ロキの襲撃の翌日、兵藤家の地下一階の大広間にはかつてないほどの人が集まっていた。グレモリー眷属にイリナ、アザゼルにバラキエル、シトリー眷属、これに加えてヴァ―リのチームまでいることはどうにも反応に困るものであった。
これほどの顔ぶれが集まったのは、当然ながらロキの対策についてであった。ロキが日本に来たことはすでに3大勢力や北欧側でも問題視されており、オーディンの会談を成功させるためにもロキを退けさせる必要があった。
とはいえ、それが一筋縄ではいかない。相手は様々な術に精通している北欧の神。さらに封じられる前の二天龍にも匹敵する力を持つフェンリルまでいる。これほどの相手に各地では英雄派の襲撃も続いているため加勢も望めない。相手の戦力は絶大であるこの現状では、犠牲も覚悟しなければならなかった。
そんな現状で、アザゼルがヴァ―リに疑問を投げかける。
「まず先に。ヴァーリ、俺達と協力する理由は?」
「ロキとフェンリルと戦ってみたいだけだ。美猴達も了承済みだ。この理由では不服か?」
「まあ、不服だな。だが、戦力として欲しいのは確かだ。今は英雄派のテロの影響で各勢力ともこちらに戦力を割けない状況だ。英雄派の行動とお前の行動が繋がっているって見方もあるが…お前の性格上、英雄派と行動を共にする訳ないか」
「ああ、彼らとは基本的にお互い干渉しない事になっている。───俺はそちらと組まなくてもロキとフェンリルと戦うつもりだ。組まない場合は、そちらを巻き込んででも戦闘に介入する」
素直に組めば手を貸す、組まないなら無理にでも戦いに介入する、選択の余地がない提案をヴァ―リは示してきた。
アザゼルは困ったように頭を掻くも、その表情はすでにことを決めたような様子にも見えた。
「サーゼクスも悩んでいる様子だったが、旧魔王達の生き残りであるお前からの申し出を無下にできないと言っていてな。本当に甘い魔王だが、お前を野放しにするよりは協力してもらった方が賢明だと俺も感じている」
「納得できないことの方が多いけれどね」
付け加えるようにリアスが言う。彼女としても不満は多いだろうが、魔王の決定に意向を示したような形であった。事実、同じように不満な表情をするソーナも何も言わなかった。
「…まあ、ヴァ―リに関してはいったん置いておく。さて、話はロキ対策の方に移行する。ロキとフェンリルの対策をとある者に訊く予定だ。五大龍王の一匹、『終末の大龍(スリーピング・ドラゴン)』ミドガルズオルムだ」
ミドガルズオルムは五大龍王の1体に名を連ねる北欧のドラゴンであった。フェンリル同様にロキから生まれた存在であったため、打開策を彼から享受してもらおうとしていた。本体は深海で眠りについているため、二天龍であるドライグとアルビオン、さらに五大龍王のヴリトラとタンニーンに、アザゼルの持つファーブニルの力で龍門(ドラゴン・ゲート)というものを開き、ミドガルズオルムの意識を呼び寄せるとのことだ。
(便利なものがあるんだな)
(都合のいいものってだけだろ。まったく深海にも行けない貧弱な体だから、そんなものに頼らなきゃいけないんだ)
(自分の力が必要ないからってひがむなよ)
(そんなものに必要とされるなどこっちから願い下げだ。俺の力は呼び鈴代わりじゃねえんだよ)
大一の関心にディオーグが食って掛かる。気のせいか、最近の彼の苛立ちが増しているように思えた。よほど先日のアザゼルから伝えられたことがショックだったのだろうか。いや、彼のようなドラゴンがそのことをいちいち引きずるようなタイプとは大一には思えなかった。
そのままアザゼルは打ち合わせのためにバラキエルと共に部屋を去っていった。残された彼らの間には何とも言えない空気間が充満していた。特にヴァ―リチームの存在がそうさせていたのだが、当人たちは…
「赤龍帝!この下にある屋内プールに入っていいかい?」
「ちょっとここは私と赤龍帝である兵藤一誠の家よ。勝手な振る舞いは許さないわ」
「まーまー、いいじゃねえか、スイッチ姫───いってぇぇぇぇっ!」
美猴はグイグイとした態度と無意識の暴言でリアスの怒りを買っており…
「こ、これが失われた最後のエクスカリバーなんですね!はー、すごーい」
「ええ。ヴァ―リが独自の情報を得まして、私の家に伝わる伝承と照らし合わせて、見つけてきたのですよ。場所は秘密です」
アーサーはイリナとあっさり打ち解けてエクスカリバーの件で話していた。
そしてもうひとり…黒歌は大一と相対していた。正確に言えば、彼の後ろに隠れるように小猫とギャスパーがいるのだが。小猫は大一の後ろから警戒するように視線を向けており、ギャスパーはびくびくと怖がっていた。
「…こ、小猫ちゃん、美人ですけど、こ、怖いですぅ」
「黒歌、もっと距離取れ。小猫に近づくな」
「イジワルねぇ。まーだこの前のことを気にしているの?」
「お前みたいに流せるものじゃないんでな。とにかくさっさと離れろ」
大一は追い払うように手を振る。以前、無理やり小猫のことを連れて行こうとしたことを思い出せば、睨みを利かせるのは当然であった。
黒歌は少し考えるような素振りをすると、踊るように一歩下がった。
「やっぱりあんたつまんないわ。赤龍帝の方が面白いし、子どもを作るにも───にゃん?」
黒歌は目をぱちくりと丸くさせながら、大一を見る。彼は錨を出して脅すように彼女へと切っ先を向けていた。
「猫又の特性は知っている。だからって弟の貞操を奪わせるような男じゃねえぞ、俺は。ヴァ―リに頼みやがれ」
大一はあごでヴァ―リの方をしゃくる。彼はちょうど一誠とアーシアと話しており、先日彼女を助けたことのお礼を受けていた。
「だってヴァ―リには断られたんだもの。私はドラゴンの子どもが欲しいの。だからこそ強いドラゴンの子…赤龍帝の遺伝子が欲しいってことよ。それともお兄ちゃんは弟くんの恋愛までちょっかいをかけるブラコンかにゃ?」
「あいつの女性関係を知っているだけだ。そもそも敵対しているお前の立場を考えれば止めるだろ」
「正論しか言えないからつまらないのよ。せっかく私でも把握しきれない強力な生命力が別にあるのに、つまらないし、ドラゴンのオーラは無いしでもったいないにゃ。二天龍相当なら私も手を出したいところだけど」
「…姉さまに先輩は渡しません」
背中に隠れていた小猫が大一の脚にしがみついて、より強い目つきで黒歌を睨みつける。その様子に黒歌は珍しそうに驚いていた。
「あーらら、ずいぶんと白音に気に入られているみたいね、お兄ちゃん」
「その言い方やめろ」
「まあ、いいわ。もうちょっと本気を出せるようになったら、また話しましょうね」
妖艶な笑みを残して黒歌はヴァ―リの方へと足を運んでいった。やはり彼女は苦手だと思いつつ、大一の中で彼女の言葉が引っ掛かった。
間もなくアザゼルが戻ってきた後、一誠、ヴァ―リ、匙の3人は彼と共に転移魔法陣でタンニーンとの合流地点へと飛んでいった。
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「…とまあ、対策はそうなりました」
『又聞きで概要は知っていましたが、なんとも奇怪な状況となりましたな』
大一はひとり大広間とは別の場所で炎駒と連絡を取っていた。短い時間であったが今回のロキへの対策についての情報共有をしていたのだが、ルシファー眷属である彼からしても首をひねるような内容であったようだ。
『姫がこんなことに巻き込まれるとは、当時は思いもしませんでしたな』
「たしかに大変そうでしたけど…」
大一は先ほどまでのリアスの様子を思い返す。美猴にスイッチ姫と揶揄されて本気で怒って追い回していた姿は間違いなく炎駒の考える様子は違っていたであろう。
こんな話をしている時に、タイミングよく当の本人が姿を現した。
「あら、大一。ここでなにを…って、炎駒!久しぶりね!」
『これは姫様、お久しぶりです。お元気そうで何より』
展開していた手のひらサイズの魔法陣に移る炎駒の顔を見てリアスは嬉しそうな表情をする。彼女からすれば幼い頃からの相談相手で遊び相手でもあり、一時はこの町の活動を支援していた信頼ある相手であったため、久しぶりに話をできたことはとても嬉しそうであった。
『ちょうど大一殿から今回の件についてお話を伺っておりました』
「また私に黙って連絡していたってことね」
「ヴァ―リチームがいるところでこの話はできないでしょうよ」
肩をすくめながら大一は答える。さすがにこの正論に食って掛かるようなことはリアスもしなかった。
『しかし懐かしい顔ぶれですな。これで姫島殿もいれば、当時の懐かしさが一層のことですな』
「あー…そうね。ぜひまた皆で会いたいものだわ」
『楽しみですな。おっとそろそろ時間が…それでは姫、今度は直接お会いしましょう。大一殿、無理はなさらないように』
少しまくしたてる様に炎駒は別れの言葉と共に通信を切る。彼の様子だけでルシファー眷属の忙しさがうかがえた。
しかしそれでよかった。今の朱乃のことを考えればそこまで話を掘り下げるのは、リアスや大一としても避けたかったからだ。
「ふう…本当に朱乃が落ち着いたらまたこのメンバーで集まりたいものだわ」
「炎駒さんは朱乃さんのことをどこまで知っているんでしょうか?」
「正直、私もわからないわね。堕天使の件はもちろん知っているけど、詳しく知っているのはお兄様やグレイフィア以外はどうだか…もしかして大一もそのくらいだったかしら?」
「まあ…そうですね。だから知っておきたいんです。あの人とバラキエルさんの関係については」
大一としては朱乃の過去を聞くにあたり、一番信頼できる人物を挙げるとしたらリアスしかいなかった。もちろんアザゼルやサーゼクスから聞くこと自体はやぶさかではないが、付き合いの長さを考えると彼女の口からが客観的でないにしろ一番朱乃のことを考えたものであることを。
リアスの方も真実は朱乃の口から話すのが一番だと思う反面、大一に伝えることは自分の役目だとも思った。
大一の言葉にリアスは一瞬言葉が詰まった様子を見せるも、周りに誰もいないことを確認すると、朱乃のことを話し始める。
「…悲しい記憶よ」
日本のとある筋で名家であった姫島家の巫女…姫島朱璃という女性が、ある日手負いの状態であったバラキエルと出会ったことが始まりであった。看病して共に過ごすうちに2人は恋に落ち、やがて朱乃が生まれて、慎ましくも幸せな生活を送っていた。
だがこの事実が姫島家の親族に知られると、朱璃が堕天使に操られたのだと有名な術者がけしかけられる。この時はバラキエルが退けたものの、その術者たちは後に堕天使の敵対勢力にその居場所を教えていた。運の悪いことにバラキエルが不在であった時、敵対勢力が彼女たちの家を襲撃した。朱璃が命がけで朱乃を守ったおかげで彼女は助かったが、バラキエルが急いで戻ってきた時は全てが手遅れであった。
襲撃の時、朱乃は目の前で母を失い、同時に堕天使がどれほど憎むべき存在かを襲撃者たちが語った。彼女にとって堕天使への印象が最悪になったのはそれからであった。
そんな感情を抱えたままに彼女は天涯孤独の身で放浪し、リアスと出会った。
「…そんなことが」
すべてを聞き終えた大一がようやく絞り出した言葉はとても弱々しかった。朱乃の過去を正確に知った時、以前の彼女のことを思い出した。リアスがいる場で堕天使のハーフであることを初めて教えてもらった時のこと、彼女が一誠に受け入れられるか不安であったこと、神社での告白、ソーナとの試合前、そして先日のバラキエルとの再会…思い出すほどに彼女がいかに不安を抱えて過ごしていたのかを深く知った。
それを知るほどに大一は自分を責めた。今までの自分の言葉がどれほど薄っぺらいかということを思い知らされたのだ。彼女の支えたい、その信頼に応えたい、それを分かっているのに自分は行動をこれまで起こせなかった。ましてや、朱乃の過去が想像を超えるものであったことを知らずに、わかったつもりで接していたことにも内心苛立った。
リアスはそんな大一を察してか、彼に声をかける。
「私と出会って朱乃は以前よりも明るくなったわ。悪魔としての第二の人生が彼女にとって大きなものであったと私は思うの。それに仲間たちと出会ってからは堕天使の印象も少しずつ変わっている。あなたもそれはわかっていると思うわ。お母様の件だってどうしようもないことだってわかっているはず…でもそれを受け入れられるほど彼女もまだ強くないのよ」
「…俺の中ではあの人はいつも強い人でした。いざという時に背中を任せられる信頼のおける人…でも俺はなにも知らなかった。無責任な言葉と態度だけで、あの人の力になろうと思い上がっていました」
「だったら、あなたはどうして私に彼女のことを聞いたの」
リアスの言葉に大一はつばを飲み込む。上手く説明できないと一瞬思ったが、自分でも不思議なほど言葉を紡いでいた。
「…朱乃さんがバラキエル様に対して決してよい感情を抱いていないと思っていました。でもバラキエル様には間違いなく愛情がありますし、朱乃さんがそれに気づかない人だとは思えません。あの時の反応は感情的でしたから。なによりも本当に心の底から憎いなら、光の力だって受け入れなかったはずです。だから俺は朱乃さんのことを知れば、あの人のためになにかが出来ると思ったんです」
「やっぱりあなたはしっかり彼女を見ているじゃない。直感的なものだけではなく、彼女と一緒にいたあなただからこそ強いところも弱いところも知っているのよ」
リアスは大一の両肩に手を置く。その手に込められた力は彼女自身が目の前の男への信頼を示していた。
「朱乃のこと、あなたに任せたいの」
「アザゼル先生には真逆のことを言われましたけどね」
「それは私達の関係性を把握しきれていないだけよ。2人を眷属にした日から信頼という点であなた達を疑ったことなんてないんだから」
多分、こういう立場の眷属居たらリアスはしっかりフォローを入れてくれるとは思うのです。