D×D 悪魔の兄弟   作:水飴トンボ

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全力で打ち合った結果はこうなりました。


第216話 悪魔の兄弟

 龍魔状態を解除した大一は膝をついて、自分の身体から地面へと滴り落ちる血を見る。この1年の自分にとっては珍しいことでも無かったが、全身がきしむように痛み、おびただしい血の量を見ると生きていることが不思議にも思えた。

 小さな呼吸をしながらもまるで動かない様子の持ち主にシャドウは心配そうに声を上げる。

 

『とりあえず内部の傷は塞いだけど…よくもまあ、ここまで酷くやられたのに…』

「…ああ、生きている」

 

 蚊の鳴くような声で反応した大一は、よろめきながらも立ち上がる。幸い脚の方はまだ動き、少しふらついた足取りで岩壁にたたきつけられたサザージュへと向かっていく。相手の鎧は半分以上が砕かれており、胸部の赤い宝玉にもヒビが入っていた。むき出しとなった顔は、大一と同様に血に濡れており、わずかな呼吸が聞こえなければ死んだようにしか見えなかった。

 小さく咳き込むとサザージュはわずかに顔を上げて、恨めしそうな目で睨みつける。

 

「俺を生かしたのか…」

「そんな器用なこと出来るか。全力で戦って、それでも打ち倒せなかっただけだ。それよりもあの装置を止める方法をすぐに教えろ」

 

 完全に骨が折れた左腕をシャドウで固定しながら、天井に埋め込まれている宝石を指さす。まず何よりも優先するべきことは、あの装置が作動して「異界の魔力」を除いた力が消えることを阻止することであった。

 

「…そんなものはない」

「そんなバカな…!」

「いや本当だ。もっともそれは今すぐに止められないだけだがな。起動させずに数十年と放置していれば力は弱まっていき、やがて無意味なものへとなっていく」

「つまりこのまま放置することが正解…いやそもそも起動させていないことが前提か」

「起動はさせていない。全てを終えてから行うつもりだった。お前を仲間に入れてから…」

 

 自嘲的な笑みを浮かべるサザージュの視線は大一の身体を支えるシャドウへと向けられる。

 

「腕も脚もさっきの攻撃で動かない。俺には支えてくれる奴がいなかった」

「そんなことは無いだろう。一緒に戦ってきたクリフォトの仲間だっていたはずだ」

「たしかに俺が独自で集めた彼らは仲間だ。しかし全員、お前たちに負けて散っていった。それに他にも助けてくれる人たちはいた。でもな、この長い年月で失い続けてきたんだよ。だから似た境遇のお前を仲間にしたかった…」

 

 ひとりで全てを背負ってきたという想いはサザージュには無かった。地獄のような日々でこそあったが、その中でも親切を受けてきたことがあったのは否定しない。

 しかしそれ以上の苦しい年月と失い続けてきた事実が、彼の野望を積み上げてきた。併せて今回の一件で力を貸してくれた「異界の地」のメンバーには相応の感情は抱いており、彼らに報いるという意味でも後には引けなかった。

 

「命がけの俺が勝てなかった。まだまだ甘かったってことか…」

「お前は強かった。あの勝負は紙一重のものだと思っている」

「ハッ…ずいぶんテロリストである俺に優しくするんだな」

「敵でも分かり合うために戦う、この1年で学んだことだ。俺は冥界での悲しみを減らしたいんだよ。それは戦っている相手も含まれるんだ」

「高尚なことだ…絶望しなかった奴の差というものかね…」

 

 サザージュの呼吸が荒くなっていく。生命力も徐々に弱まっていることに気づくと、大一は通信用の魔法陣を展開させた。

 

「お前は死なせない。いろいろ訊きたいこともあるからな。今から人を呼んで治療を受けさせる。というか、模造品のフェニックスの涙とか無いのか?」

「フェニックスの涙ねえ…あれは意味をなさない…。おそらく完全な融合を果たしたお前にもな」

「どういう意味だ?」

「さっきも言ったが、ノロやディオーグはこの世界の理から外れた奴らだ。そのせいか、英雄派の魔人化のように、涙の回復を受け付けないんだよ。『異界の魔力』を持っている奴らも同様だ。自己回復力は上がるようだがな」

 

 サザージュの吐き捨てるような答えに、大一は1月近く前に倒したギガンのことを思いだす。彼を相手に勝利した後に身体を調べた際に、ニーズヘッグのようにフェニックスの涙を持っていなかった。さらに捕らえられてからも驚異的な回復力を踏まえれば、彼の言葉は真実だろう。おそらくその影響は自分にも…。

 

「もっとも、今の俺は死にかけている。いくら回復力が上がっていても、このまま放置されば死ぬな」

「だったら、尚さらだ。すぐに人を呼ぶ」

「お前にとってそれは悪手だと思うぞ。このまま俺を死なせた方が都合いい」

「ふざけている場合か」

「本気だよ。この場所は俺が長年にわたって研究してきた成果があるんだ。そして誰にも知られていないと自信を持って言える。そこに複数の人が来れば、どうあがいてもここにある情報が漏洩するリスクは高まるだろう。これほどの特殊な力や装置を各勢力が見逃すと思うか」

 

 血に濡れた顔はリゼヴィムのような悪辣さを感じられた。しかし彼の指摘は正しいだろう。異世界の知識、異界の魔力関連、クリフォトの神器やトライヘキサ、オーフィスの研究成果など、ここにはサザージュが積み上げてきた特別な成果が存在していた。3大勢力がこれを適切に管理するなど確証も無い。今では規模が大きくなりすぎている上に、神との交流の中で情報の流出も考えられるだろう。そもそも前にグレイフィアが指摘していたように、今はあらゆる力が注目される時代なのだ。

 

「万全を期すなら俺を死なせておくべきだ。なぜなら装置の起動スイッチはまだ手元にあるのだからな」

「どこにある?」

「この鎧の宝玉さ。しかしこの宝玉は特殊でな。俺の命と直結している」

 

 小さく笑うサザージュに対して、大一は渋い表情をする。口からは煮え切らない感情を乗せた声がにじみ出た。

 

「どこまで自分を軽く見ているんだ、お前は…」

「命をかけると言っただろう?この装置にはどうしても生命力が必要だった。だから俺の命と繋げることにしたんだよ。そもそも無角に結界の鍵を任せたのも、この起動装置を調整するためのテストだった。あいつは自分から進んでやってくれたがな」

 

 目の前にいる男に、大一は腹立たしい気持ちが湧いていた。まったく後悔も無く、本気で行っている。その覚悟と信念は褒められたものかもしれない。

 しかし納得できる道理は無かった。己の命を軽んじる選択が悲しみを生んできたのを、何度も見てきた。サーゼクスや炎駒、アザゼルといった恩師たち、相棒であったディオーグ…彼らの顔が浮かんだ瞬間、すぐにその想いを振り払った。

 彼らは世界を守るために、大切な人のために命を懸けた。そこに己の命を軽んじるような無鉄砲さは感じられなかった。むしろ目の前の男が感じているのは…。

 

「さてお前が取るべき道はふたつにひとつだ。俺がこのまま死んでいくのを見るか、それともこの宝玉を破壊して止めを刺すか」

『手を出さなくても死ぬなら放っておくだけだ!』

「それが簡単にはいかない。先ほど装置は放っておくことで無力化すると言ったが、それは完全では無いんだよ。装置内にある魔力を少しずつ抜いていくことで無力化する。しかし当然、下手に装置自体を攻撃すれば暴発の可能性がある」

「…なるほど、お前の胸の宝玉は魔力も共有している。これを壊すことで、中の魔力が少しずつ抜けていくということか」

「正解だ。そして俺が死んだ瞬間、力が逆流して装置は起動するのさ」

『リゼヴィムと同じ手を使いやがって…!』

 

 シャドウは歯ぎしりでも聞こえてきそうな雰囲気で言葉を紡ぐ。ことごとく相手の策略にはまり、上手くいかないこの状況に本気の怒りを感じていた。この神器としては、死の間際に立っても余裕の表情を崩さないこの男の心を読むことは出来なかった。

 宝玉を壊して装置を無力化しつつ相手の命を奪うか、相手が力尽きて死ぬのを待って野望が果たされるのを待つか、そのどちらかしか無いのだ。

 

「結局のところ、俺も血を争えないのかね。あいつと同じように非情な手段を取ってしまう」

『この外道野郎が!これ以上、僕の相棒に重荷を背負わせるな!』

「何度でも言えば良い。さあ、兵藤大一よ。決めるのはお前だ」

 

 挑戦的な視線に、大一はまるで動じなかった。シャドウで身体を支えながらも、精神的には動揺を感じていない。

 間もなく小さく嘆息した彼は、黒く染め上げた錨を創り出すとシャドウに支えられながら左手に持つ。そしてその切っ先を敵の胸部にある宝玉へと向けた。

 

「俺にとって大切な人たちが生きる世界だ。そこを混乱に陥れるわけにいかない」

「当然の判断だ。敵である俺に都合の良い選択を取る道理はない。さあ、終わらせようか」

「…しかしお前が歩んできた道を、俺は評価したいと思う。地獄のような日々を耐え抜き、偉大な野望を計画し、特別な存在を超えるために弛まぬ努力をしてきた。お前は本当に頑張った」

 

 世界を大きく変えようとした敵に対して、あまりにも穏やかな声であった。その様子にシャドウは驚き、サザージュも不意を突かれたようにキョトンとした表情になる。間もなく発せられた相手の声は無意識に震えていた。

 

「…なんのつもりだ」

「ただの本心を伝えただけだ。自分の無力さを感じ必死に頑張っている、お前ほどの男ならそれを心のどこかで自覚しているはずだ。お前ほどではないが、俺も同じような経験がある」

 

 サザージュの命を懸けようとする無鉄砲な危険性は、かつての自分を思い出させた。己の実力に自信を持てず、それを弱さだと思って必死に隠し続けて、埋めるために血のにじむような努力を重ねる。かつてシャドウに憑りつかれる前の自分自身と重ね合わせていた。

 それゆえに相手がどれだけ隠そうとしても、大一にはその苦しみが見えてくるようであった。そして朱乃がかつて自分に伝えてくれたように、その姿を見ている自分も胸が締め付けられるような悲しみを抱いた。

 同じ苦しみを知っているからこそ、それを受け止めて伝えたかったのだ。頑張ったのだから自分を認めていいのだと。かつて自分が仲間達に受けたことを、同じような境遇の男に行ったのだ。

 これに対してサザージュは何も言わずに、ただ息をのむだけであった。しかし目に見えない何かがハッキリと繋がっていることを実感していた。

 やがて大一と同じように息を吐くと、ゆっくりと話し始める。

 

「…世界は終わるかもしれないぞ。兵藤一誠も、ヴァ―リ・ルシファーも、あいつらにはあらゆる存在が味方をする。いずれ誰も止められなくなる」

「あいつらは平穏を望んでいる」

「たとえそうだとしても、特別な力を持っているんだ。必ず嵐を巻き起こし、その渦中にいるだろう。ただ火の粉を振り払っているつもりが、実際はより大きな力で圧倒するしかないだろうさ。力や名声が集中するのは恐ろしい。仮にそういった意図が無かったとしても、弱者やはみ出し者が苦しむんだ」

「もし…そうなったら、俺が2人の前に立ちはだかる。たとえ世界を敵に回すことになってもな」

 

 大一の落ち着いていながらも芯の通った訴えは、サザージュの心を震わせた。それを確認するかのように、彼は精一杯の声を振り絞り問う。

 

「お前がそこまでする理由はなんだ?」

「俺は一誠の兄で、あいつを超えると決心している。それだけじゃ不十分か?」

「…いや、十分だ。兄弟というのは…そういう想いを抱いてもおかしくないからな…。あのファンレターだって内容自体は…本気だったさ。お前が…戦うのを…活躍するの望んでいたのも…」

 

 サザージュの呼吸が弱くなっていく。生命力ももはや風前の灯火であった。後悔だらけの人生であった。長く苦しい日々と野望を果たせなかった哀しみ、それらが消え去ることは無い。目にはどんどん涙がたまっていくのも至極当然だ。しかしその涙は奇妙なほど熱く、不思議な感情をもたらした。彼は最後に訴えるような目で、大一の姿をしっかりと捉えた。

 互いの視線が空中でかちりと合うと、大一は意を決して錨を振り上げる。

 

「さよならだ、サザージュ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 まるで何かに揺り動かされたような気分で朱乃は目を覚ました。ベッドの近くに置いてある時計を見ると、まだ3時半を回ったところで、気持ちよく目覚めるような朝とは程遠い時間帯であった。

 瞼は重く、卒業式でのお祝い続きの疲労もあって再び眠りにつこうとしたが、ひとりにしては広々とした感覚を抱くベッドの状況に、彼女は身体を起こす方を選択した。

 

「…大一?」

 

 隣でいつも寝ているはずの傷だらけの恋人はいなかった。もともと家の中の誰よりも早起きである彼だが、それにしても早すぎる。そもそも卒業式とそのお祝いで心身ともに疲れていてもおかしくないのに、もぬけの殻であることには違和感しかなかった。

 一縷の不安を抱いた朱乃はベッドから降りると、ガウンを羽織って部屋を出ていく。すぐに魔力を感知して、彼の居場所を探った。彼や小猫ほどではないが、家の中を感知して居場所を特定する程度であれば簡単であった。

 間もなく地下の転移部屋にいることが分かると、彼女の不安はさらに大きくなる。家の中にいたことはよかったが、これからどこかに行こうとしていたのだろうか。それともすでに終わらせてきたのだろうか。またもや彼は何も言わずに事を成そうとしたのだろうか。

 様々な憶測と心配が頭の中で飛び交いながらも、彼女は地下の転移部屋へとたどり着いた。扉を開けると、そこには壁に寄りかかった状態で座り込んでいる大一の姿があった。

 ハッと息をのむと、急いで駆け寄る。身体のいたる箇所に傷と血があり、残っていた左腕は不自然に曲がっているように見えた。それでも小さく寝息を立てて、眠っていることには胸をなでおろすような想いであった。

 ひとまず安心した彼女は肩を揺さぶって彼を起こそうとする。

 

「…大一、起きて」

「んぐ…あー…ここは…朱乃?どうしてここに?」

「それはこっちのセリフよ。なにがあったの?」

「えーっと…ああ、そうか。戻ってから、そのまま寝てしまったのか」

「また隠し事をして、ひとりで戦っている…」

「今回はいろいろあったんだ。…説明はするよ。でも今は眠らせて欲しい」

 

 ふらつきながら立つ大一に、朱乃は肩を貸す。彼がディオーグと融合してから相当な強さを得たことは知っていたため、これほどの手傷を負っていることには驚きを感じた。

 

「ねえ、傷の手当てをしましょう。アーシアちゃんを起こすわ」

「いや、そこまではいい。ただ一緒にいて欲しい。今日は…疲れた…」

 




次あたりが潮時ですかね。
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