全身がきしむように痛む。引き裂かれた部分の肌の感覚が違う。流れ込んできた大量の記憶で頭が重い。正直なところ、体調はお世辞にも良いとは言えなかった。
しかし呼吸をするたびに、新鮮な空気が肺を満たし、血が身体を駆け巡る。敵の姿がはっきりと見え、密閉された部屋に籠る血の匂いが鼻に流れ込む。再び立ち上がり、生き返ったことを実感させられる。自分は生かされたのだ。共に生きようと決心した相棒に。
「俺は…また助けられた…」
『大一…』
「最後の一撃は間違いなく心臓を斬ったはずだが」
肩で呼吸する大一に対して、無角が接近して刀を振り下ろす。素早い動きであったが、察知した大一は身体を逸らして攻撃を避けると、黒い右腕と錨を形成する。間髪入れずに刀を振るってくる無角であったが、それをギリギリでいなしていく。
復活した肉体には疲労感があったが、攻撃をいなせるほど動けることで、身体能力が向上したことに気づいた。刀のおどろおどろしい力も感知することができ、感知能力もより研ぎ澄まされていた。
「…違うな」
「ほう、瀕死の状態から復活したのが不服というか」
無角は後退すると、自分よりもはるかに大きな刀を振り回す。それに伴い、無数の黒い斬撃がかまいたちのように飛んできた。
これに対して、大一は生命力を引き上げる。身体の中に感じられるすさまじい生命力、それをわずかに行きわたらせるだけで、彼の姿は変化していった。何度も体現してきた人間と龍が混じったような状態…龍人状態となった彼は背中から複数の腕を出現させた。さらにそれぞれの手のひらから魔法陣を出現させると、一気に硬度と体重を上げていく。複数に張られた疑似防御魔法陣は、背後の壁も引き裂くほどの大量の斬撃を防いだ。
「少しは戦い方を学んだな」
『さすがにそれで、1度殺されればな』
「まったく末恐ろしいものだ、貴様らは。土壇場のところで奇跡を起こす。まるで世界が貴様らに味方をしているようだ。俺の意識を形作った怨念は、そのようなことも無く消えていったのだがな」
無機質な声で話す無角であったが、刀に纏っている黒い煙がさらに濃く、大きくなるのが見えた。怒りや憎しみだけではない。妬みや嫉み、多くの負の感情が怨念となって彼に力を与えているのだろう。先ほどの実力も踏まえれば、彼という存在がどれだけ世界を憎んでいるのかを実感できる。
しかし同時に不快にも感じた。本当に奇跡が起きたのであれば、大切な相棒を失うことなど無かっただろう。龍人状態になっても、自分の声だけが発せられることが、よりその現実を直面化させた。
だがいちいち彼の言うことを真に受けて、激情をたぎらせる暇などない。大一にとって、今やるべきことは目の前の恨みに塗れた鎧武者を、一刻も早く打ち倒すことであった。
『…不幸自慢は十分だ。俺はお前を倒すだけだ』
「舐めるなよ。この短い間でも、貴様が先ほどより少々強くなったのはわかる。しかしそんな偶然得た力で、俺に勝てると思うな。この怨念、さらに受けてもらおう」
無角が妖刀を上に向けると、黒い煙のような怨念が渦巻く。まるで竜巻のように刀身を包み、振り下ろされると同時に床をえぐるほどの勢いで向かってきた。
『うおっ!?これは強力…!魔法陣や硬度を上げた僕で防ぎきれるか?』
『…違うんだよな』
『おい、大一聞いているのかよ!ディオーグの分まで、僕らが勝たなきゃ!』
シャドウの切羽詰まったような声に、大一は無言であった。彼の言う通り、無角を倒さなければならない。しかし今のまま攻撃を防ぎ、避けているだけでは、勝機が見えない。なにか打開策が必要であった。
そしてもうひとつ、大一は先ほどから違和感を抱いていた。ディオーグと融合して得た力は向上した身体能力と感知能力。強力であったが劇的な変化とは程遠かった。
『違うよな。お前から託された命だ。これだけで終わらせていいはずがない。どれだけ時間がかかっても、必ず使いこなしてみせるよ』
『大一、どうするつもりだ?』
『もっと強くなるだけだ』
ディオーグと融合したことで、大きな進化を期待していない。しかし伸びしろというものを強く実感していた。おそらく全てを使いこなし、当時の彼と同じだけの存在になるのは時間がかかるだろう。
しかし奇跡など待っているつもりはない。相棒の龍に言われた通り、自分の力で手に入れたものから更に奪い取って強くなる。
『貪欲にいこう…今ならもう少しだけ引き上げられる…』
彼は「生命(アンク)」を利用して、生命力をさらに引き上げていく。大陸に根づいた大樹のように動じない生命力を、龍人状態の時よりも多くコントロールしていく。力強い命の感覚が全身を駆け巡っていく。血流が激しくなり、筋肉が隆起し、骨が肥大化していく感覚は、龍人状態に初めて変化したときの、比では無い苦しみであった。
『大一!』
シャドウの悲鳴にも近い叫びとともに、無角の怨念による竜巻のような斬撃が大一を飲み込んでいく。耳をつんざくような音をまき散らしながら斬撃は突き進んでいき、壁をも貫こうとしていく。
「終わりだ」
無角は刀の切っ先を向けてつぶやく。怨念を纏った斬撃は、魔力でも魔法陣でも断ち切る。それほどの攻撃をまともに与えた手ごたえを実感していた。仮に耐えたとしても怨念は身体に残り、その憎しみを果たすように焼き尽くす。がらんどうの身体を持つ鎧武者は、怨念だけの意識に勝利を確信していた。
身をひるがえして、上階の瓦礫の山へと視線を向ける。1度蘇るという想像以上の出来事に手間取ってしまった。あとはアリッサの頭部に止めを刺して、再びこの世の終末を感じようと思っていた。
だからこそ、背後から別の生物のような存在感に気づいた瞬間、無意識に彼はすぐに振り向いて、再び刀を構えなおした。
攻撃と崩れた壁による煙でハッキリとは見えなかったが、何かがそこで動いていた。
「まさか今の攻撃でも死ななかったというのか…!?」
無機質であった無角の声に初めて動揺が感じられる。彼の意識を形作った負の感情は、多くの絶望を経験してきた。それゆえに動じない心で、世界を遠慮なく憎んできた。そこに動揺という言葉は一切なかった。それは先ほど大一が蘇った時ですら感じなかった。
そんな彼が初めて心を揺さぶられたのは、煙の中にいる存在に気づいたからであった。
『怨念…恐ろしい力だ。魔力主体で身体の硬度を上げてきた俺には相性が悪い』
煙の中から出てきた人物の姿は、まさに化け物と形容するにふさわしい見た目であった。3メートル近い巨体、上半身は服を破りむき出しとなった筋肉と丸太のような太い両腕が見えていた。頭には牡牛のような角、口から覗かせる鋭い牙、敵を見据える赤い双眸と、まるで龍が無理やり人間型へと縮小化させたような姿に大一は変化していた。
皮膚や肉体を無理やり再生させたかような姿でさえ、別人のようであったが、今の彼はもはや面影すら見られなかった。
『しかし魔力を介さない龍の皮膚ならば別だ。次元の狭間でも生きて、オーフィスやグレートレッドともやりあったディオーグの皮膚。まだ不完全体だが、1割も出せていなかった龍人状態とは訳が違うぞ』
ギラギラと黒く鈍い光を放つ龍の皮膚は、魔力を使わずとも金剛石(アダマント)に匹敵するほどの硬度を誇っていた。攻撃を受ける直前にこの姿へと変貌した皮膚には切り傷はほとんどついておらず、その僅かな傷もすぐに回復する。斬撃を受けた箇所には怨念も残っていなかった。
ディオーグのずば抜けた生命力を表に出すだけで、右腕は再生し、驚異的な回復力を見せる。せいぜい4割程度、それでも以前と比べると圧倒的な力の違いを感じていた。
『名を「龍魔(ドラゴン・デーモン)」…龍の力をより色濃く発動させたこの形態で勝たせてもらう』
「この期に及んで、まだそんな力を…!」
動揺した後に続いた声は怒りと嫉妬が込められていた。無機質な雰囲気はすっかり消え去り、その苛烈さを証明するかの如く再び無数の斬撃を放っていく。隙間の見えない連撃は避けることを至難とさせていた。
しかし無理に避ける必要はない。先ほどの攻撃で怨念の斬撃を防げることは理解した。特に新たに得た皮膚と肉体、この2つは加算できる力であった。大一は腕を交差させると魔力を引き上げて、硬度を上げつつ一直線に向かっていく。
斬撃をものともせず、接近した大一はそのまま敵に向かってツッコむように頭突きを行う。無角には大きくジャンプして攻撃をかわされるが、凄まじい轟音と当たった箇所の周囲をえぐるような状況に、この一撃が生半可なものでないことを確信した。
『いい威力だが、この身体の大きさに慣れないな。コントロールするにはまだ時間がかかる…!』
「ならば、その前に貴様を叩く!」
距離を取った無角が振り下ろす刀は鞭のように縦横無尽に駆け回った。部屋の瓦礫や家具、装飾品なども関係なく引き裂き、あらゆる方向から大一へと向かっていく。
再び防御の姿勢で攻撃を耐えて接近しようとするが、無角は一定以上の距離を保ちながら攻撃を続けていった。
「距離さえ取れば問題は無い!このまま長期戦を強いれば、まだ俺に分がある!」
『…俺らを相手にそれだけでどうにかなるとは思わない方がいいな。スタミナには俺だって自信がある。それにこれくらいなら問題ない』
大一の両腕が黒く染まっていく。同時に防御の姿勢を解くと、右腕をバネのように引いて狙いを定めた。そして撃ち出された拳は風を切りながら一直線に敵へと向かった。
無角は手早く刀身を変化させて、盾のように自分の前に展開させる。しかし龍人状態の時よりも何倍も大きくなった拳は、文字通り砲弾のような破壊力で無角を後方へと吹き飛ばした。
『シャドウのコントロールは出来るな。腕を増やすのはまだ厳しそうだが』
『正直、僕がいなくてもどうにかなりそうな気がする…』
『バカ言うな。お前は俺の相棒なんだから、そんな訳ないだろう。それに油断できる相手じゃないのは、お前だってわかっているはずだ』
シャドウに答えながら、大一は右腕から錨を創り出す。以前の自分には槍に匹敵するほどの大きさであったが、龍魔状態ではせいぜい手斧くらいにしか感じられなかった。
彼が戦闘態勢を整える中、部屋にあけた穴の奥から無角が姿を現す。全身にひびが入っており、顔面の割れた箇所から漏れ出る黒い煙の量は明らかに増えていた。
「認めない…!この俺が…貴様のように恵まれた男に負けるなど…!俺の信念は…想いは…貴様らよりも遥かに強いのに…!」
『認められなくていい。しかしこの勝負には勝たせてもらう』
硬度と重さを上げた錨を無角に向かってブーメランのように投げていく。風を割くような重い音を鳴らしながら回転する錨に対して、無角は攻撃を逸らそうとしたが、完全にいなしきれずに横へと弾き飛ばされた。
よろけるように無角は立ち上がると、信じられないように首を振る。
「こんなことがあってたまるか…!俺がこの世界を滅ぼすんだ…!復讐するんだ…!」
『…お前の、いやお前らの憎しみがその強さだということはわかる。負の感情から来る力がどれほど強力なのかも』
「ぬかせ!恵まれた貴様ごときに何が理解できる!禍無威!」
無角に応えるかのように、妖刀が纏う怨念が肥大化していく。黒い煙は徐々に流動的な炎へと変化していき、最終的に部屋の半分以上を覆うほど禍々しい龍の姿を形作った。
「先ほどの斬撃とは訳が違う!邪龍から着想を得たこの技で、全てを飲み込んでくれる!」
怨念の龍が咆哮を上げ、大あごを開ける。あらゆる箇所が崩れた部屋どころか、屋敷自体が大きく震えるかのように感じた。
今にも襲ってきそうな怨念に、シャドウは血走った目を出現させながら言う。
『またとんでもない規模だな。僕が言うのもあれだけど、負の感情というのは恐ろしいものだね』
『俺もそう思うよ。それにその力を否定するつもりも無い。しかしそれだけではダメなんだ。本当に強くなるなら…使えるものはすべて使う』
大一は小さく息を吐くと、しっかりと腰を据えて床を踏みしめる。同時に両手を床について、怨念の龍に相対するように口を開けた。
『なによりもこれ以上、大切な人を失うわけにいかない』
彼が思い出すのは、ディオーグとの会話であった。二天龍のような特殊能力は少なく、その実力の大部分は強靭な肉体によるものであった。これに魔力による硬度と重さのコントロールを加えたことで、ずば抜けた実力を実現させていた。そんな彼は他の龍のように炎すら吐かない。戦いでは別のものを撃ち出していた。
口元に魔力を集めていく。それに合わせて、透明な球体が生まれ徐々に肥大化していき、サッカーボール並みの大きさとなった。
「死ね!兵藤大一!」
『これで…押しつぶす!』
無角による怨念の龍が呑み込もうと向かってくるのに対して、大一は口から溜めた魔力の球体を撃ち出す。球体は徐々に肥大化し、間もなく怨念の龍を飲み込んだ。球体の中ではあらゆる方向から重力が働き、怨念をつぶしていった。
突き進む重力の球体は向かってくる怨念をものともせず、間もなく無角を飲み込んでいった。
「俺たちの恨みが…!怨念が…!」
言葉は続けられず、無角の身体は重力の球体の中で完全に砕かれていった。ちょうどその頃、日本海では一誠達がトライヘキサの動きを一時的に止めて、聖杯を覆う結界が解除されるのであった。
ついに大幅な強化が来ました。
書いた後に思いましたが、これディオガ・グラビドン…。