結局、レイナーレ出せなかったですね、うん…。
堕天使との戦いの翌朝、オカルト研究部は新しく眷属となったアーシアを迎えるパーティを催していた。そんな学校も始まっていない早朝に、大一は人目のつかない木の陰に寄りかかっていた。パーティには遅れることは話してある彼の目の前には手のひらサイズの魔法陣が浮かんでおり、そこから東洋の龍のような顔をした生物が映っていた。
大一はその生物…炎駒に今回の堕天使との戦いについて説明していた。一部の堕天使の身の計画であったこと、堕天使の目的がアーシアというシスターの神器であったこと、一誠の神器が覚醒して首謀者を打ち倒したこと…話が進むほど炎駒は眉をひそめて渋い表情になっていく。
最後にリアスがレイナーレを消滅させたことを話し終えると、低く落ち着いた声で炎駒が答える。
『では大きな問題に発展することはなさそうですな』
「その辺りはリアスさんも注意を払っていたので大丈夫かと思われます。今回の一件はただの小競り合いと思っていだたければと。今回の件でルシファー眷属に迷惑をかけることはありません」
『元よりその辺りは心配していません。それよりも姫が新しく眷属を2人…しかも大一殿の弟とは…』
苦虫を嚙み潰したような表情で炎駒は言葉を絞り出す。彼にとって何が腑に落ちない様子であることが、大一には手に取る様にわかった。炎駒は大一が悪魔になるきっかけを知る数少ない人物のひとりであり、リアスの兄であるサーゼクスの眷属でもあった。大一にとっては戦い方を教えてくれた師でもあり、悪魔の中でも信頼を置ける相手である。炎駒も大一を気にかけ、同時にリアスの状況を知るための連絡係として重宝する節があった。
炎駒の様子を見て、落ち着かせるように大一は言葉を続ける。
「あいつに神器があることは知らなかったんです。アーシアも神器持ちでしたし、こうなったのはある意味必然と言えるのではないでしょうか」
『…そのアーシア殿は僧侶でしたな。それで弟殿は兵士。駒の数は?』
「7つです」
『7…!』
悪魔の駒にも限りがある。基本的にチェスの駒と数は同じため兵士の駒は8つだが、単純に1つに1人を眷属にできるというわけでは無い。そこには対象の力量が大きく関係する。弱ければその分使用する駒は少ないし、逆に強いほどそれに応じた駒が消費される。駒の種類と相性もあるが、基本的にはその実力や存在価値によって大きく変わるものであった。
今回の一件で、新たに眷属となった2人はそれぞれ僧侶と兵士。アーシアの方はリアスが持っていた残り1つの僧侶の駒で転生悪魔となったが、一誠の方は兵士の駒を7つも使うことになった。
彼の持つ神器は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』と呼ばれる神器の中でも珍しく特別に強力な神滅具(ロンギヌス)というものであった。鍛えればあらゆるものを何倍にも力を上げることができるその特性は、堕天使の討伐にも大いに役に立った。
「ええ。おそらく俺が駒を1つ取っていなかったら、弟で8つは埋まっていたでしょうね」
大一は自嘲気味に答える。3年近くグレモリー眷属として生きていたのに、弟が自分を遥かに超える強力な力を持っていることには、戸惑いに加えちょっとした嫉妬も抱いてしまう。
同時に弟が悪魔に関わるのは時間の問題であったことを確信した。それほど強力な力を持っているのなら、いずれどこかの勢力が狙ってくる。むしろ自分の味方としていてくれた方がまだ安心はできた。もっとも炎駒は同意してくれない様子であったが。
炎駒は大きくため息をつくと、悲しそうな表情で大一に視線を向けた。
『今からでも大一殿が悪魔を辞める選択肢があれば、と思っています』
「俺を鍛えてくれた恩人の言葉とは思えませんね」
『恩人ですか…。いいですか、大一殿。貴殿を眷属にするとなった時に、姫を説得するのを諦めたのは私の生きている中で大きな後悔のひとつです。当時どんな理由があろうとも、結果的にあなたを巻き込んでしまったのは私の落ち度なのです。貴殿のような一般人を戦いの中に放り込むなど…』
「勝手に言わないでくださいよ。炎駒さんが思うことじゃない。あの時、選択したのは俺なんです。俺が勝手にやったことですよ。仲間たちがいるのだって嬉しいですしね。とにかく報告はしましたからね」
『ん…そうですな』
これ以上、話をしても同じことの連続だと思った大一は話を切り上げようとする。さすがに炎駒も察したのか、話を終結に向かわせる。
『まだ目の下のクマは取れませんな。次に冥界に来る時に、検査はするのですぞ』
「その原因究明には期待していませんけど、わかりました。それでは失礼します」
魔法陣を消え炎駒の顔も消えると、急激に脱力感が襲ってきた。師匠である男への連絡はいつも緊張を張り詰めた感覚であった。
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「悪い、遅れた」
「おせ―よ、兄貴!」
「お前と違って忙しいの」
炎駒との連絡用魔法陣を切った大一はオカルト研究部の部室に足を運ぶ。すでにテーブルの大きなケーキの一切れをぱくつく者もいれば、宴会芸のような漫画の必殺技を練習する弟の姿があった。
「はい、お茶」
「ありがとう」
朱乃が渡してくれた紅茶のカップを受け取り、口に流し込む。早朝に染み渡る温かさであった。
リアスはアーシアに何か教示していたし、祐斗と小猫は一誠の一発芸に戸惑ったり、拍手したりとしていた。そんな中、朱乃が大一に小声で問いかける。
「遅れると言ったのは炎駒様に連絡?」
「そうしないと、今回の小競り合いについてリアスさんがサーゼクス様にどこまで報告するかは分からないしさ」
「妥当ですわ。イッセーくんのことについても?」
「隠す理由も無いし。炎駒さんがサーゼクス様に話すかはまた別だけどさ」
大一はちらりと一誠に視線を向ける。それは大一が悪魔になった時とは対照的で、前向きでポジティブな印象を受ける笑顔であった。覚悟は決めたつもりであったが、悪魔としての非現実を今後何度も目の当たりにすることを考えると、大一としては決して喜べるものでは無かった。とは言え…
(悩んでも仕方が無いことか)
彼にどれほどの困難が待っているかは予想もつかないが、兄として、悪魔の先輩として大一はさらに気を引き締めるのであった。
これで1巻分は終わりとなります。
次回は2巻に行くか、それとも8巻の番外編分を挟むか…。