D×D 悪魔の兄弟   作:水飴トンボ

203 / 221
あれだけ死亡フラグを立てていればこうもなりますよ。


第203話 最後の願い

 辺り一帯は何も見えず、暗い景色が支配する。上から押し付けるような重い感覚が、身体にのしかかる。いやそもそも身体はあるのだろうか。気を失う直前、彼は無角によってその身体をズタズタに切り裂かれて、肉塊へとなり果てたはずであった。しかし今の彼は健康体そのものであった。失ったはずの右腕まで再生していた。

 

『ぬおっ!?な、なんだこれは!?』

 

 隣でシャドウの声が響く。小さな黒いスライムにひとつの血走った目玉がついているような見た目であった。

 この状況、大一は驚きこそあったが見慣れたものではあった。ここ半年近く見なかったものであったが、悪魔になってから2年以上見続けていた悪夢と同じものであった。

 不可解なのは、どうして再びこの状況に置かれたのか、というものであった。

 

「…何が起こった?」

「死んだってことじゃねえのか?」

 

 疑問をつぶやく大一に、後ろから全てを押しつぶすような重厚かつ低い声が投げかけられる。振り向いて見上げると、自身の何十倍もある巨大なドラゴンの姿があった。牡牛のような角、鈍く光る鱗、むき出しの鋭い牙、圧倒されるような赤い双眸…ディオーグの全貌を見たのは久しぶりであった。

 それを見たシャドウが大きく悲鳴を上げる。

 

『ギャー!食われるー!』

「うっせえぞ、影野郎」

『か、影野郎って…ディオーグか!?』

「そうか、シャドウは初めて見るからな。まあ、俺もこうして対面するのは久しぶりだけど」

 

 改めて見ると、あまりにも大きな存在であると実感できる。グレートレッドやトライヘキサを実際に見たからこそ、彼の強さにも説得力を感じられた。

 しかしディオーグの存在感ばかりに気を取られているわけにいかない。もっと切迫した問題が彼らにはあるのだから。

 

「それでディオーグ、俺が死んだというのは」

「言葉通りの意味だ。お前の貧弱な身体であれだけの血を流し、肉体を破壊されれば、何もおかしいことじゃないだろ」

「…やっぱりそうか」

 

 大一は左手で頭を掻く。予想していたこととはいえ、直面すると言い難い感情が渦巻くのを感じた。

 無角から最後の攻撃を受けた瞬間、彼の中で保っていたはずの意識が消えていくのを実感した。睡魔よりも強力にいざなわれ、抗う術もなく意識を途絶えさせた。そもそもあれだけの攻撃を受けていたため、大一も無事で済まないのは自覚していることであった。

 

『で、でもさ!だとしたら、大一の意識はどうしてあるんだ?』

「そんなの俺が知るか」

「…予想でしかないけど、肉体が限界に達したんじゃないか?たしか一誠がサマエルの毒にやられた時、魂はギリギリで難を逃れただろう。それでディオーグの生命力で、保っているとかじゃないか」

「そう考えれば、この繋がりの中にいるのも納得は出来るな」

『冷静に言っている場合か!?キミは死んじゃったんだよ!』

 

 シャドウが甲高い声で訴えるのに対し、大一も相応の危険は感じていた。屋敷に自分以外に入れる可能性がないことを踏まえると、誰も無角を倒せない。それは発動している聖杯の機能を停止できず、トライヘキサの進撃を止められないことを意味するのであった。

 彼は大きく息を吐くと、考えを巡らせる。魂まで死んでないとなれば、諦めるにはまだ早い。奇跡の領域とはいえ、自分の弟も同じようなピンチから生還した経験があるのだから。もっとも彼と違って、オーフィスやグレートレッドが近くにいるわけでは…。

 その考えに至った時、大一はある筋道を見出す。

 

「手が無いわけじゃない」

『ほ、本当か?』

 

 シャドウの問いに頷くと、大一はディオーグへと視線を向ける。

 

「ディオーグ、頼みたいことがある。俺の意識を完全に乗っ取り、お前自身が蘇ることは出来ないか?」

 

 大一の提案にディオーグは何も言わずに彼を見る。ドラゴンのまったく読めない表情に対して、彼は緊張した面持ちで答えを待つが、その前にシャドウの方が声を上げた。

 

『何をバカなことを言っているんだよ、大一!本気か!?』

「本気だよ。そもそも龍人状態になる際に、いつもディオーグの生命力を引き上げて表に出していたのだから、彼の力はあるんだ。それが表に出ないのは、身体の主導権を俺が握っているからだと思う。だからディオーグがここで俺を消すことで、意識が表に出れば復活できるはずだ」

 

 予測の強い印象を与える言い方であったが、大一としてはこの考えにかなりの自信があった。何度もディオーグの力を纏わせてきたこと、その際に彼の意識も表に出ること、これらの経験から自分の身体を媒介に、このドラゴンを蘇らせられると考えた。

 この確信めいた言葉に、納得できないようにシャドウは抗議する。

 

『そうじゃない…そういうことじゃない…キミが本当に消えるってことだろ!』

 

 覚悟していた指摘に大一は、否定せずに押し黙りながら短く頷く。そこに畳みかけるようにシャドウは言葉を続けた。

 

『キミはまた自分を犠牲にするつもりか!やっと自分を認めて、生きるための戦いをすると決めただろ!それなのに自分という存在を消して、なんとかしようというのかよ!』

「…他に方法は無い」

『そんなことはない!大一が犠牲にならない方法だってあるはずだ!』

「シャドウ、心配してくれるのは嬉しいよ。でもな、それは無理なんだ」

 

 大一は軽く首を横に振りながら答える。今は一刻も早く無角を倒して、例の結界を解除しなければならない。そのためには自分が戦うよりも、ディオーグの方が適任であることは理解していた。そして実質死んでいる以上、取れる選択肢はひとつしかなかった。

 

「このまま死んだら世界は終わりだ。ディオーグが蘇って仲間達の道を開くしかない」

『またそうやって…!怖くねえのかよ!』

「怖いよ。でもやっぱり…仲間のために何もできない方が辛い」

 

 大一の口から出てくる声は、自分でも信じられないほど穏やかであった。意識が消える恐怖、大切な人たちとの別れ、期待に応えられない無念…彼の抱いた苦しみは相変わらずであった。

 しかし一誠に命を分けたあの時と同じ、いやそれ以上に強く確かなものが心身に刻まれていた。背負うものは変わっていない。彼自身がそれを背負える存在になれたのだろう。尊敬する人たちの覚悟を目の当たりにしたから尚更だ。サーゼクスたちと同じことを、彼もするだけだ。

 

「俺が愛した人たちが、俺を愛してくれた人たちが生きて覚えていてくれることの方が嬉しい」

『…あー、もう!勝手にしろよ!』

 

 大粒の涙をこぼしながら叫ぶシャドウに、大一は少しだけ微笑むとディオーグへと向き直る。

 

「お前に余計なことを任せてしまうな」

「俺は力のままに暴れるかもしれないぞ」

「この話をしたことが答えにならないか?」

 

 淡々とした声色であったが、その見えない信頼をハッキリと示した大一は言葉を続ける。

 

「お前とは不思議な縁だよ。種族も実力も性格も全てが違った。でも今では家族や彼女に勝るとも劣らないほど、お前のこと特別だと思っている。だからこそ、お前にはもっと幸せになって欲しいんだ。戦いが終わったら、もっと広い世界を見て欲しい」

 

 大一は抱いていた想いをディオーグへと伝えていく。良いことばかりではないし、彼のおかげで苦しんだことも数え知れない。しかし彼がいなければ、自分はここまで強くなれなかった。その前に心がつぶれて、その存在を無意味なものしていたかもしれない。正式な付き合いは1年にも満たないが、その存在は大きく特別であった。

 

「今までありがとう。シャドウと共に、後のことは頼む」

 

 大一の礼に、ディオーグは疲れたように息を吐く。そして巨大な口を大きく開けた。ゆっくりと近づき、巨大な牙がよく見えるほどの距離となる。大一はそのまま飲み込まれる瞬間を待つ…。

 

 

 

 

 

 

 

「断る」

 

 大一の目の前で思わず怯むほどの息を吐きながら、ディオーグは相変わらず重い声を発する。そのまま身体を起こすと、赤い目玉で彼を見下ろしていた。

 

「どうして俺がはるかに弱いお前の言うことを聞かなければいけないんだ。ふざけやがって。俺は最強の龍ディオーグだぞ。託した気になっているんじゃねえぞ」

「しかしディオーグ、これしか方法は無いんだ!」

「知ったことか。前に言ったよな、欲しけりゃ奪い取って見せろって。自分の望みを叶えるなら、力を示すんだな」

 

 大一自身、余裕がなくなっているのが感じられる。ディオーグとの強い信頼感を自負していたゆえに、この土壇場で協力を得られないのは手痛かった。このままでは、全てが終わると思うと、どんどん追い詰められていく想いであった。

 

「やるなら…自分で勝手にやれ」

 

 ディオーグが告げると同時に、大一の全身にとてつもない重さがのしかかった。まるで身体自体が鉄になったかのような錯覚を覚え、片膝をつく。すぐに重さは感じられなくなるが、代わりに血が脈打つかのように全身に魔力を感じだした。

 そして気づいた。ディオーグが何をやったのかを。

 

「ディオーグ…お前…!」

「甘いんだよ。お前がべらべらと喋っている間に、俺は力を渡せることに気づいたぜ。やはり俺こそが優れているってことだな」

「バカなことは…!」

「そのバカなことをやろうとしていた小僧が言っているんじゃねえよ」

 

 大一の震える声に対して、ディオーグの声はどっしりと大木のように動じない印象であった。併せて、足元から黒い空間に不釣り合いな光がわずかに発生していた。光が出るほどにディオーグの全身は薄くなり、大一の身体には今まで感じたこともないほどの力が走っていく。

 

「どうして…どうして…お前がこんなことを…!」

「言っただろ。お前なんかに命令される筋合いはねえ。俺は俺として、その命を全うする方を選んだだけだ」

「これからその名を知らしめるんだろ…オーフィスやグレートレッドに勝つんだろ…他にももっと…!」

 

 息が荒くなる。言葉が紡げない。ただ熱い涙があふれてくる。その圧倒的な野心を何度も目の当たりにしてきたのに、彼の選択は自分よりも遥かに弱い存在を生かすことに使われようとしているのだ。

 

「たしかに後悔が無いといえばウソになるが、俺が生き残った方がいろいろ煩わしいんだよ。それにお前ごときの身体を媒介にしたところで、かつての俺と同じ状態とは限らねえからな」

「お前がいなければ…俺は…」

「俺がいなくてもお前はやっていける。それで答えにならないか」

 

 短い言葉に込められた信頼をたしかに感じた大一は、ディオーグの顔を再び見る。あれほど強さを見せていた存在の顔は心なしか穏やかにも思えた。大一が感じていた信頼を、最強の龍である彼も間違いなく抱いていたのだ。

 ディオーグはちらりとシャドウの方を見る。あっけに取られていたが、血走った眼からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。

 

「おい、小僧のことを頼んだぞ」

『う、うぇ!?ディオーグ、僕は…!』

「頼んだぞ、シャドウ」

『ッ!!…任せろ!!』

 

 身体が薄くなっていく速度が速くなっていく。謎の黒い空間はもはや重さを感じず、周囲にはひびが入ったように崩れていく。

 終わりが近くなるのを実感するほど、大一は無念の涙が止まらなかった。

 

「ディオーグ、お前がそこまで…」

「ったく、最後の最後まで他人の心配か。おい、小僧。ちょっとは自分のために生きてみろ。世界が変わるぜ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたディオーグの身体はなく、ほとんど消えかかった顔がそこにあるだけであった。

 

「あばよ、大一」

「…忘れない。お前のことだけは何があっても!」

 

 このやり取りを最後にディオーグの姿は消えていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 最強の龍である俺が、なんてつまらねえ人生だ。あれほど戦い続けて充実した日々だったのに、封印されてからは散々だ。あの場所に封印されていた方が、下手したら長かったんじゃねえか。身体もほとんど動かせず、ようやく脱出できたと思えば、弱腰のビビり野郎と四六時中一緒だ。

 まるで性格が違うから馬も合わねえし、口だけばかりの弱い奴だ。何度も責任を感じて、誰かのために自分を犠牲にする大馬鹿だ。

 あとはせいぜい、初めて飯を美味いものと感じられたし、血に濡れてねえ景色や匂いを知ったくらいだ。戦い以外でいろんな生物の感覚にも気づいた。少しずつでも強くなるということも実感した。

 まあ、封印されてきた時よりも退屈しなかったし、短いながらも戦い続けていた昔と同じくらい充実はしていたな。それに…

 

「忘れられないと言われたのは悪くねえ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 無角は崩れた瓦礫に座り、部屋を眺めていた。空っぽの身体に込められたおぞましくも純粋な恨みの念は昂っていた。自分が存在し、魔力を感じ続けていることが、トライヘキサが生きていることを実感する。この怨念を晴らすかのように、外では世界が破壊されていると考えると、どす黒い意識にも熱を帯びているのが感じられるのだ。

 大一とアリッサ、この2人を倒した以上、もはやこの屋敷に入り込める者はいない。屋敷に覆われる結界もトライヘキサ周辺に展開されたものと同じであり、発動すれば「異界の魔力」を持たなければ侵入することは叶わなかった。

 勝利を実感していたからこそ、肉塊となって事切れていたと思われた男が血の海から立ち上がったのが信じられなかった。

 

「あいつ…俺に嘘をついていたな…記憶が流れ込んで…いや、それは後でいい」

 

 ぶつぶつと呟く大一の姿は血に濡れていた。先ほど妖刀の怨念を受けた部分は、焼かれたような皮膚となっていた。顔の半分近くは酷い傷跡が残っており、つぶれたはずの左目は赤く龍のようであった。右腕は相変わらずないが、あれほど酷い傷を与えた左腕や斬り落とした左脚も戻っていた。

 あまりにも不揃いな見た目ではあったが、彼の眼に宿る光は強い力を宿していた。

 

「まずやることはひとつだ…勝つぞ、シャドウ」

『当然だ!』

 




ということで、150話以上付き合っていたディオーグはここで退場です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。