早朝、大一はいつものトレーニングしながら考え込んでいた。前日、朱乃とバラキエルへの対応は後悔ばかりであった。ことを急ぎすぎていたのは否定できない。神との戦いを控えているだけでなく、朱乃とのデートや突然のバラキエルとの出会い、過去の真実を知ったことなど様々な要因が大一の気持ちを前のめりにさせていた。
さすがに一日経てば彼も冷静になっていたが、こんな時に限ってその話題を掘り返らせる相手はいるものであった。
「なあ、兄貴。朱乃さんのことどこまで知っていたんだ?」
汗を拭いながら一誠が、錨を振る大一に問う。前日にミョルニルの使い方をリアスと確認していた時に、グレイフィアが報告の書類を持ってきたタイミングで、彼女らから朱乃とバラキエルの関係について詳細を聞いていた。それが理由なのか、早朝に大一がトレーニングをする時間を見計らって、合流して共に動きながら話を振ってきた。
「俺も2人の関係性があそこまで根深いものだと知ったのはごく最近だ」
「うーん、やっぱり兄貴でもそうだったのか。バラキエルさんってそこまで悪い人じゃなさそうだから、なんかもどかしい感じがするんだよな。アザゼル先生も悪気があったわけじゃなかったしさ」
「同意はする。俺は互いに話をつけられたら一番だと思ったんだがな」
首をひねる一誠には目を向けずに、大一は答える。後で聞けば、当時バラキエルのことを緊急で招集したのはアザゼルであった。思えば、彼が朱乃を気にかけていたのは親友の娘というだけでなく、彼なりに負い目があったのは疑いようもない。そういう意味ではいまいち信頼の欠ける大一には余計なことをしないように釘を刺してきたのは当然であった。
だからこそ、本音を伝えられれば少しは確執も減ると考えていたが、その場を取り付けることはできなかった。
「それで俺にこの話をした理由は?」
「いやー、兄貴だったら何とかできないかなって。そもそも兄貴が知っていたら、もっと早く行動していたと思うんだけどさ」
その言葉に、大一は口内で歯を食いしばる。一誠は自分のことをなんだと思っているのだろうか。たしかに彼の言う通り、もっと早く知っていればこの確執を解決しようと動いていたかもしれない。しかしそれで解決するとは限らないし、そもそも大一自身が行動していたかは懐疑的であった。悪魔としての価値観や振る舞いを学んできた。それは下僕として、リアスの品格を落とさないためにも必要なことであった。そんな彼が同盟が組まれる前に種族の垣根を越えてまで、行動に踏み切れていたかはわからなかった。ある意味、ことを急いでいるのはもっと早く朱乃の重荷を降ろせたかもしれないという考えゆえだろうか。
「お前は俺を過大評価しすぎだ」
「そうか?だってみんな兄貴のこと信じているし、強いしで頼りになるよ」
「そのわりに、前にヴァ―リに越えたい相手を聞かれた時に俺の名前を出さなかったな」
「いや俺にとっての兄貴ってそういう人じゃないんだよ。なんていうのかな…ここぞという時でも常に下から支えてくれるような頼りになる人っていうか…」
(つまりお前は眼中に無い、一生の日陰者ってことだろ)
(ひねくれすぎだろ、その考え方…)
一誠が言葉を考えている最中のディオーグの一言に大一は戸惑う。さすがにそこまでマイナスな方向には考えなかったものの、一誠の言葉に懐疑的になるのは仕方なかった。リアスを筆頭に多くの仲間達の心を救っている弟から賞賛を受けても素直には受け取れない。同時に自分では行動を起こしても彼のように上手くいかないだろうとも考える。そんな性格に我ながら面倒くさいと思ってしまうものであった。
「俺でもどうしようもできないことは、いくらでもあるんだ。まあ、それでもやることをやるだけだな」
「…兄貴も割り切り良い方だよな」
「そんな性格だったら、あの最低神器に目をつけられなかったと思うけどよ」
「まあ、俺は赤龍帝の方が強いと思うがね」
兵藤兄弟の話にいきなりヴァ―リが介入してきた。歩きながら彼らに近づき、その表情はどこか楽しげにも見えた。
「何の用だ?」
「俺は兵藤一誠が早朝に動いていたのが気になっただけさ」
「一誠、お前が相手してやれ。俺はコイツと話す気はないぞ」
「おいおい、兄貴。そこまで邪険にしなくても…」
「それに俺はキミとも直接話したいと思っていたんだよ、兵藤大一」
「俺と?」
ヴァ―リはニヤリと挑発的に笑いながら、大一を見る。この類の期待は碌なことであった経験はなかった。
「正直、黒歌から話を聞いた時に俺は期待したんだよ。キミの中にいるドラゴンのことをね。禍の団では半分眉唾物としか思われていないようだが、俺は真実だと思った。かつてグリゴリにいて何度かアザゼルやコカビエルの研究も目にして、アンクと呼ばれる力が二天龍や五大龍王の近くに何度か出現していることを知っていたからな。それにこれまでとはまるで違う成長の仕方をしている赤龍帝の兄という立場だからな。その特異性には運命的なものを感じたんだ」
ヴァ―リの言わんとすることが大一には何となくわかった。どれだけ理由をつけても彼にとっては最後の言葉が本質なのだろう。自分なりの白龍皇としての価値観を持つ彼にとって、大一の存在は赤龍帝関連の気になる要因でしかないのだ。
「実際は期待外れだったが」
「ディオーグが無名のことがか?」
「それ以上に、キミ自身だよ。強さに貪欲になれず、かといって赤龍帝の彼のように特殊な成長は見込めない。ドラゴンとしての誇りもまるでない」
すでに予想されていた言葉であった。同時にヴァ―リは本当に強い相手にしか興味が無いのだろうとも思った。
「なぜ兵藤一誠のように強くなろうと思わない。俺にはそれが不思議で仕方ないんだ」
「あのな、ヴァ―リ。兄貴だって───」
「一誠、俺をフォローしなくてもいいよ。実際、俺は決心しても口だけなんだからな」
錨を振る手を止めた大一はヴァ―リを見据える。何度も同じように思われている視線を見てきた。リアスの下僕になってから自慢できるものがひとつも無かったからこそ、わかりやすい才能や特別性が無かったからこそ、向けられてきた感情だ。
しかし彼にもある自尊心と前日のディオーグの言葉が、大一に言葉を発せさせた。
「俺は強くなろうと思って望み通りに成長できるような特別さはない。気持ちひとつ、努力ひとつで成長できるほど強くない。だからってそれをそのまま受け入れるつもりはない。修行、経験、得た才能…全部含めて強くなってやるさ。それこそ二天龍以上にな」
大一の言葉にヴァ―リはおろか、一誠も驚いたような表情を見せる。彼の口から強さについての考えが出てきたことが意外なのだろう。その衝撃を感じたような表情は前日の自分を思い出させた。ディオーグの考えすべてに感化されたわけじゃない。しかし自分の強さに限界を感じる以上、必死さが足りないことを思い知らされた。今の大一にとってディオーグの強さの考え方は、自分の強さへの想い、炎駒に言った決意に近づくために必要だと感じたのだ。
「だったら期待しているよ」
想像以上に強さへの貪欲性を確認できたヴァ―リは少しだけ満足そうに表情を変えるとあっさりと去っていく。
彼の後ろ姿と大一の発言にディオーグは満足そうにしていた。
(ちょっとはわかってきたじゃねえか、小僧。次の戦いに少しは自信あるのか?)
(…お前の言葉が俺にとってそれくらい重かっただけだよ)
(だが俺の強さは乳龍帝やらケツ龍皇とかよりマシだろ)
(待て、ケツ龍皇ってなんだよ?)
(昨日、お前がいろいろ動いていた時に赤白小僧達が、ジジイ神にそう言われているのが聞こえたんだよ)
(うーわ、知りたくなかったその事実…)
大一がげんなりと顔を下に向ける一方で、一誠はヴァ―リの後ろ姿を見ながら誰に言うでもなく言葉を紡ぐ。
「兄貴があそこまで言うの意外だったな」
「…頑固なだけだ」
大一はそう言うと、再び錨を振り始める。しかし頭の中では自分に出来ることを再び考えていた。強さにしても、朱乃に対しても…。
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決戦の日ではあったが、この日は彼らは学校に来ていた。部活動の時間に学園祭の出し物を決めるためという傍から見れば変哲もないものであったが、彼ら学生にとっては重要なことだ。
そしてこの日、大一は昼休みを利用して人気のないところで朱乃に会っていた。前日の件で彼女に謝るためだ。
「昨日は本当にごめん。朱乃さんの気持ちをないがしろにしていた。俺の身勝手さで傷つけてしまった」
「…そこまで謝ってもらわなくてもいいのに。大一が私を傷つけるつもりがなかったのだって…」
「悪意が無いからって、人を傷つけていい理由にはならないよ。大切な人には尚更だろ」
大一の言葉に朱乃は一瞬体が震える。そして彼に向けた表情は深い悲しみに包まれていた。
「優しくしないで…」
「…朱乃さん?」
「一緒にいてくれるだけでよかった。あなたが私を受け入れてくれることがわかっているから。でもあなたが私のことを考えて行動すると、私は見たくないものを見てしまうの。本当はいつか直面しないといけないとわかっていても…それがイヤだから…あなたに甘えて感情的になってしまう。あなたに遠慮なく私の醜いところを見せてしまう…」
言葉を繋ぐたびに朱乃の目からは涙がこぼれ落ちていった。前日の件をどれほど後悔したのだろうか。バラキエルとの関係をどれほど悩んでいたのだろうか。リアスの言う通り、彼女自身もどこかで理解していた。母のこと、バラキエルのこと…それが仕方ないことを。しかしそれをどうしても受け入れられず、同時にこの件に恋心を抱く男性まで関わられると穏やかでいられなかった。
「私は大一を嫌いになりたくない…でもあなたに甘え続けて辛くあたっていたら、いつかそんな感情が芽生えてもおかしくない。そしてなによりも…あなたが私を嫌いになるかもしれない…!」
朱乃は苦しそうに胸を抑えながら、自分の想いを吐き出す。愛する人たちをこれ以上失いたくない、自分への信頼や愛情を手放したくない、弱くて身勝手な考え方なのは重々承知していたが、それほどいっぱいいっぱいであった。
大一はそんな彼女の様子を見ると、静かに近寄って彼女を抱きしめた。初めて彼の方から抱きしめられたことに朱乃は驚きつつ、その優しい力に心が締め付けられるような、温かくなるような矛盾した感覚が駆け巡った。
「嫌いになった時はその時だよ。朱乃さんがそう思ったならそれでいい。代わりに俺は朱乃さんを嫌いにならない。あなたが俺を嫌っても、他の人を愛しても、あなたの支えとして助けるから」
「どうして…そこまで…」
「朱乃さんからだよ。俺の弱いところを受け入れてくれたのは。だから救ってくれた人を、俺は助けたいんだ」
朱乃は何も言わず、ただ大一の胸の中でボロボロと涙をこぼす。どこまでも熱く、苦しみの感情が洗い流されてくような気持ちであった。
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「おっぱいメイド喫茶希望です!」
「却下」
一誠の提案に、リアスはすっぱりと言い放つ。あと数時間で決戦の時刻なのに、いつもの調子の弟に呆れを超えて、大一はただあるがままを傍観していた。
「でも、そうなると他の男子に部長と朱乃さんの胸を見られてしまうんだよ?」
「…くっ、無念だ。これじゃ、おっぱいお化け屋敷も無理か…」
「…そんなことを考えていたんですか、どスケベ先輩」
「お前、本当に悪い意味でぶれないな」
祐斗の言葉に、衝撃を受けてうなだれる一誠に、小猫と大一が呆れる。もはやオカルト研究部の様式美のような面すら感じられた。
そもそもの話、一誠の案に従おうものなら生徒会や教員に差し止めを喰らうのは想像に難くなかった。もっともオカルト研究部最大の特徴が、学園大人気の女性陣のレベルの高さ、男性陣の多様な理由での知名度の高さと、オカルトにまるで関係の無いものばかりであったため、彼の提案は間違いなく人気になると思われるが。
そんな中、一誠とギャスパーのちょっとした発言が一瞬だけ場を盛りあげる。
「…オカルト研究部の女子、誰が一番人気者か、とか?」
「二大お姉さまのどちらが人気か気になりますぅ」
「「私が一番に決まってるわ」」
リアスと朱乃が同時に主張する。親友でありながらも相手には負けたくないこの関係性は不思議でありながらも強い信頼関係を証明しているように見えた。
多少、持ち直したとはいえ、朱乃の感情は計りかねた。リアスと口論(大一としてはどことなく楽しんでいるようにも見えた)していたが、彼女は自分の感情を隠す事には長けている印象もあったからだ。だが仮初でも彼女らしさを目の当たりにすると、安心を覚えてしまう。
結局なにをやるか決まらなかった中、部屋の隅でずっとお茶を飲んでいたアザゼルが窓の外を見て呟く。ほぼ同時に部活終了のチャイムが鳴り響き、全員が気合いを引き締めた。
「…黄昏か。神々の黄昏(ラグナロク)にはまだ早い。───お前ら、気張っていくぞ」
『はい!』
何気にオリ主も少しずつですが、アプローチすることが増えてきた気がします。