しかし44か…数字とかけっこう気にしちゃいます。
小猫たちと話した大一は、その日のうちに魔法陣で修行場に戻ってきた。冥界の空は紫色であったが、時刻はすっかり夜になっており、闇が辺りを支配する。気のせいなのかもしれないが、この辺りは冥界とは隔離された雰囲気があった。まさかまったく別の地域ではないと思われるが…。
大一は大きく深呼吸する。この場の空気を吸うと、より自分のやるべきことがはっきりするような気持ちであった。朱乃も小猫も自分の中に眠る力を受け入れて強くなろうとしている。最終的に決めるのは彼女たちだが、間違いなく強くなるであろう。そんな彼女たちに力になりたい。たとえ劇的に強くなれなくても、いざという時に支え、助けられるくらいには。
(落ち着け…俺は俺のままで強くなればいい)
額を指で叩きながら、大一は自分に言い聞かせる。熱い頭で物事を考えて落ち着きが無くなるのは欠点だと知りながらも、なかなか直すことが出来なかった。
そんな大一がふと思い立ったのは、この奥の地域であった。ここ数日で様々な魔物と戦ったが、アザゼルの話にあった強い魔物が見受けられなかった。いや魔物自体は間違いなく強い。だがタイマンなら問題なく対応できるし、逃げるのは多数で襲われた時であった。つまりまだ見ていない強力な魔物がいる可能性がある。そしている可能性があるとすれば、まだ踏み入れていない森林の奥だと考えていた。
だがさすがにこの闇の中を突っ切るのは、無理がある。行動を明日にしようと考えた大一は木の上に登り、リュックを抱き枕代わりに眠りについた。
────────────────────────────────────────────
うっすらと徐々に意識が目覚めていくと、その周囲は何もない世界であった。これが夜の暗闇とは違うことなど、大一は充分承知している。そうなれば、間もなく例の声が聞こえてくるはずだ。あの威圧的ですべてを押しつぶすかのような声が…
(そうか。お前が俺の魔力を辿ってくればいい)
大一の体に負荷がかかるのと同時に、声が辺り一帯に響く。
(小僧、俺が強引に道を開く。そしたら魔力を辿ってここまで迎えに来い!)
何かを思いついたその声は歓喜に震えていた。それと同時に負荷は大きくなり、頭痛も酷くなっていく。
大一はギリギリと歯を食いしばりながら、この声が求めるものを考えるのであった。
────────────────────────────────────────────
翌朝…と言ってもほんのり明るくなった程度だが、大一は森の奥へと進んでいた。道はなく、雑多に踏みつけられた草をかき分けて進んでいた。傍から見れば、まったくの指針もなく歩いているように見えたが、じつのところは違った。なぜか大一と同じような魔力が森の奥からわずかに感じ取れるのだ。目が覚めた時にその魔力は彼を誘い込んでいた。同時に彼は悪夢の声を思い出す。いよいよあの声の存在が本当にいることが確定したような気がした。
進み続けて約1時間、不気味な空気に大一も警戒心を強めていた。なぜか魔物が襲ってこないのだ。歩き始めた頃は何度か集団の魔力を感じて、隠れながら進んでいたのだが、今は存在すらも感知できない。この不自然な状況に大一は首をひねりつつ、グイグイとただまっすぐに進んでいった。
さらに1時間もすると、巨大な崖がある場所にたどり着いた。正確には向こう側にも地面が続いていたため、巨大な亀裂が広がって崖を形成したような印象であった。この場所に来るまでも魔物が見つからない。むしろ今まで襲われてきたのがウソのような印象であった。
大一は向こう側の崖へと視線を向ける。両翼あればそこまで飛ぶのは苦ではないが、あいにく今のところそれが出来ない。そしてもうひとつ腑に落ちないのは…
(まさかと思うが…)
崖の下を大一は覗き込む。あまりにも深すぎて底が見えなかった。当然、こんな場所に落ちることなど自殺志願者でもしないだろう。
しかし魔力は間違いなく、この崖下から感じた。深く、暗い崖下からだ。近くにあった石を落としても、地面にぶつかった音がしないほどの深さだ。
大きく息を吐きながら、大一は座り込んでリュックから取り出した果実にかぶりつく。最悪の酸味が口内を刺激するが、口に物を入れないと落ち着かない気持ちであった。翼も無いし、錨を使って降りていくにしても今度はこの深さでは途中で体力が尽きる可能性もある。要するに手詰まりとなっているこの現状、もし動くとするならば一か八かで飛び降りるしかなかった。
大一が思案していると、急激に頭が割れるような痛みが襲ってくる。それどころか夢の声が頭の中に響いたのだ。
(来い!)
頭痛が治まらない。吐き気がする。目に光が宿ったようにチカチカする。この最悪のコンディションの状態なのだから、なおさら崖を飛び降りようとは思えない。そのはずだったのだが…。
大一は意を決して飛び降りた。もはや彼もどこかでわかっていた。悪魔になってから苦しんだ悪夢の原因が、この先にいることを。それが信用できる存在かはわからない。だが受け止めなければ、後悔すると思ったのだ。
風を切る音、体の全身に覚える浮遊感、悪夢とはまた違って不快そのものであった。風圧で目をわずかしか開けられない大一であったが、どんどん落ちていくと、地面の前に空間に大きな亀裂が入っているのが見えた。そのまま彼はその中にとてつもないスピードで突っ込んでいくのであった。
────────────────────────────────────────────
とんでもない高さから落下したのにもかかわらず、両足で着地した大一はちょっとした衝撃を感じただけで怪我は無かった。あの空間を通った瞬間、体がとてつもなく軽くなったような感覚となり、着地もとても軽いものとなっていた。
大一が落ちた場所は巨大な洞窟のようであった。奇妙な魔力が全体にいきわたっており、立っているだけでその魔力に肌を気持ち悪く触られているような気分になる。
しかし彼がそんなことに驚いている暇はなかった。なぜなら目の前には巨大な顔があったからだ。ぎょろりとした赤い目玉は大一を見据えており、牡牛のような巨大な角と自分の身長近くあるむき出しの牙がとても印象的であった。皮膚はごつごつとしていながらも鋼のように鈍い銀色の光を放っており、まるで巨大な鎧を身につけている印象であった。あまりの大きさに全身が見えないが、その顔がドラゴンであることは疑いようも無かった。
「やっとだ…長かった…」
大一を確認したドラゴンは声を漏らす。それが悪夢の中で聞いた声なのは間違いなかった。
「お前が俺を呼んでいたのか…。いったいお前は何者なんだ」
「俺か…俺の名はディオーグ!すべてを破壊する最強の龍だ!」
「…いや知らないな」
「…俺の名はディオーグ!すべてを───」
「いやさっき聞いたからわかるって」
自信たっぷりに自己紹介するディオーグというドラゴンに、大一はきっぱりと言い放つ。その態度にディオーグはカチンときた様子で、震える声で威圧してきた。
「小僧が…!俺を舐めやがって…!だいたいこの俺を知らないとか、お前本気か!?」
「あーいや、申し訳ない」
落ち着かせるように手を上げながら、大一は答える。しかしこのディオーグという名について、彼は本当に聞いたことが無かった。一誠が赤龍帝として扱われ、さらにアザゼルが入った今、何度か有名どころのドラゴンの名前は耳にする機会があったが、こんな龍の名前は耳に入ってこない。もっとも本格的に調べたことがあるわけではないので、探せばなんらかの情報が出てくるかもしれなかった。
それに見てみれば、このドラゴンは相当大きい。一誠の修行をつけているタンニーンの何倍はあろうかというほどのサイズだ。これほどの大きさの龍が無名なのは考えづらく、おそらく自分の知識不足なのだろうということで、大一は納得することとした。
「まったく、俺と繋がって初めてここまで来た奴がこんなのだとは呆れて物も言えねえよ」
(見た目の割りにチンピラ的な雰囲気あるな)
「適当にやった方がよかったか。しかしそれだと頭で考えられる奴にかかるか、わからないしな。でも同じような感覚の近くに力を飛ばした結果がこれだしな…」
「待ってくれ?それはどういうことだ?」
ディオーグの隠そうともしない独り言に大一は待ったをかける。彼の言葉の意味が気になったのだ。
「あん?だからここからでも感じられる強力なドラゴンのオーラを目印に、俺の力を飛ばして繋がりを作るんだ。そして俺に気づいてもらえるように何度も念を送るんだよ。しかし気づかれなくてな」
「…質問なんだけど、それってどういう時にやっているんだ?」
「まあ、俺が起きている時に気まぐれでだな。なにせここだと時間もわからねえから、不定期だ。寝ている時みたいな精神が隙だらけの時が、だいぶ近くまで行くんだが声まで届かねえ」
「要するに、あの悪夢はお前のせいか!」
ディオーグの告白に、大一は声を上げる。つまりこのドラゴンは赤龍帝の力をここから感じて、それを目印に力を飛ばし、近くの生物と繋がりを作ったということであった。さらに寝ている時に強引にその繋がりからコンタクトを取ろうとするため、眠っている時に悪夢として実現されていたようだ。
「最初はお前が眠っていても繋がらなかったんだぜ?幸い、どこかで魔力に当たったおかげでお前の心にも踏み込めるようになったんだが」
「魔力…俺を襲ったはぐれ悪魔か!」
「繋がりが強くなるのにも時間がかかったな。いつもなら同じドラゴンの魔力を感じれば、強くなるのによ」
「同じドラゴン…白龍皇の時の頭痛もお前か!」
どんどんこれまでの疑問が解消されていくのがわかっていく。悪魔になって悪夢を見るようになったのはそれまで魔力に縁が無かったから、頭痛の件も初めて白龍皇を見た以降は不定期に来るのはディオーグが起きていたかどうかが関係しているのだろう。
そして今の自分に流れるこの魔力…この正体がようやく何なのかがわかったのだ。
「つまり『生命(アンク)』の正体は…お前との繋がりが力になったものってことか…!」
「なにかわかったのか?」
「ああ。少なくとも長年の疑問が大きく解消された瞬間だったよ」
大一の反応に、ディオーグは興味なさそうにあくびをする。ここにいるせいか、このドラゴンがどこまで自分のやってきたことを理解しているかは甚だ疑問であった。
「その疑問解消に併せて、俺も訊きたいんだが。俺は今まで声が届くまで繋がったことが無かったんだ。お前の方で何かあったか?」
「そんなこと言われても、思いつくものは無いな…」
「精神が異常に無防備になったりとかよ。ちょっと前にお前とは違うやつが俺の心にまで侵入しようとしてきたから、それが原因じゃないかとも思ったな。まあ、威圧して吹っ飛ばしたがよ」
ゲラゲラと笑うディオーグの言葉に、大一の頭にはすぐさま「犠牲の黒影」の存在が思い浮かぶ。あれが彼を乗っ取ったことで精神的に薄弱となり、深く入り込んだ神器が一瞬ディオーグの中にも入ったということだ。つまりあの神器に憑りつかれたことが、結果的にこのドラゴンとの繋がりを強めることになっていた。同時に大一が後遺症なくあの神器から助かったのも、ディオーグが要因であったようだ。
名こそ知らないものの、ディオーグの言葉には説得力があった。先ほどから魔力を感知しようとしているが、規模が大きすぎて把握しきれない。これほどの大きさだから仕方ないとも言えるが、少なくとも自分が感知してきた相手の中ではずば抜けていた。その強力な存在感が、神器を追い払ったことに説得力を持たせている。
「まあ、過ぎたことを聞くのも意味はない。それよりも目の前のことだ。小僧、俺をここから解放しろ」
「ずいぶん上からの命令だな。解放しろってどういうことだ」
「見ればわかるだろ。俺はここに縛り付けられているんだ。お前の想像もつかないほど永い時間な」
ディオーグの目線が右を向く。その方向に大一も顔を向けると、この巨大な空間の岩壁にディオーグの腕が埋め込まれており、併せて鎖が巻き付けられていた。反対側の左腕も同様であった。おそらく見えないだけで、このドラゴンの体は他にも埋まったり、鎖が巻かれている箇所があるのだろう。
「しかしこんな大きいの…俺がどうにかできるものじゃない」
「いや、物理的に外すことは不可能だ。しかしお前が俺を取り込むことで、俺は脱出することが出来る」
「…取り込むってどうやって?」
「俺が知っている数少ない魔法だ。それを使ってお前の体の中に俺が入り込む」
「絶対にヤダ!」
大一はきっぱりとディオーグに対して断りを入れた。あの神器に乗っ取られた経験から、彼の警戒は人一倍であった。ましてや、悪魔になったきっかけのような存在が自分の中に入ってくると考えると、気味が悪いことこの上無かった。
「あん?それでお前の見た目が変わるわけでも無いし、別に問題ねえだろうが!」
「体の中にお前みたいな奴が入って大丈夫なわけあるか!こちとら前に体を乗っ取られかけて酷い目にあっているんだよ!」
「それはてめえが弱いのが原因だろうが!俺は関係ねえ!それにこの魔法では俺が主導権が握れねえんだよ!」
「だとしても、自分の体に自分じゃない存在がいるのなんて気分悪いわ!とにかく俺は拒否する!」
「ハッ!お前に拒否権があると思っているのか!お前がこの場から去ったところで、俺はまたお前に念を送りまくるぜ!俺の力にいつまでも耐えられると思うなよ、小僧!」
ディオーグの言葉に、大一は悔しそうに言葉が詰まる。このドラゴンとの繋がりを切るには現状では死ぬしかない。そうなれば、悪夢は見続けるし、あんな生活が続いて狂わない心配も無ければ、仲間を余計にも心配させるだろう。
あらゆる不安と葛藤が彼の頭を巡る。自分が悪魔になった原因が突然現れたこと、このドラゴンが自分にとってどのように影響するかということ、今の自分に出来ること…。
「…本当に変わらないのか?」
「完全に同化するわけじゃねえからな。お前の中に俺の意識が入り込むだけだ。それにこの魔法、残念なことに取り込んだ方が主導権を握るんだよ」
「残念なことにって…。くっそ、災難続きだ。でも…あー…ちくしょう!どうすればいい!」
やけ気味に反応する大一を見て、ディオーグは満足そうにニヤリと笑みを浮かべると口をもごもごと動かす。間もなく彼の脚元目掛けて血の塊を吐き出した。
「俺の血を使って、そこに言う通りの魔法陣を描け。複雑なものじゃねえよ。それと微量でいいからお前の血と俺の血を混ぜたもので、お前の腹のあたりに同じ魔法陣を描け」
数分後、大一は取り出した錨を使いながら、血で魔法陣を描く。円の中に6角形の星とシンプルなものであった。さらに自分の腕を少し切って出血させると、ディオーグの吐き出した血を混ぜて、それで同じ魔法陣を腹部に描いた。生臭い匂いが大一の鼻を貫き、これから起こることと併せると不快極まりなかった。
「…それで?」
「あとはお前が魔法陣の中に立ち、魔力を全身に流すだけだ。始めると魔力を打ち止められないからな」
「まったく最悪の気分だよ」
大一は血で描かれた魔法陣の中に立つ。緊張と不安、さらには自分への呆れが入り混じった複雑な感情であった。それでもここまで来た以上は、引き返すわけにもいかない。己の向こう見ずさを呪いつつ、大一は大きく深呼吸をした。
「どれほど待ったことか…!ようやく俺はここから出られるんだ…!」
「…よし、やるぞ」
「ああ、来い!」
大一が全身に魔力を行きわたらせ始めると、魔法陣も輝きはじめ、さらに目の前にいるディオーグが彼の腹部に向かって引っ張られていくのが見える。同時にとてつもない激痛が全身に走り、とても立っていられない状態になった。大一は錨を支えにして立つも、いつまで保っていられるかはわからなかった。これまで悪夢や頭痛にしてもその苦しみは比較にならない程だ。
間もなく、大一の意識は完全に途切れてしまった。
オリ主がというだけでなく、一誠が赤龍帝であったこともかなり影響しています。