全身に重りがのしかかるような感覚、周りが見えない真っ暗な環境、いつもの悪夢にさいなまれ大一は目を覚ます。全身に流れる血が脈打つような感覚は決して気分の良いものでは無かった。どうにも最近は心が落ち着く時間が前にもまして減っている気がした。この日も家に帰ると、一誠とリアスは先に戻っていたのだが、なぜかアーシアとリアスで裸エプロンによる一誠争奪合戦が繰り広げられていた。元凶が母親な上、父もそれを止める様子が無かった状況に大一の脱力感は言葉に出来なかった。
もっとも自分に余裕がないだけなのは理解している。強くなれば、仲間のために出来ることが増えれば、もっと落ち着いていられるのだろう、そんなことを考えながら彼は心を沈めようと再び布団にくるまろうとする。
しかしすぐに飛び跳ねるように起き上がった。夢とはまた違うプレッシャーが全身を襲ったからだ。強大な魔力に寒気すら覚え、大一はジャージのまま外へと飛び出た。
「やっほー、イッセーくん、アーシアたん。ご機嫌麗しいねぇ。元気してた?」
大一達が外に出ると、軽快ながらも茶化している魂胆が見え見えな言葉であいさつする男が目の前に立っている。以前この地に潜入していたはぐれ悪魔祓いのフリードであった。先日から一誠達は破壊するために聖剣の捜索をしていたのだが、そこで出会ったのが彼であった。事情を聴いたリアスの話だと、どうも彼が先日から教会側の人間を何人も葬り去っていたようだ。さらに盗まれたエクスカリバーを持っており、この男が堕天使側に加担しているのは間違いなかった。
しかし先ほど部屋で感じたプレッシャーはこの男ではない。その正体は上空に存在していた。
「はじめましてかな、グレモリー家の娘。紅髪が麗しいものだ。忌々しい兄君を思い出して反吐が出そうだよ」
「ごきげんよう、堕ちた堕天使の幹部コカビエル」
黒いローブを羽織り、背中には10の黒い翼を持つその男こそ堕天使の幹部コカビエルだ。目の前にしただけでその力の絶大さに、意図せずに体が震えるのがわかった。
「こいつは土産だ」
コカビエルが手に抱くものを放り投げる。それは手傷を負わされたイリナであった。どうやら聖剣奪還のために追撃したが、逆に手ひどく負けてしまったらしい。
すぐにアーシアが治療する中、リアスがコカビエルを見据える。
「…それで、私との接触は何が目的かしら?」
「お前の根城である駒王学園を中心にこの町で暴れさせてもらうぞ。そうすればサーゼクスも出てくるだろう?」
冷たい笑顔を作りながら答えるコカビエルに、大一達は戦慄を覚える。この堕天使はまさにこれから戦争を仕掛けようというのだ。
コカビエルは戦いに飢えていた。かつての戦争が終わり、堕天使の上層部の多くが戦いに消極的になった現状、合わせて総督であるアザゼルが神器の研究に没頭する様子に憂い、彼は独自に戦いを仕掛けようとしていたのだ。今回の聖剣による事件も彼にとってはそのトリガーに過ぎないのだ。
フリードはコカビエルに同調するように狂気的に笑いながら、自身の持つ剣を見せる。両手、腰にそれぞれ2本ずつ持つ全てが聖剣であった。
「ハハハ!戦争をしよう、魔王サーゼクス・ルシファーの妹リアス・グレモリーよ!」
高笑いをして宣戦布告をするコカビエルはフリードと共に姿を消す。この事態にリアス達は学園へと向かうのであった。
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夜中にも関わらず学園周辺は人が多かった。リアスとソーナの眷属たちが集まっていたからだ。唯一、聖剣の行方を追って追撃していた木場祐斗だけの姿は見えなかった。
駒王学園周辺に大きな結界が張られている。ソーナとその眷属が散らばって学園を覆うように張られているが、コカビエルの実力では学園どころか町ひとつ消すこともたやすいと考えられている。つまりこの結界は被害を最小限に抑えることを主軸に置いたものであった。
「ありがとう、ソーナ。あとは私達がなんとかするわ」
「リアス、相手は桁違いの化け物ですよ?確実に負けるわ。今からでも遅くない、あなたのお兄様へ───」
「あなただって、お姉様を呼ばなかったじゃない」
「私のところは…。あなたのお兄様はあなたを愛している。サーゼクス様なら必ず動いてくれます。だから───」
「すでにサーゼクス様に打診しましたわ」
「朱乃!」
リアスとソーナの会話に割り込む朱乃の表情は明らかに怒っていた。リアスはフェニックス家との結婚を破断にした直後だから、魔王である兄に迷惑をかけたくない…親友のそんな想いも朱乃は理解していたが、今回は事件の重大さの桁が違う。この救援は当然と言えるだろう。
リアスは腑に落ちない様子で大一を見るが、彼も厳しい表情で首を横に振る。大一も朱乃の行動は大きく支持するつもりであった。結局、彼女はため息をついてこの事実を受け入れる。サーゼクスの援軍が来るのが約1時間、それほど持ちこたえれば事件の解決が見えてくるのであった。
「…1時間ね。さて、私の下僕悪魔たち。私達はオフェンスよ。結界内の学園に飛び込んで、コカビエルの注意を引くわ。これはフェニックスとの1戦とは違い、死線よ!それでも死ぬことは許さない!生きて帰ってあの学園に通うわよ、皆!」
『はい!』
リアスの檄に眷属たちが大声で決意を示す。今まさに戦いが始まろうとしていた。
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正面玄関から突入すると、真っ先に校庭の異様な光景が目に入った。巨大な魔法陣に光り輝く4本の聖剣、そして初老の男が立っていた。リアスが調べていた人物、バルパー・ガリレイだ。
「バルパー、あとどれくらいでエクスカリバーは統合する?」
上空から声がする。宙に舞う椅子に座ってコカビエルは、余裕の表情をしていた。
「5分もいらんよ、コカビエル」
「そうか。では、頼むぞ。
さて…サーゼクスは来るのか?それともセラフォルーか?」
「お兄様とレヴィアタン様の代わりに私達が───」
リアスの言葉が終わる前に、爆音が鳴り響く。爆風が発生した場所には巨大な光の柱が突き刺さっていた。その場にあったはずの体育館は影も形も無く消え去っていた。一般の堕天使との格の違いは明確だ。
しかしだからといって、引き下がるわけにはいかない。なんとか魔王が来るまでの時間は保たなければ、この町が終わる可能性があるのだから。
リアス達の覚悟の表情を見たコカビエルは指を鳴らす。
「さて、地獄から連れてきた俺のペットと遊んでもらおうかな」
闇夜の奥から現れたのはまさに化け物であった。体長は10メートルはある巨体で、太い肢体にある爪の鋭さが破壊力を物語っている。口から見える牙も、赤い瞳も凶悪だが、それを持つ頭が3つもあるのが衝撃的であった。地獄の番犬、ケルベロスが悪魔たちに狙いをつけていた。
「朱乃!」
リアスの指示に、朱乃が動く。ケルベロスの口から吐かれた炎があっという間に凍り付いた。そこにリアスが滅びの魔力による一撃を撃ち出すも、ケルベロスの頭は複数ある。他の頭から吐かれた火炎が、彼女の魔力の塊と空中でぶつかった。さらにケルベロスは追撃とばかりに、もうひとつの頭が火を噴こうとするが…
「脚を崩す」
「隙あり!」
空を飛ぶリアスや朱乃に気を取られていたのか、「戦車」にプロモーションをした大一が右脚に錨による大振りを、小猫がひとつの頭部に強烈な打撃を叩きこんだ。純粋な打撃にケルベロスは大きく体を揺らした。
「さらにもう一撃あげますわ」
朱乃が追撃とばかりに強烈な雷撃を決め、ダメ押しとばかりにリアスの魔力がケルベロスを沈黙させた。
ケルベロスから吹き出る鮮血を避けながら、大一は「騎士」へとプロモーションをして、一誠の方に走り出した。倒れている魔物と似たような魔力を感知したからだ。
その読み通り、一誠とアーシアの後ろからケルベロスが新たに現れた。今回の作戦では一誠のブーステッド・ギアによる倍加の力の譲渡がメインであったため、ここで手傷を負わせるわけにはいかなかった。
「2人も下がってろ!」
大一は新たなケルベロスと逃げる一誠達の間に入り込む。再び「戦車」になると、ケルベロスの前腕による大きな薙ぎ払いを真正面から防いだ。しかしその力は大きく、十数秒ほど止めたところで腕を振り切られて、彼は先の木へと吹き飛ばされた。
「クッソ、重さが違うか…!」
体の硬度を上げていたため怪我は無いものの、純粋な体格と攻撃の重さの違いにより吹き飛ばされてしまった。ケルベロスがまた一誠達を狙っていたため起き上がって再び向かおうとするが、一瞬閃光のようなものが目に入ったかと思うと、先ほどのケルベロスの首がひとつ斬り落とされていた。
「加勢に来たぞ」
現れたのは、ゼノヴィアであった。すぐにエクスカリバーを構え、ケルベロスの胴体を斬り裂く。エクスカリバーによる聖なる力は、地獄に住むケルベロスにも効果抜群であっという間にその体は灰と化して消え去った。
ここで一誠のブーステッド・ギアの力が溜まる。降りてきたリアスと朱乃にその力を与えると、彼女らの魔力の大きさが急激に上がるのを大一は確認した。
起き上がる最初のケルベロスもその力を感知して逃げ出したが、今度はその四肢が地面から伸びる剣に貫かれて動きを封じられた。
「逃がさないよ」
今度こそ現れたのは、祐斗であった。登場するなり、作戦の意図を理解して的確な行動を取れるのはさすがと言えるだろう。
校庭の半分は覆うであろう巨大な雷がケルベロスに降り注ぐ。その一撃は瞬く間にその存在を無に帰し、さらに間髪を入れずに今度はリアスがコカビエル相手に攻め立てた。撃ち出した魔力の塊は彼女の最大の威力を優に超えるほどであった。決まれば上級悪魔すらも滅びるだろうが、コカビエルはそれすらも片手で防いだ。
「なるほど。赤龍帝の力があれば、ここまでリアス・グレモリーの力が引きあがるか。面白いぞ」
コカビエルはくっくっと笑っている一方で、バルパーがついに4本の聖剣を1本へと集約させた。とてつもない光が校庭を覆う。目も明けていられないほどであったが、エクスカリバーに集約されている光の力は実感できた。
「エクスカリバーが1本になった光で、下の術式も完成した。あと20分もしない内にこの町は崩壊するだろう。解除するにはコカビエルを倒すしかない」
バルパーの言葉に全員が衝撃を受ける。戦っていた時間を考えれば、まだ20分も経っていない。魔王の援軍を待っている間にこの町が滅びるというのだ。もはや一刻の猶予も許されなかった。
「フリード、陣のエクスカリバーを使え。最後の余興だ。4本の力を得たエクスカリバーで戦ってみせろ」
「へいへい。まーったく、俺のボスは人使いが荒くてさぁ。でもでも!チョー素敵仕様になったエクスなカリバーちゃんを使えるなんて光栄の極み、みたいな?うへへ!ちょっくら、悪魔でもチョッパーしますかね!」
コカビエルの命令に、フリードはバルパーの作り出した聖剣を手に取る。この緊急状況にゼノヴィアもエクスカリバーの残骸だけでも回収を目的として共に戦おうとしていた。つまりエクスカリバーの破壊を完全に認めたのだ。
それを聞いた祐斗はバルパー相手に向かい合う。
「バルパー・ガリレイ。僕は『聖剣計画』の生き残りだ。いや、正確にはあなたに殺された身だ。悪魔に転生した事で生き永らえている」
「ほう、あの計画の生き残りか、これは数奇なものだ。こんな極東の国で会う事になろうとは。縁を感じるな」
ニヤリと笑うバルパーは自身の聖剣への感情を話し始めた。彼は聖剣に魅入られていた。当然、自分が使いたいと考えたが適応する因子が無かったため、気づけば使用するための研究に没頭した。その結果、祐斗が地獄を見たあの実験により聖剣を使うための因子を抽出することに成功し、それを結晶化させて体に埋め込むことで聖剣を使えるようにしたのだ。
バルパーの狙いはこの実験を否定し断罪した天使側への復讐であった。そのためにコカビエルと組んで、聖剣使いを量産し軍団を作り上げる目論見であった。
バルパーは持っていた因子の祐斗の足元へと投げ捨てる。拾い上げた彼の手はどこまでも優しく、どこまでも悲しみがこもっていた。あふれる涙は熱く、祐斗の想いを反映していた。
想いが力になる…この世界では稀に見られた。結晶が淡く光り、校庭を包むほどの光を放った。光は人の形を形成し、祐斗へと語りかける。消されたはずの被害者達の意識が次々と現れたのだ。
「皆!僕は!僕は!!ずっと、ずっと思っていたんだ。僕が、僕だけが生きていて良いのかって。僕よりも夢を持った子がいた。僕よりも生きたかった子がいた。僕だけが平和な暮らしを過ごして良いのかって…」
祐斗は胸の想いを吐き出す。後悔、責任、嘆き…あらゆる感情が彼の心を悩ませていたのだ。
しかしかつての仲間達にとっては、彼が生きていたことこそが嬉しかったのだ。そして大好きな仲間のために出来ることがあるのならば…。
かけらが集まり、祐斗が光に包まれる。この瞬間、彼は神器を新たな力へと昇華させたのだ。一誠がライザーで見せたような禁忌の力「禁手(バランス・ブレイカー)」へと!
おそらく3巻は今後の展開の下地作りになりそうです。