむ。ギガンの言葉が正しければ、リゼヴィムの策略によって両親が、ドラゴンへと姿を変えた一誠を目の当たりにしているということだろう。つまり弟が人間でなく、悪魔であることを白日の下にさらしたのだ。もしかしたらアーシアや他のメンバーも悪魔であることを話したかもしれない。
その現実に息をのむと、静かに問う。
『…これがお前らが父さんと母さんをさらった狙いか?』
「正確に言うと、ボスの計画だ。悪辣そのものだよ、彼は」
淡々と答えるギガンの言葉は、大一の耳に奇妙なほどに反芻していた。隠してきた残酷な真実、龍や悪魔という非現実的な存在、これらが最悪の形で大切な家族へと明かされた。それを思うと…。
大一はわずかに苦しそうに息を吐くと…先ほどと同様の強い目を相手に向けた。その様子にギガンは意外そうに眉を上げる。
「なぜ冷静でいられる」
『正直、かなり腹が立っているけどな。だが、お前の言うような絶望を感じちゃいない』
魔力を込めた錨を構えると、大一は傷だらけとは思えないほどよく通る声で話し続ける。
『俺は家族を信じている。父さんも母さんも俺らを愛してくれると知っているから、たとえ正体がばれても大丈夫だと言い切れるんだ』
先日、目の当たりにした両親からの強い信頼、それを実感していたからこそ大一も両親を信じられた。あれほど子どもが生まれることを望み、懸命に育て、愛情を注いできた。そんな両親たちを知るからこそ、息子である彼はその残酷な計画を聞いても心を強く持っていられるのであった。
「くだらん。そのような信頼など無意味に等しい。お前の両親は絶望するだろうよ。仮にしなかったとしても、あの場にはリゼヴィムや『皇帝』ベリアルがいる。彼らを相手に勝てることなど出来るものか」
『勝つさ。一誠は強い』
「赤龍帝だからといって、希望的観測すぎるな」
『違うな。俺の弟だからだ』
きっぱりと答えると同時に大一は走り出す。素早い動きで錨を振り下ろすが、ギガンはそれを岩石化させた両腕を交差させて防いだ。すぐに体重も上げて足場ごと叩きつけようとするが、ギガンはその前に足場と同化するとそのまま潜り込む。錨の一撃は足場を崩していくが、相手の本体は足場をつたって別のビルの柱へと逃げ込んでいた。
「お前らは自分の都合のいいように考える。世界がまるで自分たちの味方のようにな。いつも運よく奇跡が起こって勝ってきただけの奴らに…俺が負けるか!」
柱から体を表したギガンはこれまでの気だるげな声の調子は完全に消え去り、純粋な怒りを以て飛んでいる大一に狙いをつけると、両手から岩石を撃ち出しながら、もう一方では壁から岩の触手を向かわせる。
『奇跡で通すつもりはない。この強さは俺達が積み重ねてきたものだ。その強さの証明として、俺らはここで勝つ!』
『そうだ、小僧!全てをひっくるめての戦いと強さだ!だからこそ、こいつに勝つんだ!』
『まったく僕の相棒は忙しいというか…でも僕だって同じ気持ちだ!』
ひとつの身体に宿る3つの意識が呼応するのと同時に、大一は背中から腕と錨を出して手数を増やすと、空中で向かってくる岩石とビル壁の触手をことごとく防いでいく。
間もなく攻撃が止むと、大一とギガンは互いに相手を見据える。空中で鋭い視線がかちりと合い、互いに強い戦意を感じ取った。
「やはりお前は殺してやる。でなければ、俺が納得しない」
『上等だ。最初に言っただろう。決着をつけようってな』
明かす必要が無い設定は描写しません。