夕方の京都駅は人が多くごった返していた。一度来たことがあるとはいえ、慣れない場所にひとりでいるのは大一としても気持ちが落ち着かなかった。黒い背広姿は身長のせいか学生らしさを打ち消しており、深く被った帽子も若い顔を隠すため、その容姿は実年齢以上に見えた。
(この帽子は邪魔だな。被る必要あるのか?)
(2年生が修学旅行に来ているんだぞ。誰かに鉢合わせしていろいろ訊かれる方が面倒だ)
大一は困ったようにディオーグに呟く。昼休みの際に炎駒から受けた話は、「京都に行って旧友の妖怪に会って欲しい」というものであった。あまりのことによくわからなかったが炎駒の様子から緊急性の高さを感じた。
そして昼休みが終わる頃に今度はアザゼルからメールが来ていた。どうも京都の妖怪と協力体制を敷くために、セラフォルー・レヴィアタンが京都に来ていたのだが、交渉相手である妖怪側大将の九尾の狐がどこかへ消えてしまったらしい。これにあたり、炎駒の知り合いである妖怪が京都に住んでおり、その者から話を聞いてほしいとのことであった。本来ならば炎駒が出向くべきなのだが、ルシファー眷属の仕事がある。その上、相手の妖怪も炎駒が来ないのならば誰か近親者を呼べと指定をしており、学生の立場である程度動きやすかった大一に白羽の矢が立った。
学校が終わると急いで帰宅して、背広を用意した。さらに数日滞在する可能性もあると言われて旅行カバンに着替えの服を適当に詰める必要まであった。そして家にある移動用魔法陣をアザゼルから指定された場所に調節して、少し前にこの京都駅付近に到着したばかりであった。
(あの女と抱き合っていたのも時間の無駄だったな)
(ほんの数秒だからいいだろ!しかも軽いハグ程度だよ!)
(子孫を残すって発想が俺らの種族には無かったからな)
(お前とそういう話をするのは、どうにも価値観の違いが露骨に出るからしたくないわ!)
(あー、つまらねえ!せめてさっきの場所の団子とやらを食おうぜ!)
(そんな時間ないよ。そもそもこれは贈り物なんだから)
頭の中でディオーグと言い合いしているそんな彼の手には大量の串団子が入った袋があった。炎駒曰く、これが好物らしくなるべくたくさん買ってご機嫌を取るようにした方がよいとのことだ。
大一は落ち着きなく腕時計を確認する。到着したら魔力を発し続けていたら、迎えが来ると言われているのだが、その気配が一向に無かった。さすがに騙されたとは思っていないが、穏やかにはいられなかった。
するとひとりの少年がひょこひょこと大一に近づいていく。小猫くらいの身長であったが、青い和服を身にまとっており、さらに傘まで被っている。京都とはいえ祭りでもないのにその恰好はさすがに不自然であったが、周りの人は誰も反応しない。
「ちょいと失礼、お兄さん。炎駒様の使者と思ってよいですかな?」
「ええ、自分が…うん?キミって…」
「はて?なにか───おっと、これは去年の悪魔さん!?」
「やっぱり!去年の修学旅行ですっころんでいた一つ目小僧か!」
大一は声を上げて、目の前の妖怪を見る。去年の修学旅行の際に駅近くで転んだ少年がいたのだ。さすがに見て見ぬふりは出来なかったので、助け起こすと目がひとつしかなくて驚愕した思い出があった。
「あの時は普通の子どものような格好だったのに、今回は和服なんですね」
「私の正装なので。私は『一つ目小僧』ではなく、『豆腐小僧』です。豆腐小僧の紅葉です。それと片言は止めていただきたい。親切にされた相手に優しくされると、どうもむず痒くなりましてね」
「わ、わかった。兵藤大一だ。あの時は名乗れなかったけど、よろしく頼む」
「こちらこそ。では参りましょうか。私の後をついて来てください」
指で軽く合図する紅葉の後を、大一は歩いていく。知り合いに会えたことには安心したが、どうにも緊張は拭えない。これから向かう場所には、敵はいないが味方もいないのだから。
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(なんて術だ…!)
頭の中で大一は感心していた。京都駅からどのように目的地に行くものかを考えていたが、紅葉についていき裏通りへと進んでいくと、周辺に霧がかかり、あっという間に見知らぬ竹林へと到着していた。竹が綺麗に道を作っており、石段がカーブを描きながら上の方にある大きめな和風の屋敷へと繋がっていた。
どう見ても、京都駅周辺にあるとは思えない。おそらくどこかの山の中だろう。それほどの場所まで一瞬で連れてこられたという事実に、この空間術、結界術を扱う者が気になった。
大一の考えを察したのか、紅葉が歩きながら説明する。
「ここに来るには私達の主に認められないといけません。主の作った独自の術式が各所に組み込まれており、大妖怪でも簡単には入れません」
「これほどの術は見たことがない。その主が炎駒さんのお知り合いなんだよね」
「旧友ということは聞いております。まあ、そもそも主に率いられる我々は京都でも特異な立場ですので…」
腰を低くしながら紅葉は笑う。彼の話す「立場」については大一もある程度聞いていた。これから会う炎駒の旧友というのは、別に京都の妖怪を牛耳っているわけではない。その旧友は遥か昔から様々な地を転々と渡り歩き、多くの妖怪や妖獣と親交を深めてきた。だがさすがに長年の旅順に疲れ、元々生まれ育った京都へと腰を据えることになった。九尾の狐とは友人の関係であると同時に、その卓越した能力と人脈から定期的に協力すること、各地の妖怪との橋渡しを条件に、京都の妖怪たちとは一線を引いた独立軍団としてこの地に居座っていた。
「着きましたね」
ガラガラと引き戸を開けて、紅葉についていくように玄関に入る。たしかに大きい玄関であったが、同時に質素な印象であった。普通の下駄箱がありその上には木彫りのクマの置物が置いてある。大家族が住んでいると言われれば信じるだろう。
すると着物を身にまとった女性が出迎える。顔は口のみで、その口から覗かせる黒い歯が印象的であった。
「紅葉や、帰ったかい」
「帰りましたよ、菜種姉さん。例のお客さんです」
「兵藤大一です。炎駒様からの命を受けて、こちらのご主人に会いに参りました。これは皆さまで」
「おや、串団子!零様がお喜びになります。紅葉、客間へ案内して」
「はい、姉さん」
靴を脱ぎ、紅葉に案内された部屋へと入ると大一は目を丸くした。明らかに部屋の大きさが外から見た屋敷に見合っていないほど広かった。壁はすべてふすまとなっており、どことない異様さが漂っている。あの屋敷の外観はどうやら見せかけらしい。あるいは中身の方を術で変えているのだろうか。
「では、こちらでお待ちください」
紅葉に勧められた座布団に座ると、彼はにっこりと笑って下がっていく。残された大一は胃の中のものがグルグルと回っているような気持ち悪い想いであった。悪魔としての振る舞いや価値観は学んできたが、いきなりひとりで話し合いの場に放り込まれるとは思ってもいなかった。
(…空間は外も中も弄っているな。器用なことをする妖怪だ)
(相当な実力らしい。炎駒さんが出会ったのは悪魔になる前のことだが、その頃から多くの術に精通していると聞いている)
(だが俺ならこんな空間も容赦なく打ち破れる)
(龍のままのお前ならな。あー、緊張する…)
実りの無い話ではあったが、大一の気持ちは少し落ち着いた。話し相手がいるというだけでも、だいぶ心持ちが変わる。
間もなく一番の奥のふすまからひとりの人物が入ってきた。艶やかな藍色の着物は女性らしさが引き立っていたが、身長は大一よりも高い。だがもっとも目を引くのはその顔だろう。飛び出た耳に整った黄色の毛並み、すっと尖った口元、そして着物にも劣らないほど深い青い色の瞳…面をつけているわけではない。その顔は狐であった。
「待たせたな」
狐の妖怪は大一とは10メートル以上は離れたところで座布団に座り込む。見た目での性別はわからなかったが、凛々しくも高い声は女性のようであった。向けられた視線は何もかも見透かしているような印象を与えた。
「貴殿が炎駒の弟子か?名を聞こうか」
「兵藤大一です。グレモリー眷属の『兵士』をやらせてもらっています。今日は炎駒様の代理で参りました」
「グレモリー…炎駒の主がそんな名前だったような」
「私はそのお方…魔王であるサーゼクス・ルシファーの妹であるリアス・グレモリー様の下僕です」
大一の自己紹介に、狐の妖怪は目を細める。疑っている…というよりも品定めをしているように見えた。本当に信用に足る実力があるのかということを。
「私がなにを期待しているのか分かるかい?」
「…紅葉殿に出会ってから私の後ろについて来ている奇妙な存在が2つ。あなたのものでしょうか?」
「しっかり感づいていたか。感知に長けていると聞いていたからな。ちょっと試させてもらった」
狐の妖怪が指を1本動かすと、部屋が狭まり大一との距離がせいぜい2メートル程度になった。同時に小さな形代が2つ彼女の元へと向かっていく。彼女の式神だろう。
「私の名は零(れい)。炎駒とは古い仲でな。久しぶりに連絡が来たと思ったら、九尾の大将について教えて欲しいというじゃないか」
「その件について、今回はお伺いした次第です」
「重要なことほど直接会わないと話そうとしない私の性分をよく理解している。だがこの件について、私はほとんど知らない。せいぜい数日前に八坂の姿が攫われたことくらいだな」
大一は表情に出さなかったが、攫うという単語に反応する。アザゼルはこの件を『禍の団』のものだと睨んでいたからだ。裏で動いているような彼女のことだから、テロリストのことも知っているだろう。
努めて落ちついた態度を取りながら、話を進める。
「行方についても心当たりは無いのですか?」
「無い。もっと言えば、私の方から人手は出していないから手がかりも無い」
淡々と答える零の言葉に、大一の表情はなんとも言えなかった。彼女は九尾の狐の友人ということでこの地に居座れているようだが、そのわりには態度がぞんざいな気がした。もっともただ気の置けないほどの仲であるだけかもしれないのだが。
「だが奴の動かす妖怪共…というより八坂の娘とその仲間の一部はどうもこれが貴殿ら、悪魔の仕業だと思っているようだな。まあ、すぐにでも誤解は解けるだろうさ。あの娘は狐というよりも猪のように周りが見えないところがあるからな」
「…零様から説得はしてくれないのですね」
「聞く耳持たないだろうよ。逆に私と炎駒が知り合いだと知っているから余計に疑われるだけだ」
「失礼します」
話を区切るように紅葉がお茶を運んでくる。口の中はカラカラであったが、そのお茶に手を出すことも忘れるほど目の前の妖怪の態度が腑に落ちなかった。
そんな大一の想いなどまったく介していないかのように零はどこからともなく取り出したキセルを吸っていた。
「私が人でなしだと思うか?」
「我々悪魔に対しては思いません。完全な協力関係が組めていないのですから。しかし古くからの友人の九尾の大将に対しては…」
「奴の実力は間違いないし、京都の気が安定しているからこの地には間違いなくいる。今さら私が心配するのも無意味だ。それにテロリストなど…お前の中の龍よりかはマシかもな」
クックッと笑いながら零は大一を見据える。ハッタリではないその深い声と確信めいた視線は、オーフィスに見られた時のように大一の心臓を鷲掴みにするような深みがあった。
「…わかるのですか?」
「それほど奇妙な魔力や生命力…私がわからないわけがないだろう。炎駒は私にこのことも知って欲しかったのかもしれないな。だが興味を抱くほどではない。妖怪と融合する者も珍しくないからな」
キセルをしまい、お茶と伴に出された大一の持ってきた串団子にかぶりつく。露骨に話題を逸らし、口と手を動かしながらも、なおその眼は大一から外そうとしなかった。
3本をあっという間にたいらげて、茶を一口すすると零は怪しげな笑顔を崩さずに口を開く。
「同じようにテロリストも興味を抱くほどではない。私達の生活を露骨に妨害してこようとしない限りは動くつもりはないのだよ。そもそも我々は戦闘向きではないのでね。だが八坂と炎駒の関係から、特別に人手を貸そうではないか。紅葉、明日から彼に京都を案内してやれ」
「お任せください」
お茶を出してから部屋の隅に座って待機していた紅葉に指示をする。底知れない雰囲気を持つ零とは対照的に、明るい声で紅葉は答える。
一方的に話を進められるまま、大一はこの訪問を終えたのであった。
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夜、大一は遅れながらの食事を取っていた。場所は「大楽」という料亭なのだが、格式ばった高級店であり当然一人ではない。今日のことをアザゼルとセラフォルーに報告するために来ていた。
「…以上が零様と話した内容です」
大一の報告にアザゼルとセラフォルーが腕を組んで考え込む。先ほどまでは一誠達もいたが、彼らは明日も修学旅行があるためすでにホテルへと戻っていた。大一が現れた時は、全員が唖然としていたが説明を受ければあっさりと納得していた。唯一、場違い感があるのはロスヴァイセだろう。事情を知っている大人として残されたようだが、彼女も話の内容には少し困惑しているようであった。
「大方予想通りの反応だな。ディオーグにまで突っ込んでくるとは思わなかったが。それでもあいつらから人手を借りられた事実はデカいぞ。パイプはあるほどいい」
「どうやってその妖怪達と連絡を取るんですか?」
ロスヴァイセの質問に大一は上着の内ポケットから擦り切れた紙を取り出す。いびつな形の円が描かれていた。
「この紙に魔力を込めれば、紅葉に連絡できます。俺と炎駒さんがやり取りしているのとものは似ていますね」
「やっぱり来てくれてもひとりが関の山か。仕方ないとはいえ、残念だな」
「あんなに非協力的だとは思いませんでした。それにあまり京都の妖怪にも協力的に思えませんでしたし」
大一の疑問にアザゼルは答える。事情をよく知っている上でのその表情は彼を落ち着かせようとしていた。
「言っても、あいつらは基本的に静かな暮らしが好きなんだ。余程のことがあれば動くが、問題ないと判断すれば余計に首は突っ込まない。そんな立場でも許されているのは、やはり零の存在だな。とてつもないほどの能力と各地の妖怪との人脈が、この京都でも重宝されているのは間違いない。あとは九尾の狐との親交もあるな。聞けば、相談役でもあったらしい」
「彼女らが動かなければ問題なしということでしょうか?」
「そういうわけじゃないが、ある意味ではあいつらは俺らの実力を信用しているからこその反応なのかもな」
大一はどんな反応をすればいいのかわからなかった。少なくともあの零という妖怪に対して、炎駒のように自分が信頼関係を築くことは至難だと思ってしまった。
空気が重くなるかと思われた中、セラフォルーが明るい声で話しかける。
「でもでも、大一くんのおかげでひとり借りられたのは外交的にも大きいわ。彼女らが協力してくれたのは、各地方の妖怪勢にはひとつのアピールになるもの」
「それもそうか…よし、大一。明日からもこの件よろしく頼むぞ!」
「…やっぱり俺って残らないとダメですか?」
大一は目を細めながら答える。紅葉が協力してくれるという話からすでにイヤな予感はしていたが、やはり今回の一件に大一は使われるらしい。いきなり呼び出しを喰らったあげく、数日滞在することになるのはやはり反応に困った。
「当たり前だろ。お前もいまや俺ら大人側の人間だぜ」
「一誠達には修学旅行を楽しめって安心させておいて、俺にはこれですものね…」
「まあまあ、大一くん。せっかくだから私と一緒に京都を満喫しちゃいましょ☆」
「なぜ、レヴィアタン様が…」
「そりゃ、お前の緊急招集の名目は魔王レヴィアタンの護衛の強化だからな。だから明日の午前中だけでも彼女の護衛はしておけよ。名目上でも仕事はしないとな」
「ええ!?初めて聞きましたよ!」
「初めて言ったからな」
あっけらかんとした態度でアザゼルは言う。怒りや呆れよりも、ただ振り回されていく展開に大一は呆然としていた。
「大丈夫よ!大一くんはお姉ちゃん、お兄ちゃん仲間であり、魔法少女仲間だからね☆」
「いやですから自分は…」
「よかったな、大一。美人魔王様の護衛だぞ。それとも彼女ができたばっかりのお前にはむしろ困りごとかな?」
「えっ、そうなの?アザゼルちゃん、誰々?」
「いや、コイツはな───」
アザゼルがニヤつきながら、セラフォルーに説明を始める。もはや朝に同級生たちと話したことが遠い昔のように感じた。学生からほど遠くなっていく自分の立場がますますわからなくなる。
「だ、大丈夫ですよ!一緒に頑張りましょう!」
「ありがとうございます、ロスヴァイセさん…」
すっかり意気消沈した大一は料理を次々とかきこむ。理解を示してくれるロスヴァイセの存在を持っても、完全にヤケ食いの状態をならざるを得なかった。そして料理を口にするたびに狂ったように「美味い」を連呼するディオーグに羨ましさを抱くのであった。
立場があれなだけで、いくらでも振り回されるのがオリ主です。