「検査は終わりです。お疲れさまでした」
医師の声が大一の耳に届く。いつもとは違って青い検査着を着用しており、筋肉質な胸がはだけていた。
大一は現在、冥界の都市にある病院で検査を受けていた。グレモリー家からはかなり離れており、その都市で将来有望な若手悪魔同士の交流が開かれるとのことであった。彼は早めに来ており、後から来るリアス達と合流する予定であった。ちなみにリアス達は彼女の城内観光、一誠は悪魔としての振る舞いや知識を叩きこまれていた。
悪魔とはいえ、パッと見て人間界で使うものとそこまで違いはないように見えた。全身を撮るような機械はあるし、医師から最近の生活や状態を聞かれたり…しかし悪魔だけあってか体だけでなく魔力や他の力についても調べられた。
「眠れていないことで、健康はたしかに損なわれていますね」
制服に着替えて座る大一に、対面する医師は答える。すぐに結果が出るのも、医療技術が進んでいるから…というよりも炎駒が特別な病院を選んでくれただけだ。当時、時間が少しでも惜しい上に、早く手を打ちたい大一のために腕の良さと即日性を考慮した病院を彼が選んでくれた。支払いについても炎駒が全て持ってくれている。
こんな至れり尽くせりの状況であったが、大一自身はあまり期待していなかった。毎年の夏に検査して今回で4回目だ。薬や魔力を流した治療などもあったが、この不眠と奇妙な夢が解消されることは無かった。しかも今回は不意に襲ってくる頭痛や夢での幻聴までセットだ。余計にわからないことが増えるような気がしていた。いっそのこと、この場で眠り込んで例の夢を見たり、唐突に頭痛でも起こればわかることもあったかもしれないが。
「今回はこれまでの3回と違って、大きな変化は確かにありました。白龍皇と会った時に起こった頭痛に幻聴、実は神器ではなかったあなたの力、『犠牲の黒影』に取り込まれた…こう見るとずいぶん色んなことがありましたね。リアス・グレモリー様もいよいよ名を上げることになりそうですし、日常生活でもストレスが多いのでは?」
「まあ…そうですね」
ストレスと言われた時に、日ごろの肩身の狭い生活を思い出したがそこに言及しようとは思わなかった。
医師はペンで頭を掻きながら迷った様子を見せていたが、しばらくして申し訳なさそうに大一に話を切り出す。
「大一さん、おそらくあなたもわかっているでしょうが…」
「特別、変わったところは無いということでしょう」
「その通りです。眠れていないことで、血圧などの体的な負担は見られますが、それ以上のことはありません。むしろその割には健康的な方とも思えますね。そこでひとつ気がかりなのは、あなたの神器…じゃなかった『生命(アンク)』と呼ばれるものですね」
「あれになにが…?」
「どうもこれがあなたの回復力を高めているのは間違いないですね。全身に魔力や生命力を行きわたらせている。悪魔の回復力とは別にあるような存在ですね。なんとも奇怪なものですよ」
医師の言葉に大一は疑問を感じながら、検査を終える。結果は後日グレモリー宅に送ってもらうこととして、集合場所へと向かうのであった。とにかく今の願いは、突発的な頭痛が会合の場で起きないことを祈るだけであった。
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予定通り、建物で合流した大一はすっかり疲れた様子の仲間数人を見て驚いた。会場へと向かうエレベーター内で話を聞けば、ここに来るまでに多くのリアスのファンに会って圧倒されたらしい。
間もなく会場前につくが、中に入る前にリアスは自分の眷属に向かい合い、声をかける。
「皆、もう一度確認するわ。何が起こっても平常心でいる事、何を言われても手を出さない事。上にいるのは将来の私達のライバルたちよ。無様な姿は見せられない」
その厳かながら、力強い声色から彼女の覚悟が感じられた。
覚悟を決めて会場に踏み込む。広いホールとなっており、使用人たちが入ってきたリアス達に会釈をする。
そんな中、リアスが最初に声をかけたのは、紫色の瞳をした筋骨隆々の男性であった。
「サイラオーグ!」
「久しぶりだな、リアス」
「ええ、懐かしいわ。変わりないようで何よりよ。初めての者もいるわね。彼はサイラオーグ、私の母方の従兄弟でもあるの」
「俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ」
サイラオーグ・バアル…悪魔の序列でも魔王に次ぐ順に位置するバアル家の出身であった。そんな彼が廊下にいたのは、若手同士でもめ事が起きたかららしい。
サイラオーグに続いて部屋に入ると、部屋の中は荒れ放題になっておりその中心には、青いローブを着た真面目そうな女性と、顔や体にタトゥーを入れた荒々しい男性が立っていた。
「ゼファードル、こんな所で戦いを始めても仕方なくてはなくて?死ぬの?死にたいの?殺しても上に咎められないかしら」
「ハッ!言ってろよクソアマッ!俺がせっかくそっちの個室で一発仕込んでやるって言ってやってんのによ!アガレスのお姉さんはガードが固くて嫌だね!へっ、だから未だに男も寄って来ずに処女やってんだろう?ったく、魔王眷属の女どもはどいつもこいつも処女臭くて敵わないぜ!だからこそ、俺が開通式をしてやろうって言ってんのによ!」
あまりにも対照的な2人のチームが睨み合う。少なからず血の気の多い若手悪魔を集めればこういった小競り合いは起こるものだとか。唯一、この小競り合いを気にせずにお茶をしている穏やかそうな少年が印象的であった。
そんな彼らにいよいよ我慢の限界が来たのか、サイラオーグが向かっていく。
「アガレス家の姫シークヴァイラ、グラシャラボラス家の凶児ゼファードル。これ以上やるなら、俺が相手をする。いいか、いきなりだが、これは最後通告だ。次の言動次第で俺は拳を容赦なく放つ」
「バアル家の無能が───」
ゼファードルの言葉と共に、強烈な打撃音が聞こえる。一瞬でサイラオーグがゼファードルに拳を叩きこんだのだ。ゼファードルの魔力は決して弱くない。大一の魔力とは一線を画す程の強力なものであった。しかしサイラオーグの力はそれすらもねじ伏せた。
(あれが若手ナンバー1…)
その強さを見た大一は心の中でつぶやく。バアル家の特別な才能が無く、己の体一つで信頼を勝ち得たその実力は聞いていたが、いざ目の当たりにすると気が昂るのが感じられた。その率直さはある意味、大一が目指すところにいる存在にも思えてしまった。
間もなく、ソーナ率いるシトリー眷属も到着して若手悪魔同士の紹介が始まった。
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「先程は失礼しました。改めて自己紹介を、私はシーグヴァイラ・アガレス。大公アガレス家の次期当主です」
「ごきげんよう、私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主です」
「私はソーナ・シトリー。シトリー家の次期当主です」
「俺はサイラオーグ・バアル。大王バアル家の次期当主だ」
「僕はディオドラ・アスタロト。アスタロト家の次期当主です。皆さん、よろしく」
若手悪魔達が丸テーブルを囲み、自己紹介をする。ゼファードルはサイラオーグにやられて伸びてしまっているため不在であった。グラシャボラス家ではもともと別の跡継ぎがいたのだが、不幸があったため繰り上がりで彼が選ばれたのだとか。
大一はこの場に居合わせていることに緊張するも、その姿は見せないように努めた。己の一挙一動が主のリアスの評価に繋がる、悪魔になってから叩き込まれたことはもはや彼にとって当たり前のものなっていた。
間もなく、使用人が入ってきて部屋へと案内する。
「皆さま、大変長らくお待ちいただきました。皆さまがお待ちでございます」
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若手悪魔たちが案内された場所は、いくつもの段があった。一番上の段には現魔王の4人が座っている。そこから下に続く席には多くの悪魔が座っている。老若男女、見知った顔はほとんどいないが、全員が冥界でもそれ相応の権力者であることは疑いようもなかった。
異様な静寂が部屋を支配する中、前に出た6人の若手悪魔たちに初老の男性悪魔が厳かに話す。
「よく集まってくれた。次世代を担う貴殿らの顔を改めて確認するため、集まってもらった。これは一定周期ごとに行う若き悪魔を見定める会合でもある。さっそく、やってくれたようだが…」
「キミ逹6名は家柄、実力共に申し分のない次世代の悪魔だ。だからこそ、デビュー前にお互い競い合い、力を高めてもらおうと思う」
サーゼクスが引き取るように、言葉を続ける。この場にいる悪魔たちは、互いに悪魔界の未来を背負って行くであろう存在だ。場合によっては先日現れた「禍の団」との戦いもあるかもしれないが、上としては将来有望な存在を戦いに巻き込みたくないようであった。
その後、有力者の間で今後期待することや若手同士のレーティングゲームについての計画が話し合われた。それなりに時間をかけられて話がまとまってきた頃、サーゼクスが若手悪魔たちに目を向ける。
「最後にそれぞれの今後の目標を聞かせてもらえないだろうか?」
この問いにいの一番に答えたのは、サイラオーグであった。
「俺は魔王になるのが夢です」
はっきりと真っすぐな瞳で言い切る彼に、有力者たちも感嘆の息を漏らす。
「大王家から魔王が出るとしたら前代未聞だな」
「俺が魔王になるしかないと冥界の民が感じれば、そうなるでしょう」
力強く答えるサイラオーグに負けじと、今度はリアスが口を開いた。
「私はグレモリーの次期当主として生き、そしてレーティングゲームの各大会で優勝する事が近い将来の目標ですわ」
彼女らしい…大一はそう思った。何度かその目標は聞いたことがある。グレモリー家として、上級悪魔として、彼女の目標は上級悪魔としては普遍的ではあるが、目指す者が多いからこそ険しさを物語っていた。ならばその夢についていくだけ、大一は己をより高めることを決心するのであった。
そして若手悪魔たちが目標を答える中、異彩を放っていたのがソーナであった。
「冥界にレーティングゲームの学校を建てることです」
「レーティングゲームを学ぶところならば、既にある筈だが?」
「それは上級悪魔と一部の特権階級の悪魔のみしか行くことが許されない学校のことです。私が建てたいのは下級悪魔、転生悪魔も通える分け隔てのない学舎です」
立派な夢だ。彼女の眷属はもちろん、一誠も感心していた。しかしそんな彼らの想いとは裏腹に、多くの有権者はソーナの夢に笑いを付した。
「それは無理だ!」
「これは傑作だ!」
「なるほど!夢見る乙女というわけですな!」
「若いと言うのは良い!しかし、シトリー家の次期当主ともあろう者がその様な夢を語るとは。ここがデビュー前の顔合わせの場で良かったというものだ」
今の冥界が以前と変わりつつあるとはいえ、昔からの格差というのは強く根付いている。実際、ライザーのように上級悪魔と下級、転生悪魔を一線引いている輩は珍しくない。実力主義の悪魔とはいえ、この根深い現実を目の当たりにするのは微妙な気持ちにならざるを得なかった。
有力者たちの非情な言葉が出てくる中、声を上げたのは匙であった。
「黙って聞いてれば、なんでそんなに会長の───ソーナ様の夢をバカにするんスか!?こんなのおかしいっスよ!叶えられないなんて決まった事じゃないじゃないですか!俺達は本気なんスよ!」
「口を慎め、転生悪魔の若者よ。ソーナ殿、下僕の躾がなってませんな」
「…申し訳ございません。あとで言ってきかせます」
「会長!どうしてですか!この人逹、会長の、俺達の夢をバカにしたんスよ!どうして黙っているんですか!?」
「サジ、お黙りなさい。この場はそういう態度を取る場所ではないのです。私は将来の目標を語っただけ。それだけのことなのです」
徐々にではあるが、この集まりに暗雲が立ち込める。冷ややかで微妙な空気が流れる中、それを断ち切ったのは現魔王で彼女の姉のセラフォルーであった。
「ならなら!うちのソーナちゃんがゲームで見事に勝っていけば文句もないでしょう!?ゲームで好成績を残せば叶えられるものも多いのだから!
もう!おじさま逹はうちのソーナちゃんをよってたかっていじめるんだもの!私だって我慢の限界があるのよ!あんまりいじめると私がおじさま逹をいじめちゃうんだから!」
(わ、笑えない…!)
セラフォルーの言葉に大一は心の中で戸惑う。それは有力者も同じだったようで、ぶち切れ涙目の彼女の言葉に、多くの者がたじろいでいた。
しかし彼女の言葉がソーナやその眷属を救い上げたのも事実であった。やはり魔王である彼女の言葉の影響力は間違いないものであった。もっともソーナは恥ずかしさのあまり、顔を覆っていたが。
さらにこの状況で話を激化させる爆弾を投入したのは、サーゼクスであった。
「ちょうどいい。ではゲームをしよう。若手同士のだ。リアス、ソーナ、戦ってみないか?」
どうやらもともとリアス達がレーティングゲームをする予定があったようで、若手同士でまずはその戦いぶりを見てもらおうということだろう。
いきなりの振りではあったが、それにたじろぐ2人ではない。リアス、ソーナ共に好戦、挑戦的な笑みを浮かべ互いに向かい合った。
「公式ではないとはいえ、私にとっての初レーティングの相手があなただなんて運命を感じてしまうわね、リアス」
「競う以上は負けないわ、ソーナ」
こうして若手悪魔同士のゲームの最初の対決…オカルト研究部と生徒会という駒王学園同士のカードが決まった。
仕方ないんだけど、主人公が入り込む内容じゃないですね、はい。