休憩室で身体をぐっと伸ばす大一の目は鋭く険しかった。つい先ほど、アザゼルからトライヘキサが日本海近郊とヨーロッパの山岳に出現したという情報が入ってきた。どちらも人間界であり、それが何を意味するかは全員が理解していた。
これにあたり、戦いが始まるだろうという中で、大一は先に任務のために動くことになっていた。短いながらも休憩を取ったことで、身体はだいぶ軽くなっていた。
そんな中でひとつの懸念から、小猫と黒歌に声をかけた。
「小猫、黒歌、ちょっと話がある」
「どうかしましたか?」
「なになに?愛の告白でもする?」
「しねーよ。頼みたいことがあるんだ。作戦中、感知に注意して欲しい。魔力だけでなく、匂いとか周囲の気の感覚とか」
大一が仲間達と行動しない今回の作戦では、「異界の魔力」を持つ存在に対する不意打ちは危惧する事項のひとつであった。ギガンやバーナを除いても、敵にその魔力を持つ相手は3人いる。
そこで仙術による気の流れを感知できる2人に、警戒を強めることを頼むことにした。リアスたちは日本海側、ヴァ―リたちはヨーロッパ側へと向かうので、いずれも感知を徹底するに越したことは無い。
その意図を彼女らも理解したように頷く。
「任せてください。先輩のいない分まで、私が感知は行います」
「もともと警戒は怠らないつもりにゃ。あいつらの厄介さは身に染みているし」
「頼んだ。特にモックの方はリアスさんへの仇討ちとかありそうだしな」
「…同意します」
小猫が確認したアグレアスで撤退する直前のモックは、完全に打ちひしがれていた。あとでリアスと朱乃が、彼の姉であるバーナを倒したことを聞いたため、それが原因であることは察した。その時の雰囲気を踏まえれば、再び戦うことになるのは予想できた。
「…でもちょっと心配ですね。先輩と一緒に戦えないのは」
「そんなこと、これまでも何度かあっただろ?」
「今回は深刻さが違います。それに前はもっと一緒でした。」
以前はもっと肩を並べて戦っているという実感があった。レーティングゲームの試合のように、その場では一緒にいなくても、彼が近くにいるという感覚が小猫の中に流れていた。
しかしここ最近はそれが薄れていくように思うこともある。レイヴェル達と共に連れ去らわれた時しかり、天界での襲撃しかり、物理的にも精神的にも遠く感じることがあった。かつて大一がルシファー眷属になった際に、朱乃が抱いたものと似たような感覚を彼女も味わっていた。
もっとも本気でそれを不満していたわけではない。今回のように信頼を寄せられていることも実感しており、彼女の中に温かい感覚も灯していた。
「まあ、先輩が私のことを信じてくれていますからね。戻ってきたときに、いっぱい甘やかしてもらうことで納得してあげます」
「小猫がそういうことを堂々と言うのは珍しいな…」
「前にも言いましたけど、我慢はしませんので。…先輩、ちょっとしゃがんでください」
「お、おう…」
自信と勢いを感じさせる小猫の言葉に、うろたえながらも大一は従う。身体をかがめ彼女と目線を同じくする。そして小猫は、彼の首の後ろに回して優しく抱きしめた。
「先輩も気をつけてくださいね。お互い、無事な上で守りきりましょう」
「…ありがとう、小猫」
大一も小猫を優しく抱き返す。彼女が信頼を受けて安心感を抱いていたのと同じように、彼も想像以上にその言葉に温かさを抱いた。自分の中でも彼女の存在が特別なものになっているのだと実感する。
すると急に背中に重さと柔らかさを感じ、ほぼ同時に大一の耳元に誘うような黒歌の声が聞こえる。黒歌が彼を後ろから抱きしめたようだ。
「我が妹ながら、大胆になったものだわ。でもその意見には賛成にゃ。だーいち、私も甘えさせてほしいな。後でココアを淹れてちょうだいにゃ」
「お前な…まあ、ココアくらいなら別にいいけど」
「お?珍しくすんなり受け入れてくれたわね」
「断る理由がないだけだよ」
「ふーん…ま、そういうことにしてあげる」
間もなく抱擁を終えると、大一は服の襟を直して最後に念推す。
「頼むよ、2人とも」
「わかりました」
「当然にゃ♪」
頷いた後に大一がリアスと朱乃の方へ行くのを見ながら、黒歌は小猫に訊く。
「珍しく、私に文句を言わなかったわね?」
「姉様にも負けるつもりはないので。それに…いや、なんでもありません」
一瞬、なにかを言いかけた小猫であったが、それを黒歌は追及せずに大一を見ていた。あの大きな背中のようにはなれないが、自分も彼女の姉として生きていくためにも気を引き締めるのであった。
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「それじゃ、先に行ってきます」
「ええ、気をつけて」
大一とリアスのやり取りは短くシンプルなものであった。眷属が変わっても培われた信頼関係は変わることなく、互いに余計な言葉を必要としていなかった。
リアスの言葉に頷くと、大一は朱乃の方を向く。
「無事でいてくれよ。終わらせたら、そっちの援護に向かうから」
「大一の方こそ無理は禁物よ。まあ、小猫ちゃんや黒歌、ロスヴァイセさんからも励ましてもらったから、私の言葉なんて今更かしら」
朱乃のS気のある表情に、大一はうろたえる。彼女は従姉の朱雀と話し込んでいたため、ロスヴァイセの件まで見られているとは思っていなかった。もっともそれを口にすること自体が言い訳がましくなるのだが。
「ご、ごめん…」
「もう、謝らないで。怒っていないから。でもやっぱり彼女である私が出遅れるのだけは不満だわ。謝罪代わりにキスのひとつでも欲しいところだけど」
「さすがにみんながいる前では無理だよ」
「そうね。じゃあ…」
朱乃は彼の手を握るとゆっくりと持ち上げて、人差し指に口づけする。わずかに温かい舌の感覚まで感じ、それが互いに燃えるような情熱を抱かせたのであった。
「無事であるためのおまじない」
「…いつも貰いっぱなしだ。俺を緊張させるし、安心させてくれる。だから…」
言葉を切る大一はお礼とばかりに、彼女を優しく抱き寄せるとその額に優しく口づけをする。自分らしくないきざな行動であることは理解していたが、それでも彼女の想いに応えるための勇気を振り絞った一手であった。
その勇気は裏切られず、朱乃は顔を恥ずかしそうに真っ赤に染めながらも幸せを感じていた。
「あ、あらあら…大一にこんなことされるなんて…余裕なくなっちゃう…」
「嫌だったならごめん」
「い、嫌じゃないわ!むしろもうちょっと…」
「戻ってきたらということでどうだろう?」
「…約束ね」
生きる覚悟をより強くいだいた大一は、仲間達に見送られて休憩室を出るのであった。
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休憩室を出た大一であったが、そこで入ろうとしていたアザゼルに鉢合わせする。
「おっと、大一か。もう行くのか?」
「ええ、家族と少し話してから向かいます。なにも無ければ、すぐに戻って援護に向かいます」
「ああ、頼む」
大一がサーゼクスとアザゼルから任された任務の内容は、ある場所の調査であった。どうも彼がトライヘキサを映像越しに見ていた際に、ひとつの魔法陣が頭部に描かれているのを確認した。アザゼルはその魔法陣をわずかながらに見覚えがあったのだ。それはアグレアスでサザージュが結界を発動した際のものと酷似していた。先ほどの北欧の戦闘で攻撃が防がれている様子は無かったため、邪龍に対してか、それとも聖杯に結界が張られている可能性は高い。
そしてアザゼルは攻撃を防がれた瞬間、魔力や魔術が混じるその結界に、不自然に感知しづらい魔力があるのを感じた。つまり例によって「異界の魔力」が絡んでいる可能性が示唆されていた。
「しかしよく気づきましたね」
「あらゆる魔力が入り混じっている中で、不自然に抜け落ちたような感覚があったんだよ。あの魔力は切り替えられれば潜入にも使えるが、他の魔力と混ぜるとさすがに気づけるな」
淡々と答えるアザゼルであるが、彼ほどの実力と洞察力によって可能としたことなのは疑いの余地も無かった。
そしてこの奇妙な魔法陣と同様の感覚が、トライヘキサが姿を消してから各地を感知していた際に、一瞬ではあるが発見されていた。これから大一は一部のルシファー眷属と共に、今からその場所へと赴く予定であった。
「リゼヴィムを正面から裏切ったような奴らが、何もしないのは不自然だ。あの結界を発動しているのが、その地点周辺にある可能性は近いからな。一番いいのは展開前で、杞憂で終わることなんだけどな。もし聖杯のところに展開されていれば、ギャスパーたちが近づけねえ」
「ギャスパーとヴァレリーさんで聖杯に近づいて無力化するんでしたね」
「トライヘキサはロスヴァイセと開発した結界で動きを止めるし、正直かなり道が開かれた状態だったぜ。聖杯の情報も吸血鬼たちから提供されたしな」
アザゼルの話では、彼のもとにエルメンヒルデが来て吸血鬼の方でマリウスが研究していた聖杯の情報が提供された。トライヘキサを封じる作戦の一つとして組み込まれたのも、かつては険悪であった彼女らとの関係の修復が大きく、文字通り世界で対応しているような状況であった。
「エルメンヒルデの奴ももうすぐ合流するよ。あいつ、イッセーに熱を上げていたぜ」
「そうなんですか!?はー…あいつはいつから、モテ男になったのやら…」
「はっはっはっ!よく言うぜ。あいつほどじゃなくても、お前だってかなりのもんだろ?朱乃達との熱いキスは済ませたか?」
「最後の最後まで、そういうところに突っ込むな…」
頭を掻く大一に、けらけらと笑いながらアザゼルは通り過ぎようとする。その際に彼の肩に軽く手を置いた。
「俺らしいだろ?」
「まあ、否定はしませんけど」
「…悪かったな。お前には本当に迷惑をかけた。正直、俺のこと苦手だろ?」
「いまさら、否定もしません。でもあなたのことは信頼していますよ。今までお世話になりました」
「…お前からそういう言葉を聞けただけでも嬉しいよ」
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大一が一誠の病室へと足を運んでいると人影が見えた。それは廊下の壁に背中を預けているヴァ―リであった。
「ちょっと一誠に会いに来たんだけど…」
「彼なら今は着替えているようだったよ。間もなく出てくるはずだ」
淡々とした様子でヴァ―リは答える。相変わらず冷静な雰囲気であったが、以前と比べるとかなり柔らかくなったような印象も抱く。ぱっと見ではわからないほどだが、なんだかんだで彼の様々な面を見てきたゆえだろうか。
「正直、兵藤一誠に会えて多くのことを知れたと思う」
「俺にそれを言うってのも、昔を考えれば信じられないな」
「なんだかんだでキミにも期待しているのさ。その龍の力もだが、キミ自身にもね」
「それはどうも」
ヴァ―リと大一が会話する中、病室の扉が開いて駒王学園の制服に着替えた一誠が出てきた。一瞬、驚いた表情を見せる弟に、大一は短く訊く。
「復帰早いな」
「まあな。いつまでも寝ているわけにもいかねえよ。止めるなよ?」
「お前はそれで止まらないだろ」
大一の言葉に、一誠はニヤリと笑う。医者から絶対安静を言い渡されてはいるが、体調は悪くない。女性の胸に触れたり、深く考えようとすると激痛は走るものの、ドライグの話では神器の力は問題なく使える。そして仲間達から日本の危機であることを少し前に直接聞いていた。リアスやアーシアから安静を言い渡されていたが、長年過ごしてきた故郷と親友の危機、そしてテレビから流れていた冥界の子どもたちの期待は彼を奮い立たせていた。
そして大一自身も、弟がこれで折れるなどとは微塵も思っていなかった。赤龍帝だからではない。彼は自分の弟なのだからという、もっとも長い付き合いゆえの信頼がそこにあった。
一誠の様子に満足したように笑みを浮かべたヴァ―リも問う。
「行くんだろう?」
「ああ、当然だ」
不敵に笑うヴァ―リであったが、ふと廊下の先に視線を走らせる。兵藤兄弟は彼の見ている先へと視線を送ると、一誠への差し入れと思われる漫画雑誌とフルーツの入ったバスケットを持つ両親の姿があった。驚きこそすれど悲しむ様子などは微塵も見せなかった。
そんな彼らに一誠は言う。
「父さん、母さん、ちょっと用事があるから、行ってくるよ」
「…晩御飯までには帰ってこられるのよね?」
「…もちろんだよっ!」
明らかに返答に困ったように間をおいて一誠は答える。下手すれば何日も戦うことになると思っているのだから、当然の反応とも言えるのだが。
すると母は一誠と大一に古いお守りを渡す。
「これ、お守り。あんたたちが持っていきなさい。いつもこれらがあったから、母さん、悪いことから守ってもらっていたと思うの」
「ああ、うん。ありがとう」
「それじゃ、これも頼りにさせてもらう」
そんな親子のやり取りの一方で、父はヴァ―リへと目を向ける。
「キミは…イッセーのお友達かね?よく家に遊びに来ていただろう?」
「…ほんの数度、顔を合わせただけなのに、覚えていたと…?」
「当然だろう。イッセーの友達なら、忘れるわけがないさ。うちの息子がお世話になっているんだからね」
「そうよ。私もあなたの銀色の髪、よく覚えているわ」
兵藤両親の言葉に、ヴァ―リは柄にもなく自己紹介をする。わかりやすく慣れていない様子であった。
「俺はその、彼の…ライバルとでも言えばいいのだろうか…」
「ライバル…そうか!やはり、お友達なんだな!」
「こんなイケメンの男子が友達だなんて!木場くんといい、意外にカッコいい男子とお友達になれるのよね!」
さすがというべきか、相変わらず柔軟に物事を受け入れてくる両親に大一は頭が下がるような想いであった。
しかし彼らの様子にヴァ―リは否定するように首を横に振る。
「そんないいものではない。俺は彼を本気で倒そうと思った。そのために俺は彼を怒らせようとして───彼の両親を殺すことで、復讐者に仕立て上げようとさえ考えた。『キミの親を殺す』とまで告げた俺を、あなた方は子どもの友人と言えるのだろうか?」
ヴァ―リは思いのたけを吐き出すかのように告げる。この告白にはさすがに全員が驚いた。大一も話を一誠から聞いていただけだが、まさかこれを話すとは思ってもいなかった。
ただ彼としても、それを言葉にするのは自分で心に打ち込んだ楔をさらに深く食い込ませているような印象であった。
どこか苦悶を感じられる表情に、父は朗らかに言う。
「ケンカをしたってことかな。若い頃はよくわからないことで友達とケンカするってことがあるもんだ。そのために汚い言葉が出てしまうのは…あるのかもしれないな。でも、いまは仲直りしたんだろう?」
「いや、仲直りというか…あなた方は俺を許すと?」
「許すも何も、悪いことをしたと思ったから、わざわざ俺たちに話してくれたんだろう?なら、反省をしたってことだ。それでいいんじゃないかな?なあ、母さん?」
「ええ。イッセーや大一も怒っていないようだし、これからも仲良くしてあげてくれると助かるわ」
兵藤両親の言葉を聞いて、ヴァ―リはすっかり呆気に取られていた。重く心にのしかかっていた感情を、彼らはあっさり許したのであった。
するとおかしそうに声を上げて笑った。年相応の笑いであり、大一も一誠も見たことの無い彼の一面に驚いた。
「なんだかな…やっぱり俺はキミらが羨ましいよ」
ようやくヴァ―リは自分の心にあった後悔のひとつを払拭できた。もっともその後に一誠が「リアスの胸を半分にする」と言われた方が、両親の件よりも怒ったことを話して、病室とは思えない騒ぎになりかかるのだが。
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彼らを落ち着かせてから、大一は両親と共に一誠とヴァ―リを見送る。その背中を見て、母はぽつりとつぶやく。
「あの子たち、大丈夫かしら…?」
「大丈夫…だと思いたいな」
「大丈夫だよ。2人とも強いし、背中を預けられる仲間がいるんだから」
両親を安心させるような落ち着いた声で、大一は答える。大きなものを背負い、迷いを断ち切った二天龍の強さを、彼はよく理解していた。
「それじゃ、俺も行ってくる。一誠達とは別行動なんだ」
「リアスさん達とは一緒じゃないの?」
「まあ、そうだな。大丈夫だよ、俺がいなくても一誠ならやれるさ」
「あなたのことも心配しているのよ」
「まさかひとりで行くのか?」
一誠には強い味方がいる、それは先ほど目の当たりにした。しかし別行動すると宣言した大一には、どうしても心配を感じてしまうのだ。いつも自分を後回しにして背負い込む彼の気象を知っているからこそ…。
「大丈夫だよ。あっちに行けば、俺にとって頼れる人たちがいる。それに───」
大一は少し歩くと胸に手を当てて両親へと振り返る。
「俺がひとりだったことなんて1度もないよ」
書き終わって思ったんですけど、ちょっと死亡フラグ立てすぎな気がしました…。