展開が遅いのは承知していますが、もう少しだけ待っていただけると幸いです。
ある日の夜、と言っても悪魔として活動するにはそこまで遅くなかったのだが、大一は生島の店に出向いていた。テーブルを挟んで向かい合って座りながら、2人は会話を広げる。
「炎駒さんとも連絡を取っていたんですね。しかも正のことも知っていたとは…」
「そうよ。でもあの人を責めないであげてね」
「俺があの人を恨むなんて、天地がひっくり返ってもありえませんよ」
生島と炎駒に関係性があったことを聞いても、大一は驚かなかった。むしろ師匠からの気づかいを改めて感じており、最後まで自分を心配してくれていたことを実感していた。
グラスに満たされた琥珀色の液体を煽り、生島はにやにやと口元を緩ませる。
「そういう言葉が出るから、師弟の絆を感じられるわね~。たまらないわ!」
「言い方に語弊が感じられますよ…」
「あら、いいじゃないの。同性との特別な関係も私は好きなのよ。もちろん、男女の関係もね」
満面の笑みで生島はウインクをする。その見た目通りの力強さは、バチンと重低音が鳴りそうに思えた。
「ねえ、大一ちゃん。前から聞きたかったんだけど、ロスヴァイセちゃんのことってどう思う?私はとってもいい子だと思うのよね。綺麗で真面目、それでいて謙虚で優しくて、茶目っ気もある。あんなに可愛い子って簡単に見つからないと思うのよ」
「…生島さんには同意しますよ。とても素敵な女性です」
「そうなのよ。だからこそ、あの子には特別な幸せを掴んで欲しいのよね。なにが言いたいかわかる?」
「…ええ、わかります」
すっかり酔っぱらっていた生島の言葉は、大一の耳で反響していた。魔法を教えてもらったこと、同じ契約相手を持つこと、朱乃とは別ベクトルで自分を救ってくれたこと…ハッキリさせるにはまだ勇気があったが、彼女との間には特別な信頼関係が築かれていた。それゆえに先日の釣りの際には、なかなか無茶な相談をしてしまったのだが、ロスヴァイセはそれにも応じてくれた。
生島が何を望んでいるのかを大一は理解している。ただしすぐに答えを出せるものでは無いことも自覚していた。それでも…
「無下にはしません。絶対に」
「あ~、やっぱりいい男になったわ、大一ちゃん。前だったら、もっとオドオドしていたのに」
『大丈夫だぜ、オネエ野郎。僕が何とかするからな』
「その呼ばれ方は不服だけど、その言葉は信頼できるわね!」
肩から出てきたシャドウと共に生島はガハハッと大声で笑う。その様子自体が彼に二の足を踏ませている面もあるのだが、それを理解している訳もなかった。
「というか、この話をする為に俺だけを呼んだんですか?」
「まさか。たしかにこういう話はしたかったけど、最大の理由はこの言葉を伝えたかったからよ。本当は明日に言うべきなんでしょうけど、親御さんやお友達と一緒だろうから、一足先にね」
そこで言葉を切った生島は再びグラスを煽ると、紅潮させた頬を上げて、優しげな瞳を彼に向けた。
「卒業おめでとう、大一ちゃん」
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「いってきます」
生島と話した翌日の早朝、大一は久しぶりに袖を通した制服に奇妙な感覚を抱きながら、学校へと向かう。自由登校とはいえ、大きく変わった姿や悪魔として多忙であったため、ほとんど行けなかった学校に久しぶりに足を向かわせていた。そしてこれが高校生として最後に学校へ向かう時となる。
もっとも卒業式だからって、生活スタイルが変化するような彼ではなかった。相変わらず早朝に目が覚めてトレーニングに励み、シャワーを浴びて、朝食を取る。登校の準備をすれば、一誠達よりも早めに家を出ていた。とはいえ、この日はいつもよりもかなり早かったのだが。
「リアスさんと一緒に登校の方がよかったんじゃないのか?」
大一は隣を歩く朱乃に話しかける。この早朝から彼に合わせるように登校していたため、申し訳なさすら感じていた。朱乃の方は、大一の言葉に不服そうに反論する。
「大一が学校に行かないときは、リアスやイッセーくんたちと一緒に行ってたもの。最後の今日は一緒がいいわ。それとも私が一緒だとマズい理由があったかしら?」
「そんなわけないって」
「よろしい」
微笑みながら朱乃は満足げに答える。何度も見ている表情のはずなのに、心臓をわしづかみにされたような感覚に襲われた。実際、リアスも朱乃達と同じくらい早く出られたはずなのだが、少しだけ時間をずらして一誠と行くことを決めていた。
「3年も一緒にいたけど、2人だけでこんなふうに歩くことって、あまり無かったと思うの」
「だいたいリアスさんとか一緒だったしな。仲間も増えてからは尚更だ」
「一緒に過ごすのは何度もあったんだけど、こういうのはなかなかね。その顔も久しぶりに感じるわ」
「違和感ない?」
「大丈夫よ」
現在、大一の顔には傷がなく、以前と同じような顔つきになっていた。左腕も痛々しさはまるで見られず、相手を怯ませるような要素は無かった。もちろん、本当に傷が消えたわけじゃない。冥界の特殊なクリームを何度も塗って、被せるように魔力を流し込んで傷を隠しているだけだ。当然、義手もつけており、卒業式のための準備をこれでもかというほど念入りに行っていた。
「結局、これにも時間がかかるから登校するのを避けていたんだよな…」
「仕方ないことよ。魔力でごまかす方法を早く覚えるしかないわ」
「まだ魔法の方ができそうな気持だ。少なくとも卒業旅行には間に合わないな。サングラスとマスクは用意しなきゃ…」
「気苦労は絶えないわね。でも卒業旅行は楽しみ」
卒業してからの春休み、3年生とオカルト研究部の面々で北海道から沖縄まで時間が許す限りの旅行を予定していた。スケジュールは詰まっていたが、この旅行の後に控えるのが「アザゼル杯」なので、一息の休みとして特別なものであった。
「まずは今日を無事に卒業することだな」
「物騒な言い方しないでほしいわ。高校生として2人だけで歩くのは最後かもしれないのよ?少しくらい特別なことをしたいわ」
「特別なことって?」
「こういうのとか」
朱乃は弾むような声色で答えるのと同時に、大一の左腕を組む。高校生離れした魅力的な柔らかさが、肌に感じられる。それによって身体を再生させた時にも匹敵するほどの熱さが、全身を駆け巡っていった。
「さ、さすがにこれは恥ずかしいんだけど…」
「あら、リアスとイッセーくんはやっていたわよ。アーシアちゃん達だって」
「マジかよ…そりゃ、俺のところに苦情が来るわけだ…」
「親友が羨ましいわ。こういうのを拒否しないでやってくれる恋人がいるんだもの」
「…早朝で人も少ないし、このまま行こう」
「ありがとう♪」
朱乃はちょっとした優越感を心に抱えつつ、大一の方は羞恥心と緊張を感じながら学校を目指していくのであった。
約20分後、2人は学校へとたどり着くが、ちょうどそこでソーナ、椿姫と鉢合わせした。
「朱乃も大一くんも早いですね」
「あらあら、お互い様ですわ」
「今日に限って、早くに目が覚めちゃって。それにしても…」
椿姫は目を細めながら、朱乃と大一を見る。その視線は組まれた腕へと向けられていた。彼女の横でソーナは笑いをこらえているような不思議な表情をしている。
そして朱乃はいつも学園で見せているような穏やかな笑顔で、大一は義手で顔を覆いながら必死に目を合わせないようにしていた。
「えーっと…」
「誰もいないと思って油断してました…。なにも言わないでいただけると助かります…」
「うふふ、リアス達にも負けていないと思いません?」
「まあ、2人の仲は今更ですからね。私たちはどうこう言いませんよ」
「ありがとうございます、2人とも」
半ば朱乃が引っ張るような形で、2人はオカルト研究部の部室がある旧校舎へと向かっていく。そんな同級生の様子を椿姫は少し頬を紅潮させながら見送り、ソーナの方はそんな親友の様子に気づいていた。
「木場くんとああいう関係になれるといいわね」
「か、からかわないでくださいッ!」
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大一と朱乃が部室に到着してから数十分後、リアスに連れられた一誠も部室に足を踏み入れた。リアスが部長の椅子に座り、朱乃がお茶を淹れて、大一がソファに腰をかけて悩むように考え込む。いつもと変わらぬ部室の風景は、これから卒業する3人を今までと同様に包み込んでいた。
「…祐斗たちが来るまでは3人だったわね。朱乃、大一」
「ええ、学園に掛け合って、どうにか部としての体を守ってもらいましたわね」
「部としては人数が足りなかったですしねえ…」
「と言っても私たちの正体を鑑みればやたらに部員を集めるわけにもいかない…。知ってる、イッセー?最初の頃は、ソーナと椿姫がよく遊びに来てくれていたよ?だから、案外寂しくはなかったわ」
「あの頃だからこそ、できたことですわよ」
「ソーナさんたちも生徒会をしていなかったしな」
リアス、朱乃、大一は懐かしむように語らいを続けていく。2年生になっても新入部員は祐斗のみであったが、彼の献身な頑張りと真面目な雰囲気に多くを助けられた。3年生になってからは小猫とギャスパーが入り、いよいよ見知ったメンバーが全員オカルト研究部に入部したことになった。しかしそれから間もなく、一誠、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、レイヴェルと立て続けに人が増え、顧問としてアザゼルやロスヴァイセまで来た。気づけば、あっという間に部活として成り立つほどの人数を得ていた。
リアスも朱乃も思い出を噛みしめており、大一は静かに目を閉じていた。
「…悪魔の仕事で、まだここを使うし、明日も訪れるのだから、今生の別れどころか、まだまだこれからが本番だというのにね。…学生としてここへ放課後に顔を出せないことが、たまらなく寂しくも感じるわ」
「…3年間、短いようにも思えましたわね」
「悪魔としての年月としては大した年数じゃないはずなんだけどな」
「ええ。本当に一瞬のような時間のはず…でも」
「「「楽しかった」」」
重なった3人の言葉は、どこまでも透き通った印象を一誠に抱かせた。それぞれ歩んできた道は違っても、この言葉ひとつだけで3年生組の心から感じていた想いを目の当たりにした気がした。
「一生の思い出ですわ。リアス、ここに誘ってくれてありがとう。私、本当に楽しかったわ」
「俺もここは拠りどころのひとつでしたよ。苦労は多かったですが、楽しみはそれ以上でした」
淹れたばかりの紅茶をリアスと一誠に差し出しながら目に涙を滲ませる朱乃、気恥ずかしさからなのか視線は少し逸らしながら淡々と伝える大一、反応はまるで違うもののリアスへの感謝と熱い情は明らかであった。
「私もあなた達を誘ってよかった。今まで支えてくれて本当にありがとう。そしてこれからもよろしくね。大切な仲間として、親友として」
一瞬、場違いな気持ちにもなった一誠であったが、同時に最高の先輩たちの過去と想いを聞けたことに一種の満足感を感じていた。リアスとしても特別な相手である彼にこそ、旅立つ前にこの様子を見て欲しいという狙いもあった。
間もなく仲間達も登校してきて、卒業する3人を含めた最後の部活の時間が始まるのであった。
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「大一、てめえ!いくらなんでも来なさすぎるだろ!卒業式の練習とか最低限の参加って…そんなに学校が嫌いかぁ!」
「姫島さんとイチャイチャしていたのか?それとも後輩を毒牙にかけていたのか?」
「なあ、大一。前に約束してくれた署名の件について、あとで話そうぜ」
「ところで今からでも女子って紹介してくれる?」
「久しぶりに言葉の洪水を一気に浴びせるのはやめんか!」
教室に到着した大一は、クラスメートの男子たちに一気に詰め寄られる。久しぶりの登校が卒業式当日ともなれば当然の反応であったが、いつものごとく流せるような内容の数々であったため、反応に困るものであった。おかげで教室から飛び出して、廊下まで追い詰められる形になった。
先頭で問い詰めていた大沢が周りの男子たちを黙らせると軽く咳払いをする。
「よし、わかった。じゃあ、順番に行こうか。まずひとつめだが…ついに俺らも卒業だよォ!どうするんだよ!お前がいないと、誰が弟たちを止めるんだよォ!」
「そこは卒業の感動じゃないのかよ!」
「俺らは全員、大学部に行くんだからそこまででもねえよ!いや、心残りが無いわけじゃない。駒王学園に入ったのに、彼女が出来なかったとか…」
話していくうちに肩を落としていく大沢に、大一は微妙な表情になる。これほどがっついた様子を見せなければ、彼もモテるのではないだろうかと思ってしまうのだ。ましてや、他のメンバーとメールのやり取りをしていた際に、大沢に気がある様子の他校の女子に会ったという話を耳に挟んでいたのもあって尚のことだ。
「いや、それはどうでもいい!とにかくお前がいなければ、駒王学園はエロの権化に食い尽くされるぞ!」
「お前は、俺の弟をどう思っているんだよ…」
「エロ大名」
「後輩に慕われやすい変態」
「おっぱいの情熱そのもの」
「参ったな、事情が事情だからツッコミづらい…」
大一は目頭を押さえながら答える。今年はまだしも、彼が2年生の際は弟とその友人を止めるために、毎日のように奔走したことを覚えている。悪魔としての事情を知らない彼らからすれば、この評価を否定することも出来なかった。
「まあ、後輩からそういう苦情が来たら、俺が家で釘を刺すこともできるわけだし…要するに、そんな心配をお前らがする必要は無いって」
「本当か?信じていいのか?」
「そこは友人として信じてくれよ」
卒業式の前に自分は何を口走っているのだろうか、そんな微妙な思いに駆られながらも、高校生として数少ない日常を感じる繋がりであった彼らとの会話に、ひとつの区切りがつけられると思うと、一縷の切なさすら感じた。
「ったく、お前にそんなふうに言われたら信じるしかねえじゃねか」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「よーし、じゃあ2つ目の話題だが…ぶっちゃけお前と姫島さんってどこまで行った?」
「少しでも感慨深くなった俺の気持ちを返せ!」
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数時間後、在校生と保護者の拍手のもとで卒業生は体育館に入場していく。保護者席を見れば、両親が涙で目を滲ませている様子が見えた。リアスの父は喜々としてカメラを回しており、隣ではヴェネラナが穏やかな笑顔をしている。近くにはサーゼクスの代わりに来ていたグレイフィアとミリキャスもおり、リアスの旅立ちを見守っている。バラキエルは周りの目も気にせずに号泣しており、デジカメをしっかりと朱乃に向けていた。
国家と校歌の斉唱、卒業証書の授与、在校生代表として現生徒会長であるゼノヴィアからの送辞…式は順調に進行しており、その度に卒業への実感が湧いてきた。多くの人が見送ってくれる、それがどれだけ幸せなのかを実感していた。同時に彼を救ってくれた相棒のことを…。
そして卒業生の答辞として、代表であるソーナが読み上げる。
『この3年間で、私たちは様々な出会いと…別れを体験しました。ここで様々な方と出会った経験は、きっとこれからの私たちにとって掛け替えのない思い出となるでしょう。そして、別れた人たちとも…別れた人たちとも、いずれ必ず会えると信じて、前に進んでいきたいと思います。再会したときに成長した自分を見せることが、何よりも大事なことだと信じています。───以上、3年生代表、支取蒼那』
多くの人に囲まれている幸せを実感するほど、オリ主にとってはどうしても気になることがあります。