ちょっと長くなりましたが、区切り良いところまで行くには仕方ないんです。
第8話 混沌の現状
黒い、黒い、どこまでも黒い。辺りはただ黒いだけで何も無かった。そんな状況で唯一確認できるのは自身の体だけだが、そちらは締め付けられるような感覚で身動き一つ取れなかった。時間が経つほど(実際は経っているかどうかは分からないが)、その締め付けはきつくなり苦しみ、頭も痛んでくる。何も見えない、何も聞こえない、ただ痛みだけが長く続く…。
目を覚ました大一の視線には見慣れた天井が映る。体を起こして時間を確認すると夜中の2時半を少し過ぎた頃であった。彼が床に就いたのが2時ちょっと前のため、寝てから1時間も経っていなかった。
「…くっそ」
大一は苛立ちながら額を叩く。日常的とはいえこの目覚めを気分よく思ったことは一度も無かった。頭痛に若干の吐き気と、ろくでもないことの重ね掛けだ。
悪魔になってから間もなく、彼が夜中に奇妙な夢を見て目が覚めることが多かった。最初は悪魔になった副作用かと思われたが、リアス達に相談したところそういった事例は確認できないとのことであった。冥界に行った時に検査なんかも受けたが、体、魔力共に異常は見られずであった。もちろんまったく眠れないわけではない。ただ頻度は多く、連日起こることもざらにある。しかも夜に限ったことではないため、昼寝をしても見ることがあった。結果、大一はこの悪夢と3年近く付き合うことになっていた。
ベッドから出てゆっくりと首を動かす。すぐに眠り直しても同じ夢を見ることもあったため、再び横になることすらためらってしまう。しかも気のせいか、最近は頻度がさらに増え、目覚めた時の頭痛や吐き気が増したような気がした。数少ない休息がさらに削られるのは、彼にとって死活問題であった。しかしこの原因は考えても分かるものでは無い。となれば、今は少しでも休むことを優先するべきであった。まさに弟の件と同じように考えてどうにかなるものでは無いのであって…。
(…あれ?あいつの朝練って何時からだっけ?まあ、起きれば分かるか)
ふと一誠とリアスの朝練について思い出すが、とにかく睡眠を優先させたい大一は再び眠りについた。もっともこの後に再び同じ夢で起きて、さらにそのタイミングでリアスが一誠を迎えに来るのにかち合うのだが。
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早朝、一誠がリアスと基礎訓練を行う。これに付き合うのは、別に構わない。一誠の神器は基礎体力が大いに関係してくるし、悪魔になった以上強くなるために基礎訓練は必要だ。大一も炎駒にしごかれた思い出があるので協力するのは、眷属としても当然だと考える。
ご褒美というわけでは無いが、アーシアが一誠のためにお茶を持ってくるのも良いことだと思う。こういったことが継続するための原動力にもなるのだから。それに大一もアーシアの存在は妹分として悪くない気持ちであった。
しかしまさか断りなしにアーシアを自宅に住まわせる計画が進んでいたことには、さすがの大一も唖然とした。
練習が終わった後に自宅に戻ると、玄関先に段ボール箱が積まれていた。なんでもアーシアの荷物らしい。一誠と大一でそれを家に入れると、次に始まったのは世にも奇妙な家族会議+2名であった。
「お父様、お母様、そういう事情でこのアーシア・アルジェントのホームステイをお許しくださいますか?」
リアスが目の前の兵藤家に今回の目的を説明する。ホームステイとの名目だが、いきなり荷物持って押しかけての直談判に父、母、一誠は驚き、大一ですらその突飛な行動に開いた口が塞がらなかった。
アーシアに「お父様」と呼ばれたことで、大黒柱が一瞬揺らぐもそこは母のフォローでとりなし、家庭に「性欲の権化」の息子がいると答えてやんわりと断る。一誠は自身の信用の無さを嘆いた表情をするも、大一としては今更といった感じでこのごく当たり前のやり取りを理由に早々に決着をつけて欲しいと思い始めていた。
しかしリアスは引き下がらない。アーシアが一誠を信頼していること、ここ数日に彼女をどれだけフォローしているかを強く説明する。これには両親も感心したようで、気を許し始める。なぜリアスがここまで両親の信頼を勝ち取っているのかが不明で、魔力でも使っているのかと大一は訝しんだ。
「今回のホームステイは花嫁修業も兼ねて――――というのはどうでしょうか?」
『花嫁!?』
(ついに狂ったか…)
追撃するように話すリアスに大一は心の中で毒づく。たしかに傍から見れば一誠とアーシアの関係性は付き合っているとしか思えない。だがさすがに結婚までいくとなると、まだ先のことだ。高校卒業してすぐ結婚する人もいるが、一誠をよく知る両親からすればそんな期待を抱くはずがない。こんな唐突に言われたことに納得など…。
しかし大一の考えとは裏腹に両親は涙を流し始める。
「…イッセーがこんなのだから、父さんは一生孫の顔を見れないと思っていた。大一も女っ気は無いし、老後も一人身の息子たちを心配しながら暮らさないといけないのかと悲嘆にも暮れたよ…」
「母さんもね、イッセーにはお嫁が来ないと思ってたの。世間に出しても恥ずかしくないように教育したつもりだけど、その甲斐も空しくあなたのような息子が生まれ育ったわ。逆に大一は大一で硬派に育っていくし…」
(狂っていたのは我が家の方だったか…というか!)
「リアスさん!アーシア・アルジェントさんを我が家でお預かりしますよ!」
まさかの快諾で交渉成立である。この現実にアーシアは戸惑うも、彼女自身が一誠と住むことを希望したのも大きかった。新たに加わる女の子に、父母は感激、一誠も笑顔で迎える。一方、大一には…。
「大一…お前もそろそろ相手を考えてもいいかもな」
(完全にとばっちりじゃねえか!)
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さてこの事実が彼の学生生活に影響を与えたのは言うまでもない。登校の際に一誠とアーシアは一緒に登校する。当然、それは他の学生の目について様々な憶測を生むことになる。そしてこれが事実であるかを確認するにあたって、身近な第三者の視点の意見が欲せられる。つまり…
「先輩、もしかして一誠とアーシアさんって付き合っているんですか!?」
「ただのホームステイだよ」
「先輩がしっかりしていないから、リアス先輩に続いてアーシアさんまで毒牙にかかっちゃったんだ!」
「だからただのホームステイだって言ってるだろ!」
「そうか、あの弟に先を越されたんだよな…」
「その哀れみの眼差しはなんだ!?」
一誠がリアスと登校した時と同様に、いや下手したらそれ以上に質問と無茶苦茶な話が大一の元に雪崩のように向かってくるのであった。
昼休みには大一がとうとう一誠に頼み込んでいた。その表情には彼と一緒に来たアーシアも驚いていた。
「頼むから…頼むから今度という今度は行いを改めてくれ…!」
「兄貴、凄い顔になっているぞ」
「お兄さん、大丈夫ですか?私が回復を…」
「ありがとよ。でもこれは傷とかじゃなくて、疲労と心労の領域だから。とにかく一誠はもうちょっと自分の評価を向上するような努力をしてくれ」
「いや、兄貴見くびらないでくれよ…それはそれ、これはこれだ!」
「カッコつけるようなことじゃねえだろうが!だったらせめて知り合いに自慢するのを止めろよ!嘘じゃなくても、変な噂が立つんだぞ!」
「たしかにやりすぎかなと思う時はある。でも正直、周りから羨ましさと嫉妬の眼差しを向けられるのがちょっと気分いいんだ!」
「性格悪いわ!」
「はぅ…お兄さん、ごめんなさい。私のせいでお兄さんにご迷惑をおかけして…」
「いやこの件は9割がた一誠の今までの行いのせいだから、アーシアは悪くない。あとの1割も誤解する奴らの責任だからな」
「兄貴、俺に辛辣すぎるだろ!」
「お前のせいで、職員室と生徒会室に入り浸ることになっているんだから当然だろうが!」
怒る兄に反抗する弟、その論争にあたふたする同居人と傍から見ればなかなか混沌とした状況であった。そんなところに割って入ったのは、一誠の親友の松田と元浜であった。なぜか露骨に浮かれている。
「先輩、そのくらいにしておいてください!イッセーも悪気があるわけじゃないんですよ!」
「誰だって自慢のひとつやふたつしたいものですって。ここは穏便にお願いしますよ」
「…なんか、お前ら今日はやけにこいつの肩持つな」
「いやいやそんなことありませんって!それじゃ、失礼します!」
「イッセー、ありがとう!お前が紹介してくれた『ミルたん』って子、メールだけでも分かるけど本当に乙女だな。今日の夜が楽しみだ!」
見たこともない晴れやかな笑顔で、2人は去っていく。「ミルたん」という言葉に、大一は聞き覚えがあった。たしか一誠が契約相手で、その詳細は筋肉ムキムキの乙女な魔法少女志望者であった。それに気づいた時、大一の表情はさらに引いたものになる。
「うわっ、我が弟ながら本当に性格悪いな!アーシア、本当に気をつけろ。こいつが女子更衣室とか覗いているとかあったら、すぐに俺に言えよ」
「ええっ!イッセーさん…!」
「いや、それは…」
涙目のアーシアに頬を引っ張られるという若干の反撃に少し怒りを収めた大一は、再び気合いを入れて校舎に戻っていった。
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「大一さん、生きてます?」
「ギリギリ…」
その夜の部室に大一はデスマスクのように血の気の無い形相で座っていた。結局、午後も質問攻めに合うことには変わらなかった。数日経てば落ち着くだろうと考えていた甘さをここで思い知らされる。
これでも数日前に家に住むことになった時は、リアスにまくしたてる様に疑問を投げかけていた。
「どういうつもりですか!アーシアを家に住まわせるなんて聞いてませんよ!」
「話していないもの」
「俺は当事者でしょうよ!」
「落ち着きなさい、大一。仮にあなたに話したらどうなると思う?」
「全力で止めますね。一誠がいますもの」
「そうでしょう。私としては今回アーシアの意見を尊重させたかったのよ」
「その身勝手さに付き合わされる身にもなってくださいよ!」
思い返せば、あれは意味のないやり取りであった。リアスの傍若無人っぷりは今に始まったことではないのだから。それでもここまで振り回されるのであれば、この時にもっと抗議しても罰は当たらなかったのではないかとすら思っていた。
「ちくしょう…苦労が身に染みる…!」
「あらあら、今さらですわね。ところで大一、ちょっといいかしら?」
「ああ…」
朱乃に言われて、大一は席を立ち部室のすぐ外へと出る。彼女の表情は神妙な面持ちであった。
「ねえ、リアスの様子が最近おかしいと思わない?」
「無茶苦茶は今に始まったことじゃないし…」
「そうじゃなくて、ぼんやりすることが増えたってこと」
朱乃に突っ込まれて、大一はここ数日の彼女を思い返す。しかし彼女の作った状況に振り回された記憶が強烈過ぎた。
「あんまり意識していなかったな」
「まあ、それどころじゃなさそうでしたものね。それでこのことなんだけれども、どうも婚約の話のようですの。まだ正式に聞いていないのだけど、ライザー様が動いているそうですわ」
「ライザー様って、婚約者だろ?たしか大学卒業まで待つんじゃなかったか?」
「私もわかりませんわ。でも無関係とは思えませんもの。あなたも用心しておいてほしいわ」
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深夜、帰宅してから大一は倒れ込むようにベッドに横になる。今日は特に悪魔の仕事は無かったが、疲労はいつもの数倍は襲ってきた。疲れも合わせて苛立ちもあったが、冷静さを欠いているのは間違いなく、大一はなんとか起き上がるとリビングへ向かい冷たい水を飲んだ。その冷たさが彼の頭を幾分か冷静にさせる。
朱乃の疑問はたしかに当たっている気がした。彼女から話を聞いた後、一誠とアーシアがビラ配りから帰ってきた際に呼びかけられても、リアスは心ここにあらずといった反応であった。その後もところどころでぼんやりとしていたため、何か事情があることは彼にも推測できた。そして朱乃話が事実ならば、それはリアスが悩むのも納得できる理由であることも。直接、炎駒から聞くことも考えたが、ルシファー眷属はその実力や権力故か個々の仕事も少なくない。ましてや、もしリアスの婚約ならば、あくまでグレモリー家の問題であり、炎駒が関わっている可能性は高くなかった。
大一は考えを巡らせるものの、どうにも集中できなかった。眠気や疲労に加えて、さっきから一誠の部屋で物音が激しくなっているような気がしたのだ。この深夜でアーシアもシャワーを浴びに行っている今、ひとりの時間を堪能したいのは分からなくもない。しかし今日の大一は不満が限界に近づいていた。
大一は階段を上がり、一誠の部屋へと向かう。さすがに一言吐き出さないと気が済まなかった。
「おい、一誠!お前ちょっといい加減に…」
扉を開けるとそこには裸の一誠に、裸のリアス、さらに銀髪のメイド服の女性が立っていた。一瞬、何が起こっているのか分からなかったが、間もなく朱乃の言葉が眉唾でない可能性が高いことを確信したのであった。
主人公が眠そうにしたり、クマがある理由の説明でした。
そしてそれ以上に、主人公が振り回される形になっています。