第73話 呼び出しを受けて
2年生の修学旅行が間近に迫ったある日、グレモリー眷属は冥界にあるリアスの実家に来ていた。新たに眷属となったロスヴァイセの紹介がメインであったが、帰り際にたまたま寄っていたサーゼクスにあいさつしようとすると、なんとこれまた偶然居合わせたサイラオーグと鉢合わせした。その結果…
「サーゼクス様の意向とはいえ、まさかこんなことになるとは…」
「急な展開よね」
大一のぼやきに朱乃が頷く。場所はグレモリーの城の地下にある広いトレーニングルーム。その中央で一誠とサイラオーグが向かい合っていた。サーゼクスの計らいで、今からこの場で2人は手合わせすることになった。互いに格闘が主体の2人ではあるが、どこまでのものになるかはいまいち読めなかった。
一誠がブーステッド・ギアを出す一方でサイラオーグは黒いタンクトップ姿になる。覗かせる肉体は岩のように強固な印象を受けるほど、屈強であった。
(すごい筋肉だ。龍人状態の俺らくらいあるぞ)
(お前の肉体は、身長のわりに絞り込まれた感じだからな)
(前より食べるようになってから少しは増えているよ)
中にいるディオーグもこの手合わせには興味を示したのか、起きて事の次第を見守っていた。
一誠が禁手に至る準備を始める。その間、サイラオーグはまったく動かなかった。禁手化した一誠の全力に期待しているのは明白であった。間もなく一誠の身体が強固な赤い鎧によって覆われると、手合わせが始まった。
目の前で起こっている勝負はあまりにも衝撃的であった。一誠とは何度も模擬戦をしているし、彼の魔力や活躍もよく知っている。神滅具と呼ばれるほどのブーステッド・ギアの力もよくわかっている。だからこそ、身ひとつでそれに対応しているサイラオーグの実力は衝撃的であった。
「俺の武器は3つだ。頑丈な体、動ける足、体術。───いくぞッ!」
その言葉は事実だろうと、大一は思った。一誠の拳を正面から防ぎ切り、ブースト機能で加速する相手にも追いつくスピード、そして強固な鎧をも砕く拳打…動きのひとつひとつが彼の強さと裏打ちされた努力を物語っていた。
しかし一誠も負けてはいない。「戦車」へとプロモーションすると、サイラオーグに対して何倍にも強化した重い一撃を放った。サイラオーグもカウンターで一誠の腹部に鋭い拳を入れるが、彼は耐えながらも連続で拳を振るっていく。ついにはサイラオーグ相手に鼻血を出させた。
互いに油断ならず、拳の応酬を行う。もはや手合わせというには2人も全力で打ち合っているようにしか見えなかった。だが一誠が徐々に押されていく。やはり実力面ではサイラオーグの方に一日の長があるように思えた。
そんな状況で、アーシアが突然叫びだす。
「イッセーさん!パ、パワーアップです!お、お、お、おっぱいを触ればイッセーさんはもっと強くなるんです!」
「そ、そうか!イッセーはおっぱいドラゴンだ!私たちの胸を触れば力が増す!部長!どこか、ここでスイッチ姫のお役目を披露していただきたい!」
「リアスお姉様!わ、私でもかまいません!どうか、イッセーさんにお、お、おっぱいの力を!このままでは負けちゃいます!」
アーシアの提案に乗っかるようにゼノヴィアも叫ぶ。どんどん仲間達がヒートアップしていくのに対して、サイラオーグも興味深そうに笑っていた。
その一方で大一は目をつむり、耳を手で塞いでいる。その様子に朱乃と小猫が不思議そうに見ていた。
「…先輩、どうかしました?」
「俺は何も聞いていませんよー」
「ダメね、現実逃避していますわ」
結局、この手合わせは拍子抜けしたサイラオーグの方からのストップで幕を閉じた。サイラオーグも一誠に対して期待しているようで、その成長を次回の試合まで楽しみにしているようにも見えた。どっちにしろ、サイラオーグは両手足に負担のかかる封印を施していたようであったため、この手合わせを続けたところで一誠の敗北は濃厚であった。
手合わせを見たところで、大一としてはサイラオーグに対して疑問が生じた。封印を施してあれほどの実力、龍人状態で徹底的に守りを固めても本気であったならば打ち砕かれるように思えてしまった。だがそれは不安であり、疑問ではない。彼の腑に落ちないのは…
(あの筋肉小僧、まだなにか隠していそうだな)
大一の疑問をディオーグも感じていた。たしかに実力は間違いないが、いかんせん肉体だけでは限界がある。滅びの魔力を受け継げなかったことやそれゆえに肉体をとことん鍛え上げたのは分かるが、身ひとつでトップを目指せるほど悪魔も甘くない。魔王を目指しているような男がそれを理解していないとは思えなかった。
どこか引っかかりを覚えつつ、この日はお開きとなった。だがこの疑問を先送りにしていくのはあまり賢明とは言えないだろう。サイラオーグとの試合は近づいているのだから。
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2年生の修学旅行当日、学園にはひとつの学年がまるまるいないため、いつもよりも静かな印象であった。
そんな学園で大一は早朝から同級生の男子同級生から声をかけられて屋上に来ていた。いつものごとく重苦しい空気が張り詰められる中で、リーダー格の男が言葉を発する。
「大一、どうしてここに呼ばれたのかはわかっているよな?最初に言っておくが、俺達はすでに調べはついている。お前と姫島さんの関係性についてだ」
「ああ、そのことか…」
「まずお前の口から聞きたい。姫島さんと付き合っているのか?」
「…事実だ」
大一は落ち着いた様子で質問に答えるが、内心は身構えていた。現状、彼と朱乃の関係を知っているのはオカルト研究部や生徒会のメンバー、あとはアザゼルや生島くらいであった。だが先日の仁村の予想通り、このニュースはそれなりに学園内でも騒ぎ立てるものとなっていた。朱乃と付き合っている人がいる、という噂だけで誰なのかというところまでは不明であったようだが、さすがに同級生たちにはバレていたようだ。
これから決闘でも起ころうかというような雰囲気が漂う中、目の前の男が大きく息を吐く。
「そうか、お前とか…。安心したよ」
「…えっ?」
その反応に大一は面食らう。罵声やら文句が向かってくると思っていただけあって、彼の反応は意外であった。他の同級生たちもうんうんと首を縦に振ったり、ため息はつくものの「まあまあ」と口に出していたりと、彼らの落ち着いた様子は大一にとって予想外であった。
「まあ、よかったな、うん。ショックはあったが」
「俺はもっといろいろ言われるものかと思われたよ」
「言っておくが、お前だから俺らも許したんだからな!どこの誰かも知らない他校の奴とかじゃないぶん、マシというだけだ!コイツなんて、姫島さんのこと本気で好きだったんだぞ!」
リーダー格の男の右隣にいた痩せた男はうなだれ気味で少し涙声になりながら話す。
「いいんだ…俺よりも大一の方がはるかに仲良かったしさ…俺なんてクラスでも地味な方だから…」
「そんな悲しいこと言うなよ、飯高。去年の学園祭で人気のたこ焼きを作っていたじゃないか」
大一の言葉に、今度は同級生たちが先ほどの彼と遜色ないほど驚いた表情になる。
「お前…俺らの名前を憶えていたのか」
「そもそも同級生なのに忘れるかって話だよ。飯高孝介、あのたこ焼きは本当に美味かったぜ。林田海斗は俺と同じ中学校で同じ班で学級新聞も作ったことあったな。勝馬裕司は前に中指立ててくれたよな。まあ、代わりに俺がいなかった時に日直やってくれたからそれでおあいこにしようぜ。あと三谷澤晃が1年生の頃に委員会でやっていた本の紹介文、あれはいまだに覚えてるくらい俺の中では印象的だった。そして───」
次々と指さしながら最後に正面に立つリーダー格の男へと指を向ける。男の表情は関心と驚きの両方が混在していた。
「大沢剛、男が少ない駒王学園でも毎年体育祭を引っ張ってくれるのは忘れようがないよ。お前らがどう思っているかはわからないがな、俺は少なくともしっかり覚えているよ」
一気に話し終えた大一は、軽く息を吐く。名前はともかくそれぞれのことまで覚えているとは思わなかった。別に彼らと特別仲が良かったわけではない。むしろ面倒だと思ったことの方が多いし、何度もリアスや朱乃の件で呼ばれたことはある。それでも余裕のない悪魔として生活を送る中で、なんだかんだ学生としての繋がりがあった彼らのことは無意識ながらありがたかったのかもしれない。
大一の言葉にリーダー格の男…大沢はどこか照れくさそうに頭を掻く。
「まず…人に指をさすのは失礼だぞ」
「おっと、悪かった」
「まったく、勝手に敵視していた俺らがバカみたいじゃないか…。もし振られたら声をかけてくれよ。失恋パーティくらいは開いてやる」
そう言い残すと、彼らは大一の横を通り過ぎながら屋上から立ち去っていく。別れ際に背中や肩を叩かれたが、いつものような必死さよりも親しみの方が感じられた。
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「…ということが朝にあった」
「それなりに人望ありますよね、先輩」
昼休み、早朝での出来事を大一は仲間内に話す。部室にはリアス、朱乃、小猫、ギャスパーと学園に残るメンバーが集まって昼食を取っていた。大一のこの話に朱乃は満足げに笑っている。
「責められるのも覚悟したんだがな…」
「あらあら、私は気にしていませんわ」
「朱乃さん…じゃなくて朱乃は自分の人気を理解しているのかどうかわからない時があるな。正直なところ、もっと変な噂が立つことも覚悟はしていたんだよ。ちょっと前に生徒会の仁村もいろいろ推測していたし」
「で、でも先輩が朱乃お姉様と仲が良いことはけっこう周知の事実ですから…」
「まあ、立場を考えれば今さらという感じはします」
「そう思うと、一番騒がしかったのは一誠達だな」
この関係性を身内で一番遅く知ったのは2年生組であった。祐斗は特別反応せずに祝ってくれただけであったが、他のメンバーはとにかく騒がしいことに尽きた。一誠は祝いながらも、「納得できねえ」の連続、アーシアは半泣きで万歳三唱状態、イリナはなれそめからこれまでの経過を根掘り葉掘り聞こうとするし、ゼノヴィアはちょこちょこ答えに困る質問をぶつけてくる。
思い返すだけで胸を押さえたくなるような光景だったのは否定できなかった。
「そういえばイッセー先輩達、そろそろ京都に着きましたかね?」
「さすがに着いたと思うわ。今頃、京都を楽しんでいるでしょうね」
「認証のカードは渡しました?」
「さすがに忘れないわよ」
リアスが弁当のおかずをつまみながら答える。通常の授業があったため、彼女のみ一誠達の見送りに行っていた。その際に悪魔が歩き回るために必要な通行証を渡していた。京都は妖怪の総本山でもあり、神社なども多いため悪魔が歩き回るには通行証は必須であった。
「元気に行けたらそれでいい」
「むしろイッセーくんと会えなくて、リアスが泣いちゃうかも」
「ふーん、昨日いっぱい甘えてもらったもん。おっぱいでいっぱい癒してあげて、イッセーを補給したもん」
「胸触らせるのを堂々と言うのっておかしいことですからね」
リアスが子どもっぽく朱乃に反論するのに、大一はツッコミを入れる。いまだにリアスと朱乃の謎の張り合いは見られた。そしてこの一言でスイッチが入ったかのように朱乃は隣に座る大一との距離をぐっと詰めて体を密着させると、狙うように上目遣いになる。
「負けていられないわ。ねえ、大一…」
「いや、やらないよ!?ましてやみんなのいる前で!」
「せ、先輩もイッセー先輩みたいに大きいおっぱいが好きだと…」
「ギャスパーの俺への評価はどうなっているんだ!」
「…ギャーくん、あとでニンニク料理の刑ね」
「ええっ!?こ、小猫ちゃん、僕なんかした!?」
徐々に歯止めの利かない騒ぎになっていく中で、大一は上着の内ポケットから魔力を感じた。炎駒からの緊急の連絡の時のものだ。と言っても、これまで緊急のものということが無かったため、この魔力の感覚がどういう意味だったのかが一瞬わからなかったほどだ。
すぐに取り出して魔法陣に魔力を流すと、半透明の炎駒の顔が映し出された。
『おっと、食事中に申し訳ない。先日ぶりですな、皆さま』
「炎駒さん、何かあったんですか?」
『あまり時間が無いので、単刀直入に話します。大一殿、今日の夕方にでも京都に向かって頂きたいのです』
「「「「「ええっ!?」」」」」
炎駒の言葉に全員が驚きの声を上げる。吹き始めの秋風によって揺れる木の音がどことなく不気味な印象を抱かせた。
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竹藪が風に揺られる音、水車が静かに回る音、使い込まれたふすまが動く音、そのすべてがこの屋敷に見合っていると家主は思った。心を落ち着けるために、墨をすり、筆を執っていたが、彼女にとってはこの音もあってこそだと感じた。
心を静かにしていると、部屋の隅にある火鉢からくぐもった声がする。
「本当にお引き受けするつもりですか?」
「旧友から緊急の打診だ。断る理由もあるまい。それに目的についても大方の見当はついている」
「我々に打診をしても意味がありませんのにねえ…」
「だが私も彼の立場なら、同じことをしていたと思うね。もっとも自分で来ないで、弟子を遣わせるというのには不服だが…私のもとに向かわせるということはよほど信頼があるのだろう。紅葉!」
家主の呼び声に、ふすまが開かれてひとりの小さな少年が頭を下げていた。一見すればただの着物を着た少年であったが、その顔には目がひとつしかなかった。
「お呼びですか、零様」
「迎えはあなたに任せる。私の式を2人追跡させるので頼んだよ」
「承知いたしました」
今後に関わるキャラを出していく予定です。