小猫の姉である彼女も登場します。
パーティ会場に向かうにあたり、大一達はタンニーンの背中に乗せてもらった。大きく飛び立ち、いつもと違った感覚は新鮮なものであった。
しかしその間もディオーグは文句を言い続けていた。今回は自分よりもはるかに弱いドラゴンに乗せてもらっていることに呆れが入ったような内容であった。大一としてはどちらが強いかというよりも、ディオーグの根拠のない自信を目の当たりにし、止まらない文句がずっと頭の中で流れている不快感の方がはるかに面倒であったため、会場に向かっている間はずっと無視して仲間たちと話していた。
会場についてもそれは止まることなく、大一もさすがに苛立ちがピークに達しそうなものであったが、パーティが始まって料理を口にした瞬間、その煩わしさは一気に落ち着いた。
(小僧、今度はその料理だ!)
(お前、食べ物なんて全部同じとか言っていたじゃねえか)
(これだけ美味ければ話は別だ!さっさと食え!)
頭の中でディオーグの待ちきれない声が響く。どうやら大一が食べたものの味はディオーグと共有されるようで、出てくる料理の美味に彼は舌鼓を打っていた。話を聞けば、自由であった頃は倒した魔物の肉を食いちぎり、岩なんかも飲み込んでいたという偏食だったようだ。併せてそもそも飲まず食わずでも生きていける特殊なドラゴンであったため、これまであまり食事に重きを置いてなかったらしい。それでも修行時と比べてここまで変わるのかとも思ったが、文句を垂れ流されるよりはずっとよかった。
さすがにリクエスト全部を食べるほど、大一も大食いではなかったが、ディオーグと融合してからは腹が減りやすくなっていたため、結構な量を平らげられていた。
とはいえ、食べてばかりもいられない。初のパーティにぐったりしている一誠達にゼノヴィアと一緒に料理を持ってきて渡していた。特に一誠は赤龍帝の名を冠しているためリアスに連れられてフロア内を一周して、すっかり疲れていた。
「イッセー、アーシア、ギャスパー、料理をゲットしてきたぞ、食え」
「まあ、こういうのは慣れだ。ゼノヴィアの言う通り、腹に物は入れた方がいい」
「ゼノヴィア、兄貴、悪いな」
「いや、何。このぐらい安いものだ。ほら、アーシアも飲み物ぐらい口をつけた方がいいぞ」
「ありがとうございます、ゼノヴィアさん…。私、こういうの初めてなんで、緊張して喉がカラカラでした…」
3人ともげんなりした様子で食べ物や飲み物に手をつける。考えてみれば、以前のリアスの婚約パーティにも彼らは出席していなかったのだから、こういう場にはまだ慣れていないのは当然のこと。心身ともに疲れるのだろう。その割にはいつものように振舞うゼノヴィアに、大一は感心したが。
そんな中一誠に話しかける少女がいた。小柄で綺麗なドレスを着ている彼女はライザーの妹のレイヴェルであった。
「お、お久しぶりですわね。赤龍帝」
「焼き鳥野郎の妹か」
一誠の一言に、大一は軽く頭を叩く。一誠がライザーを嫌っているのは知っているが、さすがにその感情をストレートに出すのは見過ごせなかった。
「ライザー様だろうが。失礼しました、レイヴェル・フェニックス様」
「い、いえ、気になさらなくてもけっこうですわ」
「だからって叩くなよ…悪かったって。それで兄貴は元気か?」
一誠の質問にレイヴェルは嘆息する。どうやら彼女の話では一誠に負けたことですっかり塞ぎこんでしまったらしい。気の毒であったが、レイヴェル本人は才能に頼り切っていた兄にはいい薬だと、バッサリ切り捨てた発言をしていた。
そんな彼女は現在母親の「僧侶」となっている。もっともゲームに参加しないため、実質フリーなのだとか。
彼女は途中でイザベラ(後で聞くと一誠と戦った相手だとか)に呼ばれて、去り際に彼女は一誠に向き直る。
「わ、分かりましたわ。イッセー様、今度、お会い出来たら、お茶でもいかがかしら?わ、わ、わ、私でよろしければ、手製のケーキをご、ご、ご用意してあげてもよろしくてよ?」
緊張しながらもドレスの裾をつまみ上げて、彼女はパタパタと行ってしまった。一誠が不思議そうにしながら、イザベラとの話に移行する中、大一は飲み物を取りに行くと言って席を離れる。
だが頭の中は衝撃的な感情が湧いていた。レイヴェルの反応に、間違いなく一誠に気があることがわかったからだ。一誠に対してなにがあって気にかけたのか、女心の不可思議さに大一は首をひねるのであった。
(…俺にはわからない)
(小僧!今度はあの白い雲みたいなのが乗っているものだ!)
(あれはデザートだよ。お前ほど楽観的になれれば、どれほど俺も楽だろうな…)
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数十分後、魔王が壇上に上がりあいさつをするのを大一達は見ていた。通り一辺倒の内容であったが、その堂々とした立ち振る舞いは印象的であった。
そんな中、朱乃が話しかける。洋装のドレスコードをしており、いつもとは違った華やかな印象であったが、その表情は逆に困惑していた。
「…ねえ、大一。リアス知らない?」
「いや知らないな。さっきまで一緒に他の人達と話していたじゃないか」
「そうなんだけど、ちょっと席を外すってだけ言ってどこかに行っちゃったのよ。困ったわ。魔王様のあいさつの最中にリアスのことを追求されたら…」
「落ち着きなって。ちょっと見てないだけかもしれないだろう?」
2人の話を耳に挟んだゼノヴィアが入ってくる。
「そういえば、さっきイッセーも知り合いを見つけたとかであいさつ前にどこかに走っていったぞ」
「あいつの知り合いって…そんな多くないはずだが」
「まさか駆け落ちというやつか!」
「フェニックスの件を思い返せば、ある意味リアスはやっても驚きませんけど…」
「なんにせよ、探す必要はあるな。俺、ちょっと行ってくる」
そう言って、大一は静かに席を立ち、弟と主に行方を捜しに行った。とはいえ、当ても無いため近くの廊下や男子トイレへと向かうだけであった。当然のように姿が見当たらず困っていると、面倒そうなディオーグの声が頭の中に響いた。
(おい、小僧。変なの紛れこんでいるぞ)
(変なのって?)
(それなりの力を持った妖怪が一人、あと妖怪に近いが…仙人っぽいな。それと近くにお前の弟と赤髪の悪魔女、あと小せえ妖怪悪魔にここまで運んできたドラゴンだな)
(あ!?)
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事の発端は小猫がどこかへ向かうのを見て、一誠とリアスがその後を追ったことからであった。するとそこに現れたのは、小猫の姉ではぐれ悪魔となっていた猫又の黒歌と先日3勢力の会談で現れたヴァ―リの仲間の美猴だ。彼女は小猫を迎えに来たのだという。
黒歌の力は、妹である小猫がよく分かっていた。その実力が最上級悪魔にも匹敵するほどであることも。だからこそ彼女はリアス達のために、姉に従うつもりだった。しかし…
「黒歌…。力に溺れたあなたはこの子に一生消えない心の傷を残したわ。あなたが主を殺して去った後、この子は地獄を見た。私が出会った時、この子に感情なんてものは無かったわ。小猫にとって唯一の肉親であったあなたに裏切られ、頼る先を無くし、他の悪魔に蔑まれ、罵られ、処分までされかけて……。この子は辛いものをたくさん見てきたわ。だから、私はたくさん楽しいものを見せてあげるの!この子はリアス・グレモリー眷属の『戦車』塔城小猫!私の大切な眷属悪魔よっ!あなたに指一本だって触れさせやしないわっ!」
当然、リアスがそれを許すわけにいかなかった。誰よりも小猫を理解し、彼女を受け入れていたのは他でもない主のリアスなのだから。そんな彼女の言葉に、小猫は涙し自分の本当の気持ちを姉にぶつけた。
「…行きたくない…。私は塔城小猫。黒歌姉さま、あなたと一緒に行きたくない!私はリアス部長と一緒に生きる!生きるの!」
「じゃあ、死ね」
この瞬間、黒歌の雰囲気が変わった。自分の思い通りにならなかった彼女に対して、その命を狙い始めたのだ。悪魔と妖怪に効く特殊な毒霧…リアスと小猫が地に膝をつき苦しみ始めた。ドラゴンの力により、毒が効かなかった一誠は黒歌に対して向かっていくも、相手は最上級悪魔にも匹敵する実力者。それどころかブーステッド・ギアが急に機能しないという状態にまで陥ってしまった。どうやら禁手が近いようだったが、タイミングは最悪であった。
当然、それで手を抜く相手ではない。仲間に向けて撃ち出してくる魔力の攻撃を、身を挺して防ぐのであった。
血だらけの一誠はふらつきながらも立ち上がる。状況は絶体絶命であった。黒歌が特殊な空間を作ったことで何人たりとも入れない状況、ぎりぎりで援護に来たタンニーンも美猴を相手に手間取っている。この援軍が期待できない状態で、何度も黒歌の強力な攻撃を喰らえば敗北は必須であった。だからこそいきなり聞こえた声に、一誠は驚愕したのだ。
「…なんだ、この状況?」
なぜか兄の大一が驚いた表情で立っていたのだ。
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大一はポカンと口を開けて、目の前に広がる状況を確認した。上空ではタンニーンが小さい誰かと戦っているし、弟の一誠はかなりの手負い、リアスや小猫もダメージは負っていなかったが苦しそうな表情で口を手で押さえている。さらにはだけた和服に身を包む黒い猫耳の女性が複数立っていた。
ディオーグの指示通りの場所に向かって、言われた通りの箇所に魔力を流して進んだらいきなりこんな現場に出会ったのだから彼の表情はある意味で間違っていなかった。
「あ、兄貴…!?どうして…?」
「そりゃ、こっちのセリフだよ。一体全体どういう状況だ?というか、3人ともその様子は───」
「先輩…!ダメです…!ここは毒が…!」
「…毒?」
小猫の必死の説明に大一は不思議そうな表情をする。そんな彼の頭の中では、同居するドラゴンが自信満々の声を響かせていた。
(はん!毒なんかで俺と融合した体が破壊されるものか!俺はディオーグ!その体はいかなる攻撃もはじく!)
(よくわからんが、お前のおかげでなんとかなっているわけだな。とりあえず…)
大一は上着とネクタイを素早く外しながら、黒髪の女性に目を向ける。整ってどこか誘惑的な顔立ちだが、それも併せて露悪的に感じられた。
「あんたが敵ってことでいいんだよな?」
「へえ…あんたもグレモリー眷属?しかもただの悪魔じゃないわね。中に変なのがいる」
「そこまで見破るとは、ただものじゃないな。あいつは妖怪って言っていたが、その耳は…まさかお前が小猫の姉か」
「答える義理あるにゃ?」
「無いな。だが大事な主を、弟を、妹分を傷つけられた。そうなれば俺がここでやるのは───」
大一は錨を出して分身の1体に素早く接近する。しかしその分身は手から魔法陣を出して、大一の振り下ろした錨の一撃を防いだ。その瞬間、黒歌の分身は消え去る。いきなり現れた男に本物として見破られたことに衝撃的な表情を向けていた。
「その相手を倒す事だけだ」
ということで、融合した後の主人公の初戦闘のスタートです。