乳神という謎の存在の登場に一誠は当惑したが、それを皮切りに続いた怒涛の展開で戦いは好転していった。乳神のおかげで朱乃とバラキエルは和解を果たし、さらに一度だけとはいえミョルニルを扱えるほどの強力な助力を得た。
ロキは警戒を強めて、量産型のミドガルズオルムをさらに複数追加で召喚するも、突如現れた謎の黒い炎のようなものが敵を捕らえた。さらに巨大な転生魔法陣からはそれに匹敵するサイズの黒いドラゴンまで現れる。
謎の黒いドラゴンの正体は匙で、アザゼルが特訓を終えた後にヴリトラ関連の神器を彼に与えた。おかげで散らばっていた神器はひとつになり、ヴリトラの意識とも取り戻し本来の力もだいぶ引き出せるようになった。五大龍王の中でも搦め手においてずば抜けた力を持つヴリトラの力は敵を弱体化しながら、動きを止めていた。匙自身かなりの負担である様子だが、一誠の呼びかけもあって彼は奮戦する。
全員が捕らえられているロキと魔物たちに狙いをつける中、ロキは苦しそうに叫ぶ。
「まだだ…!この程度で私を…このロキを…止められると思うなッ!」
ロキが黒い炎の外側に手をかざすと、またもや空間が歪みまったく別の子どもフェンリルが現れた。だがその姿はどうにも異様であった。体全体は間違いなくフェンリルなのだが、頭が2つあるという奇妙なものであった。
同時に匙が捕らえていたはずの2匹の子どもフェンリルがいなくなっている。よく見ると現れた子どもフェンリルの2つの頭部は手負いであり、すでに戦った後が見られた。どうもロキは弱体化した2匹を1匹にまとめて別の場所に転移させることで戦線復帰させたようだ。
「本来は白龍皇に力を奪われた時のための方法だったが、意外なところで役に立つ…!隠し玉はいざという時に取っておくものだ!」
ロキの指示に合体フェンリルは大きく雄たけびを上げると、匙に狙いをつけて飛び掛かるために姿勢を低くした。彼に牙の一撃でも与えれば、ロキも量産ミドガルズオルムも動けるのだから当然の選択だろう。リアス達がそれを防ごうと合体フェンリルに狙いをつけるが、大砲の弾のごとく飛び出した何かが片方の頭部に命中して敵を怯ませた。
それは一見、人の形をしているように見えた。だがよく見るとあらゆる点で異なる。肌は龍の鱗のようなものに覆われて黒く鈍く光っている。髪の中から飛び出ている角は牡牛のように力強く、歯も牙のように鋭かった。背中から生えている翼はドラゴンのものでその付け根辺りに尾のようなものが伸びている。
突然現れた存在の魔力はまるで不明であったが、その手には強固な錨が握られている。そして彼が発した声に、リアス達は驚いた。2つの声が重なっており、一方は1度だけ彼女らを脅すように自己紹介した凶暴そうなドラゴンの声、そしてもうひとつは聞き慣れた仲間の声であったからだ。
『合体か…ちょうどいい、同じような相手だ。コイツは俺らでやろう』
ドラゴンの要素を色濃く反映したような見た目の大一は合体フェンリルを相手に錨を向けるのであった。
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姿の変わった大一は、目の前の合体フェンリルの生命力を感知する。姿を現した時よりも弱まっている。ただでさえ手負いの状態で無理やりな合体をしたのだから、力を補っているとはいえ完全に回復とまではいかなかったのだろう。
『だが油断は出来ないな。牙、爪、共に健在だし、手負いの相手はどんなことをするかわからない。疲労で遅くなっているかもしれないが…おっと』
合体フェンリルが距離を詰めて上から押しつぶすように前腕を振り下ろす。予想通り距離を詰めるまでの速度は遅くなっていたため、攻撃を避けるのも苦ではなかった。
合体フェンリルは苛立つように今度は腕を薙ぎ払う。上に飛んでかわせば、牙の餌食になるのは間違いなかったが、避けなければその爪に引き裂かれて、剛腕で吹き飛ばされるだけだ。
しかし大一は地に足を踏みしめると、錨の柄で攻撃を防ぐ体勢を取る。
「オオオオオオオオオオンッ!」
『さっきと同じチビが相手なら楽勝だと思ったか』
合体フェンリルは苦しそうに吠えながら腕を下げる。振り払おうとした前腕は妙な方向に曲がっており、折れているのが明らかであった。
その一方で大一には傷ひとつついていなかった。爪は錨で防いだのもあったが、圧倒的な体格差にも関わらずまったく動じずに攻撃を受けきっていた。
ディオーグの生命力を表面化させたこの状態は、間違いなく大一の力を強化した。これまでの感知能力や硬度調節能力はもちろんのこと、純粋に肉体強化もされて、龍の鱗も混じった皮膚のおかげで炎や氷、雷などの攻撃にも耐性が出来ていた。
しかし最大の変化は硬度ともうひとつ、体の重さを調節できるようになったことであった。軽くすることはできないが、全身や体の一部、さらに錨も重くすることで体格差がある相手に対しても打ち合える。ディオーグ曰く、かつて硬度と重さを変化させる能力でその堅牢さを誇っていたようだ。
『しかしこれでお前の力を一割も引き出せていないのは信じられないが…』
『俺が言っているんだ。間違いない』
大一は自問自答するようにひとりで会話する。正確にはディオーグの人格も同じように表に出たため、ひとりで会話しているように見えるだけなであった。しかし体のコントロールは完全に大一のものであったため、動きに迷いが生じるような様子はなかった。
『この状態っていつまで持続できる?』
『そんなもん知るか。俺はあのドラゴン共のような便利アイテムじゃねえんだぞ。お前の身体がはじけ飛ぶまでだろうよ』
『じゃあ、とにかく戦えってことか』
怯んだ合体フェンリルの片方の顎を目掛けて大一は突撃する。直前に自身の重さを増やすことで相手の身体を大きくよろめかせた。さらに口から魔力を数発撃って目くらましをすると、もうひとつの頭部を目掛けて重くした錨を振り下ろした。先ほど祐斗が聖魔剣で攻撃した傷口に再び攻撃されるものだから、敵としてはたまったものでなかった。
とはいえ、大一も余裕があるわけではない。能力を使うたびに身体がきしむような感覚がある。この重さの調節が慣れていないせいか身体に負担をかけていた。元より硬度調節だけでなく、ディオーグの強靭な肉体あってこその能力なのだろう。すでに悲鳴をあげている身体ではどこまで持つかは微妙なところであった。
大一は魔力を通じて後ろの様子をうかがう。量産ミドガルズオルムが次々に散っていく。併せて、朱乃とバラキエルによる強力な雷光、匙の相手を捕縛する黒炎、そして力を与えられた一誠のミョルニルの波動がロキへと向けられていた。間もなく決着がつくのは想像に難くない。
『こっちもやるぞ!』
大一が気合いを入れ直す中、合体フェンリルは何度も牙や爪で攻撃を仕掛ける。しかしそれは動揺ゆえの行動であり、攻撃というよりは相手を近づけさせないため、そして早くこの状況を終わらせるために必死で抵抗しているように見えた。
牙をかわし、爪を防いで、大一は合体フェンリルが体力を消耗していくのを確認する。同時に魔力や生命力を辿って、相手の弱いところを探した。急ごしらえで融合させたのだから、必ずどこかにほころびが生じていると考えていた。間もなく、2つの頭のつなぎ目辺りが弱いことに気づく。狙うべき場所がわかればやるべきことはひとつだ。
腕を大振りしてきたところを狙い、全身を硬く、重くしてフェンリルの腕部を掴んだ。
『持ち上げるは無理だが…これは…どうだッ!』
可能な限りの魔力で腕力を強化すると、引きずるように合体フェンリルを振り回して、近くの岩肌に横向きに叩きつけた。大きく岩が砕ける音が耳に響くが、それに反応している暇はない。
すぐに上空へ飛び上がると、起き上がろうとするところを狙って合体フェンリルの2つの頭部の間に錨を振り下ろした。重くするにあたり、上から下に向かう方が体力の消費も少なく、同時に重さを存分に活かすことができた。合体フェンリルの身体の中央線を切り裂くと、鮮血が噴き出す。血は大一の体にかかり、肉が千切れる感触が錨を通じて伝わった。そして錨が地面に到達したとき、敵はわずかにうなった後に絶命した。錨から手を放し、しびれる腕を見ながら大一はポツリと呟く。
『つ、疲れた…!』
『終わって言うことがそれかよ』
肩で息をする大一に、ディオーグが呆れ気味に答える。自分が倒せたことに半ば信じられない気持ちになっていた彼は、後ろでも決着がついたことにすぐには気づかなかった。
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「この戦い方は考えないとな」
戦いが終わってげっそりとした様子で大一は呟く。体は元に戻っており、その表情は疲労に満ちていた。見事にロキを退けた彼らは勝利を喜んでいた。神相手に勝利をもぎ取れたのは誇ってよいことだろう。しかしその中にヴァ―リチームはいなかった。どうも戦闘が終わって間もなく煙のように退散したようだ。
大一は魔法で水を出すと体についた血を洗い流す。ディオーグの力を引き出した際に上半身の服は破れて、足の爪も伸びるものだから、今の彼は破れた服にズボンだけという酷い見た目であった。
体にも強烈な疲労感が残っている。魔力のおかげで傷こそ負わなかったものの、負担が大きかったのだと実感できる。怪我ではないため、アーシアの回復が効果をなさないのがもどかしかった。そもそもフェニックスの涙を必要とするほどの出血の後であそこまで動けることが驚きであった。例の姿になった際に、今までの疲れと貧血が引いていき力がみなぎってきたのだから不気味にも思えた。もっとも姿が戻ってからは、その感覚が再び襲ってきたので、今の彼はげんなりした様子で座り込むしかなかったわけだが。
(だが悪くなかった。俺も久々に暴れられたしな)
頭の中でディオーグが満足そうに話す。人格が表に出ただけでなく、体を動かしている実感も彼にはあったようだ。本来の自分の体格とまるで違うのに気にならなかったのかと大一は思ったが、今のディオーグに水を差すとまた何を言われるかわからないため聞き役に徹した。
大一はわずかに頭を上げて目の前の合体フェンリルを見る。生命力は感じず、絶命しているのはわかっていても威圧感があった。そんな怪物を自分が倒したことも信じられなかった。
ふと先日、キメラとなったフリードの言葉を思い出す。彼の言う通り、自分も「化け物」の類であることは否定できなかった。今回、ディオーグの力を引き出したことは尚のことであった。
大一は体の向きを変えて、離れたところにいる一誠達を見る。彼は匙を起こした後に、バラキエルと話していた。バラキエルの方は朱乃に支えられており、その表情は穏やかであった。何を話しているかまでは聞こえないものの、2人の確執を解消させたことの感謝の言葉なのは想像に難くなかった。
「片や『英雄』、片や『化け物』か」
大一が誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいてすぐ、リアスが大一のもとに飛んでくる。彼女は勝利の余韻を味わった笑顔で彼に手を伸ばした。
「お疲れ様。最後のあれはなんだったのかしら?」
「ディオーグの生命力を魔力と混ぜていつものように行きわたらせました。ああいった姿になるのは意外でしたけど」
「体に異常は?」
「疲労がものすごく感じるくらいです。個人的にはよくこれで済んだと思いますよ」
大一はリアスの手を取り立ち上がると、彼女に支えられながら皆のもとに向かっていく。思った以上に足取りが重かった。
「今回の戦いは大きなものを得たわ。オーディン様を守れたことや神に勝利したことだけじゃない。あなたはさらに強くなったし、朱乃も父親との関係が改善した…万々歳ね」
「本当に一誠はすごいですよ。乳神とか言い出した時は困りましたけど…あいつは俺に出来ないことを見事にやってのける。朱乃さんもあいつだったら…いたっ!」
すっかり疲れた様子の大一に、リアスの手刀が飛ぶ。想像以上の鋭い一撃に大一は受けた額を抑える。だがリアスは当然の報いとも言うように目で訴えかけていた。
「まったくイライラするわね。戦いの時くらいの思い切りの良さをそっちにも活かしなさいよ。親友として見ていてモヤモヤするわ」
「いやしかし問題を解決したのはあいつですし…」
「それを言ったら、あなただって動いていたでしょう。彼女だってそれに気づかないほど馬鹿じゃないんだし、2人の関係はそれで変わるほど希薄なものじゃないわ。それに私は朱乃にイッセーを渡すつもりはないわよ」
皆のもとに近づいていくと、仲間たちが集まってくる。リアスと交代するように祐斗が大一の身体を支えると、彼女は大一の背中を押すようにポンと叩く。
「あなたらしいけど、決めるところは決めなさいよ」
ヒロインとの関係性はどうなるか…。次回あたりで7巻分も終わると思われます。