ある日の昼下がり、大一は朱乃と2人で彼女が淹れた紅茶を飲んでいた。一誠達は春休みまであと数日の学校、リアスは冥界でグレイフィアに会いに行き、父は仕事、母も買い物に出かけていたため、多くの人がいるのが当たり前のこの家では珍しく2人だけであった。
「美味いな、この紅茶」
「あらあら、珍しくお世辞を言っても何も無いわよ。それともご機嫌取り?」
「今さら、そんなことをする仲じゃないだろうに」
「いいじゃない。こういうやり取りも久しぶりで楽しいもの」
ほんのりとS気のある微笑みの朱乃に対して、大一は淡々と反応する。以前は珍しくないやり取りであったが、ここ最近はめっきり減った軽口であった。それゆえに一種の快適さを感じられる。
とろんとした穏やかな空気は心地よかったが、春休みが始まれば卒業旅行の予定だ。仲間全員で行く弾丸ツアーでかなりスケジュールが詰まっていた。そしてそれが終われば、アザゼル杯の開催だ。これからの忙しさや常に仲間達と一緒にいることを思えば、このような2人だけの時間は貴重であるのは間違いない。
しかしそのような時間を打ち破るような発言を、珍しく朱乃の方から切り出した。
「ねえ、なにか隠していることない?」
「藪から棒にどうしたんだ?」
「数日前の話に納得していないだけよ」
肩をすくめながら朱乃はさらりと答えるが、その割には声のトーンは不信感に塗れていた。
サザージュとの戦いの後、家に戻ってきた大一は朱乃から魔力を流し込んでもらい、回復していった。朝には完全とまではいかないが、アーシアの治療がそこまで必要ないほどまで回復していた。異界の魔力を得たことによる回復力が影響しているのだろう。
しかしそれで話が終わるわけが無い。夜中にひとりで抜け出して向かったことに、仲間達が納得するわけもなかった。
そこで彼はサザージュと戦ったことを話した。しかし詳細はほとんど伏せており、彼がディオーグを封印したノロという人物と融合したこと、「異界の地」の真実、リゼヴィムの義弟であること、これらは一切口外しなかった。真実が大衆の目にさらされて力を利用されることを、彼が危惧していたように、その意志をくみ取ってあの洞窟は放置することにしていた。あの危険性を踏まえれば、長い時間をかけて装置を無力化し朽ちていくべきなのだ。
あくまでクリフォトの残党が最後の戦いとして挑んできた設定で説明したのだが、その時点では仲間達は信用したように思えた。しかし…
「あなたの様子がどこかおかしいと思ったの。雰囲気というか気迫というか…」
目を細めながらつぶやく朱乃に、大一は頭を掻く。彼女に隠し事など無意味なことなど知っていたはずなのに、自分の甘さを呪いたくなった。
しかし今回の一件は、全てを明かすのはためらわれる内容であった。彼女を、もっと言えば仲間達を信用していないわけではない。それでもこの情報の漏洩は絶対に避けるべきなのだ。
彼女を相手にごまかすのは不可能だと考えた大一は、カップのお茶を一口すすって気持ちを落ち着けると、決心した様子で言葉を紡ぐ。
「たしかに隠し事はある。それでも伝えることは出来ない」
「私でも?」
「朱乃でもだ。もしもの時を思えば…」
全てをひけらかさないのは、「異界の魔力」の利用を防ぐだけではなかった。敵であっても最後に分かり合えたサザージュへの手向け、そして彼との約束が仲間達への告白を踏みとどまらせていた。
そんな彼の様子を見て、朱乃は両手に持つカップにわずかに力を入れる。
「…私たちは『アザゼル杯』に出るけど、あなたはこれからどうするの?」
「すでにアジュカ様含めた上役から命令を受ける立場になっている。これまで通り、身分は明らかにしていないけど。直属の密偵みたいなものだって言われたな」
「そういうことを知りたいんじゃないけど…」
朱乃は小さくため息をつく。傍から見れば儚げで色気に溢れていたが、その心情は薄暗かった。共にリアスを支え続けたもっとも信頼する仲間だ。そして恋仲になるほどの関係に発展した。幸せを実感していたが、同時に不安を加速的に掻き立てていた。あっという間に遠く、まったく違う道に歩もうとしている。そんな彼を今後もずっと見続けることになるのだろうか。
彼女の気持ちが伝染でもしたかのように、どこか雁字搦めのような空気になっていく。せっかくの穏やかな時間を、どうして自分で壊すような真似をしたのか、すでに後悔していた。
その一方で大一はあまり動じた様子は無く、ただ静かに言葉を紡いだ。
「なあ、朱乃。俺は今後も心配させると思う」
「ええ、今回の一件で確信した…」
「下手したら、もっと大変な状況になるかもしれない」
「あなたが相手なら驚きもしないわ。悲しいことを見たくないからって命を懸ける…自分勝手なんだから…」
「言う通りだよ。俺の命は、俺自身よりも大切な人たちのために使いたい。その想いは変わらないし、変えちゃいけないと思ってる。たとえそれで、朱乃を悲しませることになってもだ」
「本当にバカなんだから…」
朱乃は疲れたようにため息をつくと、カップに残ったお茶を一気に飲み干す。そのまま立ち上がるとカップを片付けるために台所へと向かっていった。少しでも動かないとこの疲れた感情を鎮静化できなかった。
すると大一も彼女の隣に立ち、紅茶を飲み干したカップを流し台に置く。
「ごめん。俺はこれからもあなたを悲しませると思う」
「まだその話を続けるつもり?私は…」
「最後まで聞いてほしい。それでも朱乃には特別な感情を抱いているんだ。だから…せめてあなたが感じた悲しみを遥かに超えるくらい、あなたを本気で愛することを誓う。それこそ一生をかけるくらいに」
「ッ!?」
大一の言葉に、朱乃はすぐに反応できなかった。しかしその突然の告白は間違いなく彼女の心を揺さぶっていた。熱い涙が目にたまっていく。先ほどの切なさが燃えるような愛に変わっていく。彼への積み上げてきた信頼と愛情が、それを間違いないものであることを告げていた。
朱乃は顔を真っ赤に染めてうつむきながら、小刻みに震える唇を開いた。
「…どうしてこのタイミングで言ったの?」
「えっと…今は俺らだけしかいないし…」
「だって雰囲気づくりは、イッセーくんと違って最高とは言い難いじゃない」
「それは悪かったって。でも伝えたかったんだよ。俺もいろいろあったからさ…」
「いろいろねぇ…」
少し気恥ずかしそうに大一は視線を逸らす。先日の一誠の告白、バラキエルからの指摘、そしてディオーグが残した言葉…あらゆる事象が、かねてより常に心のどこかで抱いていた想いを伝えることを後押ししていた。そこにはある意味、彼らしい自分勝手さが込められていた。
一方で朱乃は瞑目して深呼吸をすると、洗おうとしていたカップを置いて、横に立つ大一にしなだれかかる。なんだかんだで、最終的にいつも約束を守る彼を何度も見てきた。だから自分も信頼しているし、そんな彼を愛しているのだ。それを踏まえれば、彼女の答えは決まっていた。
「不器用なんだから…。でも、そんなあなたが好きなの。一緒に生きましょう。そしてリアス達よりも幸せにね」
「だから張り合う必要無いだろうに」
「あらあら、いいじゃない。少なくとも私は今までで1番の幸せを噛みしめているわ」
「俺もだよ」
2人は肩を並べながら、洗い物を始めていく。弟と親友とは違って2人以外の誰も知らないこの告白は、お互いのささやかながらも未来を期待させる幸せを胸の内に宿していた。
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4月半ばを過ぎた頃、魔王領土にある巨大なスタジアムの一室に、大一は脚を運んでいた。「アザゼル杯」のために新たに建設された施設、その大きさは東京ドーム10個分の広さに匹敵していた。
この日は「アザゼル杯」の開会式、すでに観客席は満員であり、上空ではメディアのヘリコプターが飛んで撮影を始めていた。その映像は冥界だけでなく、各勢力にも映されているのだろう。
『既定の護衛の数合わせで呼ばれるとは雑用じゃないか。なんでこんな道楽どもに付き合わなければ…』
(シャドウ、口が過ぎるぞ。これも仕事だ)
大一がいた部屋には上役の悪魔達が集まっており、ガラス張りの透明な壁からフィールドに集まるメンバーを眺められた。悪魔や天使、堕天使、妖怪や魔物の類、中には神クラスまでチラホラと見られて、その規模の大きさを改めて実感させられた。
ちょうど一誠が使い魔であるスキーズブラズニルからチームメンバーたちと共に、フィールドに降り立つのが見えた。それだけでもリアス達やサイラオーグなど彼の周囲に人が集まり、部屋にいる上役たちも興味深そうに盛り上がっていた。
『おうおう、相変わらずの大盛況なことで』
(…グレイフィアさんはさすがにいないな)
一誠の周囲に目を凝らしながら見まわし、頭の中でつぶやく。一誠のチームに「女王」としてチームに参戦している「ビナー・レスザン」、その正体がグレイフィアであることを大一は本人から聞いていた。彼女なりに経験の浅い一誠へのサポートへと向かうことを決めたようだ。この事実だけでもシャドウが、喚くはめになったのだが。
もっとも驚くべきは一誠だけのチームではない。リアスの方もチームメンバーとして入れたヴァレリーやフリードの関係者であるリント・セルゼン、さらにミスター・ブラックと名乗っている謎の存在も、クロウ・クルワッハであることを知っていた。
他にも名高い実力者や今後を期待されるような新人が集まっている。まさにアジュカ達の狙い通り、強者を発掘するための大会へと成っているのは間違いないだろう。そして当然のように、互いに強者との戦いに滾らせている節があった。
そしてこの大会に参加しない大一も、似たような感情を抱いていた。
(いずれ彼らにも勝てるような仲間を集めなければいけないかもな)
『実際、どうかねえ。そんなすごい奴がいるものか…』
(俺は世界を全て知らないんだ。どこかに必ずいると思いたい。そういう仲間達も集めなければ…俺はあそこに集まる人たちに勝てない)
サザージュに止めを刺す間際に交わした決意は、大一の中で金剛石のような盤石さを保っていた。ギラギラとした強さへの執着は、視界に入る強者たちにも劣らないだろうとシャドウは思っている。
それゆえに一種の危うさも感じられた。ずぶずぶと日陰へと進んでいく彼が、いずれ心も化け物になるのではないかと。シャドウは頭の中で真剣な声と共に忠告する。
『なあ、大一。キミがこれから歩んでいく道は、皆から期待と称賛を受けるような王道じゃない。理から外れた日の当たらない影の道だ。それは決して簡単なものじゃない。だから…無理はするなよ。サザージュの話していた「弱者」のことを放っておくことも出来るんだよ。それに告白だって上手くいったんだ。キミはもっと幸せになる権利はあるんだよ』
(シャドウ、俺はあいつらと敵対するわけじゃないんだ。それでもいざという時に、一誠達の前に壁としていられるくらい強くなければ意味がないだろう?ならば、少しは無理しなくちゃな)
相棒の忠告に、大一は瞑目しながら答える。彼にとって仲間達は今もかけがえのない特別な存在であった。そんな彼らをないがしろにするつもりは毛頭なかった。
それでも自分と似た、そして自分以上の境遇を背負っていたサザージュの悲しみに直面していながら、見て見ぬふりなど出来るはずも無かった。
だからこそ、もし彼が危惧していたようなことが起こった場合、それを止める存在として、同時に分かりあうためにも戦うことを決意していた。
(それにさ、ちょっと恥ずかしいけど昂っている自分もいるんだよな)
『どういうこと?』
(いずれ一誠を超えようと思うと、そんな気分になっていくんだ)
兵藤大一にとって、弟である一誠は守る対象であるのと同時に、絶対に負けたくない相手でもあった。何度も見せてきた勢いと奇跡の数々、この1年の輝かしい経歴、無意識のうちに彼の中では弟は特別な存在で勝てない相手だと思っていた。
しかし例の一件は、兄である彼は心のどこかに燻って残っていたその想いを、再び燃え上がらせていた。ヴァ―リが、祐斗が、サイラオーグが、曹操が、彼と全力で戦って勝ちたいと思う前から、ずっと兄としてそんな想いはあったのだ。
『ディオーグみたいだな』
(あいつも強さを求めていたからな。しかしだったら、ちょうどいいじゃないか。グレートレッドやオーフィスとも張り合ったほどの龍と、影の道を知り尽くした神器が相棒としているんだ。希望は十分なほどあるだろう?)
その言葉に、シャドウは小さな安心感を抱いた。かつて自分の苦しみを理解し、戦いしか求めなかったディオーグですら心を許した青年は、着実に成長して未来へと歩んでいるのだと。
相棒との会話に区切りをつけた大一は、目を開いて再び集まっている出場者たちの中に立つ弟へと目を向ける。今はまだ届かないだろう。彼の実力と特別性は、誰もが認めるほどなのだ。それでも兄として、弟に対しての一種のライバル心が輝いていた。
「絶対にお前を超えてやるよ、一誠」
知らない世界がごまんとあった。彼がこの1年を通じて、痛烈に実感したことであった。自分が見てこなかったものはもちろん、目に見えていながら気づかなかったこともある。
それを経験したことで改めて培われた想いは、自然と口から小さく漏れ出した。
これにて最後となります。
今後、ネタがあれば日常話も上げるつもりですが、本筋はこれで最終回です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。