一誠達が帰るのを見送った後の、オカルト研究部は静かであった。リアスはさっきまでの苛立ちがウソのように鳴りを潜めており、朱乃の方は心配と悲しみが入り混じった微妙な表情で座っていた。
アザゼルは部屋の外に誰もいないことを確認すると、2人に対して話し始める。
「さて…俺はすでに頭の中で作戦を構築している。実際のところ、お前らに伝えること自体はイッセー達同様に明日でも良いのだが…」
「私達に聞きたいことがあるんでしょう」
「そうだ。なにせ『犠牲の黒影』はさっきも言ったが、一筋縄でいかない。俺からすればイッセーの考えは甘いとすら思える。だが顧問を任された身だ。今回の作戦を成功させて、大一のことは救ってやりたいのさ。だからこそ、あいつについて取っ掛かりになるものは知っておきたい」
「犠牲の黒影」の厄介な点は、所有者の元々の感情も大きく反映されることであった。アザゼルから見れば、大一は特別なことは何も無い。一方で弟の一誠は「赤龍帝の籠手」という神滅具を持ち、つい最近悪魔になった身でありながらあらゆる勢力からも目をかけてもらっている。そういう意味では、大一がもっとも嫉妬を抱き、憎むであろう相手は弟の一誠しかいないと考えていた。
しかし一誠の言葉に、リアスと朱乃がした反応が彼は気にかかっていた。どこか後ろめたいことがあるかのような反応であったため、その真実を聞いておきたかったのだ。
アザゼルはそのまま言葉を続ける。
「場合によっては配置も変える必要があるからな。正直、神器を抜かれれば死ぬから、その点であいつを助ける難易度は高いんだけどな」
「大一はすでに神器を持っているからそこはどうにかなるわ。あなたは興味が無かったようだけどね」
リアスの言葉にアザゼルは眉をひそめる。なにを言われたのかが理解していないように見えた。しかし間もなく合点がいったような表情になり、慎重に話を切り出す。
「お前ら、あいつが神器を持っていると思っているのか?」
「それどういう意味なの。大一の『生命の錨』は…」
「あれは神器じゃねえよ。似て非なるものだ」
アザゼルの言葉に、リアスと朱乃は互いに視線を合わせる。突然、突きつけられた衝撃の事実に驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっとどういうこと!?あれは間違いなく神器のはずよ。たしかに聞いたこと無いものだったけれど、構造や力は…」
「悪魔の神器への理解は本当に甘いんだな。いや俺も最初はそうだと思っていたから人のこと言えないか。
いいか?あれは構造や魔力は確かに神器と同質だ。しかし神器が思いの力が強く反映するのに対して、あれはただ魔力を感じ取り、操れるようになるだけだ。それが所有者の思いの強さで変化するようなことは無い。言わば、神器の根幹を成す部分が無いんだよ。
俺が昔調べたところ、どうも魔力と生命力が混じった力が普通の人間に宿っているんだ。たまにそれが噴出していろいろな形を成す。グリゴリではその力を『生命(アンク)』としか呼んでいなかったよ。まあ、悪魔や堕天使からすれば力なんて呼べる代物じゃないけどな」
アザゼルの説明に、リアスと朱乃は目を見開き驚きの表情を浮かべる。元々、彼の力については普遍的なものだと感じながら、神器と全く同じ感覚だったので疑いを持たなかった。あの力が別物だと分かるのは、それこそ神器をよく理解するほどまで研究をする堕天使だからだろう。
「納得できましたわ。あなたが大一に興味を持たなかった理由は───」
「神器でも無いし、特別じゃ無いからな。むしろこれを調べていたのは、コカビエルの方だ。あれが力の鍵になるとか言っていたな」
朱乃の言葉を引き取る様に、アザゼルは続ける。
「なるほど、これで俺も納得したぜ。リアス、お前ほどの悪魔が大一のような才能ない奴を眷属にしているのは、あいつがこれまで神器使いだと思っていたからか」
「違う…とは言い切れないのは悔しいわね。実際、きっかけはそうだったんだから。でもね…」
リアスは言葉を切ると、アザゼルに警告するかのように人差し指を向ける。彼女の瞳にギラギラとした炎が宿っているかのようであった。
「ウソでも彼に才能が無いなんて言わないで。私が心から背中を預けられるとしたら、朱乃か大一だけよ」
「…えらく信頼を置くんだな。お前、あいつとの間に何があった?」
「別に…ただもし彼が心から憎む相手がいるとしたら、それは私ってこと。私は彼の人生を奪ってしまったのだから」
「リアス、それはッ!」
「朱乃、黙っていて。彼を悪魔にしてしまったことは私の責任なんだから」
憂いがこもる声でリアスは話し始める。自分が初めて得た「兵士」の眷属のことを…。
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3年前、まだ駒王学園に入っていないリアスは暗い夜の世界の中で悪魔として活動していた。この頃は今以上に半人前の彼女であったが、同時に常に焦燥感に駆られていた。上級悪魔とはいえ、まだまだヒヨッコ。そんな上からの評価を払拭し、自身を認めさせたかった。この頃からグレモリー家であることや兄のサーゼクスが魔王であることへの誇りや、当時からライザーとの結婚の話が決まっていたことへの不安感を抱いていたのは無関係ではないだろう。
当時、もっとも一緒に動いていたのは朱乃であったが、もうひとりリアスのお目付け役にルシファー眷属の炎駒も参加していた。頼りになる相手ではあるが、同時に彼女が未熟であることを知らしめている節はあっただろう。
そんな中、事件が起きたのは冷える夜中であった。今日と同じくはぐれ悪魔の討伐にリアス達は動いていたのだが、対象がまったく見つからないのだ。そのはぐれ悪魔は長年行方が知られてなかったが、ここ数年で再び姿を現し活動していた。その培った経験なのか、それとも別の理由があるのか、この悪魔を見つけるのは困難を極めた。
ようやくそれらしい魔力が見つかって現場に向かう。橋下の川沿いそこには血が飛び散り、ひとりの少年が倒れているだけであった。
炎駒が飛び散っている血を消している間、リアスは倒れている少年に近づく。服は血にまみれて、背中には大きな傷が生々しくついていた。ひとりの犠牲者にリアスは己の未熟さを感じるが、いちいちそれを嘆く真似はしなかった。すぐに彼の処置と関係者の記憶捜査を考えるが、目の前の少年の奇妙な様子に気づく。
「…あれ?」
「どうしましたの、リアス?」
「この子…生きている」
少年は生きていた。血まみれで背中に致命傷の傷は負っているも、浅く呼吸しており気絶しているだけであった。それどころかただの人間であるはずなのに、魔力まで感じる。それが影響していたのか、少年はたしかに息があったのだ。
飛び散った血を片付けた炎駒も覗き込むように少年を見る。
「このままでは命が危ないですな。魔力を持っているなら流し込むことで目が覚めるかもしれませんぞ」
「ここからなら私の神社が近いですわ。そちらに運びましょう」
この時からリアスはどこか少年に運命的なものを感じていた。瀕死になる傷を受けても生きているこの少年の存在が、ある種の特別な巡りあわせであると。
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「うおっ!えっ、いや!?す、すいませんでした!!」
翌朝、朱乃の神社で叫び声をあげた少年はリアスに土下座をする。目が覚めて横に同年代の女子が裸で密着していたのならば、当然の反応だろう。少年はびくびくしながら、リアスと距離を取った。
その声を聞きつけて、炎駒と朱乃が部屋に入ってくる。
「…姫、服を着ていなかったのですな」
「だって、こっちの方が早く治るもの」
「魔力を流すだけなら触れながらでも良かったんじゃないかしら。それに彼にそこまでやってあげる義理は無いですわ」
朱乃が非難するかのように目を細める。元より男性苦手な彼女からすれば、リアスの行動は腑に落ちないものだったのだろう。もっともリアスも同じように男性が得意というわけではなかったが、彼女がここまでするのには理由があった。
「そんなことないわ、朱乃。私が未熟だから起こったような事件なんだし。それに私決めたのよ。あなた、名前は?」
「ひょ、兵藤大一です…!」
「よろしく、大一。私の名前はリアス・グレモリー。悪魔よ」
「「「はっ!?」」」
リアスの言葉に、その場にいた全員が頓狂な声を上げる。大一の方は非現実な告白に面食らっていたし、炎駒と朱乃は彼女の唐突な正体明かしに驚いていた。同時にこの告白が意味するものを2人は瞬時に理解した。
「ちょっとリアス!まさか彼を!?ただ魔力があるだけじゃない!そんな人間他にもいるわ!」
「姫様、眷属は今後を左右する存在。その唐突な決め方は勧められません」
「決めるのは私、そうでしょう?」
2人の反論を軽く受け流しながら、リアスはグッと大一に顔を近づける。怯えと当惑にまみれた表情であったが、それを意に介さずにリアスは肝心の言葉を言い放った。
「ねえ、大一。悪魔になって、私の力にならない?」
これを皮切りにリアスは大一に一通りの話をした。悪魔がどんな存在であるか、眷属とは何か、彼を引き入れたいと思った理由、悪魔としての利点、さらには自分の翼を見せて悪魔の存在を証明までした。その間、大一の表情には当惑の感情が映っていた。
そして説明が終わると、大一は首を横に振りながら震えた声で答える。
「こ、こんなのおかしいですよ…!俺は高校受験を控えるただの中学生で、あなたが思うような特別なことは無い…!」
「そんなこと無いわ。あなたにはきっとすごい力がある。私はそれを見込んで───」
「やめてください!俺はあなた達の世界でやっていけるとは思いません!治療をしてくれたことはお礼を言います。でも、ごめんなさい!」
きっぱりと断ると、大一は逃げるようにその場から去っていく。リアスは追おうとしたが、それを炎駒が引き留めた。
「姫、彼ははぐれ悪魔に襲われたばかりで混乱しています。それにあの反応と言葉…悪魔のことをまったく知らない人間であることは疑いようもありません。そんな彼に覚悟を決めろと言うのは酷なことです」
「でも炎駒…!」
「焦る気持ちはわかりますが、我々ははぐれ悪魔の討伐などでただでさえ無関係な人間を巻き込んでいる身なのです。少し特殊なだけの彼までこちらの領域に引き込んではなりません」
炎駒の言葉に、リアスは納得せざるを得なかった。熱くなった頭で決めるのを早めるのは自分の悪い癖であった。彼の言う通り、少年を巻き込むことは彼に何度も手を汚させること…悪魔とは無縁の男にやらせるものではないだろう。悪魔にも多くのメリットがある。それを知ってなお、彼が自分に向けた表情を思い出すと彼女は間もなく自分のやったことを後悔するのであった。
だいたい書き終わって見直して、長いなと思ったので区切ることにしました。なので34話はだいたい出来ていますので、今日中にもう一回投稿するかもしれません。