D×D 悪魔の兄弟   作:水飴トンボ

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一気にやっていきます。


第201話 己の矜持

 突然の爆発、燃え盛る研究所、黒煙が立ちこもる室内を脱出した少年の眼に映ったのは、すでに命尽きた他の魔物や実験対象であった。

 しかし彼にとってはどうでもよいことであった。同じ種族の魔物も全員死んだが、この研究所で実験対象になっている以上、他の存在に気をつける余裕など無かった。いや、そもそも自分の命すら軽いのだ。悪魔という1万年も生きる種族に捕まった時から、生きることを諦めていた。

 そんな彼の前に、燃えるようなオレンジ色の髪をした女性がやってくる。

 

「へえ、生きていたのか」

「…あんたも?」

「というか、あたしが爆発した結果がこれだからな。ま、おかげで陰鬱なこの状況から抜け出せたわけだ」

 

 あっけらかんと答える女性に、微塵も罪悪感は見られなかった。彼女も少年同様に他の相手には興味も無いのだろう。もっとも彼女には生き生きとした活力が全身から溢れているように感じ、気力の無い少年とはまるで雰囲気が違ったのだが。

 

「あたしの炎とマグマで生きていたのはお前だけだよ。強いじゃねえか」

「別に…たまたま生き残っただけだし…」

「そうだ、あたしと来いよ。どうせ行くところ無いんだろ?」

「僕は…」

 

 彼女の言う通りだ。長年の実権を受けてきて、すっかり憔悴している。同じ種族の仲間はすでに死んでいる。もともと住んでいた場所に帰っても、誰も待っていない。ましてや今は3大勢力戦争をしているのだから、故郷すらあるのか分からなかった。少年には帰る場所は無かった。

 そんな少年の事情を、女性は知る由も無かったが、すでに決定事項のようにグイグイと話を進めていく。

 

「あたしはバーナ・ロッシュ。お前は?」

「…モック」

「よーし、モック!お前は強い!今日からあたしの弟として、一緒に世界へ名を轟かせるぞ!」

 

 地獄から解放してくれたから、生きる術が無かったから、彼女の強さに惹かれたから、理由などいくらでも後から思いついた。

 しかし当時、モックがバーナを信頼したのは直感的なものであった。そして彼はこの日から選択を後悔したことは1度たりとも無かった。

 ただそれだけの記憶が、今のモックの脳裏にハッキリと想起されていた。

 

「僕には姉さんしかいなかった…姉さんにだけ認められればよかった…!」

 

 モックが雄叫びを上げると、水流が一斉に動き出す。まるで大蛇のように祐斗と小猫をめがけて、あらゆる方向から向かってくる。

 

『だったら、これで!』

 

 白音モードへと変化した小猫が火車を複数発生させると、それらで盾のようにして水流を防ぐ。邪気を打ち消す彼女の力は、モックの魔力を帯びた水流を完全に防ぎ切っていた。とはいえ、水流の勢いも相当な強さだ。必然的に足止めはされてしまう。そこに水流で勢いをつけたモックがミサイルのように向かってきた。相手の突進は、彼女の腹部に深々と突き刺さり、後方へ一気に吹き飛ばした。

 

「小猫ちゃん!」

「次はお前だ!」

 

 モックは腕の鋭いヒレを、何度も振っていく。首、腕、脚、その鋭さは人体を斬るには充分な威力であった。これに対して、祐斗は複数の剣を取り出して防いでいく。しかし神器で創り出した剣はあっさりと折られていく。

 

「その程度の剣で僕の攻撃は防げない!」

「…そのようだね」

 

 祐斗は余裕のない表情で答える。創り出して防いでは折られることの繰り返し、このままでは消耗するだけでじわじわと追い詰められるだけだ。

 グラムを含めた他の剣に持ち帰ることも考えたが、モックの攻撃の激しさを踏まえると、持ち帰る隙で致命傷を受けかねない。加えて振りの速度で押し負ける可能性も高かった。

 

「…となれば、これでどうだ!」

 

 祐斗は一気に力を出して、大量の魔剣を壁のようにモックとの間に展開する。これに対して、モックは苛立ちながら両腕を大きく振りかぶって交差させるように切り裂いた。あっさり砕け散る魔剣の壁であったが、目くらましと大振りによるわずかな時間ができれば充分であった。

 グラムを手にした祐斗は、モックに対して振り下ろす。最高峰の龍殺しの一太刀は、肩から腰にかけて大きな傷を作った。鮮血が噴き出したところに、更なる追撃としてグラムを握り直し、横から薙ぎ払おうとした。

 

「甘い!」

「くっ!?」

 

 モックは怯まずに片腕で、グラムによる一太刀を受け止めた。腕のヒレは半分以上斬られるも、すさまじい筋力によって祐斗は振りぬくことが出来なかった。そのまま相手はもう片方の手で祐斗の首を掴むと、持ち上げて強引に海面へと叩きつけた。

 

「これで終わりだ、木場祐斗!」

 

 荒々しく宣言するモックは、祐斗の首を掴んだまま海へと潜り込む。喉を抑えられた状態で水中を高速で動き回っていくため、彼特有の神速は封じられ、まともに呼吸はできず、体全身がきしむような感覚を抱く。このまま一直線に深海に潜られれば、いくら悪魔でも命は無いだろう。

 まともに抵抗できない。腕にも力が入らない。じょじょに意識が薄れていく。そんな中で祐斗の視界に映ったのは、血に飢えたような猟奇性と純粋なほどの悲哀という相反するような矛盾を抱えたサメの魔物の顔であった。

 間もなく水の中で赤い液体が発生する。ほぼ同時に腕の力が弱くなり、おかげで祐斗は振り払って、なんとか海中から脱出した。

 苦しそうにせき込みながら、祐斗は息を整える。彼の隣には小猫が立っていた。

 

『大丈夫ですか、祐斗先輩?』

「あ、ああ…小猫ちゃんが助けてくれたの?」

『仙術で海中の動きを察知して、火車で相手を攻撃しました』

 

 目を細める小猫の先には、息を切らしたモックの姿があった。グラムを防いだ左腕のヒレは半分近く割れており、右腕に関しては火車によって切断されていた。グラムで受けた身体の傷からは、いまだに血が流れている。よく見ると鼻先も燃えたような跡が残っている。

 

『この状態の私に触れたのに、浄化されませんでした。魔力か何かで覆ってダメージを抑えたのでしょう』

「鼻先の傷はそれか…いずれにせよ、一気に決めよう」

『…祐斗先輩は休んでいてください。この人とは私が決着をつけます』

 

 小猫の声は驚くほど落ち着いていた。白音モードの状態で腹部を抑えてはいるものの、ダメージを感じさせなかった。しかしそれは戦いへの勝利を疑っていない強さではなく、もっと深い静けさのような雰囲気が感じられた。

 

『もう無理でしょう』

「そんなことは分かっている…!それでも僕は…!」

 

 モックは言葉を続けようとするが、咳き込んで吐血してしまい中断された。誰がどう見ても満身創痍な敵の様子に、小猫は無念そうに唇を噛むと、少し想いを落ち着かせるように息を吐いた。

 

『…終わらせましょう、モック・ロッシュ。これ以上はあなたを苦しませたくない』

「木場祐斗に続き、お前も同情か?」

『そう思ってもらってかまいません。私だって似たようなものでした。それを救ってくれたのが…リアス・グレモリー様だから』

「…つまり殺させたくないわけだ。しかしそれで手を緩める僕じゃない!」

 

 モックは残った左腕を海面へと勢いよく突っ込む。そして大きく持ち上げると同時に、前方に彼女の数倍の大きさはある波が展開された。

 

「これで終わりだッ!」

 

 向かってくる大波の規模は相当なもので、邪龍10匹以上は簡単に呑み込めそうなほどであった。いくら海の上とはいえ、死にかけの魔物にまだこれだけの力が残されていることに、祐斗は驚きを覚える。

 だがそれ以上に驚いたのは、小猫がまるで怯みもしておらずに、ただ瞑目していたことであった。轟音とともに大波が徐々に近づいて来る。小猫がそれに気づいていないはずがないのに、まるで動く気配が見えなかった。

 このままではマズいと思った祐斗が援護するために剣を握り直した瞬間、彼女は小さくつぶやく。

 

『…そこです』

 

 ひとつの火車が猛烈な勢いで回転しながら、大波に向かっていく。そして小さくむなしい音をたてて、波の中に消えていった。

 まるで効果が無いように思えた一撃であったが、間もなく大波が溶けるように崩れていった。大量の水しぶきを巻きあげながら、小猫に当たる前に海面へと消えていく中、彼女は目を細めてその先を見る。

 そこには正面から彼女の火車を受け、胸部に穴が開いたモックの姿があった。

 

「あっ…がはっ…!くそ…いつの間に…!」

『…あなたなら避けられたはずです。先日のように淡々と戦えば、少なくともそこまで手傷を追わなかったはずなんです。しかし今日はずっと攻めることだけに集中していました。余裕なく、ただ感情のままに』

「だから負けたってのか…!」

『…自覚はあったでしょう。あなたは強いんですから』

「さあ、どうだか…」

 

 モックの姿は小さくなっていき、血だらけの少年へと変化する。もはやその眼には諦めが映っていた。

 

「結局、僕は姉さんの無念も果たせなかったわけだ…」

『…あなたが羨ましいです。私は実の姉と微妙な関係ですから』

「…だが姉以外に支えてくれる人がいるんだろ。僕には姉さんだけだった」

『ええ、それはとても幸せで…だからこそ姉さまのことも…』

「じゃあ、勝手にすればいい。他の奴にも頼ればいい。お前には仲間がいるんだから…」

 

 小猫とモックの会話は傍から見ればあまりにも奇妙であった。ほんの数秒前まで敵対して殺し合っていたのに、会話の内容も含めて2人の空気は穏やかで、まるで友人同士で話しているように感じた。祐斗はその様子にハッとした。小猫が最後に自分が決着をつけると言い切ったのは、彼女自身がこのサメの魔物に思うことがあったのだと…。

 それはモック自身も気づいたようで、力なく自嘲的に笑みを浮かべた。

 

「…なんで、最後にこんなわからない話を穏やかにできたんだか…いや…そうか…理解されて同情って…こういうことか…」

 

 少年は前のめりに倒れつつ、そのまま海へと沈んでいった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ブルードの腕がオーケストラを指揮するように、空中で何度も振るわれる。それに呼応するかのように魔法陣からは様々な属性の魔法が放たれ、鎖は蛇のように捕えようと動き、光の槍は縦横無尽に動き回る。

 ゼノヴィア、イリナ、グリゼルダはそれぞれ背中を味方に預けた状態で、必死に攻撃を防いでいった。

 

「これは強力だ…!」

「四大天使では無いけど、ミカエル様と肩を並べたその実力は本物ね!」

「これでもデュリオに能力を使っているから、まだマシであるとは…」

 

 下方ではデュリオが複数の邪龍を相手に戦っていた。彼の実力と神器があれば、早々に薙ぎ払えるはずだが、ブルードの能力で狙いはズレて、湧いて出てくる量産型邪龍に手を焼いていた。

 

「そんなものか。私を否定する新世代は、この程度の実力…それで悪魔と手を組むのだから、嘆かわしい限りだ」

「悪魔にだって…いい人はいるもん!」

 

 イリナが大声を出して、オートクレールによる斬撃を飛ばす。名高い聖剣の鋭い斬撃の威力は目を見張るものであったが、ブルードはそれを片手に持った光の槍で防いだ。

 

「言っただろう、私も悪魔や堕天使との共存の道は模索した。そもそも種族的な差別意識があれば、クリフォトと手を組むものか。それに…いや、これを話したところで意味は無いな。とにかくいい悪魔とか悪い天使とか、そんなことはどうでもいい。私はただ無念を晴らすだけのこと」

「なんて自分勝手な…!かつて自分が望んだことがようやく実現されようとしているのに…!」

「シスターよ、自覚している。私のやっていることは、言わば今の時代が気に食わないから暴れているにすぎないのだから。しかしそれでいい。貴様ら新世代という都合よく満たされ、力を持つだけの者達への復讐は私が果たす。それがかつての部下や信徒への無念としての手向けだ」

 

 本気だ、目の前の大天使の迷いなき言葉に、グリゼルダは直感的に感じた。詭弁などを並べ立てているわけではない。本気でこの男は復讐を果たすべきだと考えているのだ。己の正義に絶対的な自信を持つ様子は、テロリストと協力してもなお堕天せずに、純白の翼を持ち続けていることに説得力を感じさせた。

 これほど強い覚悟を抱く相手に勝てるのだろうか、そんな考えがグリゼルダの脳裏によぎった瞬間、ゼノヴィアが飛び出した。

 

「そうか…たしかに強い思いだ…しかし!」

 

 ゼノヴィアは攻撃を掻い潜り、ブルードへと接近して剣を振り下ろす。相手は身をひるがえして避けるものの、彼女は連続で剣を振っていく。

 

「だったら、私だって思いの強さでは負けない。世界を破壊しようとするあなたを許すわけにはいかないんだ」

「そのボディスーツに、聖剣デュランダルとエクスカリバー…教会の戦士から悪魔へと移行した女がデカい口を叩く」

「自覚している。私もあなた同様に身勝手な形で、悪魔へとなったのだからな」

 

 不敵に笑うゼノヴィアの猛攻に、ブルードは光の槍を展開して真正面から彼女の剣を受け止める。憎しみが映る笑顔は、お世辞にも天使とは言えない雰囲気を見せていた。

 

「まさかこれほどの侮辱を受けるとは思わなかったよ」

「敵であるからこそだ。それにあなたの想いを否定するつもりも無い。私はただ…私の正義のために戦う!」

 

 ゼノヴィアの2刀流の剣撃がさらに激しくなっていく。彼女の純粋な心に呼応するかのように聖剣の刃は輝き、ブルードも押されていく。一心不乱に攻めたてる彼女に、相手も眉間にしわを寄せる。

 

「私に対して、聖剣が牙を向くか…!偽善的な悪魔が…!しかしひとりだけでは───」

「私もいるわ!」

 

 この近接の戦いにイリナも介入していく。ゼノヴィアの連撃に加えて、その隙を埋めるように的確に攻めていくイリナのコンビネーションは目を見張るものであり、あれほど優位を取っていたブルードは押されていく。

 

「今度は転生天使か…立場を違くしても、それほど彼女との仲が大切か」

「当然よ!ゼノヴィアは親友で、同じ人を好きになった…私にとってはイッセーくんと同じくらい大切な人よ!」

「赤龍帝への愛だと…!?いよいよ堕ちたものだ!」

「あなただって愛があるからこそ、戦っているんでしょう!」

 

 イリナの強い主張に、ブルードは舌打ちをして光の槍を巨大化させて彼女らの斬撃によるコンビネーションを弾く。その一瞬の隙を見計らって、大きく後退して距離を取ろうとした。しかし…

 

「油断したな!」

「ぐっ…!」

 

 後退していくブルードは背後に現れたシャボン玉に囚われる。彼女たちのコンビネーションに気を逸らしたため、わずか認識のずれを取り戻したデュリオのシャボン玉が彼を飲み込んだ。中では強烈な嵐が、業火の渦が、痛烈な寒冷が相手の体力を一気に奪っていった。

 

「私が…神の生みだした神器に…負けるものかッ!」

 

 大きく腕を回すと、ブルード自身よりも遥かに巨大な魔法陣が展開される。それを中心に周囲の時空が割れたガラスのように変化していき、間もなく天罰として発せられていた景色ごとシャボン玉がバラバラに割れていく。この日、デュリオはトライヘキサに続いて2度目となる禁手を打ち破られた。

 しかし彼の攻撃は、大天使の体力すらも大きく削り出し、息を切らせていた。これを見逃す彼女たちではない。グリゼルダは出来る限り、大量の光の槍を生みだすと一斉に撃ちだしていく。とはいえ、狙いはブルード自身ではない。彼を倒すためには、火力が足りないことなど充分に承知していた。だからこそ狙うは彼を逃がさないように、その周辺一帯であった。

 敵である天使を打ち倒す役目は、義妹となった転生悪魔と彼女の親友である転生天使と確信していた。

 

「行きなさい、2人とも!」

「おおッ!」

「はいッ!」

 

 力強い言葉で頷いたゼノヴィアとイリナは、再び距離を詰めていく。ブルードはこれに対して防御魔法陣を展開させた。

 

「未熟者どもが…!」

「あなたにとってはそうだろう。しかしその魔法陣を断ち切れないほど、我々の聖剣の扱いも甘くない!」

「行こう、ゼノヴィア!」

 

 デュランダルとエクスカリバーを交差させて撃ちだす斬撃…ゼノヴィアの必殺技であるクロス・クライシスと、それに合わせるようにオートクレールの光の波動が魔法陣を破りながらブルードを飲み込んでいった。

 

「この破壊力、浄化の力…たしかに本物だ。もっとも力を使いこなしたところで、貴様らを認めないし、憎しみを忘れはしない」

「別に構わない。私たちは私たちの未来を生きていくだけだ」

「…なんと後悔だらけ…私の選択は間違って…ミカエルやアザゼルが正しかったというのか…?」

 

 光に満ちた破壊力は、それを味方としていた大天使の身体を消していった。

 




片や似た相手と出会ってわずかにもわかり合い、片や最後まで復讐心を忘れずに消えていきました…。
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