会談の日の早朝、正確にはまだ日もしっかりと出ていない頃の時間帯であったが、こんな薄暗い状況にも大一はトレーニングしていた。しかし内容はいつもとは違い、以前山籠もりした時の修行と同じように模擬戦であった。しかも相手はゼノヴィアだ。
彼女が連続で振るデュランダルを大一は錨で防ぎながら、器用に避けていく。まだ一太刀も浴びてはいないものの、魔力で斬撃を飛ばせられてば受けるのは間違いないだろう。
「速いな…!」
「お互い様だ、先輩。ならば、これでどうかな?」
ゼノヴィアがデュランダルを手前に突き刺すと、それを支柱として利用し大きく回転しながら蹴りを入れる。勢いも充分であったが、大一は肉体強化した状態で彼女の脚を掴む。
「体格では俺の方が上だ。剣なしのパワーなら負けない」
「ううむ、そのようだ…!」
「なあ、そろそろ休憩しないか?始めてから30分以上は経つと思うんだが」
「わかった」
ここで2人は互いに武器を収めて休憩を取る。2人も汗をかいていたが、夏の夜風はその体を冷やしてはくれなかった。
持参していたスポーツドリンクを飲み、ゼノヴィアは大一に顔を向ける。
「すまないな。こんな時間に先輩相手に声をかけてしまって」
「別に構わないけど、どうして俺だったんだ?特訓相手なら一誠や祐斗とかいるだろ」
「いやぁ、この前イッセーから先輩が眠れていないと聞いていたから、この時間でも付き合ってくれると思ったんだ。それに彼はギャスパーや今日の会談のことがあるだろうからね」
今回の誘いはゼノヴィアからであった。本人も自覚しているほど、「らしくもない」緊張があったらしい。立場を裏切っているのかを気にしているのかと大一は訝しみ、その緊張を解くために手を貸すことになったのだが、内容がまさかの模擬戦であった。それもなかなか本気のもので、日も昇っていないこの早朝から全力で体を動かすことになった。
ゼノヴィアは特別気にする様子もなく、話を続ける。
「それに私としては一度手合わせをしてもらいたかった。先輩はルシファー眷属の弟子で、赤龍帝であるイッセーの兄だからね」
「つまり能力的な面で俺に期待したということか…。だとしたら、見当違いだ。俺の能力はこの通り、魔力のコントロールがそれなりってだけだよ」
「たしかに能力は全然特別なものじゃないな。どうも私は、グレモリー眷属は特別な才能ばかりだと思っていたようだ」
あらためて思ったが、彼女は歯に衣着せぬ物言いが多い気がした。自分の意見をこれでもかというほど率直に伝える。後輩にはっきりと言われるのは気分が良いものでは無いが、その思い切りの良さは羨ましくも感じた。
「だが期待外れではない。経験に裏打ちされた戦闘技術がある。正直、昔から教会に戦いを叩きこまれた私からしても目を見張るものだ。それは先輩にとっての確かな強みだと感じたよ。この前のコカビエルとの戦いでも『女王』一辺倒のやり方では無かっただろう」
「あれは俺が『女王』の駒と相性が悪いんだよ。どうも体への負担が大きくなってな…」
「ふうむ、そんな理由があったのか。弱みを知り、それをカバーする。大一先輩から学ぶことは多そうだな」
勝手に納得してうんうんと頷く彼女を見ながら、大一の頭の中では言い難い論争が行われていた。先日のプールで弟の一誠に迫った件であった。さらに後日、クラス内でコンドームを取り出すという暴挙まであったと聞いている。国の違い、特殊な環境で育ったとの違いはあるが、さすがに見過ごすのは厳しいレベルになっていたのも事実。彼女にこの件で追求しようかを迷っていたのだ。
他人の恋愛事なのだからとやかく言うのも野暮なのは理解している。それでも弟が家で現在2人の女性から猛烈なアプローチを受けているのを目の当たりにする身としては、この辺りは弟のためにも、彼女のためにも聞いておきたかった。
大一はもう一度だけ喉を潤してから、声を絞りだす。
「なあ、ゼノヴィア。俺もちょっと訊きたいんだけど…」
「ん?」
「お前、一誠のことどう思っているの?」
大一の問いに、ゼノヴィアはあごに手を当てて考え込む。間もなく、特に表情を変えずにあっけらかんと答えた。
「好きだな。恋愛的な感情かどうかは分からないが、気のいいやつだと思っているよ。ドラゴンのオーラも持っているし、彼となら子供を作るのはやぶさかではない。しかしどうしてそんなことを聞くんだ?」
「あー…俺は一誠に好意を向けている女性を知っている。出来ることなら応援したいと思っているくらいだ。それでゼノヴィアが本気なら…それはそれで応援したいと思っているんだよ。もっとも優柔不断な一誠にもかなり問題はあると思うが」
「しかし悪魔はハーレムというものが容認されているのだろう?」
「それもそうなんだが…」
困った様子で大一はあごを撫でる。男女の関係なのだ、難しく考える必要は無い。まして悪魔ならなおさらだ。しかし今のままだと余計に話がこじれそうだし、どうもゼノヴィアはただの興味本位という面が強く出ている気がして、いざという時に困るような気がしたのだ。
大一の困り顔を見て、ゼノヴィアは目を細める。不信…というよりも単純に疑問に思っているかのような表情であった。
「先輩は不思議だな。兄として手本にしたような責任感を持ちながら、悪魔としても模範的に振舞おうとする」
「やっぱりおかしいか?」
「おかしいというか、疲れないか?それだけやる理由もあるのだろうが、私には先輩がその気持ちに押しつぶされないかが気になる」
仲間になってから期間の短いゼノヴィアの言葉は、まさに彼の難しい責任感を突いていた。彼女なりに仲間のことを見て、分析していたのだろう。大一としてもまさか後輩に見抜かれるとは思っていなかったので、狼狽してしまった。
「まあ、先輩も心配事があるのはわかった。だからこそ、互いに体を動かして少しはスッキリしようじゃないか」
「…お前のそういう性格は嫌いじゃないよ」
再びデュランダルを構える彼女に、大一も対応するかのように錨を構えるのであった。昼頃には会談の日にここまで動いたことをひどく後悔することになるのだが。
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時間は深夜、場所は職員室、各勢力が入り混じった会談は始まってからすでに数時間が経っていた。悪魔側は魔王サーゼクス、セラフォルー、給仕としてグレイフィア、天使側は四大天使ミカエル、ガブリエル、堕天使側は総督アザゼル、白龍皇ヴァ―リと錚々たる顔ぶれであった。
部室で留守番をしているギャスパーを除いたグレモリー眷属とソーナも、彼らの話を見守っている。この場にいる全員が「神の不在」という事実を理解しており、それこそがこの会談の重要性をさらに増していた。
大一としても、圧倒的な格上の存在が多数いるこの状況には緊張しかなかったが、もうひとつの懸念もあった。白龍皇がいるためいつ例の頭痛が襲ってくるかが不安であり、この会談に水を差す可能性もあったが、意外にもその兆しはまったく無かった。
そしてリアスが先日のコカビエルの一件を報告したところで、サーゼクスが堕天使側に切りこむ。
「さて、アザゼル。この報告を受けて、堕天使総督の意見を聞きたい」
「先日の事件は我が堕天使中枢組織グリゴリの幹部コカビエルが、他の幹部及び総督に黙って、単独で起こしたものだ。奴の処理は白龍皇がおこなった。その後、組織の軍法会議でコカビエルの刑は執行、『地獄の最下層』で永久冷凍の刑だ。その辺りの説明はこの間転送した資料にすべて書いてあっただろう?」
不敵な笑みを浮かべるアザゼルに、ミカエルは嘆息する。それだけで彼らの関係性がうかがえるような雰囲気であった。どうにもアザゼルは適当な面がある様だが、同時に戦争に興味のないことをきっぱりと言い放つ。
しかしそんな彼に、サーゼクスとミカエルから怒涛の質問がなされていった。
「アザゼル、ひとつ訊きたいのだが、どうしてここ数十年神器の所有者をかき集めている?最初は人間達を集めて戦力増強を図っているのかと思っていた。天界か我々に戦争をけしかけるのではないかとも予想していたのだが…」
「しかし、いつまで経ってもあなたは戦争を仕掛けてはこなかった。『白い龍』を手に入れたと聞いた時には、強い警戒心を抱いたものです」
「神器研究の為さ。なんなら、一部研究資料もお前達に送ろうか?って研究していたとしても、それで戦争なんざしかけねぇよ。戦に今更興味なんて無いからな。俺は今の世界に充分満足している。部下に『人間界の政治にまで手を出すな』、と強く言い渡しているぐらいだぜ?宗教にも介入するつもりはねぇし、悪魔の業界にも影響を及ぼせるつもりもねぇ。ったく、俺の信用は三すくみの中でも最低かよ」
「それはそうだ」
「そうですね」
「その通りね☆」
最低のようだった。
この答えにアザゼルは耳をかっぽじりながら、面倒そうな表情になる。
「チッ、神や先代ルシファーよりもマシかと思ったが、お前らもお前らで面倒臭い奴らだ。こそこそ研究するのもこれ以上性に合わねぇか。あー、分かったよ、なら、和平を結ぼうぜ。元々そのつもりもあったんだろう?天使も悪魔もよ?」
アザゼルの言葉に、リアス達は驚く。三大勢力のトップ、しかも先日大きな問題を起こした堕天使側が最初に和平を提案したのだ。
だがこの申し出に天使側、悪魔側共に同意する。神がいなくなり大きく変わった現状、そして互いに滅びの道を辿りかねない三勢力、あらゆる事実をかんがみても種族の存続のために彼らが取るべき行動はひとつであった。
「神がいない世界は間違いだと思うか?神がいない世界は衰退すると思うか?残念ながらそうじゃなかった。俺もお前達も今こうやって元気に生きている。神がいなくても世界は回るのさ」
アザゼルの言葉は普遍的な事実であった。しかしそれをここまで説得力のある言い切り方…大一はアザゼルが総督たる所以を垣間見た気がした。
この一言から緊張は少し緩和され、今度はミカエルから赤龍帝である一誠に話が振られた。緊張しつつも、立ち上がった彼は各勢力のトップたちと話し始める。アーシアが追放された理由、加護と慈悲と奇跡を司るシステムのこと、堕天使レイナーレの件…弟よりも早く悪魔になった大一としては、その話の壮絶さが多少なりとも理解している自覚があった。そんな話に一誠が参加している。彼の意見が大きく尊重されている。
不思議なものだ。大一にとって、一誠はただの弟。しかし赤龍帝という存在はそれほど特別なものであるのだ。
(俺はもう追いつけないかな…)
この現実を目の当たりにした大一は一種のもの悲しさを感じた。視線の先に映る弟は赤龍帝として、その存在を認められている。ならば自分は、自分だけは彼らがどう思おうとも弟を…。
その瞬間、不思議なことが起こった。何が起こったかまで大一は理解することが出来なかった。すべての時間が止まってしまったのだから。
いよいよ4巻も佳境に入ってきたところでしょうか。