大一は周囲を警戒しつつ、無角を睨む。辺りは静まり返っており、自分の呼吸の音が奇妙に響いているように感じた。
そんな中で全身にディオーグの生命力を行きわたらせて龍人状態へと変化し、右腕をシャドウで形成する。戦闘態勢を整えると、大一は無角に問う。
『サザージュや他の奴らはどこだ?』
「ここにはいない」
『…どういうことだ』
正直なところ、ここで無角と出会うとは思っていなかった。屋敷の中で迷わずにこの部屋を目指したのは「異界の魔力」を感知したからだ。
アザゼルの話では結界はその魔力に関係していると思われる。ならばそれを扱える相手がこの部屋にいると予想していた。先日の教会の戦士たちとの戦いで、彼にはその魔力が宿っていないのはわかっているため、ここにはサザージュ、ブルード、モックの誰かがいると考えていた。
しかし現実は無角が目の前に立っていた。それどころか彼自身から「異界の魔力」をわずかに感じた。それも悪魔の魔力や天使の光の力などが複雑に絡まっている。おそらく彼自身が、アザゼルの危惧していた魔法陣を発動しているのだろう。
そこまで気づいた大一の口から、ディオーグの重い声が漏れ出てくる。
『…あいつの魔力の繋がりを逆に探知すれば、例のデカぶつ近くに展開されているな。ボケっとした吸血女の時と似た感覚もある』
『となれば、やっぱり聖杯周辺に結界が張られているということか』
『要するに、こいつを倒せばアザゼルが話していた結界を解けるってことだろう?』
シャドウの指摘通りであったが、大一はうかつに動けなかった。この部屋へと向かう理由となった魔力が、部屋のいたるところから感じられていた。目の前の無角から感じられる微量のものでは無く、サザージュやギガンからも感じたハッキリしたものだ。
敵の誰かが潜んでいるのかと周囲を警戒するが、それに対して無角は納得したように頷く。
「考えてみれば、貴様が来るのは必然だったのだろうな。こいつが察知して来たくらいだからな」
無角は、腕に持っていた何かを見る。それが視界に入った瞬間に、大一の背中に冷たいものが流れるのを感じた。金色の髪、印象的な美形…それが自分を助けてくれた命の恩人だと気づくのに、時間はかからなかった。
『アリッサ!?』
「貴様が来るよりも前に、この場所に感づいてな。その結果がこれだ」
無角が掲げたものはアリッサの頭部であった。首のところで切断されて頭だけになっており、その眼は閉じられている。あまりにも酷い光景に、冷たい感覚と同時に強い怒りを抱いた。
それを見越したように、無角は言葉を続ける。
「この女のために怒る価値など無いだろう。別に貴様の仲間でも無いのだから」
『彼女は命の恩人だ。それだけで理由になる』
「恩人…ああ、そういうことか。貴様が『異界の地』から帰ってこられたのは、この女の仕業か。大方、その際に魔法陣を仕込まれた…なるほど、貴様がその魔力を得た経緯もやっと見えてきたぞ」
納得したように頷く無角に対して、大一は素早く接近して黒影で形成した錨を振り下ろす。速度は決し遅くなかったが、相手はひらりと身をひるがえして回避すると、大きくジャンプして距離を取った。
「まあ、そう急かすな」
『そうもいくか。お前を倒して、結界を解除しなければいけないんだよ』
少なくとも気絶まで持っていけば、魔力の動きも止まる。そうすれば聖杯周辺の結界も解除し、ギャスパーやヴァレリーが接近してその効果を無効化できるはずなのだ。
次の攻め手を考えていると、今度はまったく別の声が聞こえてきた。
「ゲホッ…!あー…やられたわ…!」
頭だけとなったアリッサが咳き込みながら、ぼんやりと目を開く。てっきり無角によって殺されたものと思っていたため、彼女の目覚めは戦いのことが一瞬頭から飛ぶほどの衝撃を感じさせた。大一だけでなくディオーグも訝しい感情を抱き、シャドウに関しては頭の中で気分が悪そうに声を上げていた。
一方で無角は特別驚いた様子も無く、彼女の頭を顔の高さまで持ち上げる。
「目が覚めたか」
「ちょっと、私の身体をどうしたの?」
「そこらへんに散らばっているだろう。お前とは、この男を倒してから決着をつけてやる」
そう言うと無角はアリッサの頭を無造作に後ろに放り投げる。同時にどこからともなく、身の丈以上の長さのある大刀を取り出し構えた。
「そう、怒る価値などないのだ。そもそも首が落とされたところで、彼女は死なないのだから」
『ど、どういうことだ…?』
「言葉通りだ。ただの西洋人形が持ち主に大事にされて、魂が宿った存在…それがあいつだ。日本でいう『付喪神』みたいなものだな。奴は身体を砕かれても、バラバラに切り裂かれても、本当の意味で死にはしない」
大一の脳裏に以前ディオーグが話していたことが想起される。アリッサから生命力を感知できなかったことが、彼女自身が通常の生物とは道理の外れた存在であることに強い説得力を持たせていた。
「そこから自分を改造し、持ち主を蘇らせようとし、あらゆる禁忌に足を突っ込んできた。医者であるのも人体を何度も調べてきたゆえの結果だし、戦闘で使う人形や骸骨も魂の研究の賜物だ。そして研究としていく過程で『異界の地』に流れ着いて、魔力も身につけたのだよ」
『…どうして、お前がそんなことを知っている?』
アリッサの素性を説明する無角に、大一は問う。彼女のずば抜けた魔法や技術、それでいながら無名であったのも、彼女が特異な存在かつ例の地に居住を構えていたからだと察せられる。同時に、そんな彼女の素性を細かに知る無機質な鎧武者の存在には不気味さを感じた。アウロスでのアリッサとバーナのやり取りから、因縁があることは察せられるが、この鎧武者の正体まではわからなかった。
「簡単な話だ。俺もこの女に造られたからな」
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戦闘が始まってからまだ数分程度しか経っていないが、小猫は肩で息をしていた。スタミナには自信があったし、今は消耗の激しい白音モードを解除して、仙術による肉弾戦重視の猫又モードであったが、それでも消耗していた。
「さっさと死にやがれッ!」
モックは縦に高速回転すると、海上を巨大な車輪のように突き進んでいく。鋭い背びれは海面を切り裂き、真っ向から防げば手痛いダメージを負うのは予想できた。
小猫は海面に拳を振り下ろすと、仙術で水柱を上げて素早く後退する。せいぜい目くらまし程度であったが、無いよりはマシだろう。
しかしモックは水柱をものともせずに突き進み、それどころか小猫の居場所がわかっているかのように狙いを定めてきた。
「マズい…!」
小さく舌打ちする小猫は出来るだけダメージを減らそうと、覚悟を決めて攻撃を防ごうとする。
しかしその前に複数の龍騎士が彼女の前に壁を作るように現れた。ほぼ同時に横から祐斗が彼女を抱えると、すぐにモックの攻撃の軌道から離脱する。間もなく龍騎士たちが背ビレによってズタズタに切り裂かれていく様子を、2人は油断なく見ていた。
「無理をしちゃダメだよ、小猫ちゃん」
「助かりました、祐斗先輩」
祐斗の言葉に小猫は力なく微笑む。「戦車」である彼女のタフさは皆が知るところであったが、そんな彼女を消耗させるほど相手の攻撃は苛烈であった。場所が海に近いため利用した水の攻撃もしてくるが、それを抜きにしてもアグレアスで対峙した時は本気でなかったことが予想される。
回転を止めたモックはぎろりと視線を向ける。獰猛なサメのごとく、その眼は血走っており、口から覗かせる牙に血がついていないのが不自然なくらいに思えた。
「さっさと消えてくれよ…僕は姉さんを殺したリアス・グレモリーを殺すんだから…」
「そう言われて、通すわけが無いだろう」
「リアス部長は、私たちが守ります」
「癪にさわる…いやお前らが死ねば、リアス・グレモリーは絶望するのか?そう思えば、ここで始末して彼女に絶望を感じさせるのもひとつか…」
呟いたモックの雰囲気は危険極まりなかった。どこか上の空にも感じ、それでいてドス黒い様子に、祐斗はかつての自分を思い出してしまった。
「…そうだ、そうしよう。眷属を殺し、僕と同じ絶望を味わわせて、その後に切り裂いてやる。復讐としては上々だ…」
「…そんなことをして、キミに何の得がある?」
「姉さんの想いを…僕が果たせる…!」
「…部長から聞いた。バーナ・ロッシュは自分という存在を世間に認めさせたかって。たしかにキミが今言ったことができれば、その想いは果たせるだろう。しかしそれはキミを縛るだけだ」
敵であるはずの彼にここまで奇妙な思いを抱くとは、祐斗自身が一番驚いていた。しかし次にモックと対峙した時のために、リアスからバーナの事情を聴いた際に、彼女の会話やその境遇を知った。立場こそ違えど、利用されていた過去は、祐斗にとっては他人事とは思えない。
だからこそ、このまま復讐に走るのがどういう結末をたどるのかを理解していた。相手がたとえテロリストでも、その件に触れないことは出来なかった。もしも救えるのであれば…。
「…木場祐斗だったな。お前が何者なのかは、こちらも調べがついている。だからお前の同情が上辺だけのものでないのも理解できる。だがな、それとこれとは別なんだよ。僕はあの人に認められればそれでよかった…」
モックが両腕を海へと突っ込むと、周辺がうねりだし巨大な水流の柱がいくつも出現する。
「同情は勝手だ。しかしそれで手を緩めることなどしない。僕はリアス・グレモリーに復讐を果たす」
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デュリオの禁手はいくつものシャボン玉を生みだし、その中であらゆる苛烈な自然現象を発生させるものであった。その気になれば、天候を自在に操れるといわれる「煌天雷獄」の禁手、その破壊力はトップクラスの神滅具として十分な説得力を持っていた。
しかし向かっていくシャボン玉はブルードを捉えられず、周囲の邪龍たちに命中していく。デュリオとしても彼を狙っていないわけじゃないのだが、いつもと勝手が違うようなずれた感覚を抱いており、それが狙いを定められない要因であった。
「…さすがだな、自分の動きにズレがあることに気づいている。天界で将来を期待された逸材であるがゆえか」
「いやいや、俺も禁手を発動させているのに、ここまで余裕ぶった態度をされるのも初めての経験だよ。さすがは大物天使様だ」
デュリオは余裕なさそうに答える。不敵に笑みこそ浮かべているが、実際のところは額に汗が浮かぶほどコントロールに苦慮していた。相手が認識をずらす能力を持っていることは聞いている。無意識のうちに狙いがずれ、敵の動きを誤認するような状態は戦闘においてかなり厳しく感じた。
とはいえ、この戦いは一騎打ちではない。彼以外にもブルードと戦っている味方はいるのだ。
ゼノヴィアとイリナがそれぞれの得物で、ブルードに斬りかかろうと迫る。さらにいつの間にか彼の後ろに回っていたグリゼルダが光の槍を撃ち出した。
「たまにいるんだよ。神器や血縁などに基づかない、特別な能力を持つ者が。リゼヴィムの『神器無効化』はその最たる例だろう。私の能力もその類であった。しかし───」
ゼノヴィアとイリナの斬撃、グリゼルダの槍がブルードに命中したかに思えた。しかし攻撃を入れた本人たちは手ごたえを感じず、空を切ったような感覚であった。間もなくブルードの幻影は流れるように動き、デュリオの近くに本体が現れた。
そして手元に光の槍を生みだすと、デュリオに振り下ろす。両腕を交差させて防ぐものの、彼は一気に下方へと叩き落された。
「その能力があったから特別ではないのだ。それは一要因にすぎず、研鑽してきた実力があったからこそ、私は天界でも信頼されてきた」
「それほどの自負があるのであれば、どうしてこんなことができるのですか」
非難するようにグリゼルダは問う。危険な思想を持った悪魔や邪龍に手を貸し、文字通りのテロ行為を各地で行う。テオドロやストラーダなど前に進もうとする者もいる中で、ミカエルが同志と信じていたほどの天使が悪辣を尽くしている現実には、非難のひとつでも投げかけたくなるのは当然だろう。
「私なりの正義ゆえだよ」
「これのどこに正義があるというのですか。邪龍と共に暴れ、多くの命を奪う。それで納得できると本気で思っているのですか」
「シスターの言う通りよ。少なくとも、今のあなたに天使の資格があるとは思えないわ」
グリゼルダと共に訴えるイリナに、ブルードは顔を片手で覆いながら嘆息する。
「悪魔とつるむ転生天使がよく言えたものだ。キミらだって私と同じだろうに」
顔を上げたブルードの瞳は鋭くゼノヴィアたちを捉えていた。先ほどのどこか余裕の感じる要素は廃されており、怒りと失望、嘆きが入り混じった眼からはわずかに涙がこぼれ落ちていた。
「…戦争の無用性を、悪魔や堕天使との共存の道を、この私が考えてこなかったと思うのか?赤龍帝と白龍皇の戦いや三大勢力同士の戦争で部下を失い、信徒たちを守れなかったこの私が。必死に平和の道を模索したが、それでもダメだった。そしてようやく結成された3大勢力の同盟も、一部の者しか恩恵を感じていない」
ブルードがパチンと指を鳴らすと、複数の魔法陣が展開される。そこから鎖が蛇のように動き、ゼノヴィアたちを狙っていく。
彼女たちが武器で攻撃を必死に防いでいる様子を見ながらも、ブルードは言葉を続けた。
「天使の資格だと?私には主への想いがあるのだから、そんなものは必要ない。あえて示すのであればこの翼だ。あの戦争で私が姿を消しても、『禍の団』や邪龍に力を貸しても、主への想いだけは変わらなかった。だからこそ堕天もしないで、ここに存在しているのだ。私は失われてきた命と無念を抱いて復讐を果たす。貴様らにとっては悪でも、それを完遂することが私の正義なのだ」
そろいもそろってオリ敵はこじらせている面がありますね。