「ゴホッゲホッ!うっぷ…オロロロ!」
目が覚めた大一はせき込み、さらに嘔吐する。体は重いわ、吐き気を催すわでその体調は最低であった。嘔吐が治まると、ふらつきながらリュックサックに近づき、水筒を取り出して中の水を一気に飲んだ。今まで生きてきて、これほど水を美味く感じたのは初めてであった。
口の水滴を拭いつつ、大一はあたりを見回す。先ほどまでいたドラゴンの姿は見えず、巨大な空洞が広がるだけであった。あまりにも大きくちょっとしたドームのように感じた。気持ちの悪い奇妙な魔力が肌を撫でる感覚、まだ少しだけ残っている生臭さ…すべてが先ほどの出来事を裏付けているように見えてしまった。
でももしかしたら…「自分がさっき見たことは夢であって、本当は落下した時に気絶してしまったのかもしれない」、そんな想いが一瞬だけ大一の頭をよぎるが、頭の中に響いた声が最後の小さな期待を打ち砕いた。
(ハッハー!成功だ!俺はようやくここから抜け出したんだ!)
(うわっ!びっくりした!)
(よくやったぞ、小僧!これで俺は自由だ!)
ディオーグの歓喜の声が、よく聞こえる。声の印象は変わらないのにもかかわらず、飛び上がりそうな興奮を感じた。
そんな彼とは対照的に大一はうなだれる。やはりこれは現実であったのだとその事実に落胆していた。ただ今の自分の手を見てみると特別変化した様子は見られない。体も自分の思い通りに動く。「犠牲の黒影」の時のように操られている感覚は無かっただけでも少し安心した。
(さあ、小僧!さっさとこんな場所とはおさらばするぞ!俺の開けた裂け目に飛んでいけ!)
(…いやちょっと待てよ!今の俺って片翼無いから、まともに飛べなかったんだった!あー、間抜けすぎる!俺とした…ことが…うん?)
自分の状態と思慮の浅さに嘆きかけた大一であったが、すぐに動きが止まる。いつも収納している翼に妙な違和感を覚えたのだ。大一は力を入れて翼を出すと、なんと両方とも現れた。左の翼はいつもの悪魔のものであったが、落とされたはずの右の翼は鋼のように光る龍の翼となっていた。
(なんだこれ…)
(俺の持つ生命力がお前の足りない部分から出てしまったか。まったく自分の力が恐ろしいものだ)
ディオーグの自画自賛を無視しながら、大一は翼を動かす。特に問題は無さそうで、飛行も可能であった。喜びよりも戸惑いの方が大きい感覚であった。
(俺も一誠のことをどうのこうの心配できない感じになってしまったな…)
己の変化と体に住む別の存在に憂いを感じつつ、大一はリュックを持って上に見える裂け目から、この奇妙な空間を後にした。
────────────────────────────────────────────
ディオーグと融合してからの修行はかなり奇妙なものであった。とにかく血の気が多いところがあるドラゴンであり、向かってくる魔物は全部倒せとまで言うことは珍しくない。そんな彼と言い争いしながら、時には逃げ、時には従って全力でぶつかることもあり、ほぼ毎日のようにそんなことを繰り返していた。
だがそんな修行を繰り返していたためか、あっという間にディオーグが自分の体にいることに慣れてしまった。
気が付けばすっかり日にちは立っており、アザゼルが迎えに来る直前まで、その日がトレーニング最終日であることを忘れて、頭の中でディオーグと見つけた怪しげなキノコを食べるかどうかで言い争っていた。
(腹減っているなら食うべきだろうが!食うものなんてすべて同じだ!)
(こんな図鑑にも載っていないキノコをおいそれと口にできるか!)
────────────────────────────────────────────
グレモリー邸に戻ってきた大一はシャワーを浴びて着替えると、一誠の部屋で仲間たちと合流する。なぜかここで修行の様子を語ることになった。
祐斗は師匠である沖田との修行の顛末、ゼノヴィアは聖剣のコントロールの内容を、一誠はドラゴン相手にサバイバル生活をしていたことについて話していた。特に一誠の内容には、全員が軽く引いていた。なんでも祐斗やゼノヴィアも外で修行していたようだが、住む場所があったのに一誠にはそれすらなかった。アザゼルもどこかで音を上げると思っていたため、そのバイタリティに感心していた。
皆がその壮絶さに目を丸くする中、大一だけは特に驚きもせずに話を聞いていた。同じようにサバイバル生活を送っていたからもあるが、それ以上に頭の中でディオーグがうるさかったため、そちらの対応に気を取られていたからだ。
(あれが俺の目印にした龍を宿しているとは…見た目じゃわからねえな)
(正確には、弟の神器に宿っているんだ。まあ、世間はほとんど同じような存在だって思っているけど。というかお前、ドライグもアルビオンもタンニーンも知らないんだな)
(おい、それ本当に実在する龍か?俺よりも強い気がしないんだが)
(ぶっちゃけ、俺から言わせてもらえばデカいだけのお前よりかは遥かに強そうな印象はあるけどな)
(噛み殺してやろうか、小僧!)
ディオーグが威圧的に声を荒げる。体が無いにもかかわらず、ガチンと歯が鳴る音が聞こえてくるような凄みに感じた。
ここ数日でわかったが、このディオーグというドラゴンは想像以上に知識が無かった。正確に言うと、知識に偏りを感じる。ドラゴンとして名を広める二天龍や五大龍という同族は知らないし、神器の存在についてもわかっていなかった。かと思えば、悪魔、堕天使、天使の種族については知っていたり、魔力や生命力、気などについては感覚的ではあるが詳しかったりと、ちぐはぐであった。
(ったく、ここらへんのドラゴンは度胸ってのが足りないな。お前はもちろんだし、その赤なんとかってのも泣きながら女に慰めてもらうとか…ガキか?)
(俺もあいつもまだガキだよ)
あまりの過酷さに一誠が泣きながらリアスに慰めてもらっていたのを見て、ディオーグが呆れるのを大一はフォローする。大一としても、もうちょっと時と場所を選んで欲しいとは思ったが。
そんな一誠を見ながら、アザゼルはぼそぼそと呟く。どうも彼が禁手に至れなかったことを残念がっていた。あと1月あれば、至れる可能性もあったのだという。大一としてはまた弟の強烈な可能性と期待がかかっているのだと感じた。
「まあ、厳しい生活をしたという意味では、コイツも同じようなもんだ。大一、お前はどうだった」
「あー…まあ、魔物から逃げたり戦ったりの連続でしたね。あっ、でも魔法は使えるようになりましたよ。実戦的ではありませんが、生活に使える程度は…」
リアスの胸に顔をうずめる一誠を除いた皆が大一に視線を向ける中、彼も同様に修行の顛末を話す。魔物との勝負に明け暮れて身体強化の練度が深まったこと、相手の場所を探るために感覚が以前よりも研ぎ澄まされて魔力感知の範囲と精度が上がったこと、魔法を少しだけ使えるようになったこと…。
ただしディオーグが自分の中に入ったこと、それによって出来ることが増えた件は一切触れようとはしなかった。あまりにも不可思議な事象に、説明が思いつかなかいことと、一度体を乗っ取られたからこそ、話せばまた皆に心配をかけるは目に見えていたからだ。ディオーグ自身もこれについては特に何も思わなかったようで、口出ししてこなかった。
アザゼルもそれなりに納得したような表情で頷く。もっとも一誠に見せたような期待的なものは感じ取れなかったが。
「お前もいい感じに顔つきがよくなってきたからな。兄弟揃って、野性味溢れるようになったじゃねえか」
「それ褒めているんですか…?」
「おー、褒めてる褒めてる。お前こそ、イッセーみたいに泣きつかなくても大丈夫か?」
「バカにしているでしょ、あんた」
返されたリュックの中身を見ているアザゼルの言葉に、大一は露骨に不機嫌そうに眉を上げた。この男が自分になにを求めているのかがまったくわからない。
大一の態度には特に反応を見せなかったアザゼルだが、急に不思議そうに首をひねって彼の方を見る。
「…おい?入れておいたエロ本どこいった?」
「腹が立ったんで、薪と一緒に火にくべました」
「なんだと!?お前、あとで他の奴らにも使うという名目で経費で落としたんだぞ!」
「知らねえよ!勝手に変なものいれるな!」
「ずりいぞォォォ、バカ兄貴ィィィィ!俺なんてなー!妄想だけでなー!ドラゴンから逃げてなー!」
「お前はこういう話の時に限って、入ってくるんじゃねえよ!」
「あらあら、私も小一時間ほどお話を伺いたいものですわ」
「耳を引っ張らないでくれって!冤罪だ!」
(堕天使の女ごときが!この俺に手を上げるなど、数億年早いこと教えてやるわ!)
(これは俺の体だ!)
外からも内からも声が聞こえる状態に、慣れたと思っていたディオーグの件を大一は後悔し始めていた。
────────────────────────────────────────────
翌日の夕方、リアス達はパーティに参加することになっていた。大々的なものではなく、名家、有力者によるお楽しみ的な要素が強いものであったが、他の悪魔たちとの交流の場であり、魔王も来るため大一としては気が抜けない感覚であった。そのため午前中は少しでも眠りたいところであったが、ディオーグの矢継ぎ早の質問に答えていたためどこか気持ちが落ち着かなかった。もっとも夜は悪夢を見なかったため、何年振りかというほど久しぶりの安眠に心を休ませていたのだが。
ネクタイを締める大一に、ディオーグが言葉を挟む。
(こんな面倒な服じゃなくて、お前の弟と同じようなやつにすればいいじゃねえか)
(たしかに一誠と同じ制服でも問題は無いんだが、俺はあいつよりも悪魔歴が長いんだ。こういう場所で着るための服があるんだから、それを身につけることに越したことないんだよ)
大一は鏡で全身を確認する。黒いジャケットが印象的なスーツ姿であった。リアスの婚約パーティ時とほとんど変わっていなかったが、ネクタイとシャツだけはうっすらと模様がついていた。身長の高さと相まってか、我ながら年齢以上の見た目だと、大一は思ってしまった。
(戦いになったら、という考えが抜けているな。この服じゃ上手く動けないだろうよ)
(こう見えても、いざという時に動きやすいものを炎駒さん…あー…師匠に選んでもらったんだ。それに戦いに行くわけじゃない)
大一は反論しながら、最終確認を終えると客間に向かう。女性陣や祐斗、ギャスパーはまだ準備中のようで、制服に身を包んだ一誠となぜかシトリー眷属の匙がいた。
「あれ?なんで匙が?」
「…あっ!大一先輩!いや会長がリアス先輩と一緒に入るというものですから」
「納得した。ということは他の眷属も?」
「ええ。みんな準備しています」
大一は静かにソファに座る。一誠はどこか驚いた表情をしており、匙の方はショックを引きづっているような雰囲気であった。
大一はそんな一誠を見て問う。
「…なんかおかしいか、俺?」
「いや兄貴のドレスコードって雰囲気変わるなと思って…」
「そういえば、しっかり見せたこと無かったな。まあ、こういうパーティでは俺はいつもこんな感じだよ。まあ、お前もおいおい知る必要があるな。
それよりも俺としてはそこのショックを受けている匙がどうしたんだと聞きたいんだが」
「ふふ…グレモリー眷属はイイですよね…。先輩も主の胸とか…寝るとか…」
「察した。匙、それは一誠だけだ。こいつの特別なラッキーにいちいちショックを受けていたらキリないぞ」
慰めるように大一は匙の背中を叩く。また聞きではあるが、彼がソーナに想いを寄せているのを知っていた。そして彼の言葉と反応を見る限り、一誠とリアスの関係性を知って愕然としたのだろう。
間もなく、ドレスコードを終えたリアス達の登場に一誠と匙が感動する中、いよいよパーティに向けて彼らは出発した。
(服なんて邪魔なだけだろ)
(お前は引きずりすぎ)
オリ主がひとりで休める日はもう来ない…。