(苦ッ!)
(子ども舌だな)
(こんなものを好んで飲む方がおかしいだろ。もっと甘いものと味の濃いものをよこせ)
(そう言われてもな…)
大一が喫茶店でコーヒーをすすると、ディオーグが文句を垂れる。朱乃の料理など舌の合う味はあるのだが、2人の好みは被っているわけではなかった。大一はあっさりしたものを好むのに対して、ディオーグは味が濃くこってりしたものを好んでいる。そして苦いものや渋いものはディオーグの受けは悪かった。
京都妖怪たちとの話し合いを終えた大一は、午後からセラフォルーの護衛を離れて、合流した紅葉と共に京都を歩いていた。前もって零から指示を受けた場所を回り、大一が八坂の気配を感知することの繰り返しであった。ディオーグにも感知は頼んでいるが、本人が使われることに気乗りしない上に1度だけ探してもらって発見できなかったため、協力的でなかった。
そして現在、大一は紅葉と共に休憩がてら喫茶店に入っていた。場所は紅葉のリクエストであった。
「すみませんね。京都に来たのだから美味しいお茶とかを紹介したかったのですが、どうしてもここのプリンを食べてみたくて」
「まあ、俺は旅行に来たわけじゃないから気にしないよ」
「明日はちゃんと美味しい場所を紹介しますよ。豆腐小僧ですから、美味しい豆腐が食べられる場所も知っていますし」
目の前でプリンを頬張りながら、笑顔で紅葉が話す。この日は先日の和服とは違い、サイズ感を間違えたようなダボダボのズボンに似合わない色のジャケットと深い帽子という統一性の無いファッションであった。そんな恰好で小学生のような体格の彼が、スーツ姿の大一といるのは傍から見てもミスマッチ感が強かった。
「いやはや、しかしなかなか見つかりませんね」
「あんまり困っていなさそうだぞ」
「そんなことはありませんよ。八坂様がいなくては、京都どころか妖怪の世界でも大きな事件になりますからね」
緊張感を感じさせない雰囲気で紅葉は答える。たしかに先ほどの話し合いの場で、九尾の狐…八坂がどれほど重要な存在なのかを理解していた。
今回の事件は、八坂が仏教の守護神である帝釈天の使者から遣わされた使者との会談のために数日前に住まいである屋敷から発ったことからだ。だがこの会談に八坂は姿を現さなかったのだ。そこで妖怪側が調査をすると、同行していた烏天狗が瀕死の状態で発見された。死に際に烏天狗が、八坂が何者かに襲撃されて攫われたことを言い残した。京都での気が乱れていないことから、京都内での怪しい輩を探っている最中に一誠達は襲撃されたらしい。
「以前から零様は帝釈天関係者と睨んでいました」
「帝釈天って仏教でも相当なお偉いさんだろ。さすがに無いんじゃないか?」
「権力や地位はこういった議論で当てになりません。思惑がある者が動くだけです」
大一の脳裏にヴァ―リやロキの顔が思い浮かぶ。彼の言う通り、結局は現状に不満を持つ者が動くのだから自分の推測は当てにならないのだろう。
「しかし状況証拠を見る限り『禍の団』が怪しいということになった」
「テロリストはあらゆる勢力が手を組んでいるという話を聞きます。そういう意味では帝釈天の関係者がいてもおかしくないと思うのです」
「なるほど…しかしその考え方だと帝釈天、または『禍の団』がどちらかの勢力を利用としているか、または出し抜こうとしている輩がいるってことじゃないか?」
「ありえると思いますね。我の強さはあるでしょうから」
「…ずいぶん確信を持った言い方だな」
大一は不信そうに言うと、カップの中身をすする。零は自分達から人手を出していないと話していた。アザゼルからは静かな生活を好む集団とも聞いている。しかしそれにしては、彼の物言いは場慣れしているように思えた。
大一の言い分を察したのか、紅葉は否定するように手を振りながら答える。
「私は教えていただいたことしか話せません。たしかに零様は『禍の団』の存在には以前から疑念を抱いていましたが…」
「どういうこと?」
「言ってはあれなんですが、組織力が不可思議なのです。旧魔王派のみならばいざ知らず、調べる限り多くの種別が加入していると考えられます。そのため各地で妙な動きが多発しています。日本国内はもちろん、伝手を使って海外でも奇妙なものがあるというのです。目的が無いとは考えづらい、しかし無限の龍がそこまでの計画性、組織力を構築できるとは思えないのです」
「零さんはオーフィスとも会ったことがあるのか?」
「いえ、そうではありません。ただ無限の龍ほどの存在ともなれば、過去にも複数回事件を起こしています。それらと比べるとどうもやり方が違うようなのです」
たしかにオーフィスはかつて問題を起こさなかったわけではない。過去の事件から見ても、その強大な力はあらゆる勢力から危険視されていた。同時に急に組織を作り上げて、動きを活発化させたのには違和感を覚える。魔王達やアザゼルなど上のメンバーなら何か知っているのだろうか。
「しかしそこまで調べがついていながら、零さんは今回の事態を傍観するつもりだったのか?」
「零様は3大勢力が動くと予想されて控えたのもありました。余計に動けばそれだけ協力させられることになるのだと。あのお方にとっては、優先するのが自らの暮らしであるというだけです」
「…まあ、俺が口出しをすることでは無いか」
大一は紅葉からの視線を逸らしながら答える。彼の言う通り、自分達に多くの者が協力してくれると思うのはそれこそ傲慢なのだろう。それぞれの考えがあるからこそ、今回のような誤解もある。そう考えれば、知り合いのよしみで人手を出してもらえただけでも感謝することであることなのだ。
「まあ、私としては大一殿と再び知り合えることになれたので喜ばしいですな」
「あの時は互いにバタバタしていたもんな。そういえば、零さんのところの妖怪ってどうして京都の八坂様の部下にはならなかったんだ?」
「白状しますと、あの場にいる妖怪のほとんどは京都の妖怪ではありません。私も出自の方はもっと東です」
「そうなの?」
紅葉の話では、零のもとにいる妖怪の多くはわけあってその地に住めなくなった妖怪や、彼を師として仰ぐような妖怪ばかりであるとのこと。他地方との連絡係としても重宝される零にとっては、彼らを引き入れることでより情報の行き来をスムーズにさせているというのだ。
「これで救われた者も多いのです。どこにいてもはみ出し者はいますから」
そう言って、紅葉はプリンの残りを口にする。甘さに満足げな笑顔を浮かべているはずなのだが、直前の発言から愁いを帯びているようにも見えてしまった。
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翌日、大一は再び紅葉と共に調査を進めていた。成果はまったくと言っていいほど出ておらず、大一としても気持ちに焦りが出ていた。そんな中、昼食に嵐山にある湯豆腐屋を紹介したいと紅葉が話して向かったのだが…
「いや~、ここの店を選んだのは正解だったな。豆腐小僧のお墨付きだぜ」
「いよッ!さすがは堕天使総督、お目が高い!」
アザゼルの言葉に、紅葉が笑いながらよいしょする。アザゼルの隣ではロスヴァイセが呆れに満ちた表情を浮かべていた。アザゼルとロスヴァイセは嵐山を調査していたのだが、一段落したためこの店に立ち寄っていたところに鉢合わせしたのである。
アザゼルは昼酒をしており程よく酔っ払っていた。ロスヴァイセは何度も注意したのだが、止まる様子がなかった。それどころか紅葉も普通に飲み始めたので、ますます抑えが効かない。現在、彼は術によって一般人には大人に見えているようだが、大一達からすれば相変わらず子供と大差ない体格なので、酒をあおる姿が倫理的に問題あるようなものにしか見えなかった。
「成果はありませんが、これだけでも悪魔達と親交を深めた甲斐はありますね!」
「おいおい、俺は堕天使だぜ~」
「さすが悪いことにおいては悪魔をしのぐイケメン堕天使!」
「わかっているじゃねえか、小童妖怪!」
「「アッハッハッハ!」」
アザゼルと紅葉が2人して大笑いする。酔っているのもあるのだが、この高いテンションにはついていけなかった。
「すいません、ロスヴァイセさん。こんなことになってしまって…」
「いえ、私も止められなかったのが悪いんです。この人を何とかしなければいけなかったのに…」
互いに隣に座る相手の様子に、ため息をつく。もはや運ばれてきた湯豆腐の味もわからないほどであった。
「なんだよ、ノリ悪いな。楽しむ時は楽しんでおいた方がいいぜ?」
「そんな態度では生徒に示しがつかないと思っただけです」
「お前はそういう態度だから、他の奴らに出し抜かれるんだよ。いっそのこと、昨日の夜にイッセー達に混ざれば良かったんだよ」
「そ、そんなことできるわけないでしょッ!」
からかうアザゼルに、ロスヴァイセが赤面する。彼女の反応と弟の名前が出てきたことに大一が反応しないわけがなかった。
「昨日、なにかあったんですか?」
「いやな、昨日の夜にイッセーの部屋にアーシア、ゼノヴィア、イリナが入り込んで、あいつが鼻血まみれになってぶっ倒れていたんだとよ。ロスヴァイセがそれを介抱して、朝に4人を説教していたんだ」
「まことに申し訳ありませんでした!」
アザゼルの話を聞くなり、大一はテーブルに叩きつける勢いで頭を下げる。これまでも何度か一誠の件で頭を下げていたが、まさか旅行という形で一線を超えかける状況になっていた上にロスヴァイセにまで迷惑をかけるとは思ってもいなかった。同時に一誠だけでなく、アーシアやゼノヴィアまでも見境が無くなってきたようにも感じてしまった。
「い、いえ大一くんが謝ることでは…」
「あとな、初日はコイツがドレス・ブレイクを受けていたぞ」
「重ね重ねごめんなさいッ!弁償します!あいつにもしっかりとした謝罪の場を作ります!」
「いやはや大一殿の弟の赤龍帝は性欲旺盛ですね」
困り果てるロスヴァイセの対面で何度も頭を下げる大一、煽るアザゼルにケタケタと笑う紅葉とまさに地獄絵図が展開される中、アザゼルが何かに気づき、少し先のテーブルに呼びかける。
「おう、お前ら、嵐山を堪能しているか?」
そこにはちょうど昼食に入った一誠達がいた。別クラスの班でもある祐斗も居合わせており、事件の関係者が意図せずして合流する形になっていた。
アザゼルが持っている杯を見て、一誠が呆れながら話す。
「先生!先生も来てたんですか?って教師が昼酒はいかんでしょう」
「その通りです。その人、私が何度言ってもお酒を止めないんです。先生の手前、そういう態度は見せてはならないと再三言ってはいるのですが…」
「まあまあ、ロスヴァイセさん。固いことを言いなさるな。休憩をしてこそ、最高の仕事ですぞ」
酔いで軽く紅潮した紅葉がロスヴァイセをたしなめる。そんな彼の姿に、一誠の同級生である眼鏡をかけた少女…桐生が質問する。
「先生、その人達は?」
「あー、コイツらな。えーっと…俺の京都の知り合いの兄弟だ。ちょっと店を紹介してもらっていたんだよ」
「どうも紅葉と申します。いやはや駒王学園の噂は聞きましたが、見事に美男美女ばかりですな」
「兄貴の方は一太ってやつだ。人見知りで根暗で話さないけど、気にしないでくれ」
アザゼルのアドリブにあっさりと乗る紅葉に、大一はあまり顔を見せないように頭を下げる。サングラスに付け髭、さらに髪の毛をワックスでバリバリに固めているとはいえ、バレてしまえばそれなりに面倒だからだ。それでもアザゼルの紹介には、わずかに苛立ったのは否定しようがない。その一方で事情を知っている一誠達が哀れみの目を向けていた。
「しかし紅葉の言う通りだぜ。ちったぁ、要領よくいかないとよ。そんなだから、男のひとりもできないんだぜ?」
「か、か、彼氏は関係ないでしょう!バカにしないでください!もう、あなたが飲むぐらいなら私が!」
そう言うと、ロスヴァイセはアザゼルから杯を奪って一気に飲み干す。次に彼女が向けた目は明らかに座っており、雰囲気もどことなくやさぐれていた。
「ぷはー。…だいたいれすね、あなたがふだんからたいどがダメなんれすよ…」
「い、一杯で酔っ払ったのか?」
「わらしはよっぱらっていやしないのれすよ。だいたいれすね、わらしはおーでぃんのクソジジイのおつきをしてるころから、おさけにつきあっていたりしててれすね。…だんだん、おもいだしてきた。あのジジイ、わらしがたっくさんくろうしてサポートしてあげたのに、やれ、おねえちゃんだ!やれ、さけだ!やれ、おっぱいだって!アホみたいなことをたびさきでいうんれすよ。もうろくしてんじゃないかってはなしれすよ!ヴァルハラのほかのぶしょのひとたちからはクソジジイのかいごヴァルキリーだなんていわれててれすね、やすいおきゅうきんでジジイのみのまわりのせわしてたんれすよ?そのせいれすよ!そのせいでかれしはできないし、かれしはできないし、かれしはできないんれすよぉぉぉ!うおおおおおおおんっ!」
ロスヴァイセは大号泣しながら、獣の雄たけびのような咆哮を上げる。溜まりに溜まっていたものが理性によって塞がれていたが、酒によってそれを取り除かれて一気に噴き出したようであった。これにはその場にいた全員が困惑してしまった。アザゼルですら頭をぼりぼりを掻くと、彼女を落ち着かせるように声をかける。
「わかったわかった。お前の愚痴に付き合ってやるから、話してみな」
「ほんとうれすか?アザゼルせんせー、いがいにいいところあるじゃないれすか。てんいんさーん、おさけ、じゅっぽんついかでー」
「…おい、だい…じゃなくて一太。水持って来い」
「わ、わかりました…」
大一はアザゼルに指示された通りセルフで置かれてある水を取ってこようと立ち上がるが、すぐにロスヴァイセに肩を掴まれて座り直された。
「みんなにちゃんときいもらいまふからね!」
「…ダメだな、これは。お前ら、さっさと食って他に行け。ここは俺らで受け持つからよ」
ため息交じりにアザゼルは一誠達に指示をする。大一と紅葉は目の前の豹変した女性に、ただ身を引き締めるだけであった。
────────────────────────────────────────────
「ぐおー…」
1時間後、机に突っ伏しながらロスヴァイセは爆睡していた。まだまだ話したりない様子ではあったが、愚痴を吐き出しているうちに酔いの方が先に彼女を眠気へといざなっていた。テーブルには彼女が注文したお酒のとっくりが散乱している。すべて彼女が飲み干してしまい、その強烈さを物語っていた。
「いや…強力だったな」
「9割、オーディン様と彼氏できないことの愚痴でしたね」
「悪魔は酒癖が悪いのですか?」
「いやこの人が特別なだけだと思う」
「なんにせよ、コイツどうするかな。しばらく起きそうにねえし」
愚痴をたっぷりと聞かされた男性3人はげんなりした様子で考え込む。アザゼルと紅葉に関しては酔いもすっかり冷めたようであった。
アザゼルはロスヴァイセを指さしながら、大一に話を振る。
「いいか、大一。独立するならこういうやつの扱い方も覚えておけ」
「もっともらしい理由をつけないでくださいよ。あと、俺は独立を考えていませんよ」
「そうだったのか?イッセーには前にこの話はしたんだが、お前はそういう将来の目標はないのか?」
「…悪魔になってからそんな考えを持つ暇もなかったですからね」
「上を目指すならしっかりと考えておけ。自分が悪魔として何ができるのかは。そもそも───」
言葉を切ったアザゼルは視線を出口へと向ける。大一も席から立ち上がると、緊張した面持ちになった。同時にうっすらであるが、店内に白い霧が入り込んでくる。
「この感覚…前にディオドラの時のですね」
「神滅具『絶霧』だな」
「え?え?何がですか?うわっ!他のお客さんの姿が見当たらない!」
紅葉が慌てふためく一方で、大一とアザゼルは警戒を強めていた。この霧がどういうものなのか、そして使い手がどの組織に所属しているのかを考えると油断ならない状況であった。
「大一、俺達はイッセーの方を見てくる。強めの結界は張っておくが、いざという時はこいつらを任せたぞ」
「わかりました。お気をつけて」
アザゼルはこの場を任せると店を出て黒い翼を出すと一誠達のもとに飛んでいく。その後ろ姿が見えなくなって間もなく、奇妙な黒い人型のモンスターたちがどこからともなく現れた。英雄派の襲撃で現れたモンスター達であり、数十体全員が店へと視線を向けている。
あまりの数に紅葉がビビりながら大一の後ろへと隠れる。
「ぼ、僕は戦えませんよ!」
「じゃあ、店内に下がってロスヴァイセさんのことを頼むよ」
「わかりました!」
いそいそと店内に入っていく紅葉を確認すると、大一は魔物たちに向き直る。敵意が直接的に向けられているのが、肌で感じられた。付け髭とサングラスを取りながら錨を取り出すと同時に、ディオーグのギラギラとした声が頭に響く。
(数は多いが…こいつら全員やっていいんだろ?)
(多数は苦手だが、どうこう言っている暇はなさそうだな)
(この前の狼くらい遠慮なく暴れられそうだ!)
全身に魔力と生命力を行きわたらせる。肉体が隆起し、強靭かつ堅牢な姿へと変貌していった。
『よし…やるか!』
さすがにオリ主は飲んでいません。