目を閉じた大一が度々見る、暗く重いだけの世界。そんな場所では、この日も威圧的な声が彼の耳に入ってくる。
(近いんだ。さっさと俺に気づけ)
『だから…』
(それとも聞こえていないのか?俺だけが聞こえているってわけじゃないんだろ?)
『そもそも…』
(とにかく何度もやってきて、初めてここまで繋がれたんだ。ようやくこぎつけたチャンスなんだ。いい加減に───)
『お前は…』
「誰なんだよ!」
苛立ちながら、大一は大声を上げて体を起こす。すでに日は昇っていたが、木の上で休んでいた彼には日の光は葉によってさえぎられていた。抱いていたリュックから時計を取り出す。眠ってから40分程度しか経っていない。夜通し、魔物の群れに追われていたため休んだのが朝日が昇っていた頃であったが、これ以上眠れる気がしなかった。
アザゼルの用意したサバイバル生活が始まって数日が経過していた。たった数日であったが、いかにこの森の魔物が血の気が多いのかを思い知らされていた。下手に視線を合わせようものなら襲ってくるし、不意打ち、集団戦とやり方も様々だ。逃げることも多いため、大一は戦いが上手くなったといったものはまるで感じなかった。
むしろ生活するにあたり魔法を学び、小さいながらも火と水を出せるようになったことが一番の成長といえた。おかげで余計なことで修行の時間を削られることはなくなった。
大一は木の上から降りると、顔を洗い、リュックからひとつの果実を取り出してかぶりつく。口の中を刺激する酸味が支配した。2日目に見つけた大一の唯一の食料であった。とにかく酸味が強く、目を覚ますのにはうってつけであったが、好んで食べたいものではない。魔物の肉を焼いて食べられないかとも思ったが、鼻の良い魔物がすぐにでも匂いを嗅ぎ充てて襲ってくるため、その暇もない。結局、この周辺に群生していた果実のみが彼の食事であった。
酸味により目を覚ましたところで、大一は神器を出して素振りを始める。こんな状況下でも炎駒から教えてもらったトレーニングを止める気は無かった。もちろん、魔物が来たら中断するしかないのだが、今回はまた別の存在によって手を止めた。
「おっ、精が出ているな」
「…なにしにきたんですか?」
なぜかアザゼルがひょうひょうとした様子で、大一の方へと向かってくる。ここ数日で彼への恨みつらみは間違いなく肥大化していたため、その登場に歓迎することはできなかった。
「これからイッセーのところに行って、あいつをちょっと連れ戻すんだ」
「だったら、直接行けばいいでしょう」
「お前にもちょっと話したくてな」
「俺はお断りです」
ニヤニヤと笑みを浮かべるアザゼルに、大一はきっぱりと断りを入れる。もはや大一にとって、アザゼルは苦手とか以前に生理的に相容れないような存在だと認識している節があった。
しかしそんな大一の反応を気にせず、むしろ余計に意地の悪い笑みを浮かべていた。
「そうか。じゃあ、この差し入れもイッセーに渡すかなー」
「誰の差し入れか知りませんけど、勝手にどうぞ」
「朱乃がお前のためにせっかく作った弁当なのになー」
「…ちくしょう!すぐに準備します!」
アザゼルの方がはるかに上手であったことを認めざるを得なかった。
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「うみゃい!うみゃいよぉぉぉおおお!」
「ああ…久しぶりのまともな食事…!」
数分後、一誠は泣きながらリアスお手製のおにぎりにがっつき、大一は朱乃お手製の弁当に一口ごとに歓喜に震えていた。2人とも心身ともに過酷な状況であったため、この差し入れには最上級の感動を覚えた。
そんな兵藤兄弟の様子をアザゼルは笑って見ている。
「しかし、ハハハハ、数日見ない間に多少は良いツラになったな」
「ふざけんな!死ぬよ!俺死んじゃうよ!このドラゴンのおっさんメチャクチャ強いよ!」
一誠の文句に、彼の苦労がうかがえた。とにかく四六時中、タンニーンに追い回されたようだ。もっともタンニーンからすれば、相当手加減しているようで、なかなか禁手にならないことにやきもきしているとのことだが。
そもそも一誠に期待されているのは、ライバルである白龍皇ヴァ―リと打ち合えるほどの実力になること。それを考えれば、この特訓をこなすことは重要であった。
ヴァ―リの話が出たところで、一誠はアザゼルに尋ねる。
「あの、ヴァーリがあのとき何かをやろうとしていたんですが、あれは何なんですか?」
あの時というのは会談の際にヴァ―リと戦った時であった。アザゼルの話では、彼がやろうとしたのは「覇龍(ジャガーノート・ドライブ)」と呼ばれる強力な力であった。基本的に神器の強化は禁手であったが、神器ごとに独自に制限が加えられているのもある。二天龍の神器にはそれがあり、発動すれば暴走するもとてつもない力が発揮されるのだとか。ヴァ―リはある程度コントロールしているのだと言う。気になる内容ではあったが、大一としてはそもそもその場にいなかったので、反応しようが無かったが。
一通り、覇龍の話を終えたところで、アザゼルは大一に視線を向けた。
「さて、大一。今度はお前の番だ」
「言っておきますけど、俺に能力云々の話をしても無駄ですよ」
「そっちじゃねえよ。朱乃のことだ」
その言葉に、大一は進めていた箸を止めてアザゼルに向き直る。明らかに兄の雰囲気に一誠も気づいて食事の手を止めた。
「お前、あいつのことどう思う?」
「…信頼できる仲間ですよ」
「俺が聞いているのはそうじゃねえんだよな」
「…とにかくいい人です」
「ったく、面倒な奴だな。いいか、俺はダチの代わりにあいつを見守らないといけない部分があるんだよ」
アザゼルのダチ…それが彼の部下であるバラキエルを指していることはすぐにわかった。バラキエルが彼女に対してどんな思いがあるのかはわからなかったが、アザゼルは彼なりに責任を持っているようであった。しかし彼の期待とは裏腹に、大一の態度は煮え切らないものを感じたのであった。
アザゼルはガシガシと頭を掻いて、困ったような表情を作る。
「お前にあいつのことを任せていいものか…。関係はともかくお前は度胸と実力が足りないしな」
「結局はそこに繋がるんですね」
「まあ、この件は保留にしといてやるよ。とにかく今は小猫の方が緊急だしな」
「?小猫ちゃん、どうかしたんですか?」
いきなり出てきた小猫の名前に一誠は不思議そうにアザゼルに問う。
「どうにもな。焦っている───というよりも自分の力に疑問を感じているようだ。俺が与えたトレーニングを過剰に取り組んでてな。今朝、倒れた」
「た、倒れたぁぁあああっ!?」
一誠が驚きの声を上げ、大一は考えるように無言であごをかく。アザゼルの話では、アーシアに回復をしてもらっているが、筋肉の疲労までは戻らない。期間が限られている以上、今回の出来事は看過できないものであった。
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大一としては連れ戻されたことに場違い感を覚えてしまった。そもそも今回戻るように指示されたのは、リアスの母親ヴェネラナが一誠にまたいろいろ教え込むためだったらしい。そして大一はついでのようにそのまま連れ戻されてきた。
そんな彼は現在、小猫の部屋の壁際に座っていた。ベッドには彼女がうなだれた様子で横になっており、脇には朱乃が心配そうに座っていた。先ほどまではリアスもいて、小猫と少し話していたが、今は退室している。
小猫の見た目はいつもと違い、頭には白い猫耳が生えていた。元々は妖怪の猫又の中でも特に力の強い猫魈であった彼女だが、姉が主を殺したはぐれ悪魔となり、責任を追及されたところをサーゼクスとリアスに救われた…つまり彼女も己の力に不安を抱える存在であった。
誰も言葉を発しない重い沈黙が続く中、扉が開かれる。レッスンを終えた一誠であった。
「イッセーくん、これは───」
「いえ、だいたい聞きました」
猫耳について説明しようとした朱乃の言葉を一誠は遮る。そんな彼は小猫を見て、笑顔で訊いた。
「やあ、体は大丈夫?」
「…何をしに来たんですか?」
「…心配だから、って言ったらダメかな?」
一誠の登場に、小猫が怒っているのは明らかであった。一誠とて心配はしているだろう。だが今の彼女に、彼の言葉が素直に入るとは思えなかった。
「…なりたい」
小猫は起き上がってぼそりと呟く。
「強くなりたいんです。祐斗先輩やゼノヴィア先輩、朱乃さんに大一先輩…そしてイッセー先輩のように心と体を強くしていきたいんです。ギャーくんも強くなってきてます。アーシア先輩のように回復の力もありません。…このままでは私は役立たずになってしまいます…。『戦車』なのに、私が一番…弱いから…お役に立てないのはイヤです…」
涙目の小猫の想いが決壊したかのように、一気に流れ出た。仲間たちがどんどん強くなっていく、それに追いつけない自分の弱さがもどかしくて、情けなくて、無力な自分を恨んでしまっていた。
それでもその体に秘める猫又の力を使うのは、自分の姉の存在を想起してしまう。この力で姉と同様に大切な人たちを傷つけてしまう…己の実力と忌み嫌う力に、彼女の心はもがき苦しんでいた。
一誠はなんとか声をかけようとするが、朱乃が首を横に振ってそれを制止した。
「イッセーくん、あとは私達に任せてください」
「でも…」
「あなたは優しい人です。けれど、たまに少しだけ距離を置くことも大事ですわ。それよりもあなた自身が強くならないとダメよ。それに私も…小猫ちゃんと同じだから、一緒に乗り越えなければいけません。自分のすべてを肯定できなくても、理解しなくては先に進めないこと。私も小猫ちゃんも頭ではわかっているのですから。ただ…勇気が少しまだ足りないのです。もう少しだけ待っていて。私も小猫ちゃんも必ず。必ず───」
一誠を説得する朱乃の言葉は、最後の方は自分に言い聞かせているようであった。そんな彼女の言葉に、一誠はちらりと兄へと視線を向ける。大一の感情を彼は読めなかったが、口パクで「任せろ」と言ったことに気づくと、覚悟を決めたように2人を見る。
「はい。朱乃さん、小猫ちゃん、俺は…俺にしかできないことをやってみます」
そう言うと、一誠は部屋を後にした。再び、静かな沈黙が流れる。しばらく2人が落ち着いてきたところを見計らって、大一は朱乃に声をかけた。
「朱乃さん、ちょっとだけ小猫と2人にしてもらっていいか?」
「…わかりましたわ」
「たすかるよ」
少し腑に落ちない様子で、朱乃は部屋を出る。どっちにしろ、今の大一が意気消沈している小猫を放っておくことはできなかった。
「さてと…お前の気持ちはわかったよ。難しいよな、うん」
「…それだけですか」
「朱乃さんがさっき言っていただろ。本人がすでにわかっているのに、そこをついてわざわざ説教じみたことなんかしないよ」
「先輩は…先輩はどうやって受け入れたんですか?『犠牲の黒影』に取り込まれた時、あの神器が言ってました。先輩も自分の弱さに悩んでいたことを…」
「あの影野郎…俺の胸の想いをそこまでさらけ出していたのか」
もはやいない神器に怒りを感じつつ、大一はあの事件のことを思い出す。己の無力さ、どう頑張っても仲間に追いつけない現実、それが彼の心に重くのしかかっていた。
それを知る彼だからこそ、実力で悩む彼女を話したいと思った。そして求めるのならば、それに見合った答えを伝えたいという想いも。
「なあ、小猫?お前は俺がどれくらい弱いと思う?」
「先輩は弱くありません…!実力も経験も私なんかよりもはるかに───」
「あの影に取り込まれる前は、俺はずっと自分の無力さを恨んできたんだよ。みんながどれだけ認めてくれても、力になれないと思って情けなくてしょうがなかった。
でもあれをきっかけに気づいたんだよ。そんなこと勝手に思っていたのは自分だけだって。俺が頑張っていたことは無駄じゃなかったし、仲間がちゃんと見てくれていたんだって。まあ、要するに仲間に救われたんだな。もちろん、お前にもな」
あの頃の暗く濁った思いを浮かべながら、大一は答える。自分でも追い詰めるような考え方が間違っていたのには気づいていたが、後戻りできない感情だったのだ。しかし自分が信じる仲間たちがその想いを受け止めてくれた時、塞ぎこんでいた心に光が入った。今でも無力なのには変わりない。それでも引きずるような苦しさはなかった。
そんな大一が、彼女にしてあげられることは同じように苦しみを正面から受け止めることだけであった。自分の存在が、支えになれたらと。
「だから、今度は俺がお前を受け止める。どれだけ苦しくても、お前の力で俺は絶対に傷つかない。これでも防御だけはそこそこだからな」
きっぱりと言い切る大一に、小猫の表情は悲しそうに、同時にどこか安心したような表情になる。その顔に大一は、どことなく自分が涙を流した日を思い出した。
「あの人じゃなくて、先輩がお兄さんだったらよかった…」
「兄にはなれなくても、兄貴分でいてやることはできるさ。でもまずはしっかり休め。そうじゃないと、やろうと思っていることもままならない」
「…じゃあ、眠るまで一緒にいてください」
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15分後、大一は小猫が小さく寝息を立てたことを確認すると、静かに部屋を出る。部屋前には朱乃が立っていた。
「ごめん、無理言っちゃって」
「別にいいけど…急だったからびっくりしたわ」
「なんか他人事とは思えなくてな。まあ、境遇が違うから俺の時よりも大変だろうけど」
「小猫ちゃんなら、きっと乗り越えられるわ。でも…ちょっと…」
視線を逸らしながら、朱乃はぼそぼそと声を小さくする。伝えたいことはあるものの、それを言葉にすることに抵抗感がるように見えた。
「どうしたの?」
「…ちょっとだけ嫉妬したわ…。小猫ちゃんには自分からあんなふうに話して…」
さっきの話をこっそり聞いていたのだろう。朱乃としては、あれだけ自分から迫っているのに、なかなか応えようとしないにもかかわらず、小猫相手には大一自ら受け入れていたことには複雑な感情を抱いてしまった。
彼も彼でその想いに気づかないほど鈍くもなく、バツの悪そうに言葉を詰まらせる。
「あー…その…ごめん」
「別にいいけど…私だって…」
踵を返して去ろうとする朱乃であったが、大一は咄嗟に彼女の手を掴んで引き留めた。
「あのさ…あー…弁当、ありがとう。美味しかったし、とても嬉しかった」
「…いまする話?でもそれだけ言ってくれるなら、作った甲斐があったわ」
「今回はこれで勘弁してほしい」
「許してあげる」
互いに気恥ずかしさと喜びを感じながら、繋いだ手に力を入れる。シトリー家とのゲームまでまだ時間があるにもかかわらず、暑さが体を駆け巡っていた。
まあ、小猫相手にはこういった態度は取るでしょう。
しかし主人公の方から小猫に愛情はあっても、恋愛的な感情が向くのでしょうか?