18、19巻分はこの時期に書いていたらしっくり来たんだろうなと思います。
クリスマスに降った雪がまだ道に残っているような頃、世間はすっかり年末年始の準備で忙しく駆け回っていた。この騒がしさがクリフォトと戦っている「D×D」にとっては、一種の安堵にも繋がっていた。だからこそ特訓にも身が入るし、同時に休息もしっかりと取る気になれる。
とはいえ、世間と同じように仕事の忙しさに追われている人物が「D×D」のメンバーにもいた。
「寒い…」
大一は鼻をすすりながらつぶやく。暖かそうなコートに加えて防寒用のローブも羽織っているのだが、それを無力化するほどの凄まじい寒さが彼の身体を襲っていた。もっとも周辺の光景を踏まえると、当然の状態と言っても過言ではないだろう。周囲は夜でも分かるほど銀世界そのものな深い雪が積もった山風景であり、これで寒さが無い方がありえないのだ。一緒に来た何人かの堕天使の研究員も寒そうに身体を震わせている。
「これはマジでキツイ…前に来た時よりも絶対寒いだろ…!」
(生半可な鍛え方しているからこの程度で弱音を吐くんだよ)
『いやいやいや、これはどう考えても寒いって。悪魔用のローブでもこれだし。まだ風とかが大したことないのが幸いだね』
白い吐息と共に独り言を発する大一に、頭の中で同居人である龍と神器が答える。もはや彼にとっては独り言でも、当たり前のように会話に発展していくこの状態には慣れっこであった。
『こりゃ、安請け合いだぜ。アザゼルは何を考えているんだか…』
「仕事だから仕方ない。オーディン様のところで調査した時は、何も出なかったんだから。まあ、北欧神話でも感知に長けている人はいるはずだからあまり意味はなさない気もするが」
彼らが来たのはヴァ―リチームが先日襲われた山岳地帯であった。天界での襲撃と同時に起こったブルードとギガンを筆頭とした事件、天界への注意を分散させる囮の可能性が高かった。しかしあくまで推測のため、この地周辺は何もなかったことを最低限の保証をしなければならない。リゼヴィムが煉獄で生命の実と知恵の実を回収していたのだから、少しでも不安材料は叩いておかなければならなかった。
そこで最初はオーディン管轄の北欧神話体系が行ったのだが、幸いこれといった問題はなかった。
それでも声を荒げる者はいる。「異界の魔力」の特性がいくらか判明した今、その隠密性の厄介性は不安を掻き立てるには充分であった。そこで同様の魔力を持っており、確実に感知できるはずの人材…つまり大一に白羽の矢が立ったわけである。どうも「D×D」関連はアザゼルのところに話が来やすいようで、堕天使の一部を巻き込んで今回の一件に至ったわけである。魔力の痕跡を探る必要があるため、魔力や魔法で火を起こせないのが厳しかった。
鼻をすする大一に、ひとりの堕天使が近づいてくる。露骨に眉間にしわを寄せているが、それが仕事への苛立ちか寒さによるものなのかは判断がつかなかった。
「さっさと終わらせよう。仕事とはいえ、この寒さは骨身に染みる」
「そうですね。自分も長居はしたくないです」
頷く大一は感知に集中する。せいぜい周辺一帯を歩き回り、何の痕跡も無いことを確認すればいいのだが…
「おい、風が来たぞー!」
「「え?」」
声と同時に猛烈な寒波が大一と先ほどの堕天使の顔に容赦なく襲い掛かる。2人して声にもならない叫びを上げるも、残念ながらまだ仕事は続くのであった。
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14時過ぎになって大一はようやく帰ってきた。ローブ越しでも分かるほど身体を震わせ、鼻をすする頻度は明らかに増えている。
「やっと帰ってこれた…」
歯をガチガチと鳴らしながら、大一は呟く。最悪の寒さと視界に加えて、クリフォトとはまるで関係ないはぐれ悪魔との出会い、さらにはこの小競り合いのおかげで目が覚めた野生の魔物に襲われる等、ことごとく恵まれない仕事内容となってしまった。
この散々な一件のおかげで昼前には終わる予定であったのに遥かに遅れてしまった。仕方のないこととはいえ、愚痴をこぼしたいと思うのも当然だろう。
「まずはご飯…いや熱いお茶…風呂…」
(飯だ飯!俺もそろそろ美味いものが欲しい)
『この際さ、彼女にお願いしたら?』
「いや今日は冥界でリアスさんと別件があったはず…一誠達も年末の買い物あるだろうし…」
別に頭の中で会話できるのに、ぼそりぼそりと言葉を紡ぐ。もはや頭はまともに動いていなかった。
とりあえず部屋に戻り、服を着替えるとリビングへと向かう。そこにあるはずのコタツに向けて足をどんどん進めていくのであった。
すると玄関の扉が開き、ロスヴァイセが現れた。学校でのスーツ姿に仕事用のコートを着用している。
「ただいま戻りました。あれ?大一くん?」
「ロ、ロスヴァイセさんですか…お帰りなさい…一誠達と買い物じゃなかったんですか…」
「私は学校の方でお仕事がありましたので。それよりも大丈夫ですか?いったい何が」
「に、似たようなものですよ…」
さすがに玄関で長々と話すのは避けたかったため、早々にリビングへと向かう。魅惑的な温もりを持つコタツに入り、この冷え切った身体を回復させることこそが彼にとっての最優先事項であった。
しかしコタツにはすでに先客が入っていた。
「お!大一、お帰りにゃん♪」
「ディオーグの宿主、帰ってきた」
「ああ、いたのか…」
着物をはだけさせて相変わらずの色気を振りまいているように見える黒歌と、どこかぼんやりとした印象を受けるオーフィスがコタツに入って暖を取っている。もはやこれすらも見慣れた光景の為、大きな反応は見せずに早々に彼もコタツに入っていく。
じんわりと脚に感じる熱は、冷えきっていた身体の緊張を溶かす。あっという間に活力を取り戻していく身体に呼応するかのように、精神的にも余裕が生まれていく。
「生き返る…!」
「おっと堅物にしては珍しい反応にゃ」
「誰が堅物だ。こっちも色々あったんだよ」
「『D×D』関連のお仕事とは聞いていましたけど、どういうものだったんですか?」
同じように暖を取るロスヴァイセの問いに、大一はありのまま答えていく。出来るだけ愚痴っぽくならないように言葉を選んではいたが、いかんせんここに戻るまで堕天使達も相応に不満を漏らしていたこととコタツに入った時の撤回しようもない安心しきった表情をさらした後では、ロスヴァイセと黒歌もその心労を察するには充分であった。もっともオーフィスの方はまるで気にせずにむしゃむしゃとバナナを頬張っていたのだが。
「どうしても例の魔力への対抗となると、てっとり早いのがあんたになるわけだ。こりゃ、大変ね~」
「感知できないわけじゃないんだろ?」
「もちろん。ただかなり接近されないと厳しいと思うにゃ。私や白音だったら、気の流れを読んで存在を察知できるけど、常にそれをやることもできないし。何よりも魔力の痕跡を探すのは無理だもの」
黒歌は肩をすくめてさらりと答える。先日、共に異界の魔力を持つギガンと対峙した彼女のお墨付きは、改めて敵の手ごわさを強く証明しているようなものであった。
その一方でロスヴァイセは納得したように首を縦に振っている。
「なるほど、アザゼル先生から貰ったものはそういう意味だったんですね」
「どういうことです?」
「学校であの人に会ったんですけど、帰ったら大一くんに渡してほしいって言われたんです。今日の件のお詫びだって」
ロスヴァイセは横に置いていた大きな紙袋をコタツの上にのせる。中を見ると造りのよい箱が入っており、まるでお年賀やお歳暮のようであった。大一としては彼から渡されたもので夏の修行時のエロ本が真っ先に思い出してしまったため、その箱の大きさには警戒してしまった。
疑念を抱えたまま箱を開けると、小綺麗に舗装されたどら焼きが入っていた。同時に付箋が張られており、メモ書きのように簡単に文字が記されている。
『今回のお詫び&ウチの堕天使による人間界の事業挑戦の試作品』
どうやら部下の堕天使がなぜかどら焼きを出したためその試作品を今回の一件のお詫びがてらに送ったということであった。
これについて大一は小さく息を吐く。こういった申し訳なさを見せられると、先ほどまでの不満も一気にしぼんでいく。我ながらちょろいと思ったが、不快ではない。彼とアザゼルの奇妙な信頼関係は、一見いびつながらも計算された美しさを保った建築物のように成り立っている節があった。
「しかし量が多いな。食後のデザートに全員に渡しても余るな」
「おお、いいじゃない。せっかくだし今から頂いちゃうにゃん♪」
「我も欲しい」
「いいよ、お前らも食べなって。ロスヴァイセさんもどうぞ」
「ありがとうございます。実はお昼ごはんまだだったので」
「俺もですよ。せっかくだからお茶でも淹れますか」
「だったら、私が淹れてきますよ。これくらいは任せてください。もちろん温かいものを」
どことなく胸を張ったような雰囲気のある話し方でロスヴァイセはコタツから出てキッチンへと向かう。この魅惑的な温もりから手早く飛び出して行動できるのは、今の大一にとって感心を抱かせるのと同時に、温かいお茶というのがとても甘美な響きに感じられた。
オーフィスが包み紙を相手に格闘しているのを見ていると、黒歌はいたずらっぽい笑顔で言葉を紡ぐ。
「それにしても相変わらず貧乏くじを引くねえ」
「仕方ないことだから、不満は出てもやることはやるよ。というか、そもそも今回の一件はお前達だって関係していたみたいだぞ」
異界の魔力関連で2度の渡る調査が行われたのは事実だが、同時にヴァ―リチームだからこそ声を上げられた面はあった。どうも冥界でも権力者の中では、彼らへの不信を持つ者は少なくないらしい。だからこそ信頼を示すためにも北欧と堕天使側が調査に出向いたのもあるのだが。
「今さら、それを言っても仕方ないってわかっているくせに。それとも同じように私達を疑う?」
「それも仕方ないことだぞ。ついこの前にギガンと戦った時の言葉を撤回するつもりは無いからな」
肘をつきながら大一は言い切る。温かさに当てられてリラックスした印象とは対照的に、その声色は芯の通った力強さが感じられた。
『価値がどうこうとか考えたこともない。だが理由を挙げろと言われれば、いくらでもある。小猫の姉で、心強い実力者で、信頼できる仲間だ』
別に彼が明言していないにも関わらず、彼女の頭にはギガンによる自分への侮辱に対して大一が反論した言葉を思い出した。ヴァ―リのように力を始まりに築き上げた信頼関係や、赤龍帝のような優しさから感じられる温かみとも違う。本気で敵対したことがありながらも、その後に分かり合えた関係性はコタツとは違う温かさを感じさせる。
それにしても奇妙なものだ。こんな歯が浮くようなセリフ、秒で忘れてもおかしくはないのに、くっきりと頭にこびりつく。同時に彼女らしから溶けるような甘い感覚も、身体を駆け巡るのであった。
「言ってくれるね。それじゃ、こっちもお礼をしてあげるにゃ♪」
黒歌はとびっきりのいたずらを思いついたような笑みを口元に浮かべると、するりと大一の隣に移動して身体を密着させる。
「身体で暖めてあげるにゃん♪」
「一誠じゃ無いんだから、そういうのは求めてないわ!」
「うーん、でも私も寒いしなー。あーあ、優しいお兄ちゃんが肌と肌で温めてくれないかにゃー」
「それを言うくらいなら、まずはその着物をしっかり着ろよ!離れてくれ!」
余裕しゃくしゃくな彼女に対して、顔を赤らめながら大一は落ち着かない声色で突っ込む。ここで無理やり振り払うことは彼女を傷つけかねないのでは、という陳腐ながらも生真面目な心配が彼の動きを止めたし、黒歌自身も彼の気質を理解しての行動と言えるだろう。もっとも義手の扱いや年齢相応の異性への関心もあっただろうが。
「まあまあ、いいじゃない。それに私の仙術を使えば、身体もすぐ温まるわよ。白音のように流すことだって出来るんだから」
「そこまではいいって!だったら、別の方法で礼を頼むよ!それこそ昨日話していたような仙術の修行の件とか!」
「おっ!やる気になったかにゃん?」
「…情けない話だが、俺はまだまだ実力不足だ。ならばやれることは全てやっておきたい。それこそ後悔のないように」
その瞳に彼らしからぬ強い野心の光が見えたような気がした。同時にその強さへの貪欲さは、彼女の気質的に好むような鋭さを感じられる。それを目の当たりにした彼女は妖艶な雰囲気を保ちつつも、同時に戦いの時に見せるような不敵な表情へと変化する。
「最初に言っておくけど、一長一短で身につくものじゃないわ。特訓していると言っても、猫魈のように生物的な素質があるわけじゃない。クリフォトとの戦いが終わる前に習得できるかしら?」
「どうだろうな。しかし強くなるに越したことは無い。俺はもっと力をつける必要があるんだ」
強さに魅せられている、傍から見ればそう思うだろうし、その考えは全くの的外れでも無かった。それでも異常なほど無力を感じていた経験、ディオーグと共に過ごして培われてきた強さへの価値観、彼が掲げる目標を達成するためには、貪欲に求めることは間違いなく必要な要素であったのだ。
「…OK。それじゃ、時間があったら基本的なことから教えてあげる」
「ありがとう。だからお礼はそれで十分だから、いい加減に離れてくれ!」
「それとこれとは話は別にゃ♪私がやりたいんだもの」
「ちょっ!脚を絡めるなって!」
バタバタと騒がしくなる2人に、ロスヴァイセはお茶が乗っているお盆を持ったまま顔を赤くして一連の光景を凝視していた。
この情けない状況で救援を、しかも自分に勝るとも劣らないほど真面目さを持つ彼女に求めるのはいつもであれば避けたかったが、いかんせんそこまで頭が回るほど大一も冷静でなかった。それほど黒歌の魅力は凄まじいものでもあった。
「ロスヴァイセさん、た、助けて…!」
「えっと…えっと…わ、わたすじゃまだそこまで出来ないので、ごごごごごめんなさい!」
慌てた時に出る訛りと丁寧語が入り混じり、さらに予想以上の大声と同時にロスヴァイセはリビングから出ていった。お盆をテーブルに置くだけの理性はギリギリ残っていたようだが、その様子は大一も黒歌も驚いていた。
もっとも彼の方は助けを得られなかったことの残念さであったが、黒歌の方は少し思案すると、新しいおもちゃを買い与えられた子どものように目を光らせた。
「へえ、白音や巫女ちゃんだけじゃなかったんだ。これは面白いにゃん♪」
弟ほどではないが、想像以上にこの男の女性関係は絡まっており、むしろそれが黒歌の遊び心をくすぐるのであった。
一方で取り付く島もないような大一は、どら焼きをすでに2つも食べているオーフィスに助けを求める。
「オーフィスなんとかして…」
「うまうま」
(オーフィス、てめえ!それは俺が狙っていたものだぞ!小僧、さっさと振りほどいて食え!)
『どうだ、赤龍帝!白龍皇!僕の相棒は、こっち方面でもキミらを超えるぞ!フハハハハッ!』
結果的に頭の仲間で騒がしくなる中、年末の凄まじい忙しさを感じられる1日には過ぎていくのであった。
本当はこういう話をもっと本編に盛り込むべきだったのかなと反省しています。