「ごめんねー、大一ちゃん。夕方に来てもらっちゃって」
「いえ、自分も手が空いていたのでこれくらいなら」
生島の言葉に返答しながら、大一は大きな段ボールを2つ抱える。アザゼルがオカルト研究部の顧問となった翌日、彼は珍しく夕方から悪魔の仕事に勤しんでいた。契約相手が少ない彼だからこそ、時間の融通が出来たものであった。
依頼された仕事は単純な荷物の運び込みであったが、どうも中身は店の物ではなく私物であった。引っ越しでもするつもりなのかと思ったが、本人曰く模様替えがてらの物の整理らしい。
何かを払拭するようにとにかく任された仕事に打ち込む大一だが、そんな彼を見て生島が声をかける。
「ところで眠れている?あれだったら、今日も乳酸飲料持っていきなさいよ」
「そんなに受け取ることはできません。というか生島さん、どれだけ貰っているんですか?」
「あら、今度は貰い物じゃないわ。正真正銘、私が買ってきた愛情たっぷりの乳酸飲料よ」
「尚更、貰えませんって…」
冷蔵庫から例の乳酸飲料を何本も出して振って見せる。この前貰ったものが妙にはまってしまったようだ。それとも大一にあげるための物だろうか。
呆れた表情で答える大一に、生島はたたみかけるように言葉を続けた。
「だったら、パーっとやらないかしら。お友達連れてきて、1学期の終わりをみんなで祝うくらいしてもらっても良いのよ。お店を貸してあげる!」
「あなた駒王学園には無関係でしょうよ…」
「もう前にも言ったけど、大一ちゃんと二人三脚でやっていきたいの!そんな大一ちゃんの幸せを私は心から祈っているのよ!」
生島は大一に本当によくしてくれている。彼との契約は当たり障りのないもの。ビラを受け取りそこから連絡を受けて、初めての契約相手となった。本当にそれだけの関係なのに、彼は大一を案じて丁寧に扱ってくれる。今の大一にとっては、そんな彼があまりにも不思議な相手に見えた。
「どうして生島さんは俺なんかのためにそこまで言ってくれるんですか…?」
「ちょっとやめてよ!俺なんかって、大一ちゃん立派に悪魔の仕事を頑張っているじゃないの!」
「しかし俺は…」
大一が言葉を続けようとした時、自分の携帯が鳴る。すぐにポケットから取り出して見ると、リアスからの着信であった。
生島が出ることを促すジェスチャーをすると、大一は申し訳なさそうに電話に出る。
「はい、もしもし」
『大一、今大丈夫?』
「ええ。ですが、手短にお願いします」
『先ほど情報が入ってね。はぐれ悪魔がこの領域に入り込んでいるそうなの。場所を特定でき次第向かうから、生島さんには切り上げるかもしれないこと伝えておいてちょうだい』
「わかりました」
電話を切ると、大一は頭を下げて申し訳なさそうな声で生島に話す。
「すいません、生島さん。ちょっとはぐれ悪魔が出たようで、呼び出し喰らったら行かなければいけません」
「気にしないで。大一ちゃんにも仕事があるのだもの。よし、だったら無駄話は禁物ね。さっさとやっちゃいましょう」
生島はそう言って大きな段ボール箱に手をかける。いつもの彼のような勢いではなく、もの悲しさが背中に帯びていた。生島にとって聞きたくなかった否定の言葉を、大一自身が言いかけたことで訪れたこの奇妙な雰囲気を察することはできなかった。
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入り込んだはぐれ悪魔の居場所はあっさりと特定された。町はずれに建つ暗く大きな廃工場であった。前にもはぐれ悪魔がこの場所に侵入しており、リアス達としても見知った場所であった。
今回現れたはぐれ悪魔はオーイロと呼ばれ、やったことは主の元から逃げ出し人間を襲ってきたというもの。せいぜい中級と下級の間程度の実力なのだが、厄介だったのはその手数であった。
「あー、うっとうしい!」
大一は苛立ちを口にしながら、直立する虫のような魔物を床に叩きつける。大きさは1メートル半といったところで、鎌のような腕で攻撃してくるがそこまで耐久力は無かった。そのためすでに10体も倒しているのだが、視線に広がるのはその部屋にうじゃうじゃと動く同じ個体の魔物であった。どうもオーイロは大量の魔物を使役しており、それをこの廃工場に解き放った。実力は片手間で叩きのめせるものの、数があまりにも多い。
「これだけの数がいれば、下級クラスでも主の元から逃げられたのは納得ですね」
そう言って、祐斗は高速で動きながら両手に握る炎の剣と闇の剣で斬り伏せていく。今回はとにかく数が多いため、到着してからそれぞれ手分けをして魔物の駆除と首謀者のオーイロを捜索に当たっていた。一誠と小猫、朱乃とゼノヴィア、大一と祐斗というようにある程度探知ができるペアを組んでいる。リアスは広い場所でギャスパー、アーシアを連れて向かってくる魔物を片端から消し去っていた。
大一は錨でまた一匹の頭をカチ割りながら話す。
「この手の相手は時間がかかるから苦手なんだよ。多分、朱乃さんとゼノヴィアのペアが一番速いな」
「2人とも広範囲の攻撃ができますものね」
朱乃の強力な雷、ゼノヴィアのデュランダルを光の力を斬撃として飛ばすもの、どちらもこういった相手には有効的だろう。もっとも祐斗や一誠も広い範囲を狙える攻撃法を持っている。そういう意味では大一や小猫のような純粋な近接戦が強みのタイプが、苦手とする相手でもあった。
「そういえば名前が出たから聞きたいんですけど」
「なんだ?」
「大一さん、朱乃さんとなにかありました?」
祐斗の問いに、大一は一瞬体を震わせるがすぐに魔物を倒しながら取り繕った声で聞き返す。
「…また変な言い方だな。別に何もないよ。気になることでもあったか?」
「いや、朱乃さんがあんまり大一さんからかわないし、昨日はアザゼルの言葉に何も言いませんでしたから」
「俺があの時に言わないのも変じゃないだろ。あの人のことだから俺が首ツッコむことじゃないし」
「いつもならその後にフォロー入れたりとかもあると思ったんですけど」
「それは俺を買いかぶりすぎだ。とにかくお前の気のせいだよ」
ごまかすように大一は力任せに目の前の魔物を蹴り飛ばす。この前の神社の一件から妙に朱乃を意識してしまうのは否定できなかった。しかしそれがどんな感情なのかは大一も判断しかねた。あれを告白と捉えそうになった自分の自惚れには呆れたし、同時に彼女の本心ではないだろうとも思った。あの人に置くのは信頼だけで良いのだ。
しかしまさか後輩にまで見抜かれているとは思わなかった。実際のところは祐斗のみが気づいていたのだが、それを大一が知る由もない。
その時、妙な魔力の動きを感じた。この広い部屋の左側、ボロボロで開くのかも疑わせるような扉の先からだ。
「見つけた…。祐斗、それらしい魔力を感じた。ここら辺の雑魚どもを任せていいか?」
「わかりました。片付けたら僕も行きます」
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大一は向かってくる魔物を薙ぎ払いながら、扉を蹴破る。さっきの部屋と打って変わって扉の先は狭く、かつては物置き場にでもされていたことを窺わせる。
そして部屋の真ん中には、目的の相手が座り込んでいた。すっかり色の落ちた帽子に、つぎはぎだらけの服、大一の身長の半分もないほどの小柄な体格…はぐれ悪魔のオーイロであった。
大一はグイグイと距離を詰めて、錨を彼の喉元に当てる。
「さて、はぐれ悪魔オーイロ。グレモリー眷属の名の下に…ん?」
その首を落とそうとした大一であったが、奇妙なことに気づいた。さっきまでの魔力がまったく感じられないのだ。疑問に思った大一はしゃがんで、オーイロの顔を見る。そこにはうつろで光を失った瞳を持った老人の無表情があった。腕を持って脈を測るも、まったく動いていなかった。目の前の男は、絶命していたのだ。
大一は立ち上がり、顎に手を当てながら考えを巡らせる。部屋に入る前は間違いなく魔物とは別の奇妙な魔力を感じた。あれが魔物を操る信号のようなものを発していたはず。だが部屋に入った瞬間、いや錨を彼のもとに向けた瞬間にその男から魔力は消えていた。いったい何があったのか、少なくとも大一には見当もつかなかった。
とりあえず祐斗にこのことを話そうと思い、後ろを振り向いたその時であった。
『おいおい、そのままお別れってことは無いだろうよ』
大一の耳に奇妙な声が届くとともに、首と四肢に黒い鞭のようなものが絡みつく。突然のことに驚き振りほどこうとするも、黒いなにかは弾力があり、あっという間に体にまとわりついて体の自由を奪っていった。
「なんだ、お前…!?」
『僕は影さ。さっきまでそこのちっこいのに憑いていたね』
「お前がさっきの魔力の正体ってわけか…!」
締めあげられながらも大一は次の行動を考える。少なくともこの状況を打破できるチャンスが、彼には無かった。そうなれば、向こうの部屋にいる祐斗に助けを求めるのが一番であった。
しかしその考えが頭の中に浮かんだ瞬間、大一の口はその黒い影に塞がれる。
『おっと援軍を呼ばせはしないよ、兵藤大一』
自分の名前を知るこの奇妙な存在に驚きで目を見開くが、その思いを見透かした影は言葉を続ける。
『ここまで一緒になったんだ。キミのことは言わなくても僕の中に入っていく。思考も感情も』
気が付けば締めあげられているどころか、体の中に黒い影が入り込んでいく。体の自由はとっくになくなり、わずかにあった体の震えすら起こらない異常な状態となっていた。
それどころか思考も怪しくなってくる。意識が薄れていくのだ。眠りに落ちるようなものではなく、頭の中に雪崩のように苦しい想いが入ってきて思考と意識を奪っていくのだ。師匠の炎駒、仲間であるオカルト研究部、家族達…彼らの顔が思い浮かぶと、のしかかるように昨日の夜の感情がぶり返されていくのだ。
頭が回らない、息が苦しくなる、心臓をわしづかみにされたような、重く振り払えないヘドロがへばりつくような、不快感と重たい感情が同時に襲ってくる。
もはや大一の目にはなにも映らない。なにも聞こえない。ただそこに存在があるだけであった。そんな彼の背中から伸びた黒い影には血走った一つ目がついており、彼を視界にとらえていた。
『さあ、記念すべき日だ。キミがもっとも憎い相手を殺す力を得たのだから』
ぶちゅりっ、と気味の悪い音と共にその目も大一の中に入っていった。
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魔物の首を落とした祐斗は、部屋を見渡す。大量の魔物の屍が転がっており、凄惨としか言えない情景であった。ようやく全てを打ち倒した祐斗は軽く息を吐く。途中から魔物の動きが明らかに鈍ったため、おそらく大一がなにかしら手を打ったのだと思った。
大一が出てくるのを待っていたが、一向に出てくる気配がない。不思議に思った祐斗は歩を進めて扉の中を覗き見る。
「大一さん、こっちは終わりましたよ」
彼にとって尊敬する先輩の背中が見えた。大きく、がっしりとしたその存在…しかしなぜかその姿がいつもと違い暗く恐ろし印象を直感的に抱いた。
「大一さん?」
『ああ…これは最高だ。ここまでとは、僕も恐れ入る。どれ体慣らしといこうか』
ここからオリ主にはもっと苦しんでもらおうと思います。