戦闘から戻った大一は、地下のトレーニングルームにいた。いよいよ明日がデートということに緊張が高まり、冷静を取り戻すためにトレーニングルームに来ていたが、意外な相手に掴まってしまった。
「ねえねえ、お兄さん!朱乃さんとどういう関係なの?」
「しつこいぞ、イリナ!説明するようなものじゃないっての!」
「おいおい、先輩が困っているぞ。そのくらいにしておけって」
イリナが目を輝かせて大一に問い詰め、それをゼノヴィアが諌める。2人も大一より先にトレーニングルームに来ていたが、鉢合わせになったところでイリナが質問を始めた。
「でも私の中では大一お兄さんってそういうイメージなかったのよ!というか、ゼノヴィアは知っていたの?もうどうして教えてくれなかったのよ!あっ、もしかしてまだ微妙な関係だったのかな?木場君に聞いても言葉を濁してばっかりだったし!イッセーくんもモテるし、グレモリー眷属の男子って侮れないわ!」
「ゼノヴィア、どうやったら黙るよ?」
「うーん、完全にひとりで盛り上がっているな。たいてい放っておけば落ち着くから大丈夫だと思う」
「ちょっと意地悪言わないでよ!」
イリナは頬を膨らませて抗議するが、いまいち説得力は無かった。大一としても薄々感づいていたことだったので、ゼノヴィアの口からその対応が正しいとお墨付きを得られたことに安心した。
「でもお兄さん、まだトレーニングするの?今日戦ったんだし、ちょっと動きすぎじゃない?」
「あれくらいは全然だ。俺は地力がそのまま戦闘に出るからな。というか、お前らだって同じようなものだろ」
「私はゼノヴィアと話していただけよ」
「私はアーシアやイッセーを風呂に誘うことを考えていたのだが、今は小猫のマッサージを受けていたようだからな。時間つぶしだ」
ゼノヴィアの話に大一は納得しかけた。「覇龍」を経てから、一誠の生命エネルギーは著しく消費していた。大きく寿命を削るようなものであり、アザゼルの話では百年も持たなくなるのだとか。そこで小猫が仙術を使うことで、マッサージと生命エネルギーの回復に努めていた。
「実を言うと、あれちょっと不安なんだよな」
「ん?小猫の能力がそんなに不安か?」
「いや、あいつの実力は疑っていないよ。そもそもこれ自体が仙術の特訓にも繋がるらしいじゃないか。ただあれって房中術とかもあるんだろ。妖怪って調べたらかなり複雑な特性しているらしいし、あのヘタレ性欲弟と2人きりにしていいものか…」
大一としてはこれも最近気がかりなことではあった。調べてみれば猫又は古くから異種との交配が多く、仙術を使う以上体の密着も増えるため間違いが起こらないかは不安であった。小猫が一誠を慕っていることは日頃の生活やシトリー眷属との試合を見て確信していたが、それでも無理やりといった関係になる可能性まで大一は思ってしまったほどだ。
大一の悩んでいる様子を見て、ゼノヴィアが答える。
「…イッセーが前に『兄貴は俺に辛辣だ』とこぼしていたが、たしかにそうだな」
「あいつが俺に対してエロ関連で迷惑をかけなくなったら、緩和してやるよ」
「しかし男性である以上、どうしてもそういう感情はあるんじゃないかな」
「それは俺も否定しない。ただちょっとは隠せってことだ。欲望のままに生きるなんて言われる悪魔にも、社会はあるし契約やそれぞれの価値観があるからな。またはいっそのこと振り切って相応の甲斐性を見せるか…」
「『おっぱいドラゴン』の受けはよかったみたいだけどな」
「あれ、けっこう面白かったわよ。お兄さんも一緒に見ればよかったのに。もしかしてヒーローものって嫌い?」
「名前からしてお断りだ!」
一誠のヒーロー番組「おっぱいドラゴン」の受けがいかによかろうとも、自分から関わることは絶対にしないという謎の信念を大一は決めていた。
言葉の勢いから少なくともゼノヴィアの方は納得したように頷いていた。(イリナは首をかしげていた)
「話を戻すようで悪いけどな、ゼノヴィア。これはお前にも言えるぞ。さっき風呂に誘うって本気で言っているのか?」
「うーん、ライバルが多いからどこかで差をつけなきゃと思っていたんだが…じゃあ、先輩のデートを見学して学ぶということでどうだ?」
「…俺がそれを納得すると思うか?」
「でもリアス部長やイッセー、小猫がそんな話をしていたの耳に入れたぞ」
「なるほど、よく話してくれた。あとでお礼をしてあげよう。じゃあな」
まくしたてるように話す大一はすぐにトレーニングルームから飛び出て、リアス達の部屋へと向かい、問い詰めるのであった。
後に残ったゼノヴィアとイリナは彼が勢いよく閉じた扉を見ていた。
「うーん、先輩の方はライバルが少ないからそういう考えもあるのかもしれないがな」
「それでそれでお兄さんと朱乃さんの関係って?ライバルって他にもいるの?」
「さて、私もそろそろみんなのところに行くかな」
「ちょっと無視しないでよー!」
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差し込む日差しが少々暑く、夏の残暑がまだ感じられた。大一は駅近くで朱乃を待っていた。同じ家に住んでいるのだから一緒に行けばいいような気もしたが、女性の準備やデートの雰囲気などを考えれば、待ち合わせも一種の楽しみなのだろう。
前日にディオーグにはデートがどういうもなのかを再確認して退屈なものであると植え付けていたため、すっかり眠り込んでいる。同時にゼノヴィアから聞いた話からリアス達にもついてこないようにと釘を刺していた。もはや邪魔が入る隙は無かった。
「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」
「いや、待ってはいないが…だいぶ雰囲気違うな」
合流した朱乃を見て、大一がつぶやく。髪を下ろしてフリルのついたワンピース姿といつもの彼女とは打って変わって可愛らしさが全面的に押し出された印象であった。何度かリアスも交えて私服で出かけたことはあるが、その時と比べると年齢相応な印象があった。
「おかしいかしら?」
「すごい似合っているよ。俺が見慣れていないだけだな」
「あらあら、大一もお世辞が言えるのね」
「あーはいはい。いつもらしさもあって尚のことだよ。それじゃ、行こうか…と言いたいところだが」
大一は渋い表情で駅のホームの柱を見つめる。魔力でリアス達が隠れているのがあっさりと看破できた。それどころか前日に話したゼノヴィアやイリナ、一緒に住んでいない祐斗やギャスパーまでいる。
朱乃も気づいていたようで、同じ方向に視線を向けてくすくすと笑っていた。
「昨日、言っておいたのにさ…」
「せっかくだから見せつけてあげようかしら」
「見せつけるって…手でも繋ぐとか?」
「手もいいけど…」
言葉を切ると朱乃は大一の腕にしがみつく。急に体を密着させてきたことで大一も驚き、朱乃は自分でも思い切った行動なのをわかっているのか顔が火照っていた。
「こっちは?」
「…嬉しいけど、周りの視線が気になるから…手を繋ぐで勘弁して…」
「そうね。私もデートどころじゃなくなっちゃいそう」
パッと腕を離すと、朱乃はすっと手を伸ばす。あくまで手を繋ぐのを求めているようであった。意図を理解した大一は軽く息を吐くと、彼女の差し出した手を取り共に歩き始めた。
「でもそれだったら代わりにお願いがあるんだけど」
「俺が出来る程度でお願いします…」
「その…デート中は呼び捨てがいいかなって…」
「…あー、そうきたか」
ちょっと言いづらそうな様子の大一に、朱乃は少し非難するように彼を見る。
「そうきたかって、私は気にしていたのよ。どうしていつも「さん」づけなのかって。別に年上でもないし、後輩たちには呼び捨てなのにって」
「今だから言うけど、朱乃さんとの距離感がつかめなくて…。それに主であるリアスさんを呼び捨てに出来なかったからそのまま…って感じかな」
言い淀む大一に、朱乃も少しだけバツの悪そうな表情をする。実際、朱乃も彼が悪魔になりたての頃はどのように接していいかわからなかったため、隙を見せないようにしていた面があったため、その言葉を簡単に否定できなかった。
とはいえ、せっかく出来たチャンスは逃すような彼女でもなかった。
「…本気で悩んでいた私がバカみたいじゃない。じゃあ、今日のデート中…というか、これから名前で「さん」づけは無しにして」
「わかったよ。朱乃さ…じゃなくて、朱乃」
「よろしい」
気恥ずかしさが残る大一に対して、朱乃の足取りがより軽くなる。これを皮切りに2人のデートは始まった。
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「どっちが似合う?」
ブランドショップの服屋にて朱乃が2つの服を見せる。片方は白を基調としたニットワンピース、もう片方は黒中心の大人っぽさが引き立つワンピースであった。
「どっちも似合う…というのは、反感を買いそうだな。たとえ本音であっても」
「前に言われたことを覚えていたようでなにより」
朱乃は小さく笑って服を合わせるように大一に見せる。今の雰囲気が年相応の可愛らしさを見せているが、いつもの彼女であれば大人っぽさを引き立てることも軽々しくやってのけるためどちらも似合うのは否定しようがなかった。
「うーん、難しいな。そういえばどっちもワンピースなんだね。パンツスタイルも似合うと思うんだけどな」
「…大一の口からパンツスタイルって言葉が出るのがちょっと衝撃的だわ」
「買い物に荷物持ちで何度か付き合っていれば覚えるよ」
大一はにべもなく答える。長い付き合いでも知らなかった面はあるのだと、朱乃は再認識した。
「うーん、今日はやめておこうかな」
「まあ、即決するものでもないからな。ありだろうよ」
「じゃあ、また選びに来る時には一緒に来てくれる?」
「時間を見つけて…いや時間を作って付き合うよ」
ひとりでは絶対に来ないであろう店の雰囲気だからではない。また彼女と一緒に出かけたいという感情が、デートの序盤から大一に芽生えていた。それを自覚するだけでも夏の残暑とは違った暑さが、己を支配していた。
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次に露店で買ったクレープを2人で食べていた。笑顔でその甘さを堪能する朱乃に、大一の方は驚きながらかぶりついていた。
「うん、美味しいわ…って、大一どうしたの?」
「いやすごい美味しいんだけどさ、そもそもクレープって何年振りだって思って」
「大一って甘いもの嫌いなの?リアスも交えて一緒に出かけてお茶するときってあんまりケーキとか頼まないし」
「嫌いじゃないけど、あの眠れない毎日でクリームってきつくて…」
どんよりとした表情で大一は答える。以前よりもクマが消えたはずなのに、思い出しているだけでその頃の表情に近づいているように見えてしまった。思い出したかのように胃のあたりを抑えるのも拍車をかけている。
「でも今はそんなことないんでしょう?」
「むしろこんなに美味しかったのかと感動を覚えるよ」
「私と一緒だからかもね」
「そうだろうな」
さらりと答える大一に、朱乃の耳が赤くなる。からかおうとしたら、予想外の反撃を受けたような気分であった。付き合いが長いからこそ、普段は聞けないような反応は彼女の心を高鳴らせる。実際のところはクレープの味でディオーグが起きてしまい、もっと食えと主張していたため、朱乃の言葉に本気で取り合っている余裕がなかったのだが。
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「チョウチンアンコウ…」
「こういう説明は読むと思った」
水槽前の説明が書かれている看板を目で読む大一に朱乃が答える。今度は水族館へと入った2人は深海魚のコーナーにいた。町中の小規模な場所であったが、2人とも入るのは初めてでゆっくりと見て回っていた。
「水族館って動物園よりも魚がどこにいるのかわからなくなるから、読んでどんな魚がいるのかは知っておきたくて」
「思った以上に後ろ向きな理由ね。それよりも水槽を見た方が面白いわよ」
「たしかにあっさり見つかるな。にしても、普通の魚よりもインパクトあるな」
水槽を覗き込むと、強烈な顔をしたチョウチンアンコウがゆったりと泳いでいるのが見える。真正面から見た時のインパクトは、なんとも言葉に出来ない面白さが見られた。
まじまじとチョウチンアンコウの正面顔を見ていると、朱乃が彼の腕を叩いて奥の方を指さす。
「あっちのはもっと凄くない」
「んー…ちょっと待って。どっちだ?」
「右の方よ」
「いや俺は左の方が強力だと思うね」
同じ水槽の上の方で並んで泳ぐ別々の深海魚に2人は興味深げに話を弾ませていた。互いに水槽の奥を見るために体を密着させていたことには気が向いていないほど楽しげな様子には、緊張という言葉は微塵も感じられなかった。
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デートを始めて数時間、大一の気持ちは満ち足りていた。別にこれまで遊んだことがまったく無かったわけではない。しかし悪魔になってから彼の心には、常にその責任感がついて回っていた。だがデート中、無意識にその重荷を降ろし緊張はあっという間に解け、見るもの感じるものあらゆることを楽しめていた。自分が学生であることを忘れていたかのような反応であった。
朱乃もいつもの余裕たっぷりの大人びた様子ではなく、年相応の可愛らしさが印象的であった。心の隙をさらけ出し想い人を自分が独占している、その現状に足取りは軽く自然と笑みがこぼれる。
お互いになじみ深い相手と一緒にいるだけなのにこれほど感情が昂るのは、特別な感情を抱いているからであることを2人とも自覚していた。生島の話していたように互いに楽しむことを満喫していった。
「さて、次はどこに行こうか」
「うーん、そうね…でもそろそろ…」
朱乃はちらりとつけてくるリアスを確認する。彼女の意図に気づいた大一はそのまま言葉を引き上げる。
「…撒くか」
「できそう?」
「そうだな…3つ先の角を曲がると少し大きめのコンビニがある。ここからは死角だが、たしかそこは出入り口が2つあるからそれを利用しよう」
2人は何事もなさそうに歩いていくが、角が近くなったところで走り出してすぐに死角のコンビニに入り込んだ。ゆっくりとリアス達に見つからないように奥の出入り口から出ると、さっきまで彼女たちが追ってきたルートを逆に歩いていく。
「それにしてもよく知っていたわね」
「何度か休日に走っていた時に、ここで飲み物を買っていたから。さて撒くことにも成功したし、次はどこ行こうか。映画館、ゲーセン、カラオケ…あっ、ここの奥の方にある喫茶店は紹介したいな。生島さんに教えてもらったところなんだけど」
「それは興味あるわ。そこで次のプランを立てましょうか」
10分ほど歩いていくと、目的の喫茶店が見える。生島の知り合いが経営している大きめの喫茶店で、黒い看板に店名が丁寧に掲げられ、手作りのメニュー表が力の入れている印象を与える。近くには先ほどのクレープ屋のように露店まで立ってあり、喫茶店のジェラートが売られていた。
「隠れ家的って程じゃないけど、ゆっくりするには悪くない場所だと思う」
「さすが、と言いたいけれどこんなに良い場所をどうして教えてくれなかったの?」
「ひとりでは滅多に来ないし…リアスさんや朱乃さんと出かける時はだいたい2人が先導だったからな」
「引っ張らないと大一だって何も言わないじゃない。それと名前」
「あっ!いやごめん、朱乃」
「よろしい。行こう」
言い直した大一に、朱乃は満足げな表情で手を握り直す。2人はそのまま喫茶店に入ろうとするが、突然聞こえた声に思わず足が止まってしまった。
「ジェラートを3つ、わしのはダブルでな。味はそうじゃな…」
「オーディン様、私はけっこうです。護衛中なので」
「というか、さっさと戻りますよ。こんなところで北欧の主神がウロチョロしていたらダメじゃないですか」
「そのために彼もおるんじゃ。お前はその固い頭をなんとかしなければ、まともな恋愛が出来んぞ」
「か、関係ないじゃないですか!」
大一と朱乃は入り口間際にあるジェラートの露店を覗き込む。北欧の主神のオーディンが注文をしているのを、囲むようにガタイの良い黒髪の男性とスーツ姿の銀髪の女性が立っていた。
相手もその視線に気づいて思いっきり目が合ってしまった。
「おや、誰かと思えばこの前の小童どもじゃないか」
「オーディン様、どうしてここに?」
「ふむ、説明すると長いんだが…まあ、今のところは観光じゃな」
クックッと笑いながらオーディンが答える。おそらくなんらかの仕事があって来ているのだろうが、同時にこの人なら観光も間違いなくするだろうと大一は思った。
「デート中か。若い者らしい初々しさがあるな。ロスヴァイセも見習った方がいいぞ。そのうちに行き遅れヴァルキリーになっても知らんからな」
「はいはい、そういうのはもう結構です。私にはどうせ縁もありませんから」
オーディンのからかいに銀髪の女性…ロスヴァイセは鼻を鳴らして不満を露わにする。ヴァルキリーという単語に大一は納得した。北欧で戦う女性の戦士で神にも仕える実力者であると聞いている。彼女がオーディンの付き人なのだろう。
オーディンとロスヴァイセがやり取りする中、朱乃が大一の背中に隠れるように下がる。その視線は共にいた護衛の男性に向けられていた。男性の方も朱乃へと視線を向けた後に、大一へと非難的な視線を向ける。明らかに歓迎していないようなものであったが、同時に誰かに似た雰囲気があるように大一は思えた。
「朱乃、なにをやっている?」
「あなたには関係ないわ。邪魔しないで」
朱乃の声色は衝撃的だった。当惑でありながら、冷ややかで敵をいたぶっている時ですら聞いたことのない不穏な雰囲気が感じられた。
なんにせよ、オーディンの護衛となれば名高い実力者であることは疑いようも無いため、彼女を落ち着かせる必要があった。
「お前は誰に向かって…」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
「朱乃さん、言いすぎだって!申し訳ありません!」
「貴様のような輩に謝られる筋合いもない」
「やめてよ!彼を責めないで!」
「俺のことはいいから…。あのお名前を伺ってもよろしいですか?」
男性は大一への不信感を隠さずに嘆息すると、雰囲気を崩すことなく自己紹介を始める。
「グリゴリの幹部…堕天使のバラキエルだ。姫島朱乃の父親でもある」
バラキエルとついでにロスヴァイセも初登場です。
第一印象から腰の低さがうかがえるオリ主となりました。