「…痛え」
目を覚ました大一は開口一番に呟いた。頭は重く、身体には激痛が走るものの、周辺の様子から自分がまだ生きていることを実感した。気を失う直前までは意地でも倒れないつもりであった。しかし一誠から強力な魔力を感じた瞬間、彼の心を安心が襲って意識が途切れてしまった。
「お兄さん、目を覚ましてよかったです!」
アーシアが胸を撫でおろしながら大一に言う。彼女の魔力の感覚からして直前まで回復してくれていたのは明らかであった。
「悪い、アーシア。助かった」
「あっ、回復をしたのは私じゃないんです」
「…ん?だったら誰が…」
「いやはや、大一殿が生きていて安心しましたぞ!」
大一の顔を覗き込むように、紅葉の顔が現れる。相変わらず口角を上げており、いまいち緊張感を感じられない表情は、いまだにここが戦いの場であることを忘れそうになる。
「紅葉!?お前、どうしてここに…」
「援軍として来てくださったんです。そして紅葉さんが回復をしてくださって」
「回復?それって…」
「大一殿、申し訳ありませんがもうしばらく横になっていてください。私はアーシア殿ほど上手に回復できませんので」
横になっている大一の腹部に紅葉が手を近づける。彼の手には緑の光がともっており、それを当てられると痛みが引き、同時に傷が塞がっていく。アーシアのおかげで何度も目にしてきたこの光景を、紅葉が行うことに大一は驚きを隠せなかった。
「お前、これってアーシアと同じ神器か…」
「はい、『聖母の微笑』です。実戦で使うのは今回が初めてなので、まだ慣れませんが…」
「おかげで皆さんをすぐに回復することができました」
アーシアの言葉通り、大一以外の全員は身体を起こして事の行方を見守っていた。現在、一誠が曹操とヘラクレスを相手に大立ち回りしていた。彼を纏う鎧はこれまでの禁手とは違い、ずっしりと重さを感じさせるような堅牢さが目を引いた。
「…祐斗、何が起こっているんだ?」
「イッセーくんが鎧を様々な姿に変えて戦っているんです。『僧侶』『騎士』『戦車』のそれぞれの特性を活かしたような雰囲気ですね」
大一の問いに同じく意識を取り戻していた祐斗が一誠の戦いから目を離さずに答える。
歴代のブーステッド・ギア所有者たちの協力を経て、一誠が新たに身につけた力は兵士の特性であるプロモーションをフルに活用できるものであった。両肩のキャノン砲から魔力を撃ち出す「龍牙の僧侶(ウェルシュ・ブラスター・ビショップ)」、鎧を絞り込み高速の戦いを展開する「龍星の騎士(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)」、幾重にも鎧を重ねて強固な守りと相応のパワーで押し込む「龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)」、これらを切り替えてそれぞれの特性を限界まで引き出した戦いができる力「赤龍帝の三叉成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)」で一誠は戦況をなんとか持ちこたえていた。
一方で、ジャンヌとクーフー、ジークフリートは先ほどから奇妙な白装束の人物たちと戦っていた。白装束の手には槍が握られており、倒されてもすぐに消えてどこからともなく何事も無いように蘇って、再び彼らに槍を振る。湧いて出てくる謎の戦闘員に、英雄派の3人も苦慮していた。
「手数だけは一級品か…!?」
「これではキリがない」
「あー、もうイライラする!なんなのよ、あの狐妖怪!」
3人が睨む先には、零が面倒そうにあごをかきながら立っていた。彼女の周りには奇妙な魔力が渦巻いており、手負いのグレモリー眷属たちの周囲にも同じ魔力が小さなドーム状に展開されている。
さらに彼女の元から小さな紙が飛んでいき、間もなく白装束の人間へと姿を変えていく。ジークフリート達が相手にしていたのは零の式神であった。
「貴様らと直接的にやりあうつもりもないんでな。時間だけ稼がせてもらう」
「噂には聞いていたが、九尾の狐に協力するはみ出し者というのはコイツのことか。結界も強いから、彼らにも手を出せない…厄介だな」
「私の結界を破れると思うなよ、小童ども。『絶霧』を本気を出した状態で使いこなせられれば突破できるかもしれんが…この広さのフィールドを展開させた上に、別の作業片手間でやられるほど甘くないわ」
零は言葉には苛立ちが含まれていた。少しでも英雄派の幹部たちに見くびられたことが、気に食わない様子であった。その言葉通り、あれほど苦戦した英雄派の幹部を3人同時に相手しながらもまるで疲弊していなかった。その実力にグレモリー眷属は感嘆した。
そして大一としては彼女の反応と実力への驚きと同じくらい、この場に彼女がいることに驚いていた。紅葉がいる時点である程度察することはできたものの、実際にその場に零がいたことにはやはり驚愕する。お世辞にも協力的でない態度を取っていた彼女がどういった経緯でこの場に来たのだろうか。
大一の表情を察してか、紅葉が話しかける。
「零様は旧友から打診を受けて、この場にいらっしゃったのです。私はそれについてきまして」
「旧友って炎駒さんか?」
「いえ、別の方です。その方は遅れるかもしれないから、零様に───」
紅葉が言葉を続けようとしたその瞬間であった。次元の狭間が現れて、そこから強力な龍の力を感じた。しかしグレートレッドのような圧倒的な力ではなく、流れるような洗練された感覚を大一は感じた。これまで感じてきた龍のものとはまるで雰囲気が違い、大一は戸惑った。
間もなく、現れた龍はグレートレッドとはまるで違い、蛇のようにしなやかな身体が特徴的な東洋の龍であった。
「───西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)、玉龍(ウーロン)かッ」
曹操の言葉を聞いて、大一は腑に落ちた。五大龍王の一匹である玉龍、それほどの龍であれば八坂の力に呼応することもおかしくないだろう。
その一方で零は玉龍を見て苛立ちをより露わにしていた。彼女をよく見れば、その龍の背に乗っている人物に視線を向けていた。
その人物は龍の背から飛び降りるも、地面にはふわりと衝撃など全くない様子で降り立った。一見すると小柄な老人であったが、金色に輝く体毛が目立つ妖怪のような雰囲気が印象的である。
謎の老人は落ち着き払った様子で、辺りにぐるりと目を向けた。
「大きな『妖』の気流、それに『覇』の気流。それらによって、この都に漂う妖美な気質がうねっておったわ。おー、久しい限りじゃい。聖槍の。あのクソ坊主がデカくなったじゃねーの」
「これはこれは。闘戦勝仏殿。まさか、あなたが来られるとは。各地で我々の邪魔をしてくれているそうですな」
(闘戦勝仏殿…初代の孫悟空か!)
曹操との会話をしていた老人は初代孫悟空であった。八坂と会合する予定であった天帝の使者で、今回アザゼルが話していた助っ人である彼は英雄派たちに睨みを利かせている。
孫悟空は一誠の視線に気づくと、労いながら笑顔を見せる。
「赤龍帝の坊や。よー頑張ったのぉ。いい塩梅の龍の波動だ。だが、もう無理はしなくていいぜぃ?儂が助っ人じゃい。あとはこのおじいちゃんに任せておきな。───玉龍、お前は九尾を頼むぜぃ」
『おいおい、来た早々龍使いが荒いぜ、クソジジイ!オイラ、ここに入るだけでチョー疲れてんですけど!てか、白龍皇の仲間の魔女っ子に手助けしてもらったんだけどよ!おわっ!つーか、ヴリトラだ!おいおいおい、狐と戦ってんのヴリトラだよ!どれぐらいぶりだぁ?』
あまりのハイテンションに多くの者がポカンとしながらも、玉龍は怪物化した八坂に向かって飛び掛かる。言葉とは裏腹にその巨体を駆使して、互角以上に彼女を相手にしていた。
そんなことはどこ吹く風ともいうような態度の孫悟空は再び英雄派に視線を向けた。
「さてさて、赤いのには悪いがのー、てっとり早く曹操の子孫にお仕置きせんとなぁ。零よ、他の奴らは任せたぞ」
「このクソジジイめ…271年前の賭け事で負けていなければこんな事には…!」
「ったく、話を引きずる妖怪ババアがうるさいわ」
「八坂よりかよっぽど若いわ!」
ひょうひょうとした態度の孫悟空に零がキレながら反論する。このやり取りだけでこの場に零がいる理由が察することができてしまう。
敵そっちのけで始める口論にジークフリートが6本の腕を展開して孫悟空へと向かっていった。
「隙を見せたな!」
「ジーク!相手にするな!お前では───」
曹操の制止も振り切って、ジークフリートは突撃していく。だが孫悟空は彼の方を見ずにただ一言だけ静かに呟いた。
「───伸びよ、棒よ」
孫悟空が手にしていた棒が凄まじい速度で伸びていき、ジークフリートを突き飛ばす。あれほど苦戦した相手を孫悟空はものともしていないのだ。
立て続けに今度はゲオルクが霧で捕縛しようとしたが、棒を地で軽く叩き呪文を唱えるとあっという間に霧は霧散した。
「…零」
「わかっている、猿ジジイ。押さえておく」
連続で邪魔を受けたことに呆れた気味の孫悟空の言葉に、零も手早く反応する。どこからともなく筆を取り出すと空中に文字を書き、同時に式神の姿が煙となった。煙はジークフリート、ゲオルク、ジャンヌ、ヘラクレス、クーフーの足元にまとわりつくと同時に、彼らの立つ地点に零が書いた文字と同じものが現れた。間もなくその文字が光りだすと英雄派の幹部たちの動きが見えない壁に阻まれているようであった。
それを見届けた孫悟空は満足そうな表情を見せる。
「上々の結界術じゃ。さて後は───」
「槍よッ!」
最後前まで言い終わらないうちに曹操が仕掛ける。槍の切っ先が伸びて孫悟空へと向かっていったが、彼はそれをあっさりと指先で受け止めてしまった。あまりの実力差に曹操も焦燥感に駆られているようであった。
「…良い鋭さじゃわい。が、それだけだ。まだ若いの。儂の指に留まるほどでは他の神仏も滅せられんよ。───貴様も霧使いも本気にならんで儂にかかろうなどと、舐めるでないわ」
さすがに実力差を目の当たりにした英雄派であったが、曹操は槍を下ろし落ち着いた様子で孫悟空を見た。
「退却時か。見誤ると深手になるな。ここまでにしておくよ。初代、グレモリー眷属、赤龍帝、再び見えよう」
ガラスを砕いたような音がすると、英雄派のメンバーは素早く一か所に集結する。地面に攻撃して強引に零の文字を消して結界術を突破したようだ。ゲオルクが巨大な魔法陣を展開させて逃げようとするが、修学旅行を滅茶苦茶にされ、さらに九重の母親を危険にさらした彼らを逃すほど一誠は温厚ではいられなかった。
一誠は左の籠手にキャノン砲を作り出すと曹操に狙いを定める。さらに意図を汲んだ孫悟空が彼に力を貸すと、魔力が一気に膨れ上がった。
「───お咎めなしで帰れると思うのか?こいつは京都での土産だッ!」
撃ち出した一誠の魔力は濃縮されており、見た目以上に力強い一撃であった。狙いが曹操であると気づいたジャンヌ、ヘラクレス、クーフーが盾になるように前に出るが、彼らに防がれる直前のところでその軌道は変更された。
「曲がれェェェェッ!」
たった一発であったが、見事に不意を突いた一撃が曹操の顔へと命中した。苦しそうに呻きつつ、顔を上げるとべったりと鮮血に染まっており、狂気と歓喜、そして怒りに顔をゆがませていた。
「…目が…赤龍帝ぇぇぇっっ!槍よッ!神を射抜く真なる聖槍よッ!我が内に眠る覇王の理想を吸いあげ、祝福と滅びの───」
「曹操っ!唱えてはダメだ!『黄昏の聖槍』の禁手───いや、『覇輝(トウル―ス・イデア)』を見せるのはまだ早いッ!」
「落ち着いてください!ジーク殿の言う通りです!ここでそれを使われてはッ!」
予定していなかった曹操の行動にジークフリートとクーフーが押しとどめる。2人の必死な様子に曹操も自分のやろうとしていた衝動的な行動を振り返り、すぐに落ち着きを取り戻した。ただ一誠に向けた眼には、先ほどの狂気が隠すことなく渦巻いていた。
「まったく、ヴァ―リのことを笑えないな。彼と同じ状況だ。キミはなぜか土壇場でこちらを熱くさせてくれる。───兵藤一誠、もっと強くなれ。ヴァ―リよりも。そうしたら、この槍の真の力を見せてあげるよ」
不気味な言葉を言い残し、英雄派はこの場から転移していった。
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英雄派が去った後の疑似京都は先ほどの戦闘と打って変わって静寂さに満ちていた。戦う相手もいない上に、先ほどまで暴走の一途をたどっていた八坂はヴリトラと玉龍のコンビによりひとまず沈静化させたため、この静寂さには安心を感じた。
今回の目的でもある八坂の解放は信じられないほどスムーズに行われた。零が少しずつ彼女の洗脳を解くために邪な気を発散させている間に、一誠の「乳語翻訳」を孫悟空が力を貸すことにより、九重と八坂を会話できるようにした。これが功を奏し、八坂に渦巻く邪気がどんどん削られていった。
事の行く末を見守りつつ、手持無沙汰状態の大一は隣に立つ紅葉に話しかける。
「神器持ちだって教えてくれたら良かったのに」
「申し訳ありません」
「いや、非難しているわけじゃないんだ。おかげで俺はこうして経っていられるわけだからさ。ただその神器は隠す力とは思えなくて」
大一は落ち着いた声でなだめるように紅葉に話す。以前は生傷の絶えなかった彼からすれば、アーシアが仲間になって回復をしてくれることは革新的なことであった。彼女の元来の優しさと堕天使が欲しがった神器の力を実感する生活を過ごせば、紅葉が誇れる神器を隠す理由が気になった。
紅葉は少し迷った後に、静かに答える。
「…ある種族が神器を持つ、これだけでもはみ出し者になりかねないんですよ」
「別に『聖母の微笑』は危険視されるものではないだろうに」
「しかし戦う力とはなりえますし、混乱のもとになります。私の神器を狙う者は当然いましたし、戦いへの参加を強制させられたこともあります。…豆腐小僧の私にですよ」
付け加えるように言う紅葉の言葉には苦々しさが込められていた。豆腐小僧という妖怪は人に害を成す性格はしていないし、上位妖怪のような強力な力を持っているわけではない。戦いなどは縁のないもののはずだが、神器を持つ彼は無関係ではいられなかったのだろう。おかげで彼がどれだけ平穏から程遠い生を送ってきたかが察せられる。
その一言に彼の嘆きが込められているかに気づいた大一は愕然とし、同時に恥じた。自分がこれほど相手の気持ちを考慮しないのだと思いたくなかった。
そんな大一の感情はいざ知らず、紅葉は言葉を続ける。
「そんな私を救ってくれたのが零様でした。あの方に拾われてようやく平穏な生活を得られたのです」
「…ごめん。言いたくないことを聞いてしまった」
「謝るとしたら、私の方ですよ。渡月橋では神器を使えばあなたの傷をもっと早く治療できたのに、私はこの力を使えなかった…。あれはとても後悔しましたよ」
「だったら、どうしてここに来たんだ?無理をしてまで戦いに参加しなくても…」
「私の後悔とは、戦いに巻き込まれたことではありません。良き友人のために力を使えなかったことです。あなた方の戦いを見て、私は誰かのために力になりたいと本気で思ったのです。だからこそ私はここに来たのですよ」
胸を張って答える紅葉とは対照的に、大一は無表情であった。紅葉の決意は賞賛されるべきだろう。だが自分の行いが平穏から彼を戦いに引き込んだことに、大一は逃げ出したい気持ちになった。今になって、悪魔になるきっかけとなった友人の顔を潰したことを思い出させた。
彼が悩む一方で、八坂が正気に戻り九重との再会を互いに喜んでいた。その姿を見て、紅葉はほっと胸を撫でおろした。
「やはり平和とはいいものです」
紅葉の言葉に大一は軽く頷いた。平和のために戦う…間違っていないはずなのに大一の気持ちにはすっかり影が落とされていた。
そんな彼の感情を察せるはずのディオーグがなぜか小言ひとつ言わないのも、よりこの感情に暗雲が立ち込めるようであった。
9巻は次回で締めにしたいと思います。