仮にもボスクラス、これくらいはやりますよ。
『なーんちゃって!』
もう少しで兄が救える、そう思った瞬間に一誠の耳に届いたのは、数秒前まで大声で呻いていたはずの神器の声であった。嘲笑が込められた声と同時に掻き割れていったはずの黒い影はあっさりと再生され、一誠ごと杭をはじき返した。
背中から落ちる一誠に、黒影は大きく拳を振りかぶった。
『まずひとり』
「イッセーくん!」
一誠を狙った巨大な拳による一撃は、幸い祐斗が寸前のところで救出したため当たることは無かった。しかしその一撃は先ほどの斧の攻撃同様に強力で、この神器が弱まっているとは思えないものであった。
この状況にリアスはアザゼルに問う。
「なにが起こっているの、アザゼル!?」
「なんだ、こりゃ…。いくらなんでも取り込むスピードが早すぎる。しかもこれほどの力、今まで見たこともねえぞ」
『アッハッハッハ!ちょっとでも希望があると感じたお前らは滑稽だよ。どうやらそっちの方が甘かったようだな』
徐々に体を大きくさせる黒影は、攻撃を受けて失った体を再生させながら言葉を発する。
『アザゼルよ、お前は僕を理解しているようだったがそれは傲慢だ。力を直接感じ、お前以上に経験を積んでその特性を知る…自分のことは自分が一番わかっているのさ。
たしかにお前の言う通り、僕は憑りつくことで暗い感情を増幅させる。それこそが僕を強くさせる。だがな、感情にも様々なものがある。怒り、悲しみ、恐怖…数え上げたらキリが無いだろうよ。そしてそれを向ける対象というのもまた様々だ』
話を続ける黒影の体はどんどん肥大化していく。斬り落とされた腕を取り込み、床を覆いつくしかけるほどの範囲を土台としており、巨大な腕にさらに背中からも4本の腕が生えてくる。頭部からは鹿のような角が伸びており血走った目玉がリアス達を見下ろしていた。
『コイツはお前らのことを誰も恨んじゃいない。誰かに嫉妬しても、そんな感情を持ってしまった自分の弱さを、未熟さをさらに憎む。それこそ自分を殺したいほどにな。最悪の負の堂々巡りというわけさ。これほど自分のことを恨む奴は驚くほど珍しい。
そして僕がもっとも強化されるのは、ただの恨みではなく己への恨み…だからこそコイツは僕にとって最高の相棒というわけなのさ』
説明を終えた黒影はその拳を一斉に振る。天上、壁、床と建物全部へと与えた衝撃は、廃工場全体を轟音とともに崩していった。
瓦礫の中からリアス達はふらつきながら立ち上がる。悪魔の耐久力から生きてはいたが、さすがに手痛い傷を負わされていた。
『さすがは魔王の妹とその眷属、この程度ではやられないよな』
「ふ、ふざけないで…!大一を…放しなさいッ!」
血の流れる肩を抑えながらリアスは正面から滅びの魔力を撃ち出す。その規模は大きく、大きなテーブルくらいはあるだろう。しかし黒影はその大きな手で真正面から、その一撃を防ぎ切った。
続いて禁手化した祐斗が聖魔剣で、ゼノヴィアがデュランダルでそれぞれ黒影の体に一太刀入れるが、斬り落とされるどころか傷も出来ていなかった。今度は小猫が近くの瓦礫を投げつけるも、そちらには見向きもせず当たった瓦礫が崩れるだけであった。
『いい防御力だ。魔力の流し方もだいぶ使えるようになってきたな』
状況は最悪であった。黒影の力はどんどん強くなり、リアス達の攻撃をものともしない。廃工場の倒壊で大なり小なりダメージを受けており、アーシアの回復も間に合わない。そして何よりも大一を救う手だてが完全に断たれたのだ。
「くっそ、ここまで来たらあとは持ち主ごとやるしか…!」
「何言っているの!?そんなの私が許さないわ!」
「現実を見ろ、リアス!コイツの力はもはや留まることを知らねえ!コイツの思想は「禍の団」並みにイカレて───」
アザゼルが言い終える前に、彼の立っていた場所を巨大な黒い影が通り過ぎる。一撃で吹き飛ばされてしまったのだ。
『あのアザゼルすらも一撃!しかもまだまだ力が湧いてくるのが分かる!最高だ!これで出来る!僕の長年の願いが叶えられる!ようやく僕はこの復讐を───』
なにかを焼いたような音が声をかき消す。黒影が頭部の目玉がうなじ辺りに移動して攻撃を仕掛けてきた相手に視線を移す。
そこには朱乃が腕を前に出している姿があった。手のひらから煙が出ており、彼女が攻撃したことを証明していた。
『コイツの記憶にあったバラキエルの娘とやらか』
「はあはあ…返してもらいますわ、彼を」
『そういえばお前との記憶もあったな。そのことにも大一は自分を責めていたぞ。力になれなかったと、少しでも信頼が揺るぎかけたと。なんとも情けない奴だよ。お前の力添えもコイツに届くことは無いのさ』
「黙りなさい!黙って…!」
朱乃は手のひらから雷を撃ち込むが、その威力は想像以上に弱かった。仮にも長年あらゆる感情を糧としてきたこの神器からすれば、取り付いた相手の記憶を覗き込み、さらに相手の精神を追い詰める術を心得ていた。この場では大一を限りなくけなし、救う手だてもない事実を突きつけることこそ、適したやり方であった。
そんな中、一誠が大きな声を上げる。
「いい加減にしやがれ!これ以上、兄貴を侮辱するなら俺が許さねえぞ!」
『今度は赤龍帝か。僕から言わせれば、お前こそがこの男を追い詰めた張本人だと思うがね。自分を捨ててまで鍛え上げる大一からすれば、特別な神器を持っていただけで認められるキミは恨みの対象だろうさ。おかげで僕は最高の感覚だけど。
まあ、安心するがいいよ。大一はキミを恨んじゃいない。そんな感情を抱いた自分の弱さをさらに恨むのさ』
「兄貴は弱くない!仲間のためにどこまでも純粋に鍛え上げる兄貴が弱いものか!」
一誠の啖呵に黒影は大きく笑う。侮蔑、嘲り、そして怒り…様々な感情が入り混じった狂乱の声であった。
『アッハッハッハ!やはりお前らは大一の本質をまったく理解していない!コイツが人のために頑張れる?違うね。コイツはどこまでも自分本位なのさ。仲間のために何もできない自分がとても不安だから、己を殺してでも強くなろうとする。どれだけ他の人間から認められようが、自分自身を認められないのさ!コイツが強くなろうとするのは、結局ただの自己満足、己の心の弱さを隠すためだ!』
「ふざけるな!兄貴の心は強い!」
『とっくに心なんぞ壊れている!』
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弟の声が遠くから聞こえる。なぜこんなにも遠くにしか聞こえないのかは分からなかったが、自分が置かれている状況に気づけばその理由も単純であった。
相変わらず、自分は弱い。もっと自分が強ければ仲間を傷つけずに済んだはずなのに。弟を悪魔に巻き込まなかったかもしれないのに。友の命が消えることは無かっただろうに。暗い感情と後悔が、自責の念となって押しつぶそうとしてくる。
しかし終わりが見えているのだ。いつまでも続くと思っていたこの悪魔の道もようやく…。
自分は何を考えているのだろうか。友の顔をしたはぐれ悪魔に錨を下ろしたあの日から、覚悟を決めていたはずではないか。逃げることで自分の弱さを認めるのが怖かったのに、最後の最後に逃げるなど言語道断だ。そして何よりも、自分がもっとも傷つけたくない人たちが苦しんでいるのを見過ごすことなどできない。
そうなればやることはひとつであった。最後の最後まで、自分本位な罪滅ぼしをしようとするのに呆れすら感じる…。
「い…せい…!」
「兄貴!?」
『コイツ、まだしゃべる気力があったか』
黒影の腹部から大一の頭がわずかに出てくる。その顔はうつろで、誰が見ても意識はもうろうとしていた。それでも最後とばかりに必死に言葉を繋いでいく。
そんな兄を励ますように、一誠は呼びかけた。
「待ってろ、今助けるから!」
「さ…と…俺ごと…やれ…!」
「そんなことできるわけがねえだろ!」
「たま…兄の…言うこ…聞き…がれ…!」
息も絶え絶えながら、最後の言葉を大一は紡ぐ。この瞬間だけは表情はうつろながらも、兄の眼に強い光が宿っているように見えた。一誠はそれが悲しかった。こんな絶望的かつ重い感情の中で、兄が最後に紡いだ言葉が自分を捨てるようなものであったことが。
『これで終わりだ。今度こそ完全に征服する。そして今こそ始めるんだ、僕の野望を!』
「兄貴ッ!」
高笑いと共に、兄の頭部は再び黒影の中に取り込まれる。もはや彼の耳にはなにも聞こえない。ただ暗い感情に永遠に支配され続ける世界があるだけであった。
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気が付くと黒影は不思議な空間にいた。自分が望む大一の自己嫌悪渦巻く感覚ではない。負の感情にまみれた暗いものでもない。暗いだけで何もない空間なのだ。
奇妙なことに小さな影に目玉だけの姿となっていた神器は、困った様子であたりを見渡した。
『どこだ、ここは?僕はたしかにあいつの体と精神をものにした。だったら、これが大一の精神だというのか?』
(初めてだ…ようやく声が聞こえるくらいまで来たか)
どこからともなく声が聞こえる。低く、それでいてすべてを圧倒するようなこの世のものとは思えないインパクトの残る声…。黒影はあたりを見回したが、周辺の暗さからは何も確認できなかった。
だがその瞬間、黒影は急に押しつぶされるような感覚に襲われた。全ての自由が効かなくなり、影を伸ばすどころか思考すらもこの重さに潰れていくような感覚であった。
そして再び、奇妙な声が彼を襲った。
(…違うな、お前じゃない。俺と繋がったのはお前じゃない)
『な、なんだ、お前は…!いったいこの力は…!』
(勝手に入ってくるんじゃねえよ)
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『ぐおぉぉぉぉ!止めろぉ!僕は!僕の体が!』
黒影は瞳を抑えながら、大きく苦しそうの咆哮を上げる。体を搔きむしるように腕を動かし、体をねじるように揺らすが、それらも溶けるように形を上手く形成できていなかった。
必死に見えない脅威に抵抗するかのように動く黒影だが、その苦しさから胸のあたりに捕らえていた大一を吐き出した。すぐ下にいた一誠がその体をキャッチする。意識は無かったが、気絶しているだけで生きていた。
「よし、捕まえた!」
『返せぇ…!そいつは僕のものだ…!ようやく見つけたんだぁ…!あと少しで───』
体が見る見るうちに崩れていく黒影は一誠と大一に形を成していない腕を伸ばす。懇願のように哀れな声は最後まで続かなかった。その眼に、巨大な光の槍が刺さっていたのだから。
『ア、 アザゼルゥ…!』
「もうお前に付き合ってられねえな。あばよ」
復帰したアザゼルは大量の光の槍を黒影に撃ち込む。絶望と苦しみの声を上げながら、その神器の姿はこの場から消え去った。
次回あたりでこの章の締めとなります。
オリ主の心はどうなるのか。