第60話 平穏の中の戦闘
「やっぱり、どんな業界も信頼関係って必要だと思うのよ。大一ちゃんがこんなふうに時間外に来てくれるのも、その信頼関係があってこそ…と思いたいのよ。実際はどうかしら?」
「お得意様を無下にすることは俺にもできないので、その考え方でよろしいかと」
「そう言ってくれるから、好きよ~」
ある日、大一は生島の店に来て掃除を手伝っていた。悪魔の仕事をする時間では無かったが、基本的に都合がつけば依頼のあった時間に行くようにしていた。悪魔の仕事が多くないからこそできるやり方ではあったが、彼の言う通り長年の付き合いも大きい。
ただ今回は逃げてきた側面もあった。というのも、今日のこの時間に冥界で放送されている「乳龍帝おっぱいドラゴン」の鑑賞会が自宅の地下で行われていた。一誠が主役の特撮番組でとんでもない視聴率を叩きだしているのだが、大一としてはそれを見たいという気持ちは微塵も起きなかったため、生島から仕事の誘いが来たときはすぐに二つ返事で引き受けた。
「それにしても、目に見えて目のクマが取れたのは安心したわ。眠れるようになったのね」
「おかげさまで」
「今日転移してきた時は、私好みのイケメンが来たのかと思って胸が高鳴ったわ!」
「…冗談ですよね?」
「もう当然よ~!でも実際に顔はいい感じになったんじゃないかしら。前は辛気臭そうでちょっとデスマスクみたいだったし、今の方が健康的でイイ男だわ」
「あ、ありがとうございます」
生島の迫るような言い方に、大一は戸惑いながらお礼を言う。彼のように直接的な表現をしてくる相手は未だに戸惑ってしまった。それが何度も顔を合わせている相手でも慣れなかった。
当然、彼が眠れるようになったのは悪夢を見ることが無くなったからだ。ディオーグが起こしてくることも少なくないが、あっちはあっちでしっかり睡眠時間は確保しているので大一も安心して眠ることはできる。
大一は生島にディオーグの件は話していないが、炎駒から真実について彼が聞いていることを知らない。生島の方は全面的に大一と炎駒を信じて任せることにしていた。
「でもやっぱり嬉しいわ。私の長年の契約相手がいい男に育っているのが」
「生島さんのおかげでもありますよ」
「ちょっとお世辞でもそんなこと言われたら勘違いするわよ!このままじゃ、仕事無い時でも呼んじゃいそうだわ!」
生島は笑いながら、大一の背中を叩く。あまりにも強烈だったので、意識して足を踏ん張る必要性を感じてしまった。
「でも実際、お仕事無くても呼びたいときはあるのよね。話したい時とか…」
「時間空いていればお付き合いしますよ。そういう契約とすれば」
「あら、そうなの。お願いしちゃおっかな?…そうだ、大一ちゃん。好きな食べ物とかってなにかしら?」
「また唐突ですね…。えっと…そばとか」
「若いのに渋いわね」
「眠れない時からあっさりしたものが好きで」
「なるほどね。じゃあ、いつか一緒におそばを食べに行かない?私、けっこういろんなところ知っているわよ」
「それは自分としても嬉しい限りですが…」
「ふっふっふ、おじさんの若者にいっぱい食べさせたい欲求の犠牲になってもらうわ!場合によっては、他のお友達も連れてきてもらうからね!」
生島はにやにやと笑みをこぼす。よほど嬉しかったのか彼の感情が浮かれているのがわかる。
実際のところ、生島自身も浮かれているとわかっていた。店の客や弟家族とは何度も出かけている彼であったが、肩の荷を以前よりも降ろせた息子同然の大一との約束は別の楽しさを期待できるからだ。
そんな生島を見ながら、大一はふとあることを思いつく。基本的に誰にも相談するまいと決めていたが、彼になら朱乃とのデートの件を相談できるのではないかと思った。デートの日は次の日曜日であったが、今の時点で彼の緊張は相当なものであった。その緊張は少しでも軽減させたかったため、誰かに相談を考えたが生島こそ適任ではないだろうか。ただ余計に察せられることは避けたかったため、出来るだけ濁すような言い方を意識した。
「…あの生島さん、ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「あら、水臭い言い方ね。私と大一ちゃんの仲じゃないのよ」
「実は…あー…今度、知り合いが初めて女子とデートするって相談を受けたんですけど、俺はそういった経験が無いのでどうアドバイスすればいいか…」
「ふーん…」
大一の言葉に、生島は先ほどにも勝るとも劣らない笑みを浮かべる。そしてグラスを用意すると、ボトルを開けて中身を注いだ。
「生島さん、飲むにしては早いですよ」
「いいのよ、飲みたい気分だから。店も開けなければいいし。それにしても大一ちゃん、私を欺こうなどまだまだ早いわよ~。その話が知り合いじゃないことくらいお見通しなんだから」
生島は大一を指さすと、その人差し指でくるくると宙に円をかく。その仕草といい、したり顔といい、彼が大一の嘘を見破っているのは明白であった。
生島はグイっとグラスの液体をあおると、言葉を続ける。
「それでそれで相手は?」
「いやさすがにそこまでは…」
「うーん、気になるわ。ごまかすってことは私も知っている子かしら。いやでもここは敢えて聞かないでおきましょう。私は後方保護者面を取らせてもらうわ。そして正式に紹介してもらった時に盛大にパーティを開くのよ!」
完全に脇道にそれている生島の様子に、大一は話したことを少しだけ後悔した。あっさりと嘘を見破られるどころか、ここまでこの話題に喰いついてくるのは想定外であった。
とはいえ、生島も接客業をやっているだけはあるのか、またグラスの中身を飲んでから大一に向き直る。
「それでデートのアドバイスなんだけど、付け焼刃はおススメしないわ。だからひとつだけ言葉を贈らせてもらうとしたら…自分も相手も楽しむことを意識しなさい」
「楽しむ…ですか?」
「そう!デートってのはやっぱりお互いが楽しんでなんぼだからね!あーっ、大一ちゃんの幸せでお酒が進むわ!」
間もなく1杯目を空にした生島は2杯目を注ぐ。その顔はとても幸せそうで、大一も珍しくつられて口元に小さく笑みをこぼすほどであった。
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ある日の放課後の部室では一誠達が修学旅行についてお茶をしながら話していた。班を決めるにあたって、一誠、アーシア、ゼノヴィア、イリナの4人は同じ班になっていたようだ。
そんな彼らの楽しげな様子に、部長の椅子に座るリアスも話しかける。
「そういえば2年生は修学旅行の時期だったわね」
「部長たちも京都でしたよね。兄貴がお土産に八つ橋を買ってきてくれたの覚えてますよ」
「父さんが捻りないなと笑いながら、なんだかんだで一番食べていたあれか」
苦笑い気味に大一は話す。よくそんなことを覚えていたものだと、我ながら意外な気持ちになっていた。
朱乃も思い出すように話しに参加する。
「部長と一緒に金閣寺、銀閣寺と名所を回ったものですわ」
「そうね。けれど、意外に三泊四日でも行ける場所は限られてしまうわ。あなた達も高望みせず、詳細な時間設定を先に決めてから行動した方がいいわよ?日程に見学内容と食事の時間をキチンと入れておかないと痛い目に遭うわね。バスや地下鉄での移動が主になるでしょうけど、案外移動も時間がかかってしまうものだわ」
「移動の時間まできちんと把握しておかなかったのがいけませんでしたわね。部長ったら、これも見るあれも見るとやっていたら、最後に訪れる予定だった二条城に行く時間がなくなってしまって、駅のホームで悔しそうに地団駄踏んでいましたわ」
朱乃が小さく笑って言うと、リアスが顔を赤らめる。彼女にとって京都の町並みや土産屋はそれほど誘惑的で魅力的であったのだ。
しかし一誠が少し不思議そうな表情で大一を見る。
「あれ?兄貴って二条城に行ったこと話してなかったっけか?」
「ああ、俺はリアスさん達とは別の班だったからな。修学旅行時の班決めは…あれはもう経験したくないほどの激戦だったな」
「ちょっと大一!二条城の話は初めて聞いたんだけど!」
「だって話していませんでしたし。駅近くで人間に変装していた妖怪に会ったことの方がどうしても印象強くて…戦ったとかじゃないからな」
一誠達の表情を見て、すぐに付け加える。最近戦いの連続であったことを考えると、ある意味当然の反応と言えた。
カップのお茶を飲み干すと、リアスが話題を変える。
「旅行もいいけど、そろそろ学園祭の出し物について話し合わないといけないわ」
駒王学園の行事はかなり詰め込まれたところがある。この時期は学園祭も近いため、特に2年生の忙しさはかなりのものだった。やることだけ決めていれば修学旅行中はリアス達で対応可能であるため、出し物は早々に決めなければならない。
オカルト研究部は去年お化け屋敷を出していたが、その評判は学園内でも屈指のものだった。
「そうね。本物のお化けを使っていたのだもの、それは怖かったでしょうね」
「ほ、本物だったんですか…?」
一誠の驚きをまったく気にしない様子で、リアスは平然と答える。
「ええ。人間に害を与えない妖怪に依頼して、お化け屋敷で驚かす役をやってもらったわ。その妖怪たちも仕事が無くなって困っていたから、ちょうど良かったのよ」
「あとで、生徒会に怒られましたわね。当時副会長だったソーナ会長から『本物使うなんてルール無視もいいところだわ!』って」
「まあ、ソーナ会長に怒られただけで終わったのがせめてもの救いというか…」
上級生たちが思い出を懐かしんでいると、全員の携帯電話が一斉に鳴った。それが何を意味するのか、リアスは神妙な表情で全員に呼びかける。
「───行きましょう」
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すでに日が落ちている中、町にある廃工場は薄暗かったが、工場内では猛烈な戦いが繰り広げられていた。
グレモリー眷属とイリナのメンバーで対抗している相手は、英雄派の戦闘員で3人の神器持ちと百近くの黒い人型モンスターであった。最近、定期的に各勢力の重要拠点をこの英雄派たちが小規模ながら襲撃しており、この町では出てくるたびにリアス達が駆り出されていた。
相手は神器を使いこなし、戦闘員も中級から上級悪魔にも匹敵する魔力を持つ。今回の神器の持ち主は炎の攻撃を行う「白炎の双手(フレイム・シェイク)」、影を操り防御やカウンターに使う「闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)」、光の攻撃を行う「青光矢(スターリング・ブルー)」と選り取り見取りであったが、グレモリー眷属の実力はそれ以上のものとなっていた。
一誠、祐斗が禁手して切りこんでいき、大一が防御したり、ゼノヴィアが光の斬撃を飛ばして前線を支える。打ち漏らした敵はギャスパーがサポートを入れつつ、小猫やイリナが撃退。後方ではリアスが指示を出しながら、朱乃と共に魔力による強力な攻撃を行い、回復のためにアーシアも控えている。
この陣形で最近は禍の団に対応しており、同時に強くなった彼らは見事に敵を撃退していった。
「ふー。終わった」
「お疲れ様です、イッセーさん」
戦いが終わって鎧を解除した一誠に、アーシアが回復のオーラを当てる。戦いは熾烈ではあったが、グレモリー眷属側はほとんど傷も無い状態で、相手の神器持ちを2人、ゼノヴィアと小猫が発見した隠れていた相手を含めれば3人捕らえることに成功した。唯一の失態は「闇夜の大盾」を持った相手を逃してしまったことだが、敵の騒動を収めることに成功した。
大一も多少鼻血が出る程度で済んでいた。戦闘中はそれなりに攻撃を受けたが、治りが妙に速い。
「冥界への移送も終わり。まあ、今回も良い情報を得られそうにないでしょうね」
ギャスパーによって意識を奪われた神器持ちの3人は魔法陣によって冥界へと送られた。しかし情報収集はリアスの言う通り見込めなかった。どうも神器所有者は戦いに敗北した瞬間に英雄派にいた頃の記憶を失うように仕掛けられていた。おかげでいまだに有力な情報は得られていない。
加えて、何度か戦っているうちに相手は純粋なパワーではなく、搦め手を用いた戦法で挑んできた。しかも戦うたびに戦闘時間は長引き、グレモリー眷属の動きは研究されている実感があった。
みんなが違和感を抱く中、イリナが恐る恐る手を上げた。
「あ、あの、疑問に思ったんだけど…意見いいかしら?」
「ええ、お願い」
「私達を研究してると攻略しにきたってわりに、英雄派の行動って変だと思うのよ」
「変?」
「だって、私達を本気で研究して攻略するなら、2,3回ぐらいの戦いで戦術家はプランを組み立ててくると思うの。それで4度目辺りで決戦しかけてくるでしょうし。でも4度目、5度目とそれは変わらなかった。随分注意深いなーと感じたけれど…なんていうのかな、彼らのボス的な存在が何かの実験をしているんじゃないかしら」
イリナは神器を使った実験を行っていると思っているようだ。神器はまだまだ未知の部分が多い。アザゼルのような研究気質の男ならそういった目的も考えられる。そしてひとつの可能性が考えられた。神器の劇的な変化───禁手だ。
一誠が狼狽した声を出す。
「でもよ、俺達にぶつけたぐらいで禁手に至れるのか?」
「…赤龍帝、雷光を操る者、聖魔剣、聖剣デュランダルとアスカロン、時間を停止するヴァンパイア、仙術使いの猫又、体に龍を宿す悪魔、しかも優秀な回復要員までいる…。イッセー、相手からしてみれば、私達の力はイレギュラーで強力に感じると思うの。勝つ勝たない以前に、私達と戦うことは人間からしてみたら、尋常じゃない戦闘体験だわ」
要するに禁手に至るための経験値として彼らは当て馬とされていた。禁手に至るきっかけは様々ではあるが、実力者との戦いはたしかにそのきっかけには最適であった。
ちょうど全員が考えを深めようとする中、リアスが話に終止符を打つ。
「わからないことだらけね。後日アザゼルに問いましょう。私達だけでもこれだけ意見が出るのだから、あちらも何かしらの思惑は感じ取っていると思うし」
結局のところ、この場でいくら意見を出し合ったところで確定できるものではない。この問題は後日に回すこととして、彼らは魔法陣で部室へと戻っていった。
帰り支度をする中、朱乃が鼻歌を歌っていることにリアスが問う。
「あら、朱乃。随分、ご機嫌ね。S的な楽しみが出来たの?」
「いえ、そうではなくて、うふふ。明日ですもの。自然と笑みがこぼれますわ。デート。もしかしたらリアスよりも先を越しちゃうかも」
「あーもう!いちいち言わないでよ!」
「うふふ、ごめんなさい。ちょっと浮かれちゃって」
リアスの反論に、朱乃は笑みを浮かべて謝る。傍目から見て浮かれっぷりは間違いないものであった。
彼女の様子に、一誠や小猫はそわそわと落ち着かない様子、アーシアは嬉しそうに期待を込めた視線を送り、ゼノヴィアやギャスパーの方も興味ありげな様子であった。イリナは目を丸くさせて驚いた様子で近くに立っていた祐斗に2人の関係について猛烈に質問していた。
そして大一の方は…
(いよいよ明日か…。決着をつけてやろうじゃねえか)
(…デートって決闘とかじゃないからな)
(なに!?2人で水入らずって勝負ごとってことだろ!)
(当日にその考えを持ち込まれなくてよかったよ)
相変わらず、ディオーグに手を焼いていた。
なんか全体的にオリ主が落ち着いた話になりました。まあ、次回あたりからそれどころじゃなくなりそうですし…。