若手悪魔の注目度はとてつもなかった。稀代の才能に加え、名家や魔王の血縁者を筆頭に、眷属も特別な肩書きを持っているおかげか各界からは好奇心や今後を見据えた興味は尽きなかった。全体的にビジュアルの良さもそれに拍車をかけている。
つまり世間に知ってもらうためにテレビ出演が組まれることも必然的であった。ごたごたがあった先日の夜、グレイフィアから「冥界のテレビ局からの出演オファー」という連絡が入った。先日の試合が冥界での知名度を大きく上げたようだ。
テレビ収録の日、リアス達は専用の魔法陣で冥界へと向かう。到着した場所は都市部にたたずむ巨大ビルの地下で、プロデューサーの案内を受けてエレベーターで上階へと向かった。
案内のまま進んでいくと、前方に見知った男性が人を連れているのが見えた。若手悪魔ナンバー1のサイラオーグとその眷属たちだ。
「サイラオーグ。あなたも来ていたのね」
「リアスか。そっちもインタビュー収録か?」
「ええ。サイラオーグはもう終わったの?」
「これからだ。おそらくリアス達とは別のスタジオだろう。───試合、見たぞ。お互い、新人丸出し、素人臭さが抜けないものだな」
サイラオーグは苦笑しながら、今度は一誠へと視線を移す。
「どんなにパワーが強大でもカタにハマれば負ける。相手は一瞬の隙を狙って全力でくるわけだからな。とりわけ神器は未知の部分が多い。何が起こり、何を起こされるかわからない。ゲームは相性も大事だ。お前らとソーナ・シトリーの戦いは俺も改めて学ばせてもらった。───だがお前とは理屈なしのパワー勝負をしたいものだよ」
サイラオーグは一誠の肩を軽く叩いてそのまま去っていった。その後ろ姿だけでも力強く、そんな男に弟がすでに目をつけられていると思うと、大一としては奇妙な感情であった。
(あれがこの前の筋肉野郎か)
(そういやお前はサイラオーグさんを見るのは初めてか)
(妙な悪魔だぜ。獣のような匂いまでする)
(獣って失礼だな、お前。あの人は獣というよりも気高い百獣の王って感じだと思うぞ)
(まあ、意気地のないお前に取ったらあんなのでも気高いんだろうよ)
(ったく、お前みたいに敬意の無い興味の持ち方するやつは苦手だよ。これなら実力で相手を見るヴァ―リの方がマシか)
わずかに顔をしかめながら、頭の中で大一は反論する。先日、一誠は悪魔の仕事の帰りに白龍皇のヴァ―リと出会っていた。彼はなぜかディオドラを警戒するように忠告してきたのだとか。実際、試合の映像を見た時も、急激に魔力が増大するという奇妙な様子が見受けられた。先日のディオーグの奇妙な発言からして、どうにも不安がぬぐえなかった。
大一は軽く息を整えると、皆についていく。一度、楽屋に通されて荷物を置くと、すぐにスタジオへと案内された。準備中のため、局のスタッフたちがせわしなく動いている。
そんな中、リアスはスタッフや局アナと共に打ち合わせをしている。この慣れない環境でも緊張していないのは、さすがグレモリー家の後継者とも言える。一方で、ギャスパーや一誠は見るからに緊張していた。
「眷属悪魔の皆さんにもいくつかインタビューがいくと思いますが、あまり緊張せずに。それと、木場祐斗さんと姫島朱乃さんはいらっしゃいますか?」
「あ、僕です。木場祐斗です」
「私が姫島朱乃ですわ」
「お二人にも質問がそこそこいくと思います。お二人とも、人気上昇中ですから」
スタッフの話に当人と一誠が驚いた様子を見せる。なんでも祐斗は女性人気が、朱乃は男性人気が凄まじいらしい。先日のソーナとの試合でも特に注目されていた。
「まあ、妥当だな」
「納得できる理由だが、私はイッセーもその枠だと思っていたな」
「赤龍帝の知名度って一般悪魔にはどれくらいのものなのかはわからないが…」
朱乃と祐斗を見ながら、大一とゼノヴィアが言葉を交わす。考えてみれば、赤龍帝の評価は各勢力の上層が注視しているのは何度も見てきたが、他のところでの評価は彼も知らなかった。だが間もなく彼女の予想が当たっていることがわかった。
「えっと、もう一方、兵藤一誠さんは?」
「あ、俺です」
「あっ!あなたが!いやー、鎧姿が印象的で素の兵藤さんがわかりませんでした。兵頭さんに別スタジオで収録もあります。何せ、『乳龍帝』として有名になってますから」
「乳龍帝ぇぇぇぇッ!?」
(えっ、なにそのこの世の狂気が詰まったような名前…!?)
一誠が叫び、大一が意図せず口を開けて衝撃の表情をする中で、スタッフは喜々としてこの異名について説明していた。
なんでも先日の試合で「おっぱい」という単語を連呼していたことが起因して、なぜかそれが子ども達に受けてしまい「おっぱいドラゴン」などと呼ばれているそうだ。
一誠はとにかくその事実が衝撃的だったようで驚きつつも、神器の中で嘆いているドライグへの同情をしていた。
その一方で、大一は…
「…大丈夫か、先輩?」
「俺が学んできた悪魔の価値観ってなんだったんだろうなー。学園じゃなくても何度も見せられるのかなー」
「小猫、一発打ち込んだ方が良いかもしれない。先輩が壊れた」
「わかりました。この後インタビューもありますので、軽めに…えい」
「へぶっ!」
小猫の軽めの拳が大一のみぞおちに入り込む。軽めとはいえ、彼女のパワーでみぞおちに拳が入ればさすがの大一も半ば悶絶気味に正気を取り戻していた。
声にならない状態でみぞおちを抑えていると、彼とは別にディオーグが冷静に呟く。
(異名か…あった方が名前も広まりやすいか?)
(あれを参考にするのだけはやめてくれ!)
その後のインタビュー中もこのイヤな事実は頭から離れなかった。
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「…地獄かよ」
楽屋に戻った大一は意気消沈の状態で座り込むと、ぼそりと呟いた。インタビューは滞りなく終わった。リアスの言う通り、彼女への質問が大半であったし、朱乃と祐斗への質問も2人は難なく対応していた。
しかし今回のインタビューである意味強烈だったのは一誠であった。子ども達から本当に受けが良かった上に、本当に例の2つ名が浸透していた事実に直面すると、複雑な気持ちであった。もっとも人気になった最大の理由は禁手による鎧であったが、それでも子ども達が一誠に対して「おっぱいドラゴン」などと呼ぶたびに、申し訳なく思ってしまった。
「お疲れ様です」
げんなりした大一の隣に祐斗が座る。紙コップに入ったお茶を手渡してくれた。
「ありがとな。お前も大変だったろうに気をつかわせて」
「そんなことないですよ。たしかにちょっと驚いてしまいましたけど」
祐斗は恥ずかしそうに苦笑いしながら頬をかく。たしかに彼と朱乃の客人気は圧倒的であった。彼らの質問になると会場にいたファンの黄色い声援がスタジオに響く。この若さでこれほど多くの人を惹きつけるのは一種の才能だと思った。
ある程度休んだところで帰るために立ち上がると、楽屋に意外な訪問者が現れた。
「イッセー様はいらっしゃいますか?」
「レイヴェル・フェニックスか。どうしてここに?」
金髪に印象的な縦ロールを持つ美少女…レイヴェル・フェニックスであった。本人は次兄の番組があるからと言っているが、一誠に差し入れとして持ってきた手の込んだチョコレートケーキを見る限り、本当の目的は傍目からして明らかだ。
彼女はバスケットだけ渡してさっさと立ち去ろうとしたが、一誠は引き留めて祐斗に創ってもらった小型のナイフでケーキを一切れ口に運んだ。
「うまいよ、レイヴェル。ありがとう、家でもゆっくり食べさせてもらうから。ハハハ、ほら、次に会えるのいつかわからないし、感想と礼をいま言おうかなってさ。お茶も今度ちゃんと別にするから。俺で良ければだけどな」
一誠の言葉にレイヴェルは頬を赤くさせ、目を潤ませていた。まさに恋する乙女ともいうべき表情であろう。
「…イッセー様、今度の試合、応援してます!」
それだけ言うとレイヴェルがせかせかと楽屋から去っていった。面食らったような表情の弟であったが、彼女の真意に気づいていない様子なのが大一は腑に落ちなかった。
「律儀な奴…」
「小猫ちゃんの約束守った先輩が言うセリフじゃないと思いますけど」
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ディオドラとの試合も明後日に迫ったところ、大一はこの日もトレーニングルームにいた。といっても、器具を使うわけではなくいつものような筋トレや錨を出しての素振りであった。いつもやっているトレーニングをこの遅い時間に回数を増やしている時は、大抵が考え事をしている時であったが、この行為自体が先送りにしようとしている節があった。自分の悪い点だという自覚はあるのだが、もはやこれが一種の様式となっていた。
そんな彼しかいない部屋に、来訪者が現れた。
「お兄さん。お疲れ様です」
「アーシアか?一誠ならたしか風呂に行っているはずだぞ」
「いえ、お兄さんとちょっと話したくて」
「…俺と?」
大一は錨をしまうと首にかけたタオルで汗を拭いながら、近くの器具に腰をかける。アーシアも向かい合うように座った。
「なにか相談か?」
「え、えっと…やっぱりわかっちゃいました?」
「わざわざ俺のところ来るくらいだからな。一誠のことか?」
「いえ、イッセーさんのことではあるような…無いような…」
「…やっぱり不安か。ディオドラのこと」
アーシアは言葉にしづらかったのか、諦めて小さく頷いた。求婚してきたディオドラのことを思えば当然のはずだが、一誠に釘を刺したのに自分のところに来るのは不全感を抱いた。
「違うかな。結果的に俺が押し付けただけか…」
「えっ?」
「いや、なんでもない。それで求婚の件は断るつもりなんだろ?どう断ればいいか迷っているなら、ハッキリと言ってやれ。相手を傷つけない方法なんて無いんだからな」
「それは断るつもりでしたけど…どうしてわかったんですか?」
「むしろこれまでの経緯でわからない方がおかしいだろうよ。日常的にプレゼントの件で謝って、あんな平手打ちまでしたくらいだ」
「だ、だってあれはイッセーさんに酷いことを言いましたから!」
アーシアは眉をひそめながら答える。子どもっぽい印象を受ける表情であったが、その様子はディオドラへの怒りよりも一誠への特別な感情が溢れているように思えた。
「あいつのこと、やっぱり特別なんだな」
「…イッセーさんが言ってくれたんです。『そばにいていい』って。たくさんのお友達に、頼りになる先輩、慕ってくれる後輩…主も見守ってくださると実感できる、本当に今が幸せなんです。だからこの幸せを手放したくないんです。イッセーさんがそれを肯定してくれたのが、なによりも嬉しかった…」
思い出すように、夢見るようにアーシアは言葉を紡ぐ。彼女の過去はゼノヴィア達から聞いた程度しか、大一は知らない。しかしその口ぶりから彼女が後悔しているとは微塵も思わなかった。
弟の言葉が彼女の心を救うことになったのは嬉しかった。同時に自分の不全感が杞憂であったことを実感した。
「それなら、なおさらしっかり断らなきゃな」
「はい。それでお兄さんにお願いが…」
「俺に出来ることなら。ただ断ることに手伝いが出来るとは思えないがね」
「そ、その…私のうぬぼれであることは自覚しているのですが、イッセーさんはきっと次の試合、その件もあって全力で戦ってくれると思うんです。でもこの前みたいなことも無いとは限りません。だから…だからもしもの時はイッセーさんを助けてあげてください」
アーシアの言葉に、大一は意外そうに眉を上げる。
「そりゃ、もちろんだが…別に俺じゃなくてもいいだろ?リアスさんは立場上贔屓が難しいだろうが、祐斗とか…」
「もちろん皆さんのことは信用しています。ただイッセーさんは思い切りの良すぎる時もありますから、危ない時に本当の意味で止められるのはお兄さんだけなんです。それにこれは私の個人的なお願いでもありますから…」
恥ずかしそうにアーシアは目を伏せる。彼女の口からそういった言葉が出るのは意外であった。彼女の中ではディオドラの件については不安に思いつつも、すでに折り合いはつけられているのだ。それ以上に、この件で想い人が無茶をしないかが心配なのだろう。惚れた相手を心配してのこの相談は、ある種の勇気が必要であったはずだ。それを彼女が奮い起こしたことに、大一は後輩相手に尊敬するような気持ちになった。
「お前が心配することじゃない気もするが、一緒に住んで家族同然の妹分にそんなこと言われたら断る理由もないな。任せろ、いざという時は俺があいつを守るし、止めてやるからよ」
「ありがとうございます!これが終わったらなにかお礼を───」
「そこまでやるとただの利害関係の一致みたいになるだろうが。身内に甘えるのに、そういったのは抜きだ。それに俺が勝手にやったことだしな」
「ふふッ…やっぱりお兄さんにお願いしてよかったです。お兄さん達は憧れですから」
「なんだ?あいつと俺の関係なんてただの兄弟だろ」
「イッセーさんとではありません。朱乃さんとです。冥界に向かう列車でのことや、この前の試合での最後…2人の長く築いた関係は憧れなんです。私もイッセーさんと…」
小さく嬉しそうに笑うアーシアはやはり理想的に捉えやすい面があるように思えた。先日の一件を知る大一としては、彼女の想像する関係性とは程遠かった。ただ彼女のように惚れた相手のために行動を起こす必要性も実感してしまった。
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アーシアと別れた大一は風呂に向かうために、一度部屋に戻って着替えを取りに行く。できることならさっさと話しをつけた方が良いのだろうが、このびっしょりと汗をかいた状態で会いに行くのははばかられた。
だがそういう時に限って、上手くいかないことはままある。ちょうどエレベーターから出るところで目的の相手と鉢合わせした。
「あ、朱乃さん…」
「大一…えっと…」
気まずい沈黙が流れる。2人も先日のリアスを交えた話を思い出していた。この場はとりあえずスルーしたうえで、あとでしっかりと話す選択肢もあったが、アーシアとの会話で妙に気が昂っていた大一は前置きも無しに話し始めた。
「あ、あのさ…ディオドラとの試合も近いから、どうも落ち着きがないんだ。だからこの前リアスさんが言っていたみたいに話すことは難しいと思う」
「そうね。お互いに冷静でいられるか…」
「だからといってはなんだけど、試合が終わったら2人で話すためにどこか出かけないか。近場でいいんだけど、えっとなんと言えばいいか…」
「それってデートってこと?」
「デートってほど大層なものじゃない!2人で遊びに行くってくらいで、お茶を飲んで話すというか…はい、デートです」
完全に言葉を選びきれずにとっ散らかった状態であったが、彼の言葉に朱乃の表情は間違いなく明るさを増していた。
「…嬉しい。約束守ってね」
「それは必ず」
短いやり取りだけで朱乃はエレベーターに乗って下の階層に降りていく。大一は自分の部屋に戻りながら静かにガッツポーズをしたり、朱乃はその日の行動ひとつひとつに笑顔が付属されていた。
これはこれで日中にそのことを思い出してオリ主は悩むと思います。