息を切らしながらゼノヴィアとイリナは後退する。ブルードとの接近戦の最中でも、彼女らはじわじわと手傷を受けており、特に転生悪魔となっていたゼノヴィアの方は消耗しており、腹部にも痛烈な切り傷があった。それでも退かなかったのは、彼女らの強い信念があったからだろう。彼女らほど手傷を受けていなかったグリゼルダとデュリオの援護を受けて、後方にいたアーシアの元へと向かった。
「お二人とも、大丈夫ですか!?」
「私はなんとかね。それよりもゼノヴィアの方が酷いわ」
「いや、相手のわりには軽傷だ。この程度で済んだことに驚いている…」
「すぐに回復します!」
ぐっと拳を握ってアーシアは回復に専念する。今の彼女は金色に輝く鎧を身にまとっていた。リゼヴィムとの戦いの際に発揮した彼女の亜種禁手「聖龍姫が抱く慈愛の園(トワイライト・セイント・アフェクション)」は広範囲に回復のオーラをばらまいていた。それでも近い方が回復の効果は高く、あっという間にゼノヴィアの傷は塞がった。
その様子に安堵したゼノヴィアとイリナに、祐斗が話しかける。
「2人もだいぶ消耗していたようだね」
「おいおい、人に言える状態か?」
ゼノヴィアの言葉に、大したことなさそうに祐斗は肩をすくめるが、説得力は感じられなかった。首には絞められたような痣があり、顔色もよくない。邪龍とは別のなにかを相手にしたのは明らかであった。
「勝負はついたから大丈夫だよ。決着をつけたのは、小猫ちゃんだけど」
「…大一先輩に頼まれて『異界の魔力』の相手を感知して戦いました。サメの魔物です」
「炎の精霊の弟か。私たちもさっき大天使ハニエルを倒した」
「大きな戦力を2つ落としたってことになるわね!」
イリナの指摘に、その場にいる5人は頷く。モックとブルード、いずれも手を焼く強敵ではあったが、見事に打倒した。残るクリフォトの特殊チームの中で、邪龍に組み伏しているのはサザージュと無角の2人。警戒を強めるが、相手を追い詰めているのを強く実感していた。
「感知は続けますので、遠慮なくいってください」
「心強いな。さて、傷も癒えてきたところだ」
「私ももっと頑張らないとね!」
「ここが踏ん張りどころ…行こう」
小猫、ゼノヴィア、イリナ、祐斗が一斉に動き出す。彼らは再びリアス達とともに邪龍との戦いに向かっていった。
アーシアは回復に専念しながらも、仲間達の無事を強く願った。向かっていった彼女たちはもちろん、今も戦い続けるリアス達、聖杯の活動を止めようとするギャスパーとヴァレリー、アポプスとの一騎打ちに挑む一誠、そしてここにいない彼の兄…生き残って皆で日本を守りたいのだ。
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日本海で小猫たちが勝利する2時間ほど前、ある屋敷では武器がぶつかり合う鈍い音が何度も響いていた。
龍人状態になった大一は押し込むかのように錨の連撃と肉弾戦をしかけ、それに対して無角は身の丈以上の大刀でいなしながら攻めたてていく。お互いに退く様子は微塵も無く、純粋な勝利のために攻撃を叩きこんでいく。
間もなく無角の顔面に錨が、大一の左腕の付け根に大刀がそれぞれ命中し、互いに吹き飛ばされた。後方へと吹き飛んだ2人は壁へと激突し、瓦礫に埋もれていく。
『いてえ…!』
小さくつぶやきながら、大一は瓦礫の中から立ち上がる。身体には細かな裂傷があり、肩で息をしていた。スタミナ自慢の彼でも、常に気を張った状態で戦い続けるには、かなり手ごわい相手であった。ずば抜けた剣術、硬化した身体に傷をつける刀、まったく消耗していない姿…無機質な鎧武者にこれほど危険な雰囲気を感じるのも妙な気分であった。
反対側では無角も瓦礫をどかして立ち上がる。右目付近の鎧が砕かれており、そこから黒い煙が漏れ出ていた。
「割られたな。まあ、この程度は大したこともない」
『アリッサとも戦っているはずなのにまるで疲れていない。生命力をほとんど感じないことを踏まえると、お前が造られた存在というのは納得だな』
「いかにも。俺がリゼヴィムの護衛を任されたのもそれが理由だ。飲まず食わず、眠らなくても問題ない。俺の戦いに消耗という言葉は無いのだ」
『恐ろしい奴を相手にしたものだ…』
ため息をつきながら、大一は錨を握り直す。どれだけ体力があっても、全力を出すことを意識しても、疲労や手傷を負えばどんな生物でも動きが鈍る。相手にはそのような要素がなく、長期戦は不利であった。
ただ本音を言えば、それすらも懐疑的であった。いくら戦闘用の人形として造られた存在でも、動くためには魔力などが必要になる。疲れこそ知らないかもしれないが、魔力まで減らないというのは考えづらい。
大一は背中から黒影による4本の腕を発生させ、弾丸のように撃ち出した。向かってくる拳に対して、無角は姿勢を低くすると居合のような構えを取る。
「お前では俺には勝てない。お前の全てが通用しないのだ」
鋭い動きで無角は腕の隙間をぬうように接近してくる。もっとも攻撃を回避されるのは、大一としても想定の範囲内であった。だからこそ敵が回避してくるルートを予測した上で、最大まで魔力を纏わせ、体重も増やして迎え撃つために錨を構えていた。
しかしそれすらも動きを読んでいたように、無角は流れるように錨の一撃を避けた。そのまますれ違いざまに抜刀し、大一の左腕から右腰にかけて斜めに切り裂いた。
『ぐおっ…な、なんだこれ…!?』
身体を斬られたこと自体には、そこまで驚かない。先ほどのぶつかり合いで、鞘に納めた状態でも硬化した身体にダメージを与えていたのだから。しかし斬られた痕が焼けるように痛み続け、傷には黒い煙がへばりついていた。
苦しみのあまり片膝をつく彼に、シャドウが声を上げる。
『お、おい!?大一、大丈夫か!?』
『妙な…感覚だ…』
額から脂汗が噴き出し、身体に熱い感覚が走る。悪魔にとっての光の比ではない。燃えるような苦しみが、彼の身体を毒のごとく蝕んでいくのだ。
大一はふらつきながらも立ち上がり、無角を睨みつける。彼の持つ刀の刃は骨を削りだしたような歪な形と質感であり、大一の血に濡れている。さらに禍々しい黒い煙のようなものに覆われており、無角の顔や大一の傷に纏っているものと同じものであるのはすぐに理解できた。
「この妖刀の名は『禍無威(カムイ)』。その危険性ゆえに多用はできないが、俺が扱えば怨念によって刀身を変え、すべてを断ち切るその切れ味は、魔力による防御も意味を成さない。怨念は身体を焼き、最後には生命も削りとる」
『怨念だと…そんなもので殺されて…たまるか…』
「そうは言うが、ハッタリでないことを気づいているだろう」
無角の言葉を、大一は否定する余裕がなかった。そもそも相手の言う怨念が、彼の力を確実に削いでいるのは間違いなかったのだ。
苦しむ大一を見ながら、無角は再び刀を構える。
「もっとも俺の恨みはこんなものでは済まない」
『何がお前をそこまでするんだ…造られたことの恨みでもあるのか…?』
「俺が恨むのはこの世界の全てだ。造られたことなどわずかな一端でしかない」
無角の発言に、大一は苦しみながらも疑問を感じる。そもそもアリッサによって造られた存在が、どうして意思を持っているのだろうか。ゴグマゴグのように一定以上の知性があるのは理解できるが、彼のように意思を持つとは思えない。恨みのような感情は尚更だ。
「俺の意志は言ってしまえば、あらゆる怨念が集結したものだ。戦争で死んだ悪魔や天使、無念を抱いたまま寿命を迎えた人間、暴虐の巻き添えを受けた生物たち…上げ始めればキリがない。そういった数百年分の怨念がこの鎧に集まり、ひとつの人格として生まれたのがこの俺だ」
大一の脳裏に、かつて吸血鬼の城で見た意識のハッキリしないヴァレリーの姿が想起された。彼女は聖杯によって死者との会話を可能とした。ディオーグの話では敵意を感じなかったようだが、それらとの交わりで彼女は精神を汚染された。無角の存在もそれに通ずるものがあるのだろう。
「なぜアリッサが俺を廃棄したか…その理由はこの身体が、怨念を引き込みやすい性質であったからだ。いずれ意思を持つ危険性を認識していた彼女は、俺を解体して破棄した。だが時はすでに遅く意識は生まれ、そこをサザージュに拾われたんだ。名前はそのまま使わせてもらったがな」
ありえない、そのような言葉は出せなかった。無角の言うようにアリッサが魂の研究をしているのであれば、その過程で特殊な存在を生みだしても納得できる。そして彼があらゆる怨念の集合体であるからこそ、ずば抜けた剣術や攻撃を見極める観察眼は、怨念の経験値を反映させているのだろう。
『くそっ…!』
大一は腕を複数形成すると、連続で叩きこもうとする。それを無角は動じずに、見惚れそうになるような刀さばきで斬り落としていく。そして徐々に距離を詰めていくと、肥大化させた刃で大一の左腕を切り裂いた。燃える感覚どころか、爆発を正面から受けたような痛みに、大一は苦痛の声を上げながら倒れた。
『あっ…がっ…!!』
「ギガンを倒したのは見事だ。しかしそれも偶然に過ぎない。所詮、お前は幸運の連続で勝ってきたにすぎないのだ」
無角は容赦なく大一の頭をつかみ、強引に起き上がらせた。すぐに魔力を上げて硬度と体重を上げようとするが、横に投げつけられて叩きつけられると、追撃するように怨念を込めた斬撃を飛ばし、彼の左ひざから下を肉塊へと変えた。
「先ほど貴様らが言ったことはほとんど正しい。トライヘキサに発動している聖杯、その周辺には特殊な結界が張られている。特殊なもので、身体を媒介に発動とするものだ。負担はすさまじいが、怨念の意志とがらんどうの身体のみの俺だからこそ、発動できるこの結界…つまり俺を殺すことで機能が停止するのだ。しかしそれを実現するのは不可能だ」
『そこまでして復讐をしたいのか…!?』
再び無角が近づいてくるのに対して、大一は左足をシャドウで補強しながら立ち上がる。左手で錨を握り直そうとするが、怨念はいまだに彼の手にダメージを残しており、痛みがわずかな隙を生みだした。
太刀の刃が鞭のようにしなり、大蛇のごとく襲い掛かってくる。身体をひねって回避しようとするも、完全には避けきれずに、敵と同様に顔に命中した。左目がつぶされてその周りも肉が削がれて血に濡れた。
「ああ、その通りだ。俺が結界を発動させることを希望したのは、俺が生きている限りトライヘキサが存在していることを実感できるからだ。たった数日であらゆる場所に出没し、暴虐のままに世界を破壊する。俺の存在が世界を破壊しているのだからな。そしてこの怨念を果たす想いこそが、貴様らが結界を止めることが不可能であることの証明なのだ」
止めとばかりに神速の速度で無角は突撃してくる。大一の左腹部を突きさす。怨念の力と衝撃により、後方へと吹き飛ばされた大一は先ほどの瓦礫の山へと叩きつけられた。
「実力、経験、技術…そしてなによりも数百年分の想いを抱いているのが俺だ。貴様らごときとは覚悟が違う」
淡々とした無機質な声は変わらない。しかし大一は気づいた。その鎧の見た目と出生ゆえに感じた無機質さであったが、怨念によって作り上げられた意識は完全にコントロールされ、ここまで落ち着いた様子で濁りなき復讐心を抱いているのだ。
そしてこの冷静さと黒い信念があるゆえに、的確な攻撃で徐々に力を削いでいくことができる。たった数分の攻防で、大一は無角の圧倒的な実力を思い知らされた。
怨念による燃える感覚が至る箇所で感じる。血を流しすぎて力が入らない。片眼を潰されているから視界も怪しかった。
それでも大一は立ち上がり、錨を構えた。状況的に援軍は期待できない。自分が倒さないと、ギャスパーとヴァレリーは接近できずに聖杯の機能を止められない。それではこの暴虐を止められず、サーゼクスやアザゼル達の最後の覚悟を、自分が閉ざすことになるのだ。
ほとんど感覚が無くなりつつある左半身をシャドウで覆いつつ、大一は立ち上がるその姿を見て、無角は刀身に黒い煙をさらに纏わせた。
「これほど攻撃を受けても、死なないことだけは褒めてやる」
『負けられない理由はこっちにもあるんだよ…!』
「しかし取るに足らん。どれだけ強い想いがあろうとも、我が怨念の前には無意味だ」
『想いの強い方が勝つなら、俺なんか何度も負けているのでな…この戦いだけは…死んでも勝つ…!』
「そうか。では貴様の想いは届かないということだ」
無角は呟くと同時に、大一への胸部に刀を突きさす。そのまま振りぬこうとするが、大一はシャドウを纏った左腕で刀身をつかみ、さらに全身の身体の硬度を上げて動きを止めた。
そして生みだした右腕に錨を持つと、一部割れた無角の頭部を狙って振り下ろす。満身創痍の状態では、彼が考えられる勝ち筋は、先日のギガンとの戦いのように相手のわずかな弱点を狙うしかなかった。
「無意味だ」
大一の胸部に突き刺さる刃の形状は変化し、再び鞭のように変化する。柔軟にしなる刀身は捕えきれずに、錨が頭部に振り下ろされる前に、彼の身体にいくつもの斬撃を与えた。
目の前が光輝いたような錯覚を抱いた大一は、自分の流血の海に倒れていった。
さてここからどうやって打開するか…。