「先輩、今度の休日にデートしましょう」
ある日の朝食終わりに、小猫は真剣な表情で大一に言う。発言内容とギャップのある雰囲気があり、その鋭い目つきを踏まえると、どちらかといえば決闘を申し込まれた方が納得できるような様子であった。
これには大一も少々面くらって気圧されながらも、年上として落ち着いた調子で答える。
「ずいぶん唐突だな」
「むしろだいぶ待った方です。クリフォトの件もようやく一区切りつきました。そろそろ前に話していた『埋め合わせ』をして欲しいんです」
「そういえば、なんだかんだで出来なかったな。よし、じゃあ…えっと…」
言葉を続けるごとに徐々に尻すぼみになり、考え込むように左手を顎に当てる。そんな大一の様子に、小猫は少なからず不快感を抱いた。
「…なんですか、その反応。もしかして不服ですか?」
「いやそうじゃなくて、埋め合わせっていろいろなところで使っていたから…えっと…クリスマスは年明け前に行ったし…」
「アウロス学園のお風呂の件です。結局、一緒に入ってくれなかったですから」
「いやあれって埋め合わせとして約束みたいなものしていたか?」
「約束…守ってくれないんですか?」
思い出そうとする大一に、小猫は上目遣いで儚げに問う。実際のところ、彼女も約束などしてはおらず、学園の件は適当な口実に過ぎなかった。これに彼の約束を守る変に生真面目な性格を利用しているものも重々承知していた。
それでも彼の卒業前に1度くらい2人きりでデートをしてみたかった。学生としてのささやかな願い、思慕を抱く先輩との大切な時間を求めた。
小猫の柔らかな可愛らしさに、大一はうろたえつつ少し恥ずかしそうに頭を掻く。
「…どこ行きたい?」
彼の問いに、小猫は心の中でガッツポーズをする。彼の口から出てきた言葉は、彼女にとって勝利を告げられたようなものであった。
同時に身体の中に煮立ったお湯が流れ込むかのような熱さを感じる。いざ承諾されると緊張の方が彼女を支配していたのだ。
言葉に詰まりつつ、出来るだけ冷静を装いながら小猫は小さく答える。
「えっと…当日に答えるでもいいですか?」
「じゃあ、時間だけ決めるか」
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約束の日、早朝から小猫はいつもの無愛想な雰囲気に、緊張感を丁寧に包みながら部屋にある鏡の前で服装をチェックしていた。ピンクのニットにロングスカート、黒のパンストも身に着けている。まだ寒さもあるから、この上に小さめのコートも羽織るつもりだ。身長と動きやすさに合わせると可愛さと足の露出が優先されがちな彼女にしては、出来るだけ露出を抑えた衣服は、それなりに大人っぽく見えるのではないかと思っていた。ロスヴァイセのような身長があれば、もっと相応のコーディネイトが出来たのではないかと思うと、同時にため息も出したくなるのだが。
(イッセー先輩みたいであれば分かりやすいんですけど)
心の中で小さく愚痴をこぼしつつ、彼女は大一が待っている玄関へと向かう。その間にも彼がどのように自分を見てくれるかを期待半分、心配半分で心をざわつかせていた。
間もなく、玄関に立っていた大一の姿を確認する。右腕には義手を装着しており、左半身はディオーグとの融合で火傷を負ったような酷さだ。それでも持ち前の長身はロングコートにマッチしており、顔を隠すための伊達メガネもいつもと違った雰囲気を醸し出していた。
「お、小猫。準備いいか?」
「大丈夫です。お待たせしました」
「待ってないよ。しかしお前にしては珍しい雰囲気だな」
「に、似合ってませんか?」
「いや、綺麗だと思うよ」
さらりと答える大一に、小猫は約束を取り付けた時同様に胸を昂らせる。頭の中では惚れた相手に相応しいように大人っぽくと繰り返し言い聞かせるが、それでも油断すれば嬉しさと恥ずかしさが同時に襲ってきそうであった。
話もそこそこに2人は家を出る。いまだに向かう先は決めておらず、なんとなく駅へと足を運んでいた。いよいよデートの始まりであったが、小猫は早々に気にかけていた疑問をぶつけた。
「先輩、よく朱乃さんにお許しを受けましたね。それとも秘密にしていたんですか?」
「言い方が…そもそもバレないようにする方が不可能だろう。特に何も言われなかったよ」
実際、大一の言葉通り、朱乃はこの件に対しては口出しなどしなかった。すでにハーレムに関して容認している彼女は正妻的余裕を抱いており、今さら彼が小猫とデートすることに目くじらを立てはしなかった。親友であるリアスの態度を見習っている節もあったのだろう。もっともそれを埋め合わせるかのように、その話を聞いてから毎晩寝る前の甘えは激しかったのだが。小猫もそのあたりは察していたが、これ以上は口を出さなかった。
「しかしごめんな。デートなのにこの姿で」
「この前も言いましたけど、先輩がその姿であっても私は気にしません。むしろ準備をかけられて、少しでも一緒にいる時間が減る方が嫌です」
「お前…かなり恥ずかしいことを口走っているぞ」
「私も成長しているんです」
いまいち答えとしては的を射ていない答えに大一が眉を上げる一方で、小猫にとってはこの発言はある種の気合い入れであった。ただ一緒に出掛けるだけではあるが、大一が卒業する前に少しでも関係を進展させたい。そんな想いが渦巻いていた。
小猫は闘争心めいた好意を燃やし、大一はそれにまるで気づかず、駅を経由して少し離れた街へと出向く。彼の思わず振り返るような傷顔とかなり身長差のある男女の組み合わせによって、電車の中で周りから怪訝そうな視線にさらされた。それだけでも駅の入り口付近で2人ともグッと体を伸ばすには充分な理由であった。
始まる前から若干の心労を感じつつ、大一は小猫に問う。
「さてどこに行く?」
「えーっと…映画館とかどうでしょう」
「おっと意外なところが来たな」
「意外ってどういう意味ですか」
「いや、スイーツバイキングとかそういうものが来ると思っていたからさ」
「いつまでも子どもっぽくは無いんです」
「別に子どもっぽいとかじゃないと思うけどな」
「ほら、行きましょう」
半ば引っ張るように小猫は大一の手を掴んで映画館の方に向かっていく。デートの主導権を握っているような気分で彼女は口元に満足そうな小さい笑みを浮かべていた。
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内心喜んでいた小猫も、少々戸惑いを感じていた大一も、数時間後のお昼近くは疲れた様子で近場の喫茶店で休憩していた。体力的にはそこまで問題ないのだが、精神的疲労を感じており2人して温かい飲み物と喫茶店の心地よい環境に癒されていた。
「あの映画じゃなくても良かっただろ…」
「…何事も経験です」
大一の言葉に、小猫はあまり意味のなさない声色で反論する。彼女のリクエストで2人が見た映画は、あまり宣伝されていない恋愛映画であった。内容は決してつまらないわけではないのだが、独特の雰囲気とこれでもかというほど甘い空気感、そして3時間半という長丁場が消耗させていた。
「リサーチ不足だったのは否定できませんが…」
「というか、お前が見るタイプの映画じゃないだろう」
「…失礼ですね。私だって恋愛ものくらい見ますよ」
「ジャンルというよりあの雰囲気がだよ。どちらかといえば、ストーリーとかハッキリしている方が好きだと思っていたけど」
「…否定はしません」
その自覚を示すかのように、小猫は視線を横に逸らす。どこか気まずそうで恥ずかしさも入り混じった表情は、彼女が好意を向ける相手に幾度となく見せていたものであった。
にもかかわらず、今の大一にはなぜか新鮮に感じた。その違和感にすぐに気づくものの、理由まで問われると胸の中で首をひねるのだが。
どこか腑に落ちない感情を抱く一方で、小猫は小さく嘆息して自信なさげに呟いていく。
「…でもああいった映画を見るのも大人っぽいと思ったんです」
「そういえば映画前にも子どもっぽいとか言っていたな?そんなに重要と思えないが」
「だって…先輩に似合うような女性に…」
小猫は半ば落ち込むように肩を落とす。自分以外に大一に好意を抱いている人物は、思いつく限り3人だ。いずれもスタイルがよく、大人っぽさに満ち溢れている。自分ともっとも年齢が近い朱乃ですら成熟した妖艶さと余裕が感じられる。それこそ長身となまじ大人の立場に慣れた彼との組み合わせは抜群であった。
対する自分は小柄であり、他の女性よりも子どもっぽさが目立つ。高校生どころか小学生とまで勘違いされることも少なくない。同い年のレイヴェルは自分よりも淑女としてしっかりしており、年相応かつ成長も見込まれるような体型なのも焦燥を掻き立てられる。
あと1か月もしないうちに彼は卒業だ。一足先に大人になっていく相手の横に並びたくて、今回のデートで彼女なりに釣り合うように背伸びをしていた。もちろん空回りしがちな状態であるのは、本人が認めるところであったが。
「…難しいです」
自分に向けるようにポツリと呟く。どうもモヤモヤが晴れず、せっかくのデートも出鼻をくじかれた気持ちであった。
そんな小猫を前に、大一は左手でコーヒーカップを持ち中身を一口飲むと、いつもの調子の声色で話す。
「なあ、小猫。ワガママ言っていいか?」
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約1時間後、2人はそば屋にいた。店内にはそれなりに人がいたが耳につくような騒がしさはなく、そばをすする音が小気味よく聞こえていた。
「近くを通る際に気にはなっていたけど、なかなか行けなかったんだよな。まさか小猫も知っている店だったとは」
「はあ…」
喜々として割り箸を手に取る大一に対して、小猫は困惑を隠さずに答える。テーブルには注文した天ぷらそばが湯気を立てており、出汁の香りと昼食の時間帯が空腹を刺激させていたが、彼女としては珍しく煮え切らない感情の方が先行していた。
「そばも最近、食べていなかったからな。このサイズでワンコインなのも嬉しい。さっそく食べよう」
「あの…その前に…私の知っているお店で食べ歩きしたいって本気ですか?」
小猫が目を細めながら問う。大一が彼女に提案したワガママとはいたってシンプルなもので、彼女が知っている店を紹介してもらい食べ歩きをしていくというものであった。最初は彼の好物であるそばを選んだが、この後は小猫の方でどんどん教えていく予定だ。加えて、支払いは割り勘にするというおまけつきだ。
「デートで嘘をつく理由もないだろう」
「もちろんそうなんですけど…」
気をつかわれている、小猫の頭にはそんな言葉がよぎった。自分の好みを仲間達はみんな知っているし、さすがに背伸びしているのも見透かされている自覚はあった。だから彼は自分の好みに合わせたデートプランを提案したのだろう。
いまだに妹分として扱われているのだろうか。同等に横に立っている感覚が抱けなかった。
しかしそんな彼女のネガティブな思いとは裏腹に、彼はあっけらかんとした様子で答える。
「どうもディオーグと融合してから前よりも腹が減るようになってな。別に魔力とかに問題あるわけじゃないんだけど、燃費は悪くなったよ」
なにかを思うかのように彼は左の頬を撫でる。一瞬、目の焦点がずっと遠くへと向けられたような気がしたが、その眼はすぐに小猫へと戻っていた。
「なかなか外出先で気兼ねなくご飯を一緒に食べられる相手っていなくてさ」
「言えば良いじゃないですか。別に隠すことでも無いでしょう」
「恥ずかしい話だが、俺にも見栄があるんだ。安いものだけど、今のような立場じゃ吐き出すことも一苦労なほどのものが。それに今後を考えれば、気をつけるに越したことはない」
自嘲的に吐き出しつつ、彼は肩をすくめる。仲間達に気をつかい、もろもろ溜め込むような悪い方向に生真面目な面がある男だ。さらに今後は冥界の上層部の部下として働くことにもなっている。これまでとは、また違った責任やしがらみが絡みつき立ち振る舞いもさらに気をつける必要があるだろう。
「前よりも大人でいなければいけない。そう思うと、一緒に笑って楽しんで…そういう気兼ねない相手がいるのは嬉しいんだ」
彼がこれまでとは違った道を見据えていることを理解すると、ワガママを吐き出してくれたことが小猫にとって温かい感覚をもたらした。心地よさがじんわりと染み込んでいく。彼の横にいるような同等な関係性、そこにはすでに立っていた。それを実感するだけで口元に笑みがこぼれていく。
「…でもまだ先輩の方が上手ですかね」
「なんか言ったか?」
「いえ、なんでも」
小猫も割り箸を取って、そばへと向き合う。顔に当たる湯気が尚のこと心地よかった。そんな彼女の頭の中ではここから自分の好みをどのようにプレゼンして、彼の胃袋を掴んでいくかにシフトしていた。
「先輩、甘い物はどれくらいいけますか?」
「あいつと融合したからなのか、味の好みも少しだけ変わってな。かなり食えるぞ」
「…わかりました。先輩のワガママを全力で聞かせてもらいます」
読み返す時があるのですが、続きも書けるような終わり方したなと思いました。